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淫魔編:フォントメウ

【201話】シャナの師匠

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「いいえ?杖は目覚めるわよ」

「「えっ?」」

明け方に飛び起きた双子に、杖について問い詰められたシャナがキッパリとそう言った。

誘惑から目が覚めたモニカは、6人で食卓を囲んだ後、加護魔法を受けるためにシャナの寝室へ招かれた。だが、やっと再会できた兄と離れたくないと駄々をこねたので、アーサーを呼び3人でひとつのベッドで眠ることになった。シャナはモニカを抱きしめて加護魔法をかけ、モニカはアーサーにしがみついて眠っていた。

起きた途端にワンワンと泣き出した双子をあやしながら、シャナは優しく声をかけた。

「なるほど、モニカと密着していたアーサーも同じ夢を見てしまったのね。そこであなたたちはブナとお話をしたと」

「うんっ…。杖が言ってたよ…。もう杖、焼かれちゃったって…。もうお別れだって…」

「いいえ。私はブナを焼いたりしていないわ。ちゃんと大切に保管してる。だから大丈夫よ」

「本当に…?」

「ええ。確かに本来は…杖はやってはいけないことをしてしまったから、焼却処分しなければならないのだけど。でも、あなたたちを守りたい一心で約束事を破ったブナを焼くことなんて、私にはできなかった」

「シャナ…。杖を見せて…」

モニカがそうお願いすると、シャナはアイテムボックスから砕けた杖を取り出した。あまりに無惨な杖の姿を見てモニカは「ひっ…」と息をのんだ。アーサーは杖だったものに触れぽたぽたと涙を落とす。

「つ、杖…。こんなになっちゃうまで…無理して…っ。ごめんね…。僕、気付けなくて…。ごめんね…」

「アーサー、あなたは魔力がないから気付かないのも無理はないわ。あまり自分を責めないで」

「うっ…うぅ…っ」

「シャナ…杖が…杖じゃないみたい…。いつもの杖じゃないよ…」

「モニカなら分かってしまうわよね…。そう。ブナはもう魔力を失った。生気も感じられないでしょう?」

「うん…。これは眠ってるっていうより…」

「いいえ。ブナは完全に消えてしまったわけではないわ。この杖の中にブナの残滓を感じるの。この杖の芯をもとに、ブナを呼び戻すことが可能…だと思う」

曖昧な語尾を付けられて双子は不安げな表情をした。シャナも少しばかり自信がなさそうに見えた。

「ごめんなさい。確実にできるとは言い切れない。でも…私はできると思っているわ。私と、モニカと、アーサーと…そしてもう一人の協力で」

「もう一人ってだあれ?」

「フーワという、フォントメウに住まう杖師よ。私の師匠で…実は200年前に喧嘩別れしてから会っていないんだけど…」

「200年前…」

「喧嘩別れ…」

アーサーとモニカはか細い声で言葉を繰り返した。喧嘩別れをして200年も会っていないエルフの力を借りることができるのかと言いたげだ。シャナは苦笑いをしながら言葉を続けた。

「ええ、そうなの。実は私、若い頃は少し荒れていてね…。ちょっとだけ、反抗期だったのよ。だから私と師匠の関係性は今も最悪なんだけど、モニカがいてくれたらなんとかなるって、今日確信したわ」

「私?」

「フーワは800年生きているエルフよ。だからツェンとフェゥのように、白翼狼の印が与えられているモニカのお願いであれば力を貸してくれるはず」

シャナはそう言いながら、モニカの胸に光る印をつんとつついた。双子は不思議そうに目を合わせる。

「私たちには見えないこの印が…まさかこんな形で役に立つとはねえ」

「ねー。あのときハイドランジーの依頼受けといて良かったね」

「死にかけたけどね…」

「本当は今日、朝ご飯を食べたあとにこの話をしようと思っていたの。あなたたちさえ良ければ早速朝からフーワの元を訪ねたいのだけれど。付き合ってくれるかしら?」

「もちろん!!」

「ありがとう、シャナ!!」

「じゃあ決まりね。それにしても…そう。杖がモニカの夢の中に、ねえ」

「ヒトの姿をしてたからはじめは誰だか分かんなかった!そしたら杖にすっごく怒られたぁ」

「ふふ。アーサーも杖とお話したの?」

「うん!杖、照れ屋さんですっごくかわいかったよ!」

「そう。良かった。…二人に、ブナが残した言葉があるのだけど。もう夢の中で聞いたかしら?」

「私は…自分のことを大切にしろって言われた。あと、私の杖でいられたのが誇りだって…」

「僕は、僕と過ごした時間が宝だって言ってもらえた」

「ちゃんと自分で言えたのね。本当に良かった」

シャナはクスクス笑いながら独り言を呟いた。

「ブナ…。最期の最期だと思って想いをまっすぐ伝えたのね。ふふ。でも残念。あなたはまたこの子たちと再会しちゃうわよ。恥ずかしさで悶えると良いわ」

「え?シャナ、なにか言った?」

「いいえなんでもないわ。さ、話しているうちに朝食の時間だわ。行きましょう」

◇◇◇

フーワの杖屋は町のはずれにぽつんと建っていた。フォントメウでたった一軒の木造の家。外壁の一面に蔦が這い、薄汚れた窓は今にも割れてしまいそうだ。幻想的な町には似つかわしくない、不気味でおどろおどろしげな雰囲気が漂っている。魔女の小屋を思い出して双子ははぷるぷると震えた。シャナはノックしてからそっと杖屋の扉を開けた。中で煙管を吸っていた女性がドアをちらりと見てすぐ目を逸らした。

「なんだい。久しぶりの客かと思えば…。私に生意気な口をきいた挙句店を吹っ飛ばして町を出て行ったやんちゃくれか」

「…お久しぶりです、師匠」

「ハァ?シショウ?ははは!!あんたの口からシショウなんて言葉が出るとはねえ!」

「入っても?」

「良いわけないだろう。さっさと出て行きな」

フーワはこちらを見もせずにシッシと手を払った。町を歩いているエルフと雰囲気が全く違うので、アーサーとモニカは小声で「え?エルフ…?」「あの人エルフなの…?」と囁き合っている。フーワの長い耳がピクリと動いた。

「失礼なガキだねえ。私は正真正銘エルフだよ」

「ヒゥ!!」

「こっち見たぁ…!」

「なんだい人を魔物みたいに怖がって…って、その印…」

フーワは目を見開いたあと、ズカズカと店の入り口まで歩いてきた。殺されると思った双子はシャナにしがみつく。

「えっ…」

「言っていたでしょう?彼女は正真正銘のエルフ。それも…数百年とフォントメウで暮らしていた、ね」

フーワはモニカの前で跪いた。先ほどの荒っぽい仕草や口調と打って変わり、敬愛に満ちた目でモニカを見る。モニカは居心地が悪そうにもじもじした。

「あの…えっと…」

「白翼狼の印をその身に宿せしヒトの子よ。何かお困りのご様子。私で良ければお力になりましょう」

「うぅ…シャ、シャナぁ…。私これ慣れない…」

「ふう、良かったわ…。この人がフォントメウの老人で」

「シャナ?その生意気な口はあとで縫ってやる」

「あらあら、こわいこわい。それで?お店に入れてくださる?」

「…シャナ、あんたは今回だけだよ」

「ありがとうございます、師匠」

「その師匠呼びはやめてくれないか。ぞわぞわする」

フーワはそう言いながらモニカの手を取り、手の甲にキスをした。そのまま店の中へ案内し、モニカをフカフカのソファに座らせた。(シャナとアーサーに用意されたのは硬い椅子だった)
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