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淫魔編:フォントメウ

【211話】フォントメウ最終日

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「アーサー、モニカ、準備はできたかしら?」

「うん!」

「ばっちり!」

翌朝、寝室で帰り支度をしていた双子にシャナが声をかけた。ちょうどアイテムボックスに荷物を詰め込み終えたところだったので、アーサーとモニカは親指を立ててニカっと笑った。部屋を出て、リビングでまったりとしているツェンとフェゥにお別れのハグをする。

「おじいさん、おばあさん。お世話になりました!」

「またいつでもおいで」

「ありがとう!」

シャナの祖父母に見送られながら、シャナ、ユーリ、アーサー、モニカは家を出た。町を歩いていると、チィやリンクス、リゥ、ユエなど、昨日買い物をした店の店主が、店の窓から手を振って見送ってくれた。(リンクスは店から飛び出してアーサーとユーリの頬に真っ赤なキスマークをつけた)

フォントメウとヒトの世を繋げている長い階段を下ろうとしたとき、シャナがモニカの肩に手を置いた。

「ん?どうしたのシャナ?」

「アーサー、ユーリ。あなたたちは先に階段を降りて馬車に乗ってて。私とモニカはマーニャ様に呼ばれているから、ちょっと行かなきゃいけないの」

「えっ?!」

そんな話を聞いていなかったモニカがあからさまに嫌な顔をした。マーニャが白翼狼を最も敬愛しているエルフだと聞いていたので、また恭しく跪かれてしまうと思ったのだ。アーサーは妹を心配して声をかける。

「大丈夫だよ、マーニャ様はモニカにひどいことなんてしないよ」

「分かってる…。でも、またお姫様みたいに扱われるぅ…。やだぁ…」

「…僕もついていこうか?」

モニカはブンブンと首を横に振った。フーワの時と同じように、きっとマーニャもアーサーにひどいことを言うと分かっていたからだ。アーサーもそれは分かっているだろう。本当は行きたくないはずだ。アーサーに心配をかけまいと、モニカは無理矢理笑って見せた。

「ううん!シャナがいてくれるから大丈夫だよ。ありがとうアーサー」

「…うん。じゃ、馬車で待ってるね」

アーサーとユーリに手を振りながら、モニカはシャナと町の中心に建っている塔へ向かった。一番上まで登ると、そこにはプラチナブランドの髪を束ねた壮年が立っていた。モニカの姿を見ると、ゆっくりと膝を床につき頭を下げる。

「お待ちしておりました。白翼狼の御子よ」

「は、はい…」

「無事穢れを落とすことができたようですね」

「はい…」

「よろしければ近くでご尊顔を拝見してもよろしいでしょうか」

「ゴ、ゴソンガン…?」

「顔のことよ。モニカ、マーニャ様にお顔をよく見せてあげて」

「う、うん…」

モニカはマーニャの目の前まで近づき、彼と目線が合うようにしゃがんだ。俯いていたマーニャは顔を上げてモニカをじっと見つめる。

「おお…。なんと美しい…」

「うぅ…」

「触れてもよろしいでしょうか?」

「は、はい…」

彼は震える手でモニカの髪に触れ、頬に手を添えた。それだけなのにポロポロと涙を流したのでモニカはぎょっとした。

「マ、マーニャ様…?」

「私に敬称など必要ありません。どうぞ、マーニャとお呼びください」

「マ、マーニャ…」

「ああ御子よ…。名を呼んでいただけるなど…」

「マーニャ様。本日はなぜ私とモニカを呼ばれたのですか?まさかモニカの顔をじっくりと見たかっただけですの?」

なかなか本題に入ろうとしないマーニャに、シャナがうんざりした口調で尋ねた。マーニャは我に返り裾から指輪を取り出し、モニカの親指にはめる。フォントメウの建物と同じ材質でできており、宝石は埋め込まれいないシンプルなデザインのものだった。

「これは…?」

「私の加護魔法を込めた指輪でございます」

「なっ…?!」

うしろからシャナの息を飲む声が聞こえた。マーニャはそれを無視して話を続ける。

「私の加護魔法、それは状態異常耐性。これを身につけていれば、あらゆる状態異常を防ぐことができます。もう二度と、貴女様が魔物に穢されぬようにと私たちエルフの願いを込めてお作りいたしました」

モニカでさえ、すべての状態異常耐性を持つ加護魔法を付与されたこの指輪が、とんでもないほど強力で希少であることが分かった。

「マーニャ、本当にこんなすごいものもらっちゃっていいの…?きっと、とっても珍しいものなんでしょう?」

「ええ。私の加護魔法を付与したアクセサリーはこちらのものを含めこの世に3つしかございません。2つはフォントメウで暮らしている私の家族が持っておりますので、ヒトの世に出るのはこれが初めてです」

「そ、そんな希少なものもらっちゃうなんて…」

「御迷惑でなければ、どうか」

モニカはちらりとシャナを見た。シャナは呆然とその指輪を眺めながらコクコクと頷いている。もらっておきなさいということだろう。モニカはマーニャの手を握り「ありがとう、マーニャ」と礼を言った。

「大切にします」

「ああ…!ありがたき幸せ…!お役に立てることが私の喜びでございます…!」

「でも、こんなすごいものをタダでもらうって訳にもいかないから…」

モニカはアイテムボックスをまさぐり、聖魔法液を10本取り出してマーニャに渡した。

「こんなものじゃ釣り合わないと思うけど、これ、私の魔法で作った聖魔法液なの。エルフは聖魔法を使えないでしょう?もし聖魔法が必要になったら、これを使ってください」

「なっ…御子は聖魔法を使えるのですか…?」

「うん」

「やはり御子は…本当に白翼狼の血を引いているのでは…?!」

「ううん。それはないわ。もらってくれますか?」

「ありがたく頂戴いたします…。我が町の宝として、代々伝えてまいりましょう」

「え…」

思っていたよりもたいそうな物として扱われてしまい、モニカはなんとも言えない顔をした。そんな彼女にマーニャはもうひとつ贈り物をした。それは白い毛並みの美しいインコだった。

「御子よ…。ヒトの世では様々な苦難が待っておりましょう。もしも助けが必要であれば、いつでも私をお呼びください。

ヒトの世のインコではフォントメウに辿り着くことができません。こちらのインコはフォントメウで生まれたもの。フォントメウをその目に映すことができます。なにかあればこれを私の元まで飛ばしてください。その時は、我が命に代えて貴女様をお守りすることを誓いましょう。私だけではない。我ら老いぼれエルフはみな、私と同じ気持ちでございます」

モニカはそのインコを受け取り頭を撫でた。フォントメウで育ったものはインコでさえ美しく育つのかと感心した。インコをアイテムボックスにそっとしまい、マーニャに向かって微笑んだ。

「ありがとう。マーニャも、もし私の力が必要ならいつでも呼んでね。経験が足りない私でできることは少ないだろうけど…。穢れた私と兄を助けてくれたこの恩を、いつかちゃんとお返したいから」

「有難きお言葉…」

「さて、終わりましたか?そろそろ帰らなければいけませんので、これで」

ずっと話を切り上げるタイミングを見計らっていたシャナがすぐさま声をかけた。もっとモニカと話していたいマーニャは恨めし気にシャナを睨んだが、あまり長時間引き留めても迷惑だと考えたのか黙って頷いた。

「さ、モニカ行きましょう」

「うん」

「御子よ…」

「ん?」

シャナに手を引かれて歩き出したモニカにマーニャが声をかけた。

「貴女様とその兄に、幸多からんことを」

「…ありがとう。マーニャ」

◇◇◇

「ちょっとちょっとちょっと!!」

塔から出た瞬間、シャナがモニカの指に嵌められた指輪を凝視しながら興奮しきった声を出した。

「マーニャ様の加護が付与された指輪ですって?!?!なんてものをいただいてしまったのあなた!!!」

「や、やっぱりすごいものなのね…?」

「すごいどころじゃない…。こんなの国宝級よ!!いえ、国宝級なのはリンクスの指輪ね。この指輪は…これを取り合って国同士が戦争を始めてもおかしくないほどのものなのよ…!」

「えええ?!」

「あなた、本当に気を付けなさい?分かる人には分かってしまうかもしれないから。指になんて嵌めてちゃだめ。紐に通して首にかけておきなさい。もちろん服の中に隠すのよ?アーサーにも言っておかないと…」

「ひぇぇ…」

「アーサーと言いモニカと言い…とんでもないものを手に入れてしまったわね…」

ほんと、人たらしなんだからこの子たちは…と呟きながら、シャナはモニカの手を引いて馬車に乗った。馬車の中で待っていたアーサーとユーリは、暇つぶしに薬をゴリゴリ調合していた。

「アーサーの薬ってキメが細かくてほんとうに質がいいね」

「ユーリは質も良い上に調合が早いね!さすが現役薬屋店主だなあ」

「質はアーサーのものに劣るけどね。…あ、母さんとモニカ」

「おかえりなさい!モニカ、どうだった?」

「なんかすごい物もらっちゃった…」

アーサーの隣に座りながら、疲労したモニカがおっさんのようなため息をついた。アーサーとユーリがマーニャの指輪を見て大騒ぎしている間に、シャナが御者に合図して馬車を走らせる。ポントワーブへ戻るまでの3日間、行きとは打って変わって馬車の中は賑やかで笑いが絶えなかった。
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