上 下
11 / 71
休日

9話 コロコロ山の大あやかしのお話

しおりを挟む
コロコロ山を眺めながら、薄雪がそっと口を開いた。

「あるあやかしのお話を聞きますか?」

「…はい」

私が頷くと、薄雪はぽつり、ぽつりと話し始めた。

「あの小さな山に、ある大あやかしが棲みつきました。あやかしはその山をなによりも愛していた。自分自身より、大切なモノでした。

ソレは山に恵みをもたらした。木々を、花々を、新しい息吹を与えました。

豊かな山にはイノチが集まる。生気と妖力にが満ちたその山で育ったモノは、コチラ側のモノとは思えないほど清らかでした。

清く強い力を持った自然は、あやかしとなり別の小さなイノチとなります。

木の子と呼ばれるか弱いあやかしでしたが、あの山でもあやかしが生まれたのです。コチラ側で生まれた数少ないあやかしですね。

眷属が増え大あやかしは喜んだ。数百年の間ソレは、静かに、しあわせに、愛する山と愛する眷属に囲まれて暮らしていました。

ですがあるとき、ヒトはその山を削りました。

長年かけて育ててきた山を、たった1日で壊されてしまった。

大あやかしはヒトを憎んだ。一番大切にしていた、山を愛することも忘れ…。

ソレは自分にとって一番大切だったコトを捨ててしまったんです。

コチラ側では、軸が折れたあやかしは消えてしまう。

その大あやかしも土となり、生の幕を下ろしました。憎しみだけを残して…。

主を失った眷属の行く末はひとつ。消えるしかありません。…これはアチラ側でも同じことですが。

そのあやかしによって生まれた木の子はだんだんと消えていきました。

公園にいた木の子は、最後の生き残りです」

薄雪は閉じた扇子を口元に当てた。どうやらこの話はここまでのようだ。

「…まるで誰かに聞いたみたいな言い草ですね」

「ええ。あの山に咲いている花に聞きました。あの子たちも、もう弱っているね」

「……」

彼の話が嘘か本当かは分からないけど、私はなんとなく納得できた。コロコロ山に山菜が多いのも、その大あやかしのおかげだったのかもしれない。

私の親もよくコロコロ山に山菜を採りに行ってた。そこで採れた山菜はとてもおいしくて、家族でわいわい食べたものだ。コロコロ山を削ると聞いた親も怒ってたっけ。

それにしても悲しい話だな。大好きなモノを人に壊されて、山への愛情よりも人への憎しみが勝ってしまっただけで消えてしまうなんて。山が好きだからこそ怒るのにね。それでもあやかし的にはアウトなんだ…。ジャッジ厳しいな。

大あやかしが消えて、そのせいで眷属の木の子も消えちゃう。それは分かるけど、どうして花まで弱ってるのかな。やっぱり山を削られたから?

「自然は豊かなモノから生まれます。豊かで清らかな地だったのに、憎しみだけを残されてしまった。貧しくなった山に新しい息吹がもたらされることはない。あの山は、長い時間をかけて徐々に枯れてしまう道しか残されていません。…まあ、近い未来にあの山まるごと削られてしまうのでしょうが」

「大あやかしが人を憎んじゃっただけで山が枯れるの?」

「あやかしの憎しみは恐ろしいのですよ。呪いに近いのです」

「の…のろい…」

「恵みの山が呪いの山へ。天と地の差です」

「だからチビちゃんも山を下りて来たのかな…?」

「そうかもしれませんね。もしくは死期を悟り、最後にもう一度誰かと共に過ごしたかったのかもしれません。あの小山は、以前はよく公園の子どもたちが小山へ遊びに行っていたようですね。木の子は人なつっこいあやかしです。ヒトには目に映らなくとも、一緒に遊んでいた気になっていたのでしょう」

「そうだとしたら、木の子は花雫に話しかけられて嬉しかったでしょうね」

「ええ。あやかしにとって、あやかしを目に映すヒトほど可愛いモノはありませんから」

薄雪と綾目はそう言ったあと、アパートへ向かって歩き出した。しばらく茫然としていた私も、我に返り慌てて彼らを追いかける。

あやかし。今日一日で少しはあやかしの存在を実感したはずなのに、今までの日常にもそれが紛れ込んでいたなんて知らなかった。

私は人とあやかしの区別すらつかないほどあやかしの姿がはっきりと見えてしまう。公園のチビちゃんだけじゃない。私が今まで人として接してきた友人や知り合いが、もしかしたらあやかしなのかもしれないと考えると…。うう、恐ろしいことを考えるのはやめよう。

私はちらりと振り返ってコロコロ山を見た。今まで何気なく見ていた景色が、儚く悲しいものに見えた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【1/23取り下げ予定】あなたたちに捨てられた私はようやく幸せになれそうです

gacchi
恋愛
伯爵家の長女として生まれたアリアンヌは妹マーガレットが生まれたことで育児放棄され、伯父の公爵家の屋敷で暮らしていた。一緒に育った公爵令息リオネルと婚約の約束をしたが、父親にむりやり伯爵家に連れて帰られてしまう。しかも第二王子との婚約が決まったという。貴族令嬢として政略結婚を受け入れようと覚悟を決めるが、伯爵家にはアリアンヌの居場所はなく、婚約者の第二王子にもなぜか嫌われている。学園の二年目、婚約者や妹に虐げられながらも耐えていたが、ある日呼び出されて婚約破棄と伯爵家の籍から外されたことが告げられる。修道院に向かう前にリオ兄様にお別れするために公爵家を訪ねると…… 書籍化のため1/23に取り下げ予定です。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...