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学院編:オヴェルニー学院

【112話】進展なし

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◆◆◆
《おにいさま…?》

部屋の前で物音がしたから様子を見に行くと、ヴィクスお兄さまが倒れていた。僕が慌てて医者を呼ぼうとしたのに意識が戻ったお兄さまに止められた。お兄さまは荒い息をあげ、気味の悪い笑い声を漏らした。

《あは…あははは…!》

《お、お兄さま…?》

《銀色の髪…灰色の瞳…。間違いない…あはっ…》

《どうしたのですお兄さま?》

いつもの穏やかなお兄さまからは想像もつかない狂気じみた表情に僕は怖くなった。しばらく笑い続けたあと、次は赤ん坊のように泣きだした。ごめんなさい…ごめんなさい…と呟きながら、お兄さまは再び意識を失った。僕は医者を呼んでお兄さまを僕の部屋から連れ出してもらった。

その日からお兄さまは豹変してしまった。今まで優しかったのに、インコを出すのが少しでも遅れると鬼のような顔をして僕を叱りつけた。ヒステリックに意味もなく僕を怒鳴りつけることもあった。大好きだったお兄さまのことが怖くなったのはその頃からだった。

痩せこけて目つきが鋭くなってしまったお兄さまは、政治にのめりこむようになった。今まで以上に王室に入り浸って、お父様やお母さまに助言をしているらしい。一度だけ王室から出てくるお兄さまと鉢合わせしたことがあった。お父様に挨拶をしているときは凛々しく聡明な表情だったのに、王室から出た瞬間、顔が緩み目の焦点が合っていない気味の悪い顔になった。何かをブツブツ呟きながら、僕に気付かずどこかへ歩いて行った。

でも、時々昔のお兄さまに戻ることがあった。お兄さまがおかしくなった半年後に、僕は8歳の誕生日を迎えた。誕生日パーティーのあと、お兄さまが僕の部屋に入ってきた。穏やかで優しい、僕の大好きなお兄さまの顔だった。

《ウィルク、入っていいかい?》

《っ!うん!》

お兄さまは僕に楽しい話をたくさん聞かせてくれた。僕の頭を優しく撫でたり、脇をくすぐって遊んでくれたりした。お兄さまがこんな風に笑うのを見るのは何年ぶりだろう。

《ウィルク。アウスお兄さまとモリアお姉さまのお話、覚えてるかい?》

《もちろん覚えてるよ!僕は毎日天国にいるお兄さまとお姉さまに祈りをささげてるよ》

《ウィルクはお二人が好きかい?》

《会ったことないけど、大好き!》

《そうか。じゃあ、本当のことを教えてあげる。これが僕からの誕生日プレゼントだよ。今から言うことは誰にも内緒だよ》

《なになにぃ!?》

《お兄さまとお姉さまは、生きている。今もどこかで生きているよ》

《本当にぃ?!》

《本当だとも。僕は見たんだ。ご立派になられたお二人を、この目で》

《僕もお会いしたい!!》

《うん。きっといつか会わせてあげる。僕頑張るよ。頑張るからね、お兄さま、お姉さま》

お兄さまからもらった誕生日プレゼント。そんなの嘘だって分かっていた。お兄さまはちょっとおかしくなってしまっていたから、きっと幻覚でも見たんだろう。それでもお二人のことを話しているヴィクスお兄さまはとても幸せそうだった。

---------------

毎夜ウィルク王子は窓際に跪き指を組む。月を見ながら祈りを捧げているときは、生徒は誰も話しかけない。一度声をかけしまった生徒が危うく処刑されてしまうところだったからだ。その時はジュリア姫が止めてくれたが、それ以降祈りを捧げている王子に声をかけてはいけないという暗黙のルールができた。

(アウスお兄さま、モリアお姉さま。どうかヴィクスお兄さまを昔のように優しくて笑顔が素敵な人に戻してください。あと、モニカが僕のことを心から愛してくれますように。それとー…)

「あれ?ウィルク王子、今日もお祈りですか?熱心だなあ」

「……」

「僕も一緒に祈ってみようかなあ。ねえ王子、祈り方を教えてください」

「アーサー…きさま、やはり殺してやろうか」

「だめですよ王子。人間は殺してはいけないんですよ?さあ、隣に座らせてください。ほらほら」

アーサーはウィルク王子の隣に無理矢理座り、見よう見まねで指を組んだ。「次はどうしたらいいんですか?」と楽し気にしている。

「きさまどんどん面の皮が厚くなっているな?!お姉さまを味方につけたからっていい気になるなと言っているだろう!!祈りたければ勝手に祈っていろ!!気分が悪くなった!!僕はもう寝る!!」

「気分が悪いんですか?!それは大変だ。僕が診ましょう」

「おいぃ!!勝手に僕の体に触れるな!!」

王子はアーサーの手を振り払ってベッドへ駆け込んだ。祈りを中断させられた怒りがおさまらずベッドの中で足をバタバタさせている。

「もう王子。そろそろ仲良くしましょうよぉ」

「お前と仲良くなることなど二度とない!!おい!ベッドを揺らすな!!なんなんだお前はぁ!!」

◆◆◆

アーサーとモニカがオヴェルニー学院へ転入して10日が経った。この10日間、リリー寮、特に王子と王女から目を離さないように気を付けていた。今のところ彼らを襲う人とも遭遇しておらず、リリー寮内に怪しい動きをする生徒はいなかった。
それと同時に毎晩アーサーは夜中にベッドを抜け出して学院内を見回った。リリー寮から目を離してはいけないので、その間モニカは談話室の目立たない場所に座り生徒が誘拐されないよう見張っている。その日もアーサーは黒いマントを羽織り談話室を出て行った。

「じゃ、行ってくるよモニカ」

「気を付けてね。何かあったらすぐインコを飛ばして」

「うん。モニカもだよ」

「分かった」

夜中の廊下は明かりが全く灯っておらず真っ暗だが、アーサーは夜目がきくので平気だ。足音を忍ばせながらゆっくりと歩く。10日かけて学院内のほとんどの場所を見回り終わっていた。教室は全て鍵がかけられているので入ることはできないが、どこも明かりが消えていて人けもない。怪しい場所はひとつも見つけられていなかった。

時々捜索している先生を見かけることもあった。その時は目立たないところへ隠れて先生が通り過ぎるのを待つ。ランプも持たず黒いマントを羽織っているアーサーに気付く先生はいなかった。その日もランプであたりを照らしながら歩く人影を遠目に見かけた。

(今日の見回りはセルジュ先生か…この人足音が小さくて分かりづらいんだよなあ。そう言えばカーティス先生も意外と足音立てないんだよね。やっぱり冒険者だったからかな)

アーサーは踵を返して先生から離れた。10日も経っているのに誘拐犯に一歩も近づけず焦っているのか、指を噛みながら顔をしかめる。

(こんな、ただ廊下を歩き回ってたってなんの意味もない…。先生たちでさえ見つけられてないんだ。僕で見つけられるのか…?ううん、見つけなきゃ。カミーユたちが僕たちを始めて頼ってくれたんだもん。それに応えなきゃ…一刻も早くなんとかしないと…)

「どうして私ってこんなにダメなのかしら…。私っていっつもそう…。こんなのじゃあの子に嫌われちゃうわ…。もっとがんばらないと…でもがんばるってどうするの…?これでも私なりにがんばってるのよ…」

(ローズ寮の子が消えてからけっこう日も経ってる。リリー寮の子が今日消えてしまうかも分からないのに、なんの手がかりも見つけられてない。もし僕たちが気付かない間に誰かが消えてしまったらどうしよう。僕たちが犯人の顔も見ることができなかったら…)

「あっ、そうだわ。アーサー…あの子がいいわ。あの子なら…きっと…」

考え事に夢中になっていたアーサーは、ぶつぶつと呟きながら歩く人影が突き当りの廊下を通り過ぎたことに気付かなかった。そしてその人影も、アーサーに気付かずクスクスと不気味な笑い声をあげて歩き続けた。
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