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淫魔編:ポントワーブでの日常

【165話】1年ぶりのアビー

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双子は杖屋のあとにレストランへ行き、好きなものを好きなだけ注文してテーブルいっぱいに並べられた料理をこれでもかというほど口の中に詰め込んだ。懐かしい味に喋ることも忘れ、無言でむしゃむしゃ頬張る。1年ぶりに見る双子の食べっぷりに客と店主は大喜びだった。奥さんもご機嫌で、軽快な曲をアコーディオンで奏でた。

存分に遊び、おなかいっぱい食べたアーサーとモニカは、キャハキャハ笑いながらすっかり暗くなった夜の町を歩いて家へ帰った。疲れてしまったのか家に帰るなりモニカがソファに寝転んでしまう。その間にアーサーは浴槽に湯をためて寝衣やタオルを用意した。

「モニカ、お湯たまったよ。お風呂入ろう」

「うぅー」

「ほら、いくよー」

「んなぁー」

ぐずる妹をだっこしてアーサーが浴室へ向かう。連れて行ってもぼーっと立っているだけなので、服を脱がせてお湯をかけた。それでも自分で動こうとしないので頭を洗ってあげた。

「モニカは髪が長いから洗うの大変だね」

「そうなの…乾かすのも大変なのぉ…」

「少し短くしたら?」

「やだ。長い髪の方が好きなんだもん」

「髪が長かったらいろんな髪型できるもんね」

「うん。明日はどんな髪型にしようかなあ」

「みつあみしようよ!僕モニカの髪を編むの好きなんだ」

「みつあみしたい!明日はアビーよね?アビーもみつあみしようよ」

「いいね!」

話しているうちに目が覚めてきたモニカは、髪と体を洗い終わると勢いよく湯舟に飛び込んだ。買ったばかりのユリの香りがする泡風呂液を入れて、嬉しそうにモコモコの泡で遊んでいる。まだ体を洗っているアーサーの顔に泡をつけ楽しげに笑った。

「わっ!なにするんだよモニカ~」

「あはは!ユリの良い香りするでしょう?」

「鼻に直接泡つけられても匂い分かんないよ!」

小一時間泡風呂を楽しみ、寝衣に着替えてベッドへ潜り込んだ。二人の体からユリの良い香りがする。癒される香りとほどよい疲れで、アーサーとモニカはすぐ眠りに落ちた。

◇◇◇

起床のベルも起こす人もいないので、心行くまで眠ることができた双子は、満足げに伸びをして起き上がった。モニカは自分とアビーの服を選んでベッドの上に放り投げる。

「久しぶりのアビーなんだからとびっきりかわいくしましょ!!白いコットにダークブラウンのスカートよ!ふわふわのりぼんついてるやつ!」

「あっ!このコット僕のお気に入りのやつだ!えへへ、これは気合入れてお化粧しないと」

アーサーはコルセットでくびれをつくり、胸にわたを詰めてコットとスカートを身に付けた。この1年で少し男らしい体つきになっていたので、内臓が飛び出そうなほどモニカにコルセットを締め付けられた。しゃがんでぜえぜえ息をしている兄にカツラを被せ、モニカは満足そうに額の汗を拭う。

「ふう!いい感じだわ!まだまだちゃんと女の子よアビー!」

「ぜぇっ…ぜぇっ…モニカ…おなかが潰れてる…くるしい…」

「大丈夫よ、すぐ慣れるわ!さ、お化粧をして髪を結いましょう。アビー立って」

「うぐぐ…」

「はい笑顔」

「にー…」

「だめだめ!おなかが苦しくても、足が痛くても、全力でにっこり笑わないといけないってカトリナに教えてもらったでしょお?」

すっかりスイッチが入ってしまったモニカに、アーサーは小さくため息をついてから満面の笑顔を向けた。スカートをつまみ女の子の挨拶をして見せる。

「久しぶりモニカ。あなたのお姉ちゃん、アビーよ」

「きゃーーー!!アビーだアビーだぁぁ!!お姉ちゃああん!!」

大喜びの妹に飛びつかれ、アビーは「うぐぅっ!」とうめき声をあげてよろけた。モニカはお構いなしにアーサーの手を取って鏡台に座らせる。

「ねえアビー!今日はどのお化粧品つかう?」

「うーん、せっかくだしモニカにもらったやつ使いたいなあ」

「やったぁ!使ってほしいなあって思ってたの!私はカトリナにもらったやつにする~」

「いいね!高級品だけあって発色がすごくきれいだもん」

「ねー!」

わいわい話しながら化粧をし、お互いの髪を結って鏡の前に立った。モニカは右サイド、アビーは左サイドに髪を寄せて編み込みをしている。服もおそろいなので並んで立てば本当に姉妹のようだった。化粧はモニカはかわいらしく、アビーは少しおとなっぽく仕上げた。アーサーは鏡に映る自分たちの姿をまじまじと見てからモニカに目を移した。妹の体をじーっと見つめている。

「どうしたのアビー?」

「うーん。やっぱりモニカのほうが体がふわふわしてるんだよなあ」

「え?!もしかして私太ったかな?!」

「ううん!そうじゃなくて、なんというかこう…。やっぱり女の子の体なんだよね。ぼ…私の体はモニカよりかたいから触っても気持ち良くなさそう…」

「これはこれでいいのよアビー!アビーはすらっとしててかっこよさがあるわ。私は好きよ」

「ほんとう?だったらいいや!」

身支度をすませた二人は、朝食をとってからエリクサー作りに励んだ。

学院生活の間も、吸血鬼事件が解決してF級冒険者だと皆に知られてからは、授業終わりに医務室を借りて毎日500本のエリクサーを作っていた。それを9か月間続けていたので、13万5千本(+自分たち用5千本)のストックがある。

その日はアーサーが1000本分の薬素材をすり潰し、回復液と混ぜ合わせた。その間モニカはボルーノから買い取った薬素材のうち2000本分を回復液と混ぜていた。アーサーが1000本作るより早くモニカは仕事が終わったので、時間つぶしに増血薬を100袋分粒薬化した。

昼過ぎ、アーサーとモニカは13万8千本のエリクサーをアイテムボックスに詰め込んで家を出た。まずユーリの薬屋へ降ろしに行く。

「モニカとアー…じゃなくて今はアビーだね。いらっしゃい!」

双子の来店に気付きユーリが調合室から顔を出す。エリクサーを卸したいと伝えると、ユーリは嬉しそうに頷いた。

「よかったあ!もう在庫がなくなりかけてたところなんだ。何本仕入れられる?」

「何本でもいいわよ!ユーリの薬屋さんに卸すのが最優先」

「だいたい14万本あるよ」

「14万本?!すごいね。じゃあ、とりあえず1万本買い取ろうかな」

「分かった!」

「あとねユーリ、粒薬の増血薬を作ってきたんだけどいる?」

「ええ?!すっごく欲しい!!何粒あるの?!」

「100粒あるわ」

「全部買い取ってもいい?!」

「もちろんいいわよ」

通常の増血薬は1袋小銀貨2枚で卸される(販売価格は小銀貨3枚)。モニカとユーリで話し合い、粒薬は1粒小銀貨4枚の値段で卸すことになった。店には小銀貨5枚で並べるようだ。

「ねえユーリ、今時間ある?粒薬の作り方教えてあげる」

「えっ?でもその作り方って、今じゃ君しか知らないんだよね?そんな、僕に教えちゃってもいいの?」

「どうして?あなた知りたがってたじゃない」

「だって技術を独占したら希少価値が上がるんだよ。それだけ高く売れるってこと」

「よく分からないわ。とりあえず教えてあげる」

「えー?!」

「モニカが教えてくれるって言ってるんだから、教えてもらいなよユーリ」

「い、いいのかなあ…」

双子の人のよさに甘えて良いものなのだろうかと思案していたユーリだが、そんなことお構いなしにモニカが惜しみなく圧縮魔法を教え始めた。だが、その難解な魔法は少し優れているくらいの魔法使いでは使いこなせず、結局ユーリは粒薬を作ることができなかった。ユーリは残念な気持ちよりも、貴重な技術をモニカから盗まなくてすんでホッとした気持ちの方が大きかった。
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