上 下
250 / 718
異国編:ジッピン前編:出会い

【270話】朝霧

しおりを挟む
月明りのもと、モニカはサクラの木にもたれかかりあやかしたちと時間を過ごしていた。ウスユキはモニカの隣に腰かけ、蓮華と蕣は木の枝に腰かけ細い紐を指にかけて遊んでいる。

「ねえウスユキ。ずっと気になっていたんだけど、どうして私はあなたたちとお話ができるの?私はジッピンの言葉が分からないのに」

「あやかしの話すコトバは、コトバであってコトバではないんですよ」

「…ウスユキの言うこといつもややこしい」

「私たちは、あやかし同士でも、ヒトでも、自然のモノでも、物ノ怪とでもコトバを交わすことができます。ここに直接語りかけているから」

ウスユキはモニカの胸に手を当てた。モニカの小さな鼓動がウスユキの手に伝う。

「…心地のいい心音だ」

「なんだか恥ずかしいよ」

「頬を赤らめた。どうしてだろう」

「あんまりまじまじ見ないでっ」

「ふふ。ヒトの感情はむずかしい」

「ヌシサマ」

「ワキザシ」

「おっと、そうだった」

モニカをなんとも愛おしそうにみつめているウスユキに、頬をふくらませたレンゲとムクゲが声をかけた。ウスユキはモニカの胸から手を離し、腰にさしているワキザシを抜く。刃を指ですーっと撫で、月明かりに照らす。

「モニカ。この脇差がかつて私のモノだったと言いましたね」

「うん」

「まだヒトがこの桜を目に映せたとき、一人の刀匠が感銘を受けて打ってくれたモノなんです。この脇差の美しさに思わず私の姿を見せてしまった。それから神と間違われるようになり、ヒトの往来が増えてしまったんだけど…。それはともかく。私はその脇差を長らく愛用していました。名も付けたんですよ」

「このワキザシ、名前があるの?!」

「はい。聞きたいですか?」

「聞きたい!」

「朝霧」

「アサギリ!!かっこいい!!」

「美しい名でしょう。気に入っているんです」

「うんうん!良い名前!」

「ですが…私が愛用していくうちに、朝霧に私の妖力が染みついてしまってね。いつの間にか自我を持つようになった。モニカには聞こえるかな。朝霧の声が」

「ううん…。聞こえないなあ」

「そうか。聞こえないですか。朝霧はね、今もずっと…」

「今もずっと?」

「私に暴言を吐き散らかしています」

「ええ?!」

「私と朝霧は喧嘩別れしたんです。この子があまりにも私のことが好きすぎて、私に近寄るものをすべて斬ろうとするから。注意しても言うことを聞いてくれないし。私を傷つけ弱らせたヒトを憎み、罪なきヒトまで斬ろうとする。堪り兼ねて叱りつけたら、もう私の元でいたくないと言い出したので、朝霧の気持ちを尊重して手放したんです」

「ええ…。きっと朝霧は本気でそんなこと言ったんじゃないわ…。どうしてそんな一言で手放しちゃったのぉ…?」

「……」

「?」

モニカがそう言うと、ウスユキはきょとんとした顔で彼女を見た。そして驚いたようにアサギリに目を移す。レンゲとムクゲもしゃがんでじっとアサギリを見ていた。どうやらアサギリが何か言っているらしい。

「…朝霧がモニカを少し気に入ったようだ」

「え?」

「単純」

「単細胞」

「こら。蓮華と蕣のコトバでまた怒ってしまった」

「ヌシサマにそんなことを言っちゃだめ」

「朝霧悪い子」

「朝霧、本当に悪い子だね。君、私の元から離れたあとの持ち主の生命力を吸い取ったね?」

「ひぇっ…?」

「一人残らず?」

「朝霧悪い子」

モニカにアサギリの声は聞こえないが、あやかしたちの会話でなんとなく内容を読み取れて顔が青ざめた。どうやらアサギリは、ウスユキに手放されヒトの手に渡ったあと、持ち主の生命力を吸い尽くしてきたらしい。ウスユキは呆れたようにアサギリを一瞥した。

「まったく。そのせいでずいぶん妖力が濁っているじゃないか。私の妖力以外のモノを吸ったって強くなれないよ朝霧」

「むしゃくしゃしてたから?」

「朝霧馬鹿な子」

「ひぃぃっ…」

聞けば聞くほどアサギリがとんでもない脇差ということが分かってきたモニカは、ウスユキの後ろに隠れて震えながらちらちらと脇差を盗み見る。

「朝霧。君の愚行にモニカが怖がっているよ。今の君の持ち主が」

「愚行」

「愚行」

「君が何と言ったって愚行だ。意味もなくヒトを殺めるなんて。そんな子に育てたつもりはないよ」

「ヌシサマにそんなこと言っちゃだめ」

「何度言ったら分かるの」

「悪い子」

「だめな子」

「レンゲ、ムクゲ…そ、そんなに言っちゃかわいそうよ…」

「悪い子だもん」

「だめな子だもん」

「こら朝霧。蓮華と蕣にそんな口を聞いてはいけない。本当に言うことを聞かない子だね君は」

「悪い子だから」

「だめな子だから」

あやかしたちに責め立てられ、アサギリを握っていたウスユキの手がブルブルと震えだした。次の瞬間、雷が落ちたような光が放たれ、アサギリが彼の手から抜け落ちモニカの傍に落ちた。ウスユキは腕を痛そうにさすり、レンゲとムクゲは激怒している。

「朝霧!!」

「ヌシサマになんてことを!!」

「大丈夫だよ。なんてことはない」

「……」

またアサギリが何か訴えているのか、ウスユキたちがアサギリをじっと見ている。しばらくしてウスユキが「ほう」と呟き、レンゲとムクゲは「せいせいする」「それがいい」とプンプンしていいた。モニカはおそるおそるウスユキに声をかけた。

「あの、ウスユキ…?アサギリは何言ってるの…?」

「私のことが大嫌いらしい」

「アサギリってば…」

「二度と私の元へは戻らないと言っている」

「アサギリってばぁぁ…」

「モニカの脇差として活躍して、私たちが朝霧を馬鹿にしたことを後悔させてやると」

「…え?!」

「どうやら朝霧はモニカを持ち主として認めたようだ。よかったですね」

「うーん…なんだか違う気がするよぉ…。朝霧はきっとウスユキに引き留めてほしいんだよ…」

「そんなことは決してないと言っていますよ」

「ちがうの…。ちがうのよウスユキ…」

「さて、ではモニカ。朝霧を手に持って。朝霧は君を持ち主と認めたようですが、なんせこの子は曲者だ。いつ君の生命力や魔力を吸おうとするか分からない」

「ひぃぃぃ…」

「だから私が術をかけます。…当然じゃないか。私は君を信用していない」

「あっ…ウスユキそんなこと言ってあげないで…」

「ああ。もう君が私の事を嫌いなのは分かったから。少し静かにしていてくれないかな。まず君の濁った妖力を浄化する。そしてヒトの生命力を吸えないように術をかける。ずっと後悔していたんだ。もっと早く術をかけておけばよかった。君に淡い期待なんて抱かずに」

「ううう。聞いてるこっちがつらくなってくるよぉ…」

「自業自得」

「悪いのは朝霧」

ウスユキは扇子を広げ一振りした。桜の花びらが舞い、それがアサギリの中へ溶け込んでいく。鈍く黒ずんでいた刃が徐々に透き通るような銀色になり、刃先に彫られていた桜のシンボルが薄ピンクに色づいた。

「わぁ…っ」

「これが本来の朝霧の姿。美しいだろう?」

「うん!!すっごく綺麗!!」

「モニカ、もうこの子はヒトの生命力を吸うことはできないから安心してほしい。君の意思に反した行動もとれないようにしてあるから。どうか朝霧をよろしく頼みます」

「う、うん。アサギリ…本当はウスユキの元にいたいんだろうけど、これからよろしくね…?」

「そんなことは微塵も思っていないと言っていますよ」

「うーん…。なんだかちょっとブナの杖と性格が似てるなあ…」

「朝霧、君がモニカと共に過ごしていくうちに、ヒトを愛せるようになりますように」

「朝霧!」

「ヌシサマにそんなことばを使っちゃだめ!!」
しおりを挟む
感想 494

あなたにおすすめの小説

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」 学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。 家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。 しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。 これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。 「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」 王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。 どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。 こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。 一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。 なろう・カクヨムにも投稿

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。