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異国編:ジッピン後編:別れ

【291話】おいしそうな餌

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森への入り口まで来るとキヨハルが立ち止まった。

「さて、では君たち頼んだよ。物の怪が姿を現したらここまでおびき寄せてほしい。あとは私が相手をするから」

「うすっ!」

「しかし主人。今まで何度か森へ入り元凶を探りましたが、一度も姿を現しませんでしたわ。今回もそもそも見つけられるかどうか…」

「現れるさ」

「…?」

そう断言するキヨハルをナツが不思議そうに見た。だがハルは「なるほど」と呟き、さくさくと森を進んでいく。

「あ、ハル」

「早く行く。時間は無限ではない」

「おいハル!一人で行くな!危ないだろう!」

ハルを追って狩怪隊が森へ入っていく。その様子をぽかんと眺めていた双子の背中を、キヨハルがそっと押した。

「君たちも行きなさい。気を付けて」

「っ、はい!いってきます」

「イテキマス!」

◇◇◇

森の中は静かだった。ところどころに物の怪の死骸が落ちていなければ、とても心地の良い場所だっただろう。バラバラに引き裂かれた死体を見てアーサーは「んひぃぃっ…」と妹にしがみついている。

「もうアーサー!どうして魔物の死体は平気でモノノケはだめなの?」

「だってなんだか…モノノケの死に顔すっごくこわいんだもん…。それに死体がバラバラだしぃ…」

「まったく…情けない。兄が妹にしがみついてどうする」

ハルは呆れ声で呟き首を振った。そんな彼女をナツが「まあまあ」となだめている。

「怖がりに兄も妹もないでしょう?」

「ふん。私の兄はもっと頼もしい」

「あらあら…。出たわナツの兄自慢が…」

二人の会話にモニカの耳がピクピクと動いた。ぷぅと頬を膨らませ、アーサーを抱きしめ大声で反論する。

「アーサータノモシモン!!!」

「モニカ落ち着いてっ、僕は気にしてないよ!?」

「へえ。物の怪の死体を見て内股で妹にしがみついている兄が?」

「こらナツ、突っかかるんじゃないの」

「イツモ モット カコイイ!!アーサー ジマンノ オニイチャ ダモン!!セカイイチ ダモン!!」

「なに?世界一は私の兄に決まってる。強く優しく男前だ」

「アーサー ダッテ! ツヨイシ ヤサシシ カコイイモン!!」

「ほーん?そのおちびが?確かに顔立ちは整ってるが背丈が足りない。細すぎる。こんな細腕では頼りにならない」

「ムゥ!ホソイケド!!ツヨイモン!!カコイイモンンンン!!」

「すみません!うちの妹、僕のことになるとちょっとムキになっちゃうんです…。気にしないでください!…モニカいい加減にしてっ。そんな褒められたら照れちゃうからっ!」

アーサーがモニカの口を塞いでぺこぺこと頭を下げていると、うしろで話を聞いていたアキラが苦笑いしながらナツの頭を叩いた。

「いやーっ、うちの妹こそごめんなー。なんせ俺たち、ちっさいときからずっと二人で暮らしてたから…ちぃーっとこじらせちまっててさぁ…」

「兄さん。変な言い方やめて。本当のことを言っただけ」

「えっ、ナツさんのお兄さんってまさか…」

「そう、俺」

「ええー!!」

「ニテナイ!!」

「似てないのは当然。腹違いの兄妹だから。…ナツ、俺のこと持ち上げるのはいいけど人のことを貶めるな。分かったな?」

「…はい、兄さん」

最愛の兄に叱られたナツはしょぼんと首を垂れて返事をした。いつものことなのか、トウジとハルは苦笑いをしている。モニカはまだ頬を膨らませており、アーサーは先行きが不安になっていた。

(重度のおにいちゃん好きがふたり…。またケンカしなきゃいいけど…)

◇◇◇

森の奥へ進んだところで、物の怪の無惨な死体が山積みになっている場所を見つけた。狩怪隊はその死体を調べ、昨晩殺された死体だろうと判断した。アキラは顔をしかめながら物の怪の死体を一体持ち上げた。

「見ろ。この物の怪…心臓がくり抜かれてる」

「さすが兄さん。そこに気付くとは」

「おお、あんがと!」

「…えへへ」

「物の怪の死骸の前でいちゃいちゃすんじゃねえよ。真剣にやれ真剣に」

「私はいつでも真剣だ」

「…心臓をくり抜かれた物の怪だけ他のものと違いますね。肉質や血から見て、なにか特殊な力をもっていたと考えられます」

「なるほどな。俺たちの狙いの物の怪はよほどのグルメと見た」

「あと快楽殺者。ほかの物の怪は殺されてるだけでどこも食われてない。ただ殺しただけ」

「強い物の怪が弱い物の怪を食うことはよくあることだが…意味もなく殺すなんてことあまりないもんな。よほどの変わりもんだぜこりゃ」

「さしずめ質の良い物の怪を探すついでに殺ったって感じだな。特殊な力に執着を感じる」

「おそらくこのあたりに巣があるはずです。探しましょう」

そう言って立ちあがろうとしたナツの手をハルが掴んだ。

「ん?どうしたのハル?」

「探す必要はない」

「どうして?」

「あちらから来る」

「は?どういうことだハル?」

「狙いの物の怪は質の高い餌を求めてる。それならここにある」

「?」

ハルの言っていることが分からず、狩怪隊が首を傾げる。ハルはゆっくりと立ち上がり、アーサーを指さした。

「これ」

「え?僕?」

アーサーが聞き返したその瞬間。誰かに背後から体を抱き上げられ、一瞬にして視界が変わり、そばにあった木の上から狩怪隊とモニカを見下ろしていた。

「…え?」

なにが起こったか分からないアーサーは、彼を抱きかかえている相手を見上げた。一見ヒトと同じ容貌をしているが、目が赤く瞳孔が細い。目じりに赤い化粧が施されており、口元からは牙が覗いている。身に付けている着物はモノノケの血で真っ赤に染まっているのに、ソレからはなぜか良い香りがした。

ソレはアーサーと目が合うとニッタリと気味の悪い笑みを浮かべた。

「おいしそうな匂い。まさか薄雪以外にもこんなおいしそうなモノがあったなんて」
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