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淫魔編:ポントワーブでの日常

【163話】奮発しすぎでは?

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「…みんないなくなっちゃったね」

「うん…」

先ほどまで騒がしかった場所が急に静まり返り、アーサーとモニカが居心地悪そうにしている。1年間大人数と共同生活していたのも相まってか、今まで感じたことのない寂しさを覚えた。それを紛らわそうとモニカがアーサーにぎゅーとしがみついた。アーサーもモニカを抱き返す。

「うー…」

アーサーよりもモニカのほうが堪えているようだった。今にも泣き出してしまいそうなモニカの背中をポンポン叩きながらアーサーは考える。

(うーん。どうしたら元気出してくれるかなあ。モニカが好きなことと言ったらやっぱり…)

「ねえモニカ!久しぶりのポントワーブなんだし、町を散歩しながらお買い物したりカフェでおやつ食べたりしようよ!モニカの好きなコスメ買ってあげる!」

「え!ほんとぉ?!」

「うん!僕もアビーの洋服とかコスメ買いたいと思ってたんだ。付き合ってくれる?」

「アビーのお洋服とコスメぇ?!いくぅ!!」

先ほどの半べそは何だったんだろうと思うほど、モニカはすっかり上機嫌になり出かける支度をした。アーサーにもらったユリの髪飾りを付けて、アデーレにもらった小さなアイテムボックス(イェルドにもらったゴブリンのぬいぐるみを付けている)を肩にかけた。金貨を小さなアイテムボックスに入れ替えているアーサーの背中に飛び乗り「まだぁぁぁ?!」と急かしている。

「はいできた!お待たせモニカ!」

「わーい!!はやく行きましょ!!まず服屋さん行って~!コスメ屋さん行って~!あ!食材も買わないといけないわね!でもその前にカフェに行きましょう!カフェに行ってから理髪店に行って髪を整えてもらって~、画材屋さん行って~」

《モニカ、杖屋に寄ってくれ。主が我をコキ使うから弱っているのだ》

「あらそうなの?」

《そうだ。主が我をコキ使うから》

「根に持ってるわね?」

「杖、なんて言ってるの?」

「シャナの杖屋に行きたいんだって」

「うん。行こう。あ~あ、僕も杖の声が聞けたらなあ」

《お前のような魔力をひとかけらも持たぬ若造に我の声が聞こえるはずがなかろうが》

「ちょっと杖!アーサーのことバカにしたらあんただって許さないわよ!」

《本当のことを言っただけだ》

「モニカいいなあ~。僕も耳を鍛えたら聞こえるようになるかな?」

《なるわけなかろうが》

「杖!疲れてるからってアーサーに突っかからないで!ほらアーサー行きましょう!」

モニカとアーサーは手を繋ぎながら家を出た。雲一つない晴天の散歩日和。ゆっくりと歩くポントワーブの街並みは、1年前とほとんど変わっていなかった。双子を見かけた町民がかわるがわる声をかける。

「おお?!アーサーとモニカか?!ここんとこ全然見ねえから引っ越しちまったのかと思ったわい!」

「引っ越さないもん!ずっとここに永住するもん!」

「がはは!そりゃ安心した!」

「おや?おやおや?あんたたち、アーサーとモニカ?ずいぶん大人っぽくなったねえ!モニカなんてもう立派なレディじゃないか!」

「えへへ!でっしょお?!」

「あはは。喋ってみたら変わらんねえ。まだまだ子どもだったわあ」

「なんですってぇ?!」

「おばさん!僕も立派な紳士になったでしょ?!」

「そうだねえ!それでもうちーっとガタイが良くなったら一人前だよ!」

「うん!すぐにムッキムキになって見せるよ!」

「いやよムッキムキのアーサーなんて見たくないわ…。せめてシリルくらいにしといて…」

「ええ?!シリルは僕より背が高いけどひょろひょろじゃんか!」

「あんたにだけは言われたくないでしょうね!」

通りすがりの町民と言葉を交わしながら、双子は服屋へ入った。店主は1年ぶりに来店した上客に大喜び。何も言われていないのに奥からとっておきの服を出してきてカウンターに並べた。

「アーサー、モニカ!見てちょうだい!このコットとスカート!!そしてズボン!!」

「わぁぁあ!!」

一般的なコット、スカート、そしてズボンは無地布が使われている。それにリボンやフリルが付いていたり、もしくは生地が上質なものだったらオシャレな普段着として扱われている。実際にモニカは首元にシンプルなリボンがついているコットをよく身に付けており、アーサーは上質な生地の服を好んでいた。

店主が出してきたものは、袖と襟に花柄の刺繍が施された女性用コット、同色の刺繍を散らばめたシフォン生地(※)を被せたスカート、袖と裾にちょこっと幾何学模様の刺繍が入っている男性用コットとズボンだった。どれも生地は一級品で、一目見ただけでかなり値がはることが分かる。(※シフォン生地:薄手で柔らかく、透け感のある生地)

さすがは長年双子を相手にしてきた店主というべきか、これらは全てアーサーとモニカにドストライクな商品だった。凝ったデザインだが派手すぎず、それでも刺繍と胸元のシンプルなリボンがかわいらしさを程よく引き立てているコット。非常に手の込んだ作りをしているのに、刺繍を同色にすることによって主張が激しすぎない美しいスカート。上質で肌触りが良く、アクセントに刺繍が施されている今までにないコットとズボン…。

「ほ…ほしい…!!」

「僕も…!これは…ほしい…!!」

「ふふふ。そう言うと思ったわぁ。これを見た瞬間あなたたちの顔が思い浮かんだのよ。こういうのは本来高級服屋に卸される服なんだけど…思わず買い取っちゃったわ」

「お値段はいかほど?!」

「えーっと、びっくりしないでね…?」

店主が少し気まずそうに服に付けられた紙を裏返した。「2P」「5P」「3P」「45G」と書かれている。それを見て双子は「ひょっ…」と声にならない声を出した。

「店主さん…?これ、間違ってますよね…?5P(白金貨5枚)じゃなくて…5G(金貨5枚)の間違いですよね…?」

「今私が履いてるスカート…これも結構いいものだけど…それでも1Gだよ…?ねえ店主さん間違いだって言って…?」

震えながら店主を見ると、すいと店主が顔を背ける。店主もカタカタ震えている。

「あのね…それね…一点もので…。北の国の職人さんが作ったものでね…。あなたたちなら喜んでくれるかなあって思って…私、奮発して仕入れちゃったの…。さすがに高すぎたわよね…?ご、ごめんなさい…」

「高級服屋のドレスでも白金貨5枚だったんだよ?!どどどどうして店主さんそんな頑張っちゃったの?!」

「白金貨5枚?!それ何年も前の話でしょう?!今じゃあそこでドレス買おうと思ったら8枚は必要よ?なんせ増税のあおりを受けてるからね…ここ数年で物価上がりまくりよ…。ま、まあ、今は関係ないわよね。…だってこの服、アーサーとモニカに着てほしかったのぉ!絶対似合うと思ってぇぇ!!」

こんな素敵な服が似合うと言ってもらえて双子は悪い気がしなかった。へにゃんと表情をゆるめ「そ、そうかなあ?」「えへへ、そんなにぃ?」と頭をかいている。

「ええ!絶対似合う!!この際買わなくてもいいわ!試着だけでもしてくれないかしら?!」

「えっ?試着していいんですか?!」

「高級な服なのに!」

「いいの。せめてこの服を着ているところを私に見せて。それで私は満足だから…」

言われるがまま二人はその服に着替えた。試着室から出たお互いを見て「きゃーーー!!」「わーーー!!」とおおはしゃぎしている。

「わぁぁぁモニカかわいいいい!!!すっごく似合ってるよ!!花柄の刺繍とユリの髪飾りも合ってるし、ふわふわのスカート履いてるモニカ妖精みたいだ!!わぁぁ!」

「アーサーも似合ってるよぉぉ!!上質な生地でアーサーの品の良さが際立ってるし、それでいて幾何学模様の刺繍がお茶目でかわいい!!」

「わぁ、私が言いたかったこと全部言ってくれたわ」

「モニカ!!僕がんばってエリクサー作るからさ!!モニカにこの服プレゼントさせてよ!!この服が一番似合うのはモニカだよぉ!!こんなかわいいモニカがもう見れないなんてあんまりだ!」

「私もアーサーにその服買ってあげたいよぉ!!いっぱいがんばるから!!回復液も粒薬もいっぱいいっぱい作るからぁ!!」

と、言うわけで結局アーサーとモニカはその高級すぎる服を一式買ってしまうことになった。お会計、白金貨14枚と金貨5枚。まさか本当に買ってくれると思っていなかった店主は泣いて喜んでいた。
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