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大切なモノ
57話 ウメ
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妖刀朝霧には夢見の力があった。覗いた記憶を、持ち主に夢で見せることができる。
あやかしの胸を貫いた朝霧は、彼女の記憶を覗き薄雪に夢を見せた。
夢から覚めた薄雪は、清らかな気にあてられ苦しんでいるあやかしを見下ろした。
「そうでしたか。あなたの軸は、必要とされること」
「……」
「亡くした我が子の腐った肉を食べているうちにあやかしになった…アチラ側にいる青頭巾というあやかしによく似ていますね」
「…私の愛するモノを奪わないで…。コレは私だけのモノなの…」
「花雫はあなたのモノではありません」
うわごとのように同じことを繰り返すあやかしに薄雪はぴしゃりと言った。あやかしは口から血を流しながらキッと彼を睨みつける。
「お前がいなくなれば私のモノになる…!」
「私がいなくなっても花雫はあなたのモノにはなりません。花雫は花雫のモノです。誰のモノでもない」
「この子は私を見てくれた!私と言葉を交わしてくれた!私の話を聞いてくれた…!!!この子だけが…っ!この子だけが私の!!」
「…あなたの気持ちは…痛いほど分かります」
「分かるものか!!誰からも必要とされない私の気持ちが!!美しいお前はさぞ愛されてきたんだろう!!必要とされてきたんだろう!!」
「……」
「見てみろこの醜い私を!!」
「ええ。醜いですね」
「私はただ愛おしみたいだけなのに!!必要とされたいだけなのに!!」
「愛おしむモノから大切なモノを奪ってどうするんです…。ああ、身近にそういうモノがいるので何も言えませんね…」
「みなが私の愛するモノを奪っていく!!おぉぉっ…。うぁぁ…っ」
あやかしは花雫を抱きしめ泣き崩れた。
愛おしみたいだけなのに、彼女を抱きしめるだけで瘴気が溢れ穢してしまう。ソレに触れられた花雫の体には醜い痣が這っていた。
薄雪は穢れていく花雫をまっすぐと見ながらあやかしに問いかけた。
「あなた、名は」
「…ウメ」
「ウメ。良い名ですね。あなたも花の名をしているのか」
「…名を聞かれたのなんて、はじめてだ」
「ウメ。コチラ側で生まれたあなたは知らないでしょうが、あやかしは軸が折れたら消えてしまうのです」
「…突然なんの話だ」
「あなたの軸は”必要とされること”。誰かに必要とされ続けなければ消えてしまうのです」
「ふん…。私は必要とされたことなんてない。馬鹿にしているのか」
「いいえ」
薄雪は膝をついた。あやかしと視線を合わせ、頬に手を添える。添えた手はジュゥ…と音を立てて肉が爛れたが、薄雪は気にする素振りを一切見せずそっと微笑んだ。
「いますよ。300年経った今でもあなたを必要としているモノが」
「あ…」
「さあ、迎えに行っておあげなさい。彼は土の中でずっとあなたの帰りを待っています。そして彼と共に私の元へお戻りなさい。私があなたを清め、望む場所へ誘いましょう。
それともあなたが望むのであれば、私の妖力とヒトを癒す力を分け与えアチラ側へお送りいたします。そうすれば苦しむ人々を癒すモノとして、あなたはヒトに神として崇められ必要とされるでしょう」
「なぜ…私にそこまでする。私はお前の愛おしむモノを奪おうとしたのに」
「私はヒトを愛するあやかしです。いまはあやかしであれど、あなたは元々ヒトでした。望んでもいないのにあやかしとなってしまい、300年に渡り苦しんできたあなたを幸せにしたいと思うのはおかしいことでしょうか」
「……」
「ウメ。素敵な名です。これもきっと、花が結んだ縁なのでしょう。あなたを救わせてください、ウメ。私を目に映してくれた、3人目のヒト」
ウメの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。300年間生きてきてはじめて触れた優しさに、朽ち果てた家に置いてきたヒトとしての心をおぼろげに思い出す。
彼女が小さく頷いたのを見て、薄雪は朝霧の柄を握った。
「朝霧。彼女の穢れを清めなさい」
朝霧から花が舞ったその瞬間、刀身が真っ黒に染まった。その穢れは柄を握っていた薄雪の手にも移り、彼の顔が苦しみに歪んだ。
(ヒトからあやかしとなったモノは、たいがいヒトを苦しめる存在となる。苦しめるモノがヒトに必要とされるわけがない。苦しかったでしょう。なんて悲しいモノなのでしょう。もっと早く出会っていれば…ウメの穢れもここまでひどくならなかっただろうに。すまなかったね…ウメ。もう楽におなりなさい)
すべての花びらが床に落ちる。薄雪は荒い息で朝霧をウメの体から引き抜いた。すかさず扇子を広げ息を吹きかける。舞った花びらが傷口を覆い、瞬く間に塞がった。
あやかしの胸を貫いた朝霧は、彼女の記憶を覗き薄雪に夢を見せた。
夢から覚めた薄雪は、清らかな気にあてられ苦しんでいるあやかしを見下ろした。
「そうでしたか。あなたの軸は、必要とされること」
「……」
「亡くした我が子の腐った肉を食べているうちにあやかしになった…アチラ側にいる青頭巾というあやかしによく似ていますね」
「…私の愛するモノを奪わないで…。コレは私だけのモノなの…」
「花雫はあなたのモノではありません」
うわごとのように同じことを繰り返すあやかしに薄雪はぴしゃりと言った。あやかしは口から血を流しながらキッと彼を睨みつける。
「お前がいなくなれば私のモノになる…!」
「私がいなくなっても花雫はあなたのモノにはなりません。花雫は花雫のモノです。誰のモノでもない」
「この子は私を見てくれた!私と言葉を交わしてくれた!私の話を聞いてくれた…!!!この子だけが…っ!この子だけが私の!!」
「…あなたの気持ちは…痛いほど分かります」
「分かるものか!!誰からも必要とされない私の気持ちが!!美しいお前はさぞ愛されてきたんだろう!!必要とされてきたんだろう!!」
「……」
「見てみろこの醜い私を!!」
「ええ。醜いですね」
「私はただ愛おしみたいだけなのに!!必要とされたいだけなのに!!」
「愛おしむモノから大切なモノを奪ってどうするんです…。ああ、身近にそういうモノがいるので何も言えませんね…」
「みなが私の愛するモノを奪っていく!!おぉぉっ…。うぁぁ…っ」
あやかしは花雫を抱きしめ泣き崩れた。
愛おしみたいだけなのに、彼女を抱きしめるだけで瘴気が溢れ穢してしまう。ソレに触れられた花雫の体には醜い痣が這っていた。
薄雪は穢れていく花雫をまっすぐと見ながらあやかしに問いかけた。
「あなた、名は」
「…ウメ」
「ウメ。良い名ですね。あなたも花の名をしているのか」
「…名を聞かれたのなんて、はじめてだ」
「ウメ。コチラ側で生まれたあなたは知らないでしょうが、あやかしは軸が折れたら消えてしまうのです」
「…突然なんの話だ」
「あなたの軸は”必要とされること”。誰かに必要とされ続けなければ消えてしまうのです」
「ふん…。私は必要とされたことなんてない。馬鹿にしているのか」
「いいえ」
薄雪は膝をついた。あやかしと視線を合わせ、頬に手を添える。添えた手はジュゥ…と音を立てて肉が爛れたが、薄雪は気にする素振りを一切見せずそっと微笑んだ。
「いますよ。300年経った今でもあなたを必要としているモノが」
「あ…」
「さあ、迎えに行っておあげなさい。彼は土の中でずっとあなたの帰りを待っています。そして彼と共に私の元へお戻りなさい。私があなたを清め、望む場所へ誘いましょう。
それともあなたが望むのであれば、私の妖力とヒトを癒す力を分け与えアチラ側へお送りいたします。そうすれば苦しむ人々を癒すモノとして、あなたはヒトに神として崇められ必要とされるでしょう」
「なぜ…私にそこまでする。私はお前の愛おしむモノを奪おうとしたのに」
「私はヒトを愛するあやかしです。いまはあやかしであれど、あなたは元々ヒトでした。望んでもいないのにあやかしとなってしまい、300年に渡り苦しんできたあなたを幸せにしたいと思うのはおかしいことでしょうか」
「……」
「ウメ。素敵な名です。これもきっと、花が結んだ縁なのでしょう。あなたを救わせてください、ウメ。私を目に映してくれた、3人目のヒト」
ウメの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。300年間生きてきてはじめて触れた優しさに、朽ち果てた家に置いてきたヒトとしての心をおぼろげに思い出す。
彼女が小さく頷いたのを見て、薄雪は朝霧の柄を握った。
「朝霧。彼女の穢れを清めなさい」
朝霧から花が舞ったその瞬間、刀身が真っ黒に染まった。その穢れは柄を握っていた薄雪の手にも移り、彼の顔が苦しみに歪んだ。
(ヒトからあやかしとなったモノは、たいがいヒトを苦しめる存在となる。苦しめるモノがヒトに必要とされるわけがない。苦しかったでしょう。なんて悲しいモノなのでしょう。もっと早く出会っていれば…ウメの穢れもここまでひどくならなかっただろうに。すまなかったね…ウメ。もう楽におなりなさい)
すべての花びらが床に落ちる。薄雪は荒い息で朝霧をウメの体から引き抜いた。すかさず扇子を広げ息を吹きかける。舞った花びらが傷口を覆い、瞬く間に塞がった。
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