上 下
152 / 718
淫魔編:1年ぶりの町巡り

【172話】エドガのアトリエ(ルアン)

しおりを挟む
カフェからしばらく歩いたところにエドガのアトリエはあった。几帳面に整理されたキャンバスの数々、数千枚と描かせたデッサンの紙束。アトリエの中央に立っているイーゼルと椅子。ここでゲイジュツが生み出されているのかと双子はじんわり感動した。

「油絵は金貨10枚、デッサンは金貨3枚だ」

エドガはそう言ってイーゼルの前に腰かけ鉛筆を握った。耳ざわりの良い音をたてながら紙に鉛筆を滑らせている。すでに双子のことを忘れ絵に熱中しているようだ。アーサーとモニカは興味深げにエドガの後ろに立って鉛筆を目で追った。

「……」

「……」

「……」

「…おい、なんだ」

「へぁっ?!」

「そんなにじっと見られたら気が散るだろう。なんだ、気に入った絵がなかったか?だったら出てってくれ」

「ちがうよ!エドガが絵を描いてるところがかっこよくて見てたんだ!」

「ねえ、何を描いてるの?」

誰とでも仲が悪いエドガは、純粋な興味を持たれることが今までなかったのだろう。きらきら目を輝かせる双子を前にエドガは居心地が悪そうに目を泳がせ、唸るように質問に答えた。

「…線だ」

「セン?」

「線を引いている」

「?」

「尊敬する画家にもらった言葉があるんだ。たくさんの線を引けと。だから俺は線を引く。俺が描きたい線を引けるようになるまで」

そう言い終わると再び鉛筆を動かし始めた。双子にはどういう意味かさっぱり分からなかった。エドガが「いい加減あっちに行け」とイライラし始めたので、アーサーとモニカは綺麗に積み上げられたキャンバスをひとつひとつ見ていくことにした。5枚ほど絵を見て双子は首を傾げた。

「全部同じ絵?」

「踊り子の絵ばっかりだ」

「わ、ここに積み上げてあるの全部踊り子の絵だよ!」

「本当だぁ!ねえエドガ、どうして同じ絵がたくさんあるの?」

「同じじゃない。主題が同じだけだ」

「主題…?」

「それらだと、踊り子だな」

「へえ!どうして踊り子ばかり描いてるの?」

「納得のいく絵がまだ描けてないからだ」

当り前だが、アーサーやモニカからするとどの絵も素晴らしい出来栄えに見える。二人が黙って絵を眺めていると、エドガがぼそりと呟いた。

「なんとなく良い絵が描けたとか、たまたま良い作品ができたとか、センスだとか才能だとか。そんなもの俺はいらない。偶然ではなく必然的な傑作を俺は生み出してみせる。だから俺はひとつの主題を何十回と描く。そのために何百回と線を引く」

努力家なんだね、とアーサーは言おうとしたが口をつぐんだ。ちがう、努力家なんてものじゃない。絵に対する執念、世界が評価せざるを得ない作品を生み出そうとする野望で満ち溢れているのだ。まだ見ぬたったひとつの傑作を生むために彼は線を引き続けている。同じ絵を描き続けている。

「すごい…」

エドガのキャンバスに向かう背中にアーサーとモニカはうるっと来た。この小さなアトリエの中で独りぼっちで鉛筆を握るこの人は、きっといつまでもこうして絵を描き続けるのだろう。友人と喧嘩しても、親友と縁が切れても、彼はそれがどうした?といつも通り絵を描くのだろう。

口下手で、気がきつく、人嫌いで、絵のことしか考えていないエドガ。そんな不器用なエドガのことを双子はとても好きになった。アーサーは大きく頷いてエドガに声をかけた。

「ねえ、エドガ!」

「なんだ?帰るならちゃんと扉をきっちり閉めろよ」

「まだ帰らないわ。絵を買ってないもの」

「…買うのか?」

「もちろん!」

「どれだ」

「全部!」

「…は?」

「エドガの絵、全部買わせて。いいかしらエドガ?」

突拍子もない申し出にエドガは鉛筆を落とした。アーサーとモニカはニコニコしながら彼を見ている。ハッとしたエドガが顔をしかめて歯をギリギリ鳴らした。

「冗談はやめてくれ。冷やかしなら今すぐ帰れ。ああ、腹が立ってきた。クロネにイタズラしてこいとでも言われたか?くそ、あいつ」

「ちっ、ちがうよ本気!!」

「もちろんエドガが手元に置いておきたい絵は買わないわ!売っていいものを全て買わせて」

「お前たちなあ…ちゃんと見ろ。油絵は100枚、デッサンは1500枚あるんだぞ」

「油絵は金貨10枚、デッサンは金貨3枚だったよね。ってことはいくらかしらアーサー?」

「金貨5500枚だね!白金貨でもいいかなエドガ?」

エドガが答える前に、アーサーはアイテムボックスから白金貨300枚が入った袋を2つ取り出して渡した。

「白金貨600枚渡しとくね。だから、またエドガが良い絵をかけたらポントワーブに送ってよ!!余りの50枚はその分の前払い!」

「お前たち、こんなに絵を買ってどうするつもりだ。買うだけ買って埃まみれでほったらかしにするのなら俺の絵は渡せんぞ」

「実は、いいことを考えてるんだ。隣町のトロワって知ってるよね?」

「ああ。知ってる。ここ数年で貧困層がかなり発展したとところだろう」

「うん。実はそこの貧困層を今僕たちが預かってるんだけど」

「はぁ?!」

「そこに、いつか美術館を建てたいなあって思ってるんだ!エドガや、クロネ、リュノたちみたいに、僕たちがだいすきな画家たちの絵を展示する美術館!!」

「美術館…」

エドガたちの絵を見た人は、決まって顔をしかめて気分が悪そうに目を背ける。雑誌では酷評され、彼らが催す展覧会はいつもガラガラだ。そんな絵を、目の前の子どもたちは美術館を建てて飾りたいと言っている。エドガの胸がじんと熱くなり喉元が苦しくなった。

「そこに展示したいの!ねえ、いいでしょうエドガ??」

アーサーとモニカはおねだりしながらエドガに抱きついた。子どもに懐かれ慣れていないエドガは「おまえたち、離れろ!」といやがって暴れている。

「なんだお前たちは!!もう、勝手にしろ!!あとで返品したって金は返さないからな!!」

「僕たちだって、あとで絵を返せって言われたって返さないからね!!」

すべての絵を買取させてもらえて大喜びの双子は、そのあともエドガにじゃれついた。元気いっぱいの子どもに疲れ果てたエドガは、げんなりしながら呟いた。

「調子が狂う…」
しおりを挟む
感想 494

あなたにおすすめの小説

お坊ちゃまはシャウトしたい ~歌声に魔力を乗せて無双する~

なつのさんち
ファンタジー
「俺のぉぉぉ~~~ 前にぃぃぃ~~~ ひれ伏せぇぇぇ~~~↑↑↑」 その男、絶叫すると最強。 ★★★★★★★★★ カラオケが唯一の楽しみである十九歳浪人生だった俺。無理を重ねた受験勉強の過労が祟って死んでしまった。試験前最後のカラオケが最期のカラオケになってしまったのだ。 前世の記憶を持ったまま生まれ変わったはいいけど、ここはまさかの女性優位社会!? しかも侍女は俺を男の娘にしようとしてくるし! 僕は男だ~~~↑↑↑ ★★★★★★★★★ 主人公アルティスラは現代日本においては至って普通の男の子ですが、この世界は男女逆転世界なのでかなり過保護に守られています。 本人は拒否していますが、お付きの侍女がアルティスラを立派な男の娘にしようと日々努力しています。 羽の生えた猫や空を飛ぶデカい猫や猫の獣人などが出て来ます。 中世ヨーロッパよりも文明度の低い、科学的な文明がほとんど発展していない世界をイメージしています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。