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淫魔編:先輩の背中
【218話】ルアンダンジョン最奥
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「ひっ?!」
休憩中、突然アデーレが変な声を出した。他のメンバーの視線が彼女に集まる。アデーレは驚いた猫のように毛を逆立てて固まっていた。ベニートが不思議そうに声をかける。
「どうした?」
「ふ…ふともも…私の…」
「?」
彼女の太ももに目を向けると、一匹の虫型魔物がカサカサとそこを這っていた。短パンとニーハイソックスの間の素肌部分を這い始めた瞬間、アデーレが「きゃぁぁぁ!!!」と隣に座っていたベニートに抱きついた。彼の服をぎゅっと掴み、涙目で叫んでいる。
「誰か!誰か取ってぇぇ!!」
「はあ?ただのカックロウチじゃないか。なにをそんな叫ぶことが…」
「アデーレお前今まで何体の虫型魔物やってきたんだよ!そんなちっさい魔物一匹になにビビってんだ?!」
「私!カックロウチだけはダメなの!!黒光りしてるこの見た目も!!ウヨウヨ動く触角と手足も!!無駄に素早い動きとやたら強い生命力もぜんぶ!!ぜんぶだめなのーーー!!誰かはやく!!」
アデーレが喚き散らしている間にもカックロウチは彼女の体を這いのぼる。アデーレでも冷静さを失う事があるんだなあとアーサーは呑気に考えていた。イェルドはアーサーをつつき彼女の背後を指さす。よく見ると約50匹のカックロウチが地面を這っていた。
「わ」
「シッ、言うなよ?」
「う、うん」
ベニートもそれに気付いたようだ。アデーレの太ももを這っていたカックロウチを手で払い、抱き寄せて反対側に移動させる。
「アデーレ。絶対振り返るなよ」
「え?う、うん…」
「アーサー。毒持ってるか?」
「持ってるよ。モニカ特製の毒魔法液」
「それ使っていいか?」
「もちろん」
「イェルド、予備の鍋くれ」
「あいよ」
鍋と毒魔法液を受け取ったベニートは、さっとカックロウチの群れの上に鍋を被せた。鍋に入らなかったカックロウチを3人で寄せ集め中へ押し込む。鍋の底に矢じりで複数の穴を開け、そこから毒を流し込んだ。鍋の中から「キィィィ…」と苦しんでいる音や、苦しんで暴れている羽音が聞こえてくる。しばらく時間をおくと静かになったので中を確認すると、ひっくり返って息絶えているカックロウチが見えた。「へえ、動けなくなるようにと思って毒を使ったんだが死んだか」とベニートが呟き、それを手早く火に投げ入れて証拠隠滅をしてからアデーレに声をかける。
「アデーレ。悪い、待たせたな」
「お、終わった…?」
「終わった。もう大丈夫だ」
「ほんと…?他にもいたんでしょ?何匹いたの?」
「…5匹だ」
「本当に?」
「本当だって。5匹とも火の中に捨てたから姿はないしな。安心しろ」
ぷるぷる震えながらアデーレが振り向いた。確かにもうカックロウチはいない。それでもまだ怖いのか、ベニートの隣にぴったりとくっついて不安そうにしている。ベニートは困ったようにアデーレの背中をさすった。
「ソルジャーアントでも大ムカデでも怖がらないお前が、カックロウチが苦手だとは知らなかったな」
「だって気持ち悪いじゃない…。何なのよあれ…。なんであんなカサカサ動くの…?」
「虫ってだいたいカサカサ動かないかあ?」
「よく見るとカックロウチの顔けっこうかわいいよー?」
「アーサーは一体なにを言ってるの…?」
「苦手なもんは誰にでもあるもんさ。これからは休憩場所にカックロウチがいないかちゃんと確認する」
「ありがとうベニート…」
この場所に長居するのはアデーレの精神上良くないと判断したベニートたちは、空洞を出て掃討再開することにした。体力回復したアデーレは、カックロウチで半泣きになりながら震えていたとは思えないパワフルさで魔物を蹴散らしていく。ダンジョン内にもカックロウチが足元でウヨウヨしていることもあったが、それらはアデーレに気付かれないようイェルドがさりげなく踏みつぶしていた。
それから3時間後、とうとうダンジョンの最奥に辿り着いた。そこには約500体のオークの群れがいた。道中で遭遇したオークよりも知性があるようで、全員が岩で作ったであろう武器を手に持っていた。イェルドは最奥にいる一体のオークを見てヒューと口笛を吹いた。
「ベニート、あれ見ろよ」
「はっ、王様ごっこか」
「王様ごっこ?」
「アーサー、一番奥のデカいオークが見えるか?岩を削って作った椅子に座ってるやつ」
「見えない…。うようよいるオークが邪魔で…」
「ほら、これで見えるかぁ?」
「わ!」
イェルドがアーサーを抱き上げて見晴らしを良くした。オークの群れの向こうで、デンと偉そうに構えて座っている巨大なオークがいる。頭の上には冠のように鍋を乗せていた。椅子の周りには武器やアクセサリー、食器、食材など、人から奪ったものが宝物のように並べられていた。そしてそのオークの足元には、死亡した冒険者たちの死体が山積みになっている。
「わ…あ、あれ…」
「ベニート?最新版の魔物表はいつ発行されたものだった?こんな発達したオークの集落があるなんて記載はなかったわ」
「9か月前だな。その間にずいぶん発展したみたいだ」
「なるほど。あの大きいオークが発生してから急激に発展したのね」
「発生?」
アーサーが首を傾げているとアデーレが解説してくれた。
「魔物が生まれる方法っていろいろあってね。繁殖行為をすることもあれば、死体から新しい個体が発生することもあるし、魂魄が何かに憑依して新しい魔物として生まれ変わることもある。あのオークはおそらく死体から発生したものよ。突然変異はだいたい死体から生まれたものだから」
「ダンジョンが魔物の死体捨て場だってことは知ってるよな?冒険者が外で狩った魔物の死体を、ギルド関係者がここまで運んで捨てるんだ。このダンジョンで死体を捨てる場所は5か所ある。そのうちの一か所がここの近くにあるんだ。おそらくそこから発生したものだろうな」
「魔物が死体から生まれるの見たことあるよ!モニカが赤ちゃんのゴブリンを見てかわいいって言ってたからよく覚えてる…」
「モニカ、変わってんな…」
「突然変異の巨体オークさんは普通のやつより知性が高いらしい。どこで知ったか王様ぶってふんぞり返ってやがる」
「それを知らずに来たGクラスやFクラスの冒険者はオークの餌になってしまったみたいね…。それでもマップの更新がなかったことに闇を感じるわ。これほどの死者が出てるのにギルドが不審に思わないほど、低級冒険者がダンジョンで死んでしまうことが日常茶飯事だってことなんだから」
「ひえ…」
「G級冒険者がダンジョンで死ぬ確率60パーセント!F級が死ぬ確率50パーセント!その数字は伊達じゃねえなあ!」
「そ、そんなに死んじゃうの?!」
「アーサーはカミーユさんみたいな冒険者が普通だと思ってるのか?もしそうならそれは大きな間違いだ。言っとくが俺らでさえ優秀な方なんだぞ。冒険者は人気がある職業だ。そしてなろうと思えば誰でもなれてしまう。名前を書いて銀貨5枚渡せば誰だってな。力がないやつ、命知らずなやつはたくさんいる。それこそ掃いて捨てるほどに」
「G級F級は振るいなの。冒険者は誰にだってなれるけど、命の保証はだれもしてくれない。ギルドの役に立てるかどうかはまた別の話。G級F級は弱い人たちを振るい落とすためにある」
「振るい落とす…?」
「つまり、死ぬか、挫折して辞めるか、だな」
「E級に昇格できる冒険者はG級の約2割と言われてる。いまあそこで死んでる冒険者たちは…その振るいに落とされたやつらだ」
「……」
ギルドの闇…。思い返せばアーサーにも心当たりがあった。G級の時に受けた魔物討伐依頼。完了を証明するためには魔物の体の一部を10体分持って帰らなければならない。だが、魔物の群れの中でそれを持って帰るためには、10倍ほどの魔物を倒さなければ不可能だ。その時にアーサーも、幼いながらにギルドの闇を感じた。
「恐ろしい職業だよまったく…」
ベニートはため息をつきながら弓を構えた。
「無駄話はここまでだ。まずは雑魚オークを減らすぞ。オウサマはその後だ」
「あいよっ!」
「イェルド、オークの武器に充分気を付けるのよ」
「分かった!アデーレは足元のカックロウチに気を付けろよな!」
「えっ?きゃ、きゃぁぁぁ!!!」
足元を見ると、地面が真っ黒に見えるほどカックロウチが大量発生していた。アデーレはカクカク震えて動けなくなってしまう。ベニートはイェルドの頭を思いっきりはたいてからアデーレを抱きかかえた。
「おいイェルド余計なことを言うなバカ!!アーサー!近距離戦に切り替えてくれるか!俺はアデーレをカックロウチのいない場所まで避難させてからすぐ戻る!」
「わかった!」
アーサーは弓から剣に持ち替え、イェルドと一緒にオークの群れに突撃した。イェルドが道を作ってくれるので戦いやすい。オークの攻撃をかわしながらオークに斬りかかる。まだアーサーの背丈ではオークの首まで手が届かないので、心臓を狙って剣を振った。
(弓も良いけどやっぱり剣の方が好きだなあ。攻撃を避けるのもドキドキしてちょっと楽しいし)
「なんだアーサー楽しそうだな?!」
「えっ?!」
槍でオークを突き刺しながら、振り返りざまにイェルドが言った。
「笑ってるぞ!」
「え!笑ってた?!」
「おう!楽しいよな!」
「た、たのしくないもん!まじめにしてるもん!」
「嘘つけ!お前は弓より剣握ってるときのほうがイキイキしてる!ニッコニコだ!」
「ちょ、ちょっと久しぶりに剣握ってテンション上がっただけだし!」
「ははは!そういうことにしといてやるか!うるぁぁぁっ!」
イェルドがオーク3体を串刺しにする。槍を引き抜いて返り血を浴びているときの目がギラギラと光っていた。
(ぼ…僕も戦ってる時あんな表情してるのかな。そうだとしたらちょっと怖いなあ…)
「おいアーサー後ろ!」
「えっ」
「グォァァッ!!」
イェルドの叫び声とオークの断末魔が同時に聞こえてきた。アーサーが振り返ると、武器を振りかぶったオークが、胸から矢じりを覗かせバタリと倒れた。その射線にベニートが立っている。アデーレを避難させて戻って来たのだろう。アーサーの危険を察知して慌てて弓を引いたのか、体勢が整っていない状態だったのが分かる。ベニートは肩で息をしながらアーサーを怒鳴りつけた。
「アーサー!!近接戦でよそ見をするな!!死んでたぞお前!!」
「ごっ、ごめんなさいっ!!」
「弓で見せた集中力はどこへ行ったんだ!!背後はある程度俺が守ってやれるが自分でも注意はしろ!!特に近接戦で他の事を考えるんじゃない!!このバカ!!」
「すみませんっ!!」
「遺書をモニカに読ませる気か!!」
「っ!」
「死にたくないんだろう!!だったら死なないよう動け!!」
「はいっ!!」
それからのアーサーは人が変わったように集中力が上がった。近くで戦っていたイェルドにもそれが伝わり、彼の闘志がまた一段と上がる。洗練な動きで舞のように剣を振るアーサーと、豪快に槍を振り回すイェルドの姿は、遠くで見ていたアデーレがつい見惚れてしまうほどだった。
休憩中、突然アデーレが変な声を出した。他のメンバーの視線が彼女に集まる。アデーレは驚いた猫のように毛を逆立てて固まっていた。ベニートが不思議そうに声をかける。
「どうした?」
「ふ…ふともも…私の…」
「?」
彼女の太ももに目を向けると、一匹の虫型魔物がカサカサとそこを這っていた。短パンとニーハイソックスの間の素肌部分を這い始めた瞬間、アデーレが「きゃぁぁぁ!!!」と隣に座っていたベニートに抱きついた。彼の服をぎゅっと掴み、涙目で叫んでいる。
「誰か!誰か取ってぇぇ!!」
「はあ?ただのカックロウチじゃないか。なにをそんな叫ぶことが…」
「アデーレお前今まで何体の虫型魔物やってきたんだよ!そんなちっさい魔物一匹になにビビってんだ?!」
「私!カックロウチだけはダメなの!!黒光りしてるこの見た目も!!ウヨウヨ動く触角と手足も!!無駄に素早い動きとやたら強い生命力もぜんぶ!!ぜんぶだめなのーーー!!誰かはやく!!」
アデーレが喚き散らしている間にもカックロウチは彼女の体を這いのぼる。アデーレでも冷静さを失う事があるんだなあとアーサーは呑気に考えていた。イェルドはアーサーをつつき彼女の背後を指さす。よく見ると約50匹のカックロウチが地面を這っていた。
「わ」
「シッ、言うなよ?」
「う、うん」
ベニートもそれに気付いたようだ。アデーレの太ももを這っていたカックロウチを手で払い、抱き寄せて反対側に移動させる。
「アデーレ。絶対振り返るなよ」
「え?う、うん…」
「アーサー。毒持ってるか?」
「持ってるよ。モニカ特製の毒魔法液」
「それ使っていいか?」
「もちろん」
「イェルド、予備の鍋くれ」
「あいよ」
鍋と毒魔法液を受け取ったベニートは、さっとカックロウチの群れの上に鍋を被せた。鍋に入らなかったカックロウチを3人で寄せ集め中へ押し込む。鍋の底に矢じりで複数の穴を開け、そこから毒を流し込んだ。鍋の中から「キィィィ…」と苦しんでいる音や、苦しんで暴れている羽音が聞こえてくる。しばらく時間をおくと静かになったので中を確認すると、ひっくり返って息絶えているカックロウチが見えた。「へえ、動けなくなるようにと思って毒を使ったんだが死んだか」とベニートが呟き、それを手早く火に投げ入れて証拠隠滅をしてからアデーレに声をかける。
「アデーレ。悪い、待たせたな」
「お、終わった…?」
「終わった。もう大丈夫だ」
「ほんと…?他にもいたんでしょ?何匹いたの?」
「…5匹だ」
「本当に?」
「本当だって。5匹とも火の中に捨てたから姿はないしな。安心しろ」
ぷるぷる震えながらアデーレが振り向いた。確かにもうカックロウチはいない。それでもまだ怖いのか、ベニートの隣にぴったりとくっついて不安そうにしている。ベニートは困ったようにアデーレの背中をさすった。
「ソルジャーアントでも大ムカデでも怖がらないお前が、カックロウチが苦手だとは知らなかったな」
「だって気持ち悪いじゃない…。何なのよあれ…。なんであんなカサカサ動くの…?」
「虫ってだいたいカサカサ動かないかあ?」
「よく見るとカックロウチの顔けっこうかわいいよー?」
「アーサーは一体なにを言ってるの…?」
「苦手なもんは誰にでもあるもんさ。これからは休憩場所にカックロウチがいないかちゃんと確認する」
「ありがとうベニート…」
この場所に長居するのはアデーレの精神上良くないと判断したベニートたちは、空洞を出て掃討再開することにした。体力回復したアデーレは、カックロウチで半泣きになりながら震えていたとは思えないパワフルさで魔物を蹴散らしていく。ダンジョン内にもカックロウチが足元でウヨウヨしていることもあったが、それらはアデーレに気付かれないようイェルドがさりげなく踏みつぶしていた。
それから3時間後、とうとうダンジョンの最奥に辿り着いた。そこには約500体のオークの群れがいた。道中で遭遇したオークよりも知性があるようで、全員が岩で作ったであろう武器を手に持っていた。イェルドは最奥にいる一体のオークを見てヒューと口笛を吹いた。
「ベニート、あれ見ろよ」
「はっ、王様ごっこか」
「王様ごっこ?」
「アーサー、一番奥のデカいオークが見えるか?岩を削って作った椅子に座ってるやつ」
「見えない…。うようよいるオークが邪魔で…」
「ほら、これで見えるかぁ?」
「わ!」
イェルドがアーサーを抱き上げて見晴らしを良くした。オークの群れの向こうで、デンと偉そうに構えて座っている巨大なオークがいる。頭の上には冠のように鍋を乗せていた。椅子の周りには武器やアクセサリー、食器、食材など、人から奪ったものが宝物のように並べられていた。そしてそのオークの足元には、死亡した冒険者たちの死体が山積みになっている。
「わ…あ、あれ…」
「ベニート?最新版の魔物表はいつ発行されたものだった?こんな発達したオークの集落があるなんて記載はなかったわ」
「9か月前だな。その間にずいぶん発展したみたいだ」
「なるほど。あの大きいオークが発生してから急激に発展したのね」
「発生?」
アーサーが首を傾げているとアデーレが解説してくれた。
「魔物が生まれる方法っていろいろあってね。繁殖行為をすることもあれば、死体から新しい個体が発生することもあるし、魂魄が何かに憑依して新しい魔物として生まれ変わることもある。あのオークはおそらく死体から発生したものよ。突然変異はだいたい死体から生まれたものだから」
「ダンジョンが魔物の死体捨て場だってことは知ってるよな?冒険者が外で狩った魔物の死体を、ギルド関係者がここまで運んで捨てるんだ。このダンジョンで死体を捨てる場所は5か所ある。そのうちの一か所がここの近くにあるんだ。おそらくそこから発生したものだろうな」
「魔物が死体から生まれるの見たことあるよ!モニカが赤ちゃんのゴブリンを見てかわいいって言ってたからよく覚えてる…」
「モニカ、変わってんな…」
「突然変異の巨体オークさんは普通のやつより知性が高いらしい。どこで知ったか王様ぶってふんぞり返ってやがる」
「それを知らずに来たGクラスやFクラスの冒険者はオークの餌になってしまったみたいね…。それでもマップの更新がなかったことに闇を感じるわ。これほどの死者が出てるのにギルドが不審に思わないほど、低級冒険者がダンジョンで死んでしまうことが日常茶飯事だってことなんだから」
「ひえ…」
「G級冒険者がダンジョンで死ぬ確率60パーセント!F級が死ぬ確率50パーセント!その数字は伊達じゃねえなあ!」
「そ、そんなに死んじゃうの?!」
「アーサーはカミーユさんみたいな冒険者が普通だと思ってるのか?もしそうならそれは大きな間違いだ。言っとくが俺らでさえ優秀な方なんだぞ。冒険者は人気がある職業だ。そしてなろうと思えば誰でもなれてしまう。名前を書いて銀貨5枚渡せば誰だってな。力がないやつ、命知らずなやつはたくさんいる。それこそ掃いて捨てるほどに」
「G級F級は振るいなの。冒険者は誰にだってなれるけど、命の保証はだれもしてくれない。ギルドの役に立てるかどうかはまた別の話。G級F級は弱い人たちを振るい落とすためにある」
「振るい落とす…?」
「つまり、死ぬか、挫折して辞めるか、だな」
「E級に昇格できる冒険者はG級の約2割と言われてる。いまあそこで死んでる冒険者たちは…その振るいに落とされたやつらだ」
「……」
ギルドの闇…。思い返せばアーサーにも心当たりがあった。G級の時に受けた魔物討伐依頼。完了を証明するためには魔物の体の一部を10体分持って帰らなければならない。だが、魔物の群れの中でそれを持って帰るためには、10倍ほどの魔物を倒さなければ不可能だ。その時にアーサーも、幼いながらにギルドの闇を感じた。
「恐ろしい職業だよまったく…」
ベニートはため息をつきながら弓を構えた。
「無駄話はここまでだ。まずは雑魚オークを減らすぞ。オウサマはその後だ」
「あいよっ!」
「イェルド、オークの武器に充分気を付けるのよ」
「分かった!アデーレは足元のカックロウチに気を付けろよな!」
「えっ?きゃ、きゃぁぁぁ!!!」
足元を見ると、地面が真っ黒に見えるほどカックロウチが大量発生していた。アデーレはカクカク震えて動けなくなってしまう。ベニートはイェルドの頭を思いっきりはたいてからアデーレを抱きかかえた。
「おいイェルド余計なことを言うなバカ!!アーサー!近距離戦に切り替えてくれるか!俺はアデーレをカックロウチのいない場所まで避難させてからすぐ戻る!」
「わかった!」
アーサーは弓から剣に持ち替え、イェルドと一緒にオークの群れに突撃した。イェルドが道を作ってくれるので戦いやすい。オークの攻撃をかわしながらオークに斬りかかる。まだアーサーの背丈ではオークの首まで手が届かないので、心臓を狙って剣を振った。
(弓も良いけどやっぱり剣の方が好きだなあ。攻撃を避けるのもドキドキしてちょっと楽しいし)
「なんだアーサー楽しそうだな?!」
「えっ?!」
槍でオークを突き刺しながら、振り返りざまにイェルドが言った。
「笑ってるぞ!」
「え!笑ってた?!」
「おう!楽しいよな!」
「た、たのしくないもん!まじめにしてるもん!」
「嘘つけ!お前は弓より剣握ってるときのほうがイキイキしてる!ニッコニコだ!」
「ちょ、ちょっと久しぶりに剣握ってテンション上がっただけだし!」
「ははは!そういうことにしといてやるか!うるぁぁぁっ!」
イェルドがオーク3体を串刺しにする。槍を引き抜いて返り血を浴びているときの目がギラギラと光っていた。
(ぼ…僕も戦ってる時あんな表情してるのかな。そうだとしたらちょっと怖いなあ…)
「おいアーサー後ろ!」
「えっ」
「グォァァッ!!」
イェルドの叫び声とオークの断末魔が同時に聞こえてきた。アーサーが振り返ると、武器を振りかぶったオークが、胸から矢じりを覗かせバタリと倒れた。その射線にベニートが立っている。アデーレを避難させて戻って来たのだろう。アーサーの危険を察知して慌てて弓を引いたのか、体勢が整っていない状態だったのが分かる。ベニートは肩で息をしながらアーサーを怒鳴りつけた。
「アーサー!!近接戦でよそ見をするな!!死んでたぞお前!!」
「ごっ、ごめんなさいっ!!」
「弓で見せた集中力はどこへ行ったんだ!!背後はある程度俺が守ってやれるが自分でも注意はしろ!!特に近接戦で他の事を考えるんじゃない!!このバカ!!」
「すみませんっ!!」
「遺書をモニカに読ませる気か!!」
「っ!」
「死にたくないんだろう!!だったら死なないよう動け!!」
「はいっ!!」
それからのアーサーは人が変わったように集中力が上がった。近くで戦っていたイェルドにもそれが伝わり、彼の闘志がまた一段と上がる。洗練な動きで舞のように剣を振るアーサーと、豪快に槍を振り回すイェルドの姿は、遠くで見ていたアデーレがつい見惚れてしまうほどだった。
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