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 生彩の泉。
 最も直近で残っている記録はおよそ30年前のものだった。
 アクラマ島の北に位置する森にて遭難した住民が、森の中で明かりを発見。人がいると思い助けを求めに行くと、その明かりは光る泉のものだった。体力・気力ともに限界で、住民はほとりに座り込んだ。喉の渇きを感じて泉の水を手ですくって飲み、『この森を抜けられるだけの体力があれば』と思った途端、身体中に活力が漲り、走り回れるようになった。そのまま朝になるまで歩き続け、市街地へ到達し、住民は保護された。
 この他にも数件、似たような記録と検証はあったが、探しに行って見つけられた者はいない。

(泉について本には載ってるけど、どれも発見には至らずって結論ばっかり)

 それはそうだ。なんでも叶う魔法の泉なんて、見つけ方がわかっているなら凄惨な奪い合いが発生しているだろう。

「伝承って感じだな……」

 読み漁っていた書物を王家室の本棚に戻しながら、俺は呟いた。窓から見上げた夜空には、月が見えない。
 敵の真相はわからず、ディタの目は覚めず、だからといって新たな事件が起きることもないまま、俺は魔界で新月の日を迎えていた。

(今日を逃したら、次は3年後……)

 少しでも可能性があるなら、なんだって試したいというのが本心だった。チャンスを数年後に見送っていられるほど、今の俺に猶予はない。一刻も早く、多少なりとも至上様としての力を扱えるようにならなければ、魔界に混沌が訪れてしまう。
 俺が焦りと共に窓の外を見続けていると、足音が近づいてきた。

「何を見ている」
「!ダン王子……こんにちは。あ、違う、こんばんは……!」

 その姿を見ただけで、この間のキスを思い出して心臓がうるさくなり頭が回らない。反射で後ずさりながらしどろもどろの挨拶を口走ると、ダン王子は俺をじっと見た。

「なんだ。俺を警戒してるのか」
「いや!あの、警戒なんて全然……」

 見つめられて目を逸らす。もっと自然に接したいのに、意識してしまって無理だった。俺の様子に息を吐いたダン王子が、窓枠に寄りかかる。

「……あれが嫌だったなら言え」
「え!?……えっと、嫌っていうか……なんていうか……」

 何がとは言わずとも、キスのことだとお互いにわかっている。そして俺は、ダン王子とのキスが嫌だったわけではない。

(でもわざわざこんなこと聞いてくるなんて。なんと返せば……)

 ダン王子がこちらを気にする素振りを見せたのは初めてで、動揺と期待が胸を走る。もしかして、ダン王子も俺に多少気持ちがあるのではないかと、思いたくなってしまう。
 「全然嫌じゃないですよ、だって好きなんで」と言うのが1番手っ取り早いが。

(いやいやいや、だからってここでするのか!?告白を……!?)

 ここはいつ誰が来るともわからない王家室だ。何より俺はダン王子への好意を自覚して日も浅く、決心などついていない。
 何も言いだせないまま唇を噛むと、ダン王子は掃うように手を振った。

「いい、気にするな。で、何を見ていた」

 彼の関心がすっぱり切り替わったのがわかる。俺はまだ気持ちを少しでも伝えるべきなのではということに囚われていたが、窓を見上げる横顔はいつものダン王子に戻っていて、話を蒸し返すのはやめた。

「……今日、新月だなって思って」
「それがなんだ。珍しくもない、3年に1度必ず来る」
「そうなんですけど……新月に光る、生彩の泉って知ってますか。アクラマの森には新月の夜に光る泉があって、その泉の水を飲むと望んだ力が開花するっていう」
「ああ、聞いたことはある。実際その泉の水で力を得たとされる記録も僅かにあるが、発生条件がほとんど不明で運に頼るしかない再現性のない手段のはずだが」

 本に書いてあった通りの認識だ。本当に幻の泉なのだろう。

「はい。でも、もし見つけられたら、俺がもっと魔法を使えるようになるきっかけになるんじゃないかって思ったんですけど……。俺は学院の外に出かけたらダメですよね」
「……」
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