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第二章 友人と恋人

第九話

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 中間考査前日、『勉強会』グループが俺の家に来ることになった。
 本当は俺の家になんて誰も招きたくはないが、木渕に勉強を教えてもらうための条件に、俺の家に来ることも含まれていたので仕方がない。

 目的はもちろん、勉強の総仕上げだ。

 人を招くために俺は、土曜日の半日を掃除に費やした。家具もしっかり拭き上げたし、床には毛一本落ちていないはず。
 そして俺のポチャバブ欲を満たすあれこれは、しっかりと不透明な袋に入れて勉強机の引き出しに隠してある。俺の性癖が滲み出るものは、部屋には一見何ひとつないはずだ。

「どうぞ」

 インターフォンを鳴らした友人たちを家に招き入れる。七岡と木渕は一度だけうちに押しかけたことがあるので慣れた様子で靴を脱ぐが、花崎さんたちは口をあんぐり開けて家の中を見回している。

「……お城?」

 酒井さんがそう呟いたのを聞いて、俺は噴き出した。

「大げさ。ただの家だから、入って」

 俺の家はシャンデリアも螺旋階段もない。少しばかり広くてそれなりの家具が並んでいるだけだ。俺の部屋なんて、ちょっと広いだけで七岡や木渕の部屋とさして変わらない、ありふれたものだろう。

「水飲みたかったら、ウォーターサーバー自由に使って。コーヒー飲みたかったらそっちのバリスタ。ジュース飲みたかったら冷蔵庫勝手に開けてくれたらいいから。お菓子は適当に買ってあっちの籠に入れてあるから好きに食べて」

 適当に説明をして、俺はテーブルの前に腰をおろした。
 七岡と木渕は「はーい」と早速冷蔵庫からジュースを取り出したが、女子たちはドアの前で固まっている。

「ひっろ……」
「テレビでか……」
「自分の部屋に冷蔵庫があるのって普通なの……?」

 そう言えば、七岡と木渕が初めてうちに来たときも同じような反応をしていたな。冷蔵庫なんてコンセントがあればどこでも置けるのに、どうしてそんなに驚くんだろう。

「これが、格差ですわ」

 木渕が言った言葉に、俺以外の全員が納得したようだった。


「南君。ここの計算間違ってるよ」
「あ、ほんとだ。ありがとう」

 解けない問題にうんうん唸っていた俺に、花崎さんがさりげなく教えてくれた。
 私服姿の花崎さんは、いつも以上に大人びて見える。
 白無地のノースリーブトップスに、紺色のロングスカート。

 高校生らしからぬ落ち着いた服装をしている彼女に比べて、アメコミのイラストがプリントされたTシャツと半パンという、気の抜けた格好をしている自分が少し恥ずかしい。これじゃあまるで、家庭教師と生徒だぞ。あ、それはそれでちょっと良いかもしれない。

 それにこうして見ると、花崎さんは姿勢が良い。背中を丸めてノートに齧りついている俺たちの中で一人、背筋とピンと伸ばしてさらさらとペンを走らせている。

「ほら、集中」
「あっ、ごめん!」

 花崎さんがシャーペンで俺の手を軽く叩いた。
 やば、俺、今花崎さんのことをジロジロ見ていたかも。
 嫌だったよな、とおそるおそる顔を上げると、花崎さんは困ったような表情で髪を耳にかけていた。ほんのり頬が赤らんでいるように見えたのは、窓から差し込む夕焼けのせいだろう。

 一週間に渡るテスト勉強に、俺たちの脳はそろそろ限界を迎えていた。木渕や花崎さんでさえ、ぼうっと問題集を眺めるだけの時間が増えている。

 俺はと言えば、3という数字が尻に見えて、8はおっぱい、6は乳輪が広めのおっぱい、9は下乳が豊富なおっぱいに見えている。数字だけでエロい気分になってくるなんて、自分の新たな可能性に興奮を禁じ得ない。

「だー! もう頭働かねえ! 休憩!!」

 ペンを放り投げて床に寝転んだ七岡を皮切りに、俺も含めた他のメンバーが呻き声をあげてノートから目を離した。
 花崎さんと酒井さんは痺れた足でよろよろ歩き、冷蔵庫からジュースを取り出している。
 一方で七岡と木渕、中迫さんが、俺の部屋を散策し始めたのを、俺はお菓子を無心で食べながら眺めていた。

「おわー。すげえぞ木渕、これ見ろ。めっちゃ高い掃除機だぜ」
「すげえ……。うちの母さん、これ欲しいってことあるごとに言ってるわ」
「BRⅮがたくさん……! 映画好きなの、南君?」

 中迫さんの質問に、俺は「おん」ともごもご口を動かしながら答えた。まあ、ほとんどが親父の部屋から持ってきたもので、観たことない映画がほとんどなんだけど。もはやただのオブジェだ。
 七岡がニヤニヤして、本棚に並んでいるBRⅮを指さす。

「あ、出た出た。『ネオン』だ。アニメも劇場版も揃ってる」

 中迫さんは首を傾げる。

「『ネオン』ってなあに?」
「昔のアニメ。そしてこいつの弱み」
「弱み?」
「いらんこと言うなよ七岡ー」

 慌てて俺がそう言うと、七岡は「はーい」と応えてケタケタ笑った。腹立つわー。
 七岡たちが俺の部屋を歩き回っている間に、花崎さんと酒井さんが、全員の分のジュースを用意してくれた。

「ありがとう」
「ううん。こちらこそありがとう。ジュースとかお菓子とか、用意してくれて」
「いくらだったの?」

 二人が財布を取り出そうとしたその時。

「見つけたぞー!!」

 七岡の叫び声で、俺たちは一斉に視線を移した。

「あ……」

 そいつの手には、不透明な袋が握られていた。やばい。それは。
 茫然としている俺に、木渕が得意げに説明する。

「俺は気付いてしまったのだ! 本棚に不自然な隙間があることを! これは間違いなく、エロ漫画かエロ動画を隠した痕跡である!!」

 続いて七岡が大声を張り上げる。

「そして俺たちは発見したのだ! 学習机の引き出しの奥深くにしまわれている、これを!」
「真新しい不透明な袋。形状、重量。間違いなく、これが本棚にあったものである!」
「硬派の南が見ているエロが何か! 今、知る時が来たー!!」

 サーッと血の気が引いていく。
 木渕の手が、封をしているセロテープに伸びた。傍で立っている七岡と中迫さんが、期待に目を輝かせている。鞄に手を突っ込んだまま固まっている花崎さんと酒井さんも、隠せない好奇心で目が釘付けになっていた。

 バレる。

 やっと出会えた、俺の事を特別視しないクラスメイトに。

 引かれる。噂になる。バカにされる。嫌われる。蔑まれる。牟潮高校新聞に載る。親も笑われる。引っ越し。家庭崩壊。離婚。一文無し。生涯孤独――

「やめろぉぉっ!」
「おわっ!?」

 血相を変えて飛び掛かった俺に不透明な袋を引ったくられた勢いで、木渕がバランスを崩して尻もちをついた。

「おい! 何すんだよ南! いてぇだろ!」
「……」

 何も応えられなかった。俺はただ震えながら、袋を隠すように抱きしめる。
 凍り付いた空気を和ませるためか、七岡が明るい声で笑ってみせる。

「そんな怒るなよ南! エロ本なんて、誰だって持ってるんだから! な?」
「……」
「悪かったってー! ごめんな南。女子の前でそんなもん見せられたくないよな!」

 七岡の気遣いにも、優しさにも、今の俺は反応できなかった。

「……ごめん。今日は帰ってくれるか? ごめん」

 耐えられなかった。見られたくないものがある空間に、絶対に見せたくない人たちがいることに。

「ほんとごめん。怒ってるわけじゃないんだ。ごめん。木渕も、突き飛ばしてごめん。みんな、ごめん、空気悪くして」

 俺が謝り続けるから、余計に空気が重くなっていく。最後は七岡と木渕と中迫さんまで、泣きそうな顔で謝っていた。

 みんなが帰ったあとの俺の部屋には、花岡さんと酒井さんが入れてくれた、六杯の生ぬるいジュースだけが残された。

『勉強会』メンバーで過ごした、この割と楽しかった一週間は、急に温度を失ったかのように虚しい終わり方を迎えた。
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