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学院編:オヴェルニー学院

【114話】帝王学

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1日の授業を終え、双子は帝王学の教科書を眺めながらソファで座っていた。モニカは兄の太ももの上に頭を乗せて意味不明な文章に顔をしかめており、アーサーは頬杖をつきながら眠そうに教科書をめくっている。しばらくするとモニカが教科書を床に落として手足をバタバタさせた。

「難しい文章ばっかりでいやになっちゃう!勉強きらい!やーだー!」

「読んでも全然意味が分からないやぁ」

勉強が嫌すぎて死人のようにぐったりしている双子のそばにウィルク王子がやってきた。王子に気付いたモニカは慌ててアーサーから離れて姿勢を正した。

「おやモニカ。帝王学の勉強をしているのかい?」

「ウィルク王子、こんばんは。はい。難しくて頭がついていきませんわ」

「君たちのような小さな貴族にとっては難しいかもしれないね。僕は小さい頃から教えられていたから簡単だけど」

「さすがですわ、ウィルク王子」

モニカに褒められて、ウィルク王子はまんざらでもない顔をした。そこにジュリア王女もやってくる。

「あらあら。苦戦しているようね子猫ちゃん。私が教えて差し上げましょうか?」

「お姉さま!モニカには僕が教えます。お姉さまは隣にいるアーサーに教えてやってはいかがです!」

「アーサー様は賢いお方ですから教える必要はありませんわ。ね?アーサー様」

ジュリア王女はそう言ってアーサーの腕に抱きついた。モニカは「むぅぅっ」と唸ったが感情を抑えている。

「まさか!アーサーなんてちょっと武術が優れているだけですよ」

「ウィルク王子、あなた本当に人を見る目がないのね!アーサー様は戦術にもたけているわ。つまり頭がいいのよ」

「そうでしょうか?納得できませんね。…アーサー、君主の気質を述べてみろ」

「君主は自身を守るために善行ではない態度も取る必要がある。あらゆる君主はその気質が評価されるが、一人の君主があらゆる道徳的な評判を勝ち得ることは原理的に不可能なので、自分の国家に損失を招くような重大な悪評のみを退けることになる。しかしながら、自国の存続のために悪評が立つならばその払拭にこだわらなくてもよい。全般的に考察すると、美徳であっても破滅に通じることがあり、逆に悪徳であっても安全と繁栄がもたらされることが、しばしばあるからである。…」(「君主論」 イル・プリンチペ作 引用wikiより)

アーサーは覚えている文章をすらすらと暗唱した。文章を覚えているだけで内容の理解は全くできていないのだが、それでもウィルク王子の顔を引きつらせるには充分だった。ジュリア王女は「さすがですわ!」と手を叩いたあと、なんとも言えない顔で弟をちらりと見た。

「ふ、ふん!どうせ丸暗記しているだけだろう!」

「おっしゃる通りです。意味は分かっておりません」

「それでもすごいですわアーサー様!そもそもウィルクが帝王学について説法垂れてるのが笑っちゃうわ!あなたに王になる素質なんてないんですもの!」

「聞き捨てなりませんねお姉さま。僕は第三王位継承権を持っている者ですよ?」

キャハハと笑うジュリア王女をウィルク王子は睨みつけた。姫はそんな王子を鼻で笑う。

「だってあなたの考え方、時代遅れなんですもの。この学院でも階級の高い生徒にしか興味がないようだし?これからは実力主義の時代よ。階級関係なく優秀な人と繋がるべきよ」

「確かにお姉さまは優秀な人材を見つけることがお上手です。ですが、それだけではいけません。やはり正統な血を大切にしてこそ王族は栄えるはずです」

正反対の主張をお互い譲ろうとしない。間に挟まれている双子は困ったように目を合わせた。

「ねえ、アーサー様はどう思われますか?!」

「モニカはどう思う?!」

「はぇっ?!」

急に話を振られて双子はビクリとした。熱心な王子と姫の視線に、困ったように自分の気持ちを伝える。

「うーん、どっちも間違っていないと思うけど…。僕は王族が栄えてから国をどうしていきたいかの方が大切だと思うな」

「国にとって、一番大切なのは民、つまり平民だと思うわ。その平民が住みよい国にするためにあなたたちが選んだ人たちを育てるのであれば、私はどちらも正しいと思うわ」

「この国を…どうしていくか…」

「平民が住みよい国…」

アーサーとモニカの言葉に、王女と王子は黙り込んだ。今まで王族が栄えること、優秀な人材をかき集めることまでしか考えが及んでいなかった二人にとって、双子の言葉は全く新しい考えだったのだ。

「考えたこともなかった。そんなこと、城で誰も言ってなかった。お父様も、重鎮たちも、王族を繁栄させることばかり話してたから…」

「考えてみたら、子猫ちゃんの言う通りだわ…。優秀な人を集めても、誰のために使うかによって変わってくる…。今まで城で雇うことしか考えていなかったわ…」

「階級が低い人たちでも、優秀ではない人たちでも、大人数で力を合わせたらひとつの大きな力となります。そういう人たちを守るためにあなたがたが選んだ人たちを動かせば、きっと王族に感謝すると思います。そうしたら彼らはあなた方の力になる。力になればもっと王族が栄える…と思います…僕は」

「ええ。愛されたらその大きな力があなたたちを支えてくれる。逆に憎まれたらその大きな力が王族を苦しめることでしょう。だから、あなたたちはそんな彼らも大切にするともっと素敵な王子と姫になられると思いますよ」

「ふむ…。たしかに暴動を起こされると面倒だな。力で押さえつけるといいだけのようにも思えるが…」

「バカね。王族は民の税金で成り立っているのよ。自ら民を殺すなんて、自分の首を絞めるようなものよ。アーサー様やモニカの言う通りだわ。民に愛された方が政治がやりやすいに決まってる」

王女と王子は二人で夢中になって議論を交わし始めた。アーサーとモニカはそっとその場を離れ、微笑んだ。

「やっぱりジュリア王女は賢いな。僕たちみたいな無名の貴族の話でも素直に受け入れられるし、考えもしっかりしてる。…実力主義者すぎて問題はまだまだあるけど、城に帰って良い政治をしてくれそうだ」

「ウィルク王子も案外素直ね。城での教育がひどすぎてあんな性格になっちゃってるだけだわ。ジュリア王女よりはずっと危ういけど…」

「この学院でいろんなことを学んで、いい王子になってほしなあ」

ジュリア王女とウィルク王子は、数時間に渡って意見を交わし合っていた。「王族が栄え、国をどうしていきたいか」を考えると、城に帰ってしてみたいことがどんどん湧き上がってきて話が絶えなかった。いつも仲が悪く、言葉を交わせば喧嘩ばかりしていた姉弟が、はじめて話していて楽しいと思った時間だった。

数時間議論して疲れた王子が寝室に戻り、ジュリア王女が一人になった。暖炉の火に照らされながら床に落ちていた帝王学の教科書を拾う。ぱらぱらとページをめくり、君主の気質が載っているところを開いた。

「君主は自身を守るために善行ではない態度も取る必要がある。あらゆる君主はその気質が評価されるが、一人の君主があらゆる道徳的な評判を勝ち得ることは原理的に不可能なので、自分の国家に損失を招くような重大な悪評のみを退けることになる。しかしながら、自国の存続のために悪評が立つならばその払拭にこだわらなくてもよい。全般的に考察すると、美徳であっても破滅に通じることがあり、逆に悪徳であっても安全と繁栄がもたらされることが、しばしばあるからである。…ヴィクスお兄さまがよく諳んじていたわ。懐かしい」

王女は目を瞑りソファにもたれかかった。ほぉと息を吐き、口元に微かな笑みを浮かべている。

「アーサー様とモニカの言っていることはただの理想だわ。"一人の君主があらゆる道徳的な評判を勝ち得ることは原理的に不可能"。"美徳であっても破滅に通じることがある"。…アーサー様、あんなにすらすら暗唱していたのに本当に意味を分かっていらっしゃらないのね。

ばかねウィルク。あんなに楽しそうに世の中をよくしていくことを話して。そんな政治、私たちにできるわけないじゃない。

でも…楽しかったなあ。時が来たら、この国もそんな政治ができる日がくるかしら。正気に戻ったヴィクスお兄さまと、まともになったウィルクと私と…それに、アウスお兄さまとモリアお姉さまと。5人で国を良くして行ける日が、いつか来たらいいのにな」
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