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第一章 愛されるための身体能力
第6話 ブラックバイトでも、ほうれんそうを忘れない
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ため息混じりに、孝幸は報告した。
「……とまぁ、完成度の高いクズ男に、完全に引っかかってるアホ娘だったな、要するに」
蜜蘭に依頼者のように対座していた孝幸は、一旦、口を閉じた。彼女はただただ瞑目していた。孝幸が人形工房に戻って尾行結果を報告し始めてからずっと、だ。
舞華の行動の報告を聞いているのかさえ、分からない。孝幸は反応のない蜜蘭に舌打ちしそうになるのを堪えながら、スマホを出す。
「で、だ。動画……は怪しいが、音声はしっかり取れてるぜ。どう渡せばいい? それとも今、再生するか?」
「『あたしは純君の傍に居るね、ずっと』と佐伯舞華は言った」
目覚めるように目蓋を段々と持ち上げながら、蜜蘭は呟いた。
「あぁ?」
「傍に居たいではなく……傍に居る。確かかい?」
「……ああ、クッソ甘い台詞だったから、耳鳴りみたいになってて忘れられねぇーよ」
「ふむ、キミの感性はともかく……」
虚空を見つめ、蜜蘭は独り言を口ずさむ。
「佐伯舞華はこの工房での発言に置いても、浮気相手に怒りを覚えているような言葉、声音でもなかった。慕った男にも同様に、当然のように……怒りはなかった」
蠢いていた蜜蘭の唇が結ばれ、
「佐伯舞華の渇望はすなわち――そうか……ならば、私はまた良き作品を作る機会に巡り会えた」
傷口のように開き、釣り上がった。
(気色悪りぃな……コイツ)
思いながら、孝幸は何となく感じた。今、蜜蘭は佐伯舞華の心根を見透かしたのだと。いや、蜜蘭の傷口のような微笑と似て、解剖したのだ。
きっと、蜜蘭は人の心の薄暗がりに斬り込んでいくような特技を持っているのだと、何故か、孝幸は直感したのだった。
確かめるべく、孝幸は口を開いた。
「……ンだよ? 何が分かったってんだ?」
「彼女の渇望さ、とても慎ましやかな、それでいて強欲な……何とも美しい」
「だから、俺はその内容を聞いてんだよ? 分かって言ってねぇか、それ?」
「私は自身で作る人形を、言葉では語らないことにしている」
「……理由は?」
「私にも分からない」
「俺には分かったぜ、お前が訳分かンねぇーってことが」
「正しい理解だね、ありがたい」
「嬉しくない感謝ってあんだな、教えてくれて感謝感謝。お礼のお礼のお礼ってコトで人形師の主義をヘシ折って、彼女が何になりたいか教えやがれ」
「もちろん、断るよ。佐伯舞華がどんな渇望を抱いていたか、それは彼女が人形と成り果てた、その結末で知ると良い」
さて、と言った蜜蘭が席を立つ。
「私はこれより佐伯舞華の身体を作るため、工房に籠もる」
言い終わった蜜蘭が、ふと動きを止めた。彼女の目は孝幸の手にあったスマホに突き立つように動いた。
「どうでも良いけれど、えらく少女趣味のものだね」
「は?」
スマホケースには煌めいたラインストーンで花が咲いていた。
孝幸の脳裏に過ぎる記憶。
妹が何故か、孝幸のスマホケースをプレゼントしてくれたのだ。多分、からかう為にだろうと、妹のニヤけ顔と共に記憶が連鎖的に思い出された。
「妹がな、くれたヤツだからな。俺の趣味じゃねーぞ?」
「本当に、どうでも良かったね」
蜜蘭が工房の奥……壁に擬装された回転扉に手をかけた、その時だった。
「ついでだ、どうでも良いことをもう一つだけ。キミは面白いね。あれほど悪し様に罵った佐伯舞華を心配しているんだからね」
「……時給三万だからな。一応、頑張っているフリをしているだけだ」
彼女の肩がかすかに揺れ、工房の奥へと姿を消していく。
孝幸は人形師に早速、依頼人のように内心を見透かされたような気がして舌を打った。
「……とまぁ、完成度の高いクズ男に、完全に引っかかってるアホ娘だったな、要するに」
蜜蘭に依頼者のように対座していた孝幸は、一旦、口を閉じた。彼女はただただ瞑目していた。孝幸が人形工房に戻って尾行結果を報告し始めてからずっと、だ。
舞華の行動の報告を聞いているのかさえ、分からない。孝幸は反応のない蜜蘭に舌打ちしそうになるのを堪えながら、スマホを出す。
「で、だ。動画……は怪しいが、音声はしっかり取れてるぜ。どう渡せばいい? それとも今、再生するか?」
「『あたしは純君の傍に居るね、ずっと』と佐伯舞華は言った」
目覚めるように目蓋を段々と持ち上げながら、蜜蘭は呟いた。
「あぁ?」
「傍に居たいではなく……傍に居る。確かかい?」
「……ああ、クッソ甘い台詞だったから、耳鳴りみたいになってて忘れられねぇーよ」
「ふむ、キミの感性はともかく……」
虚空を見つめ、蜜蘭は独り言を口ずさむ。
「佐伯舞華はこの工房での発言に置いても、浮気相手に怒りを覚えているような言葉、声音でもなかった。慕った男にも同様に、当然のように……怒りはなかった」
蠢いていた蜜蘭の唇が結ばれ、
「佐伯舞華の渇望はすなわち――そうか……ならば、私はまた良き作品を作る機会に巡り会えた」
傷口のように開き、釣り上がった。
(気色悪りぃな……コイツ)
思いながら、孝幸は何となく感じた。今、蜜蘭は佐伯舞華の心根を見透かしたのだと。いや、蜜蘭の傷口のような微笑と似て、解剖したのだ。
きっと、蜜蘭は人の心の薄暗がりに斬り込んでいくような特技を持っているのだと、何故か、孝幸は直感したのだった。
確かめるべく、孝幸は口を開いた。
「……ンだよ? 何が分かったってんだ?」
「彼女の渇望さ、とても慎ましやかな、それでいて強欲な……何とも美しい」
「だから、俺はその内容を聞いてんだよ? 分かって言ってねぇか、それ?」
「私は自身で作る人形を、言葉では語らないことにしている」
「……理由は?」
「私にも分からない」
「俺には分かったぜ、お前が訳分かンねぇーってことが」
「正しい理解だね、ありがたい」
「嬉しくない感謝ってあんだな、教えてくれて感謝感謝。お礼のお礼のお礼ってコトで人形師の主義をヘシ折って、彼女が何になりたいか教えやがれ」
「もちろん、断るよ。佐伯舞華がどんな渇望を抱いていたか、それは彼女が人形と成り果てた、その結末で知ると良い」
さて、と言った蜜蘭が席を立つ。
「私はこれより佐伯舞華の身体を作るため、工房に籠もる」
言い終わった蜜蘭が、ふと動きを止めた。彼女の目は孝幸の手にあったスマホに突き立つように動いた。
「どうでも良いけれど、えらく少女趣味のものだね」
「は?」
スマホケースには煌めいたラインストーンで花が咲いていた。
孝幸の脳裏に過ぎる記憶。
妹が何故か、孝幸のスマホケースをプレゼントしてくれたのだ。多分、からかう為にだろうと、妹のニヤけ顔と共に記憶が連鎖的に思い出された。
「妹がな、くれたヤツだからな。俺の趣味じゃねーぞ?」
「本当に、どうでも良かったね」
蜜蘭が工房の奥……壁に擬装された回転扉に手をかけた、その時だった。
「ついでだ、どうでも良いことをもう一つだけ。キミは面白いね。あれほど悪し様に罵った佐伯舞華を心配しているんだからね」
「……時給三万だからな。一応、頑張っているフリをしているだけだ」
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