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淫魔編:ポントワーブでの日常

【160話】双子コアラ

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「ん…?うおぁ!!!」

早朝、体に重みを感じ目が覚めたカミーユは、両サイドから双子にしがみつかれていることに気付いて驚きの声をあげた。二人とも片手と片脚をカミーユに乗せ気持ちよさそうに眠っている。

「カミーユ…どうしたの?朝から大声出さないで…よ…」

隣のベッドで寝ていたジルが目をこすりながら呻いた。カミーユが寝ている双子に抱きつかれているのを見て、頭に雷が落ちてきたような顔をしている。

「え…なにしてんの」

「知らねーよ!こいつらいつの間にベッドに潜り込んできたんだ?!」

「気が抜けてたとはいえ、僕たちに気付かれず懐に潜り込むなんて。やるね」

「感心してる場合かよ!はやくモニカをどうにかしてくれ!なんかやわらけえもんが当たってるんだよ!」

「数年前までアーサーと同じような体型してたのにね。子どもの成長は早い」

ジルは頬杖をつきながら双子の寝姿を眺めている。いっこうに動く気配がないジルをカミーユがジトッとした目で見た。

「…俺を助ける気ねえな?」

「ないよ。羨ましすぎてはらがたってる」

「お前後で覚えてろよ…」

「いいよ。ちょうど槍を振り回したいと思ってたところだから」

諦めたのか、カミーユはため息をつき再び目を瞑った。モニカの体に触れてしまうのを恐れて指一本動かせない。そんな状態で眠れるはずもなく、結局双子が起きるまで一睡もできなかった。

「ふぁー…」

2時間後、アーサーがやっと目を覚ました。大きなあくびをしてからカミーユの体に顔をなすりつける。ぎゅーっとカミーユにしがみつき、むにゃむにゃ言いながらまた二度寝を試みようとしていた。

「おい」

「ふぁ…?」

「まさかまだ寝るつもりか?」

「うん…まだ眠いから…」

「その前にモニカを起こせ。カトリナのところで寝るよう言え」

「ええ?どうして?」

「こいつにしがみつかれてたら落ち着かねえんだよ!」

「なんでえ?僕は落ち着くけどなあ」

「なにぃ…?二人とも声が大きいよぉ…」

カミーユとアーサーの声で起きたモニカが不機嫌な声を出した。カミーユは「やっと起きた…!」と疲れ切った声を出した。

「おいモニカ離れろ」

「えー、なんでそんなこと言うのぉ?ひどいよぉ」

「お前なあ…そろそろ自分が女だってこと自覚しろよ…」

双子を引きはがそうとすればするほど、面白がったアーサーとモニカが引っ付いて離れない。楽し気に笑いながら、起き上がったカミーユの背中にモニカが乗っかり、おなかにアーサーがしがみついた。もうどうにでもなれとやけくそになったカミーユは、双子をくっつけながらトイレに行き、そのままダイニングへ向かった。その後ろをジルがくすくす笑いながら付いてきた。

ダイニングにはパンをかじっているカトリナとリアーナがいた。げっそりしたカミーユを見てリアーナがゲラゲラ笑う。

「ぎゃはははは!!カミーユおまっ!なんだそれぇぇ!!なにくっつけてんだよ!!」

「朝起きたらこいつらがベッドに潜り込んでた。ずっと離れねえんだよ助けろよ」

「あらあらァ。こんな居心地良さそうにしている子たちを引きはがすなんてできないわァ。今日はそのままでいてあげたら?」

「カトリナまで面白がるんじゃねえ…」

双子がくっついているので椅子に座ることもできず、立ちながらパンを頬張るカミーユ。ジルがアーサーとモニカの口元にパンを近づけると、うさぎのようにむしゃむしゃ頬張り嬉しそうな顔をした。

「おいお前らどうしたんだ。甘え方が尋常じゃねえぞ」

「わかんないけどなんだかカミーユから離れたくないよぉ」

「ずっとこうしてたいよぉ」

「きっと慣れない環境でずっと気を張っていたから、その反動じゃないかしらァ?」

「学院で甘えられる人なんていないもんね」

「カミーユもみんなも、もうここで一緒に暮らそうよぉ」

「帰らないでぇ。ずっとここにいてぇ」

「かーーーー!!かわいいなあおい!!カトリナ!今の家売ってここで暮らさない?!」

「いいわねェ。暮らしちゃおうかしら」

「僕もそうしようかな」

「はぁ…この親バカトリオが…」

ぶつくさ言いながらも、カミーユはシャナとユーリにインコを飛ばして双子の家へ呼んだ。

「あと2日間だけならいてやれる。それ以上は、俺らも仕事があるからいてやれねえがな。シャナとユーリも呼ばせてもらうぞ。ずっと家空けててあいつらにも寂しい思いさせてるからな俺は」

「シャナとユーリ?!早く会いたい!!」

二人の名前を聞いてアーサーとモニカはパッと顔を輝かせた。

「アーサー!シャナとユーリに会うんだったらちゃんとした格好しなきゃ!早く服着替えましょ!」

「うん!リアーナにもらった服着よぉっと!」

双子はカミーユから飛び降り、ぱたぱたと自分たちの寝室へ走っていった。巨大なコアラから解放されたカミーユは「やっと離れたー」と言いながら伸びをした。

◇◇◇
1時間後、ばっちり化粧をしたモニカと、リアーナにもらったお洒落な服を身に付けたアーサーが、シャナとユーリを出迎えた。約1年ぶりに会ったユーリはぐんと大人びていてすっかり美青年になっていた。アーサーよりもずっと背が高く、さらさらツヤツヤの髪を後ろに束ねていて色気があった。弟のように可愛がっていたユーリの変わりようにモニカがポッと頬を赤らめてしまうほどだった。

「ユ…ユーリ…?あなたユーリなの?」

「あはは。ユーリだよモニカ。すっかり綺麗になったね」

「あなたこそ…なんだかとっても、素敵だわ」

「わぁぁ!ユーリ!どんどんシャナに似てきてるね!背が高いの羨ましいなあ…うぅ」

「アーサー!久しぶり。会いたかったよ」

声変わりしたユーリの声は、以前のかわいらしい声と違い、聞いていて落ち着く心地の良い響きをしていた。まだ声変わりしていないアーサーは自分のこどもっぽい声が少し恥ずかしくなった。

「ユーリってアーサーより年下だよな?」

「ええ。1つ年下よ」

「こう見るとユーリのほうが5歳くらい年上に見えるぞ…」

リアーナがこそこそとシャナに耳打ちする。それを聞いていたカミーユが複雑な表情で答えた。

「ユーリはハーフエルフだから人間より成長が早いってのもあるが…。アーサーは…生まれてから育ちざかりんときまでずっと、ほら…栄養取ってねえし…いろいろされてただろ。…毒とか。だからあいつは特に成長が遅ぇ。骨だって細ぇし…肉も付きにくい」

「のわりにはモニカはしっかり成長してんな」

「あいつだって骨細ぇし背は低い方だ。肉付きはまあ、アーサーよりは良いな。アーサーと並んでるからしっかり成長してるように見えるだけだ」

「アーサー…気にしてないといいけど」

シャナは心配そうにアーサーをちらりと見た。ユーリと楽し気に話しているが、もしかしたら複雑な感情を抱いているかもしれない。

大人たちは勝手にそう思っていたが、実際アーサーはそこまで気にしていなかった。確かにユーリの背丈や大人っぽい風貌に憧れるが、自分だっていつかはダフのようにムッキムキになれると信じていたからだ。子どもたち3人はソファに座っておしゃべりを楽しんだ。

「ねえユーリ!!この1年のことを聞かせてよ!!」

「この1年か…そうだな。僕、君たちがいたときは、ポーションの回復液を作る以外は売り子専門でやってたでしょ?でも、君たちが卒業してからはちょっとずつ調合の勉強もしてたんだ。で、この前やっと全部の薬を調合できるようになった」

「えー?!ユーリもあの地獄合宿受けたの?!」

「ううん。僕はゆーっくり教えてもらったよ。ちゃんと毎日家に帰らせてもらってた」

「そっかあ!先生も丸くなったんだねえ」

「先生…実はここのところ体調が優れなくてさ。今はもうほとんど薬屋にも出ていないんだ。だから跡取りのために僕に調合を教えてくれた。ラストチャンスだと思って、逃げられないように優しく教えてくれたのかも。…で、1か月前から僕が薬屋の店主をやってるんだよ。先生は時々薬屋に来て調合を手伝ってくれる」

「そうだったのね。先生…どうしたのかしら」

「自然なことだと思うよ。だって先生もう90歳近いでしょ?人間の90歳ってかなりのお爺さんだよね?」

「そうなの…?」

あまり人と関わってこなかった双子は、人の寿命がどのくらいなのか分からなかった。

「カミーユ!人って何歳くらいまで生きられるの?」

「そうだな…だいたい80歳くらいじゃねえか?」

「80歳?!あれ?!先生90歳だけど!」

「ボルーノのじいさんか?あいつは健康オタクだからな。毎日体にいい薬草食いまくってるから長生きしてんだよ。だが…だからって不死になるわけじゃねえ。…シャナ、じいさんの容態は?」

「悪くないわ。…90歳の体にしてはね。病気はしていない」

「つまりいつ老衰でポックリいってもおかしくないってことか?」

「言い方は悪いけど、そうね」

「先生死んじゃうの…?」

双子が寂しそうな声を出した。カミーユはアーサーとモニカの頭をがしがし撫で、優しく言い聞かせた。

「大好きな人が死ぬのはいやだよな。だが、人はいつか死ぬ。死なないでほしいと願うより、じいさんがいつ死んでもお前ら自身が後悔しねえよう、今のうちにたくさん思い出を作っておけ。思ってることを伝えておけ。…安心しろ。別に床に臥せってるとかそんなんじゃねえ。ちゃんと話せるし、一人で歩ける。くれぐれもそんな悲しい顔してじいさんに会うんじゃねえぞ?」

「うん…」

「アーサー、モニカ。また薬屋に遊びに来てあげて。先生は薬屋にいない間もずっと、エリクサーの薬素材をすり潰してるらしいよ。君たちが来てくれるのを今か今かと楽しみにしてる。二人が来た時に大量の薬素材を見せてびっくりさせてやるんだーって楽しそうに話してるんだ」

「うん…!」

アーサーとモニカが溢れてくる涙をごしごし腕で拭った。ボルーノの命が尽きるのは、今日かもしれないし5年後、10年後かもしれない。それでもいつか必ず人は死ぬ。

「モニカ、先生のところへ行こう」

「うん。セルジュ先生に教えてもらった薬、自慢するんだ」

「先生に話したいことたくさんある。それに、先生の話もたくさん聞くんだ」

「だったらこの家に呼んだらどうだ?さっきも言ったがじいさんは別に病気でもなんでもねえ。きっと喜ぶと思うぞ」

「わあ!そうしましょうアーサー!」

「うん!!」

「私、馬車で迎えに行ってくるわね。カミーユ、ボルーノにインコを飛ばしておいてくれる?」

「分かった。頼んだぞシャナ」

「ええ」
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