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淫魔編:1年ぶりの町巡り

【175話】アヴルの子(アヴル→トロワ)

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アヴルへ到着したアーサーとモニカは一軒一軒戸を叩いて回った。生活が大変であれば預かってトロワで生活させてあげたいと申し出ると、怒る親もいれば喜ぶ親もいた。

「まあまあ!それは願ってもないやね。なんせ最近また税金が上がったもんでねえ…。あたしゃなんかの稼ぎじゃあこんなにたくさんの子どもを養えねえんだわ。で?預かる代わりに養育費渡さないといけないなんて言うんじゃないだろうね?」

「もちろん言いません。子どもたちは僕たちが養います。トロワで大切に育てます」

「へえ。あんたたちも子どもだろうに。人の子どもまで面倒みようなんざ、よっぽど金が有り余ってるんだねえ。結構なもんだわ」

たっぷりと皮肉を浴びせかけてから、女性は家から6人の子どもを連れてきた。ボロボロでガリガリで、泣く元気もないようだった。モニカはひとりひとりの頭を撫で、ルアンで買ったバナナを一本ずつ持たせた。子どもたちは嬉しそうにそれを頬張った。彼らを連れて、また次の戸を叩く。

親の中には、子どもを渡すんだから金を寄越せと言ってくる人たちも少なからずいた。そういう人たちには子どもひとりにつき白金貨1枚を渡した。それで親は大喜びして子どもを手放す。アーサーとモニカは虚しい気持ちでいっぱいになった。

アヴルで預かった子どもは50人。彼らを馬車に乗せてトロワへ戻る。アーサーは馬車の中で服を着替えた。トロワへ到着したときにアーサーがアビーになっていたので、アヴルの子どもたちはびっくりしていた。

児童養護施設では、大人も子どももアヴルの子どもたちを歓迎してくれた。野菜たっぷりのスープとパンをおいしそうに頬張りながら、トロワの子たちとお喋りしている。親と離れて寂しくて泣いている子どもたちもいたが、おいしいごはんと優しい人たちに囲まれて嬉しそうにしている子たちの方が多かった。

「はい!わたしのぶんのパンわけたげる!」

「え…?いいの…?」

トロワの子どもが自分のパンを半分にちぎり、隣に座っていたアヴルの子どもの皿に置いた。アヴルの子は驚いた顔をしている。

「名前もしらないぼくに、パンをくれるの?」

「うん!名前はいまからきくよ!なんてお名前?わたしはトト!」

「ぼくはフルル」

「フルル!あのね、いまはフルル、がりがりだけど、ここでたくさんごはん食べたら、わたしみたいにぷよぷよになれるよ!フルルがはやくぷにぷにになれるように、わたしの分わけたげるの」

「ありがとうトト」

「ここはすごいところだよ!まいにち3回もごはんが食べられるの!」

「3回も?!すごいね!」

「うん!まいにちおなかいっぱいなの。ここよりいい町ないよきっと!フルルよかったね、ここに来れて!」

「うん…!」

トトがフルルの手を握ると、フルルはやつれた顔でにっこり笑った。そんなフルルの頭を撫でながら、モニカがトトの皿にパンを置く。

「優しいトトには私のパンを半分あげるわ。食いしん坊のトトがパンを分けてあげるなんて、わたし感動しちゃった。フルルに早く元気になってほしいのね」

「うん!フルル、あのときのわたしみたいなんだもん!わたしはもうぷにぷにだから、フルルにわけたげるの。そしたらフルルもすぐぷにぷにになるでしょ?」

「そうね。でもトトもしっかり食べるのよ?みんなにおなかいっぱい食べられるようになってもらうのが私のお仕事なんだから」

「えへへ。ありがとうモニカ!」

「フルルも、これからは好きなだけ食べていいからね」

「うん…!」

アーサーは、モニカと子どもたちが楽しそうに笑っているのを遠目で見て目じりを下げていた。

(僕の前では気ままな妹なのに、子どもたちの前だと頼れるお姉さんだなあ)

「アビー!!たすけてえ!!」

「ん?どうしたの?!」

トロワの子どもが泣きながらアーサーを呼んだ。駆けつけたところには、泣いたり怒ったりしている3人のトロワの子と、彼らのパンや干し肉を奪って服の中に詰め込もうとしているアヴルの子どもがいた。アーサーはアヴルの子の肩を掴み、しゃがんで目線を合わせた。

「ポル、どうしたの?ごはん足りなかった?」

「もっとパンくれよ」

「いいよ。いくつ食べる?」

「あるだけ全部」

「…そのパンをどうするの?」

「決まってるだろ。そのパン持って家にかえる。かあちゃん喜ぶ。パンたくさんあったら、おれを家においてくれる」

「……」

ポルの母親は、彼を白金貨1枚で双子に売った。硬貨を渡した瞬間もうポルへの興味は失っていた。「これでヘアオイルが買えるわあ」と家の扉を閉めながら呟いていたのをアーサーは聞き逃さなかった。

それでもポルは家に帰りたいと言う。アーサーはポルに何と声をかけていいのか分からなかった。そこにイチが近づいてきた。怒っているのか、いつもよりもふてぶてしい表情をしている。

「おい。家に帰るのは勝手だけどさ、この子らの食べもんは返せ」

「いやだ!これはおれのもんだ!なんだおまえ!ぶんなぐるぞ!!」

「あほか。おまえのもんなんて何ひとつない」

「ちょっとイチ!」

「アビー、誰にだって優しいのはお前のいいところだけどな、それだけじゃだめなときもあるんだ。こいつ、このままだと盗みと脱走を繰り返すぞ」

「ポル…」

アーサーがポルをちらりと見ると、今にも噛みつきそうな顔でイチを睨みつけていた。イチも冷たい目で睨み返し、吐き捨てるように言った。

「この平和なトロワにおまえみたいなやついらない」

「なんだよおまえさっきから!おれはただ家にかえりたいだけだ!!」

「本気で家に帰りたいなら、人のもん盗んだり人に頼るんじゃなくて、自分で生きていく術を身に付けろ。自分の体を動かして金を稼げ。その金で母ちゃん養ってやればいいじゃねえか。これっぽっちのパン持って帰ったって、なくなったらまたお前は捨てられる」

イチの言葉にポルはぎりぎりと歯ぎしりした。言い返せない悔しさでぽろぽろと涙をこぼしている。

「…ここに子どもの働き口はあるのか?」

「ある。畑、調合、売り子…。お前にその気があるならいくらでも」

「……」

「どうする?そのすぐカビ生えるパン持って今すぐ家に帰るか。それともここで働いてかあちゃん養えるくらいの金稼ぐか」

「…稼ぐ」

「そうか。だったらそのパンを今すぐ子どもに返せ。子どもに謝れ。これからはそんなことするな。次こんなことしたらトロワから追い出す。分かったな」

「分かった」

「…アビー、あとは頼む。こいつのメンタルボロボロだろうから部屋で思う存分泣かせてやれ」

「うん…。イチ、ありがとう」

「あんたに礼を言われることはない」
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