上 下
199 / 718
淫魔編:先輩の背中

【219話】もういやですこいつら

しおりを挟む
「はっ…はっ…」

「だぁー…っ、きっつー…」

最奥に辿り着いてから7時間が経った。500体いたオークは、主にアーサーとイェルドによって残り100体程度にまで減っていた。武器を持っており、巨体オークの影響か知性も多少発達していたため通常のオークよりも数段手こずっている。恐らくそれまでの11時間にわたる戦闘の疲労も溜まっているのだろう。近接組がかなりバテているのが目に見えて分かったので、ベニートは二人を呼びよせた。

「今日はここまでにしよう。これ以上は危険だ」

「ああ、そうした方がいいっ…。これ以上減らしたら多分オウサマもそろそろ動くだろうしな…」

「お水飲みたい…」

「寝る場所はアデーレが確保してくれてるはずだ。行くぞ」

ベニートはアーサーに水を渡しながら歩き出した。10分ほど歩いたところで、アデーレが火を熾して待っていた。返り血にまみれたイェルドとアーサーを見て申し訳なさそうにしている。

「おかえり。力になれなくてごめんね」

「ただいま!いや、あれは俺が悪いだろ!ごめんなアデーレ。びっくりさせちまったよな」

「ううん。むしろアレを知らずに戦ってたかと思うとゾッとするわ。教えてくれてありがとう」

「アデーレ、もう大丈夫?すっごく動揺してたけど」

「ごめんねアーサー。もう大丈夫よ。さ、座って。疲労回復効果のあるハーブティーを作ったから」

「助かる。イェルド、アーサー。ハーブティー飲んでから返り血を拭いて服を着替えろよ」

「はあい」

「みんな怪我はない?」

「あー、俺ちょっと怪我した。たいしたことないからポーションで治る」

「そう。じゃあこれ飲んで」

「さんきゅー!」

「アーサーは?」

「僕もちょっとだけ怪我しちゃった」

「どこ?」

「おなか」

「見せて」

アーサーは武具を脱いで服をめくった。オークの攻撃をもろに受けたのだろう、横腹がえぐれて内臓がちらちら見えている。3人は顔を真っ青にして慌ててエリクサーをアーサーの口に突っ込んだ。

「は?!お前こんな怪我してたのかよ!いつだ?!」

「えーっと、オークを100体くらい倒した時かな」

「2時間くらい前じゃねえか…。なんで言わなかったんだ?!」

「え?だって動けるから」

「……」

「?」

「いやいや、なんでそんな当たり前のこと聞くんだみたいな顔でこっち見るなよ」

「どうしてそんな当たり前のこと聞くの?」

「声に出して聞いちゃったよこの子…」

「当り前じゃねえからだよ…」

こいつやばい、と3人が同時に悟った瞬間だった。ベニートはゆっくりと深呼吸をしてからアーサーに話しかける。

「アーサー。その傷、即戦闘離脱するレベルの怪我だと俺たちは思っている」

「え?!そうなの?!動けるのに?!」

「普通は動けない。お前痛くなかったのか?内臓がはみ出てチロチロしてたんだが?」

「痛かったけど…モニカのアッパーの方が痛かったし…」

「モニカのアッパーえげつないな?」

「お前のその…人並外れた痛み耐性は良いのか悪いのか分からないな…」

「アーサー。あなたは自分の体が傷つくことと、モニカの回復魔法に慣れすぎてると思うわ。これからは怪我をしたらすぐに戦闘離脱して回復して。じゃないと私たちの心臓がもたない」

「ご、ごめんなさい。そんな心配されるなんて思ってなくて…。あっ!そうだ!」

「ん?」

アーサーはおもむろにアイテムボックスをまさぐり始めた。取り出したのはリンクスの指輪。シャナから国宝級の貴重な物だと聞いていたので、紛失することを恐れてアイテムボックスにしまっていたのだ。指輪に紐を通し首にかけてから3人にニコっと笑った。

「これで大丈夫!!」

「何が大丈夫なんだ?」

「あのね、これ、すっごい指輪なんだ!これを付けてたら怪我が治るらしいよ!」

「それってつまり、加護魔法付きの指輪ってことか?」

「そう!」

「加護魔法って言っても微弱なものでしょう?」

「ううん!たぶんちがう!すごいらしいから!」

「説明がふんわりしてて要領を得ない…」

「うーん、正直僕もあんまり効果のほどが分からないんだよね。一回やってみよっか」

そう言うやいなや、アーサーがニコニコしながら自分の手首に剣を滑らせた。血がビュシュッと勢いよく吹き出したので大人たちが絶叫した。

「ぎゃーーーー!!なにしてんだお前!!…ん?」

「わ、すごい!」

ぱっくり切れた手首の傷が瞬く間に塞がった。その再生の速度はモニカの回復魔法に匹敵するほどだった。ベニートたちは信じられない光景に口をあんぐり開けている。

「う、うそ…」

「なんだよその指輪…。ただの加護魔法付きじゃないだろ…」

「お、俺…こんなすげえの初めて見た…」

「あっ、僕がこれ持ってるの誰にも内緒ね?なんか本当にすごいものらしくって…」

「言うかよ…。こんなやべえの持ってるって知られたら…殺されるぞ」

「ひっ…」

「アーサー、それ、本当にやばい代物だわ。本当に信頼してる人にしか持ってること言っちゃダメよ」

「う、うん」

「にしてもすげえな…」

指輪をまじまじと見ながら感心している3人に、アーサーがそわそわしながら話しかけた。手に持っているのは、モニカの毒魔法液。

「ねえ、みんな気にならない?この指輪がどこまで効果あるのか」

「お、おい。アーサー、お前何する気だ…?」

「それ、さっき使った毒魔法液じゃ…」

「怪我にこれほどの効果があるのなら…」

「きゃぁぁ!アーサー?!」

アデーレの叫び声が響き渡る中、アーサーが毒魔法液を一気飲みした。一滴残らず飲み干したあと、ほわぁ…と幸せそうな表情を浮かべる。

「あー…。最高だよモニカの毒魔法液…」

「え…?それ毒だよな?それともグレープジュースか?」

「グレープジュースじゃない?あんなおいしそうな顔してるし。もう、びっくりさせないでよアーサー」

「ゴフッ」

「?!」

安心したのも束の間、アーサーがどす黒い血を吐き出してぴくぴく痙攣し始めた。それなのにアーサーは相変わらず嬉しそうな顔をしている。

「わー。すごい。学院の頃よりモニカ毒魔法上手になってる」

「えっ?ジュースじゃないの?!」

「吐血、皮膚の変色、体中の痺れ、内臓破損…」

「ん?!ん?!待て待て待て今それお前の身に起こってることか?!」

「リンクスさんの指輪でも毒は治らないみたい。よかったぁ」

「なにが良かったの?!ベニート!!はやくエリクサー!」

「あ、ああ!!」

ベニートが2本目のエリクサーをアーサーの口内にドバドバと流し込む。そのおかげである程度毒は抜けたようで、吐血もおさまり皮膚も元の色に戻った。もう少し毒を堪能したかったアーサーは、残念そうな顔をしながら残りの毒を抜くために解毒薬を調合する。

「おいアーサー。なんでちょっとムスっとしてんだよ」

「してないもん」

「してる」

「してない」

「俺たちに言うことは?」

「…心配かけてごめんなさい」

「分かってるならいい」

「もう毒なんて飲んじゃだめよ?」

「はぁい…」

自分で作った薬を飲んでいるアーサーの向かいで、ベニートがモニカ特製マップを開いて眺めていた。隣にいたアデーレも、モニカのメモを読んで頬を緩めている。そんな彼女に「ここ見ろ」とモニカのメモのひとつを指さした。

「やっとモニカがマップに書いてたことが分かった。ここ見ろよ、"毒があるけど刺されに行っちゃダメだよ"って書いてあるだろ?アーサーこいつ、毒が好きなんだ」

「ええ…?どんな嗜好?」

「さあ。俺にはさっぱり」

一方、イェルドはアーサーに話しかけている。

「なあアーサー!お前がさっき飲んだの、本当に毒だったのか?!」

「うん。カックロウチにかけたやつと同じ毒だよ」

「へえ!お前すっげーうまそうに飲んでたけど、毒ってそんなうまいのか?」

毒に興味を持ってもらえたことが嬉しかったのか、アーサーは目を輝かせて身を乗り出した。

「あ!イェルド毒に興味あるの?!あのね、毒はおいしくないよ!でもね、なんだろう、体を蝕んでいく感じ?あれがクセになっちゃんだよね!!じわじわ体の感覚がなくなっていったり、胸が気持ち悪くなって血を吐いたりするのとか!このモニカの毒は最高級だよ!!最上の苦しみを与えてくれる魔法の液体!!」

「んな大げさな!どうせかるーい毒なんだろお?だってお前すっげーニコニコしてたじゃないか!強い毒ならあんな顔できねえって!」

「そうなのかなあ?僕が今まで飲んだ毒でも1,2を争うくらい強い毒だと思うけど…」

「どれどれ!俺が確かめてやろう!」

「わっ、だめだよイェルド!ベニートに怒られちゃうよ!」

「だーいじょうぶだって!俺もちっとは毒耐性あるし!それにエリクサーとお前の薬飲めば治るんだから!」

「せ、せめて一滴だけにして?!うわ、こわい!人が毒を飲むの見るのってこんなに怖いの?!」

「はいはい。じゃあ一滴だけな」

イェルドが舌の先に一滴だけモニカの毒を落とす。その瞬間、イェルドは「ぐぁぁぁっ!!」と呻きながら倒れこんだ。ガクガクと痙攣して嘔吐と吐血をした。瞬く間に皮膚が真っ黒になり、苦し気に地面に爪を立てている。アーサーは慌ててエリクサーをイェルドに飲ませ、容態を診て薬の調合を始めた。地図を見て微笑んでたベニートとアデーレも異変に気付き顔を上げて呆然としている。

「な…なにしてんだ、お前ら…?」

「あ、えっと…」

「もしかして、イェルドも毒飲んだの?」

「い、一滴だけ…」

「…本当になにしてるの?」

「ぢが…、アーサーわるぐない…俺、勝手に飲んだ…っ」

「アーサー、イェルドは治るのか?」

「治る…。エリクサー飲ませたし、もうすぐ薬できるから…っ」

「早く治してくれ。説教しなきゃいけないからな」

「だっで…。アーサーが…すげーうまそうに飲んでたから…俺も飲んでみたくなっで…」

「…考えがアホすぎるわイェルド。どう考えたってアーサーが強い毒耐性持ちなのくらい分かるでしょ」

「生命力の強いカックロウチを一匹残らず瞬殺する毒だぞ?あれを一本丸々飲んでアレだったんだぞ?間違いなく強い毒耐性持ちだろ…。お前の毒耐性じゃ耐えられないことくらい分かれよ…」

「ずみまぜんでじだ…」

エリクサーとアーサーの薬によって、無事イェルドは解毒された。だがそのあとベニートとアデーレにこっぴどく叱られたことは言うまでもない。アーサーとイェルドは、迷惑をかけた罰として休憩場所の掃除(吐血と吐瀉物でひどいことになっていたので)と、夜の見張りを命じられた。深く反省した二人は翌朝起きたベニートとアデーレに、もう二度とあのようなことはしませんと地面に頭をこすりつけて謝り倒した。
しおりを挟む
感想 494

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。