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魔女編:Fクラスクエスト旅

【70話】まるで遠足

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一週間後、その日の朝は大雨が降っていた。雨の音で起きたモニカがうっすらと目を開けると、まだ眠っているアーサーが見えた。腕と足をモニカに乗せ、よだれを垂らしてぐっすりだ。モニカはそっとベッドから抜け出してクローゼットから着る服を取り出す。

今日、カミーユたちと魔女の山へ再び行かなければならない。モニカはぶるっと震えたあと、動きやすい服に着替え香水をつけた。アーサーの目が見えなくなってから、モニカの居場所が分かりやすいように香水を多めに振っている。

「…モニカ」

「あ、目が覚めた?おはよう」

「おはよう」

「ちょっと待ってね。服を持っていくから」

「ありがとう、モニカ」

アーサーは目をこすりながら起き上がり、のろのろと寝衣のボタンをはずした。モニカはそんな兄の服を着せ、目に黒い布をまいた。そのあと兄の手を引いてダイニングへ連れていく。目の記憶を奪われたからか、アーサーはボーッとしていることが多くなった。

「アーサー、今日はカミーユたちと山へ行く日よ。体調はどう?」

「悪くないよ。こわいけど、カミーユたちがいるしね」

「うん、何も心配いらないわ」

「モニカの杖、見つかるといいね」

「うん…無事かな…」

魔女と遭遇したあの日、モニカの杖は魔女にぽっきりとへし折られ、遠くへ投げ捨てられた。モニカはアーサーを守ることを第一に優先したため、杖を回収することができなかったのだ。

1時間後、カミーユたちが家へ迎えに来た。モニカが4人を家の中へ招く。彼らは普段身に着けていない武器を背中にかけている。酒を飲んでガハガハ笑いながら食っちゃべっているところしか見たことがなかったモニカは、カミーユたちって本当に冒険者だったんだあ、とそのとき思った。

「うひゃー、天気最悪!絶好の魔女狩り日和だぜえ!」

「魔女狩りは明日だよ。今日は移動だ」

「こまけえなジルはよぉ!どっちでもいいじゃねーか!!家を出てから帰るまでが魔女狩りだろぉ?!」

「リアーナ朝から声がでかい…耳が痛い…」

「かぁー!貧弱だなあジルは!…アーサー!モニカ!ほれ、これ羽織れ!」

リアーナは双子に革製のマントを被せた。マントに杖をあてて呪文を唱える。

「なんの魔法をかけてくれたの?」

モニカが興味津々で尋ねる。リアーナは自慢げに「防水魔法だ!」と答えた。

「防水魔法?そんなのあるんだあ!」

「そんな魔法ねーよ。マント表面の数ミリ上を薄い水魔法でコーティングしてる。その水が雨を吸収してマントが濡れねえんだ」

カミーユが説明すると、双子が「リアーナ、すごい!!」と顔をキラキラさせた。リアーナは「もっと褒めろ!!あがめろ!!」と腰に手を当てて大声で笑っている。

「ふふ、朝から元気ねェ」

「いつもそうだけど、胸焼けする…」

「ただでさえ大雨で気分下がってるってのにこいつはよぉ…」

リアーナのテンションの高さにカミーユとジルがうんざりしている様子だ。そんな二人を見てクスクス笑いながら、にカトリナが瓶を取り出し双子に差し出した。

「さ、飲んでェ」

「これは?」

「シャナの聖水よォ。魔女退治には必需品。覚えておきなさいね。今日から明日にかけて飲み続けるのよォ」

アーサーとモニカはこくこくと聖水を飲む。無味無臭でただの水を飲んでいるように感じたが、飲み終えると一瞬体がふわっと光った。

「アーサー、モニカ。今日はこの武器を身に付けて」

次にジルがアーサーに短剣、モニカにナイフを手渡した。一見何の変哲もない武器に見える。

「この武器は、魔法を吸収して属性を付与できるんだよ。リアーナ、頼む」

「あいよ」

長く難解な呪文を、リアーナはすらすらと詠唱する。杖からあたたかい光が漏れ、短剣とナイフの刃が金色に輝いた。

「わあ…!」

「モニカ、どうなったの?!なんだかすごい魔法だった気がする!」

「短剣とナイフがきらきらになった!」

「聖魔法だ。こんなに品のないやつが、この国で随一を誇る聖魔法を使えるなんざ、笑えるだろ?」

「おいカミーユ!!もっと素直に褒めろ!!素直に!」

「聖魔法…」

繊細な魔法、見たことがない魔法に、モニカの腕がうずうずとする。ああ、今すぐ使ってみたい、練習してみたい!魔女の山から戻ったら、リアーナに魔法のことをたくさん教えてもらおうと決めた。

準備が整い、双子とカミーユたちは家を出た。アーサーはカミーユに、モニカはカトリナに抱えられて馬に乗る。

「まずはスィフィシュ町まで行く。町で一度休憩を挟んだら、ウィツ山を登るぞ。いいな?」

カミーユがパーティに声をかけると、「うぃーっす!!」「いいわよォ」「行こう」と各々が返事をした。返事に頷き、アーサーに「しっかり手綱握っとけよ」と呟いてから大雨が降る中馬を走らせた。

◇◇◇

「アーサー、疲れてないか?」

馬を走らせて3時間が経った頃、カミーユがアーサーの頭を撫でながら声をかけた。

「うん、大丈夫だよ。カミーユは?おなかすいてない?バナナ剥こうか?」

「バナナよりリンゴがいい」

「分かった。ちょっと待っててね」

アーサーがごそごそとアイテムボックスをまさぐり、ナシを取り出してカミーユの手に触れさせる。カミーユは「助かる」とだけ言ってナシを齧った。アーサーは自分の分のバナナを取り出しむしゃむしゃと頬張っている。

「カミーユは、今まで何人の魔女と戦ったことあるの?」

「10人くらいだな。どいつもこいつも厄介だった。リアーナがいなけりゃ勝てなかっただろうな」

「リアーナってすごいんだね!」

「あいつは正直めちゃくちゃつええぞ。魔力や回復魔法はシャナに劣るが、特殊な魔法をいくつもつかえるからな。聖魔法だって、本来聖女しか使えねえような特殊魔法だ」

「へえ!リアーナって聖女なの?」

「まさか。あんなガサツな女が聖女でたまるかよ」

「おいカミーユぅ!!今あたしの悪口言っただろ!!言ったよなあ!?」

「この地獄耳がぁ…」

「今のはカミーユが悪い」

「ええ、カミーユが悪いわァ。ねえモニカ?」

「え?カミーユなにか言ってたの?雨の音で全然聞こえなかった」

「リアーナにとっても失礼なことを言ったのよォ。女性の敵だわァ」

「くそー、こんなくだらん会話にまで聞き耳を立てるなっつの…」

「僕にはカミーユとリアーナの声しか聞こえないよ。どうしてこんな騒音の中で普通に会話できてるの?」

「そういう訓練を受けてる。小声でもお互いの声が聞き取れるようにな。気付かれないようにコミュニケーションをとることは、強敵と戦うときには必須だ」

「なんか…すごい!」

「アーサー!もっと褒めろ!」

「リアーナすごい!!」

「だはは!!そうだろー!!すごいだろー!!」

モニカは寒さで震えながら、リアーナはいつも元気だなあと彼女を眺めた。モニカが震えていることに気付いたカトリナが手を握って体温を確認する。

「モニカ、少し体が冷えてきたわねェ」

「ううん、大丈夫だよ」

「無理しなくていいわよォ。急に魔力を失ってあなたの体は不安定になってるの。ちょっと待ってね」

カトリナはアイテムボックスから飴を取り出した。

「舐めて」

手渡された飴を口に放り込むと、体がじわっと温かくなった。

「ほっこりする!カトリナ、これなあに?」

「耐寒飴よォ。これを舐めたらどんな寒い場所だって平熱を保てるの。私の国の特産品」

「その飴には何回もお世話になった」

「ふふ、ありがとう、ジル」

「え?ジルなにか言ったの?聞こえない」

「ジル、モニカに話しかけるならもう少し声をはってくれるかしらァ?」

「無理だ。僕はこれ以上大きな声は出せないから」

「リアーナとジルの声量を足して2で割ったらちょうどいいのにィ」

そんな話をしているうちに、スィフィシュ町へ到着した。大雨のため屋台はすべて締まっている。
カミーユたちが宿へ入ると、宿主ががたりと立ち上がった。

「これはこれは!カミーユ様、いらっしゃいませ。いつものお部屋でよろしいですか?」

「ああ、突然押しかけて悪いな爺さん」

「とんでもございません!ささ、ご案内いたします。こちらへどうぞ。お食事はいかがなさいますか?」

「アーサー、モニカ、何か食べたいものはあるか?」

「肉がいいな!あ、オーク肉以外で」

「私は野菜がたっぷり入ったクリームスープがいい!」

「…ということだ。他のメニューは任せる。いけるか?」

「もちろんです。出来上がり次第お持ちいたしますね」

「ありがとう」

カミーユたちが案内された場所、間違いなくこの宿で最も良い部屋だった。リビング、ダイニング、寝室、浴室、全て広い。寝室には大きなベッドがゆったり4つ置かれている。

「ベッドが足りないわねェ。モニカ、私と一緒に寝る?」

カトリナがそう言うと、アーサーが「えっ」と不安げな声をあげた。モニカは兄の手をそっと握ってカトリナを見上げた。

「私、アーサーと寝てもいい?」

「もちろん良いわよォ。じゃあ私とリアーナが一緒に寝るわねェ」

「やったぁ!カトリナのふにふにおっぱいに顔をうずめて寝られるぜェ!ッシャァ!!」

「…やっぱりジルと一緒に寝るわァ」

「君と一緒に寝るなんて緊張して一睡もできなさそうだ。それだったら僕がカミーユと一緒に寝る」

「はぁっ?!」

「おう!そうしてくれ!」

「おい嘘だろお前ら」

「決まりねェ。さ、お風呂に入りましょ?」

「冗談だよな?!なあ、おい!」

「しつこいよカミーユ。もう決まったんだから。騒がない」

子どもをなだめるように、ジルに背中をさすられるカミーユ。他のメンバーはそんなカミーユを見て大笑いした。

風呂に入り、おいしいご飯を食べたあと、ふかふかのベッドに横たわる。眠りに落ちるまでみんなでわいわいと雑談し、まるでただ旅行に来たかのように楽しい時間を過ごした。
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