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学院編:オーヴェルニュ侯爵からの手紙

【96話】カミーユたちからの依頼

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雪解けが始まるまで、アーサーとモニカはポントワーブでまったりと暮らしていた。その間にモニカの料理の腕は上達し、なんとシチューを作れるようになっていた。その日もモニカは鍋をかき混ぜシチューを作る。調合を終えたアーサーがダイニングへ降りてきた時には、テーブルの上にパンとシチューが並んでいた。

「わあ!モニカ、今日のごはんもおいしそう!!」

「でしょぉ?!ポントワーブのみんなにもらった野菜とミルクで作ったのよ!さ、食べましょ」

「いただきまぁす!!」

アーサーはスプーンに息を吹きかけてからぱくりと口の中へ入れた。おいしすぎて脚をパタパタさせている。そんな兄の様子を見てモニカも嬉しそうにシチューを食べた。
二人が食事をしていると玄関のベルが鳴った。ドアを開けると、疲れ切ったカミーユたちが顔を覗かせる。

「わあ、急にどうしたの?!みんなに会えて嬉しいなあ!入って入って!!」

アーサーが家の中へ招いたが、4人はいつものような元気がない。リアーナでさえ黙りこくっている。それに、4人とも目の下のクマがひどい。これほど疲弊したカミーユたちを見たことがなかった双子は心配そうに彼らを見た。気まずい雰囲気を和らげようと、モニカがカミーユの手を引いてダイニングへ連れて行った。

「あのね、シチューを食べてたの。みんなも食べて?」

「…ああ。助かる」

椅子へ座り、出されたシチューを黙々と口に運ぶ。いつもはおいしいおいしいと料理を褒めてくれるのに、何も言わずスプーンの進みも遅い。モニカは不安そうに声をかけた。

「ど…どうしたのみんな?元気がないように見えるよ…」

「……」

カミーユは他の三人に目配せをした。カトリナ、リアーナ、ジルも乗り気じゃなさそうな顔をしている。しばらくの沈黙のあと、カミーユがやっと口を開いた。

「あのな、お前ら…」

「カミーユ、私から言うわァ。いえ、私から言うべきよ」

「すまねえな、カトリナ…」

「私こそごめんなさい。二人の顔を見たら…決心が鈍っちゃったわ。でも、だめね。私らしくもない」

「?」

不思議そうにこちらを見ているアーサーとモニカの目をまっすぐ見てカトリナは深呼吸した。リアーナがテーブルの下で彼女の手を強く握る。その手を握り返し、はっきりとした口調で言った。

「アーサー、モニカ。S級冒険者として、あなたたちに仕事の依頼をしたいの」

「お仕事の依頼?!受ける!!」

双子はキラキラと目を輝かせて即答したが、カトリナは首を振って二人をなだめた。

「二人とも、案件を聞かずに簡単に受けちゃダメ」

「あっ…ごめんなさい…」

「私たち、みんなの役に立てると思ったら、嬉しくなっちゃって…」

「気持ちは嬉しいわ。でも、今回の件は…色々とあってねェ」

カトリナは依頼について一から説明した。内容としては、オヴェルニー学院の潜入捜査だ。
オーヴェルニュ家の領土にあるオヴェルニー学院。国中の貴族の子どもを集め、一般教養、魔法や剣術等を教える優秀な教育機関。そこで相次ぐ失踪事件。カミーユたちが侯爵に会いに行った時には、すでに失踪者の数が6人に増えていた。1日で3人が姿を消したそうだ。

現状犯人の手かがりすら掴めていないことを伝えたうえで、双子に生徒として潜入して犯行の現場に立ち会い犯人の顔を確認し特定してほしいとカトリナは言った。てっきり犯人を捕まえることが自分たちの仕事だと思っていたアーサーとモニカは首を傾げた。

「えっ?」

「私たちは現行犯で捕まえればいいんだよね?」

「いいえ。犯人の顔を覚えて、特定して、私たちに伝書インコを飛ばすのよ。犯人は私たちが捕まえるわ」

「で、でも…それじゃあ、生徒たちが誘拐されちゃうよ…?」

「ええ、そうよ。それでもあなたたちが追いかけちゃダメ。犯人が姿を消してから、こっそり私たちにインコを飛ばすの。そのあとはいつもどおりの生活を送るのよ」

「そんなのだめ!!誘拐してるところを見逃すなんてできないよ!!」

アーサーはテーブルを叩いて立ちあがった。犯人が誘拐しているところを目撃したのなら、自分たちが生徒たちを守らなければいけないのは当然のことじゃないかと目で訴えている。だがカトリナは頑なに首を横に振った。

「いいえ。あなたたちは深入りしちゃいけない。できるだけ危険な目に遭ってもらいたくないの」

「でもっ…!」

「お願いだから聞き分けてちょうだい?犯人を特定出来たら、そのあとはあなたたちが捕まえようとするより、私たちが捕まえる方が成功率が高いの。もしあなたたちが深追いして大怪我を負ってしまったら、被害が増えるだけなのよ」

「っ…」

「アーサー、モニカ。カトリナの言ってることは一番理想的なパターンだ。だがな、こう都合よくことが運ぶと思うなよ。お前たちのいない場所で誘拐が起こる可能性の方が高いんだ。このパターンだったら最悪だな。それに、誘拐犯がお前らを狙う可能性だってなくはない。そのときはお前らで誘拐犯をなんとかしなきゃいけねえ。誘拐されちまったらインコを飛ばせねえんだから」

「その方が、誘拐犯を見逃すよりマシだ…」

ブスッとしたアーサーが小さい声で呟いた。もちろん全員に聞こえている。リアーナは頭をかきながらため息をついた。

「ハァーッ。だからこいつらに頼むのはいやなんだよ。命知らず。人のために自分が傷つくのを厭わねえ。自分の命の重さを分かってねえ」

「そうね。アーサー、私たちの条件を受け入れられないなら断ってちょうだい。あのね、私たちはあなたたちを危険な目に遭わそうとしている。でも、あなたたち自身には自分たちの身の安全を一番に考えてほしいの。…それがたとえ、他の子たちに危険が及んだとしてもね」

「そんな…。僕の命より、他の子たちの命の方が大切だよ…」

「アーサー」

カミーユの低い声にアーサーがびくりとする。

「命の重さに個体差はねえよ。生徒の命もお前らの命も同じ重さだ」

「カミーユ…」

「ってのは建前だ。そんなわけあるか。より大事な命ってのは人それぞれちげーんだよ。おい、モニカ」

「ん?」

「アーサーの命と生徒の命、どっちが大切だ」

「…アーサーよ」

「アーサーの命とお前の命、どっちが大切だ」

「もちろんアーサーよ」

「だろうな。アーサー、モニカは自分の命よりお前の方が大切だと思ってるんだぞ。そんな妹の前であんなこと言うんじゃねえ。自分にとってはたいしたことのない命だって、誰かにとってはそうじゃあねえんだから。…正直に言うと、俺だって生徒たちよりお前とモニカの命の方が大切だ。…こんな依頼をしてる張本人が言うことではないがな」

アーサーはモニカの方を向いた。モニカは悲しそうに笑っている。たったの4年間だけでは幼少時代の価値観は変えられない。死ぬことを望まれて育った二人が、自分の命に価値を見出すことはこの上なく難しいことなのかもしれない。だが、自分にとって一番大切な人が生きてほしいと願っているのなら、簡単に命を投げ出してはいけないと思うことはできた。アーサーは頷き、モニカに「ごめんね」と呟いた。

「僕たちはS級冒険者として君たちに頼むのが一番成功率の高いと考えたから依頼した。でも、S級冒険者じゃないただの僕たちは、君たちにこんなことさせたくないと思ってる。だから…僕たちのためにも死なないでほしい。生きて帰ってきてほしい。君たちが死んでしまったら、たぶん僕は発狂してしまう」

「発狂どころじゃすまねえだろ。学院破壊してしまうんじゃねえか?」

「いやいやカミーユ。そんなんでおさまらねえだろ。たぶんヴィラバンデ地区が崩壊するぜ」

「あらら、それは困ったわねえ。ヴィラバンデ地区が破壊されちゃったら、私の家も終わりね。さ、アーサー、モニカ。ジルがそうならないためにも、自分の安全を最優先するって約束してくれないかしら?」

「…うん」

「分かったよ」

その言葉を聞いて、カトリナたちはホッとしたように微笑んだ。依頼に関しては説明を終えた。次は、ある意味依頼の内容より言いづらい話題に触れなければいけない。カミーユは口を開くが言葉が出てこない。顔を歪め、双子から目を逸らした。
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