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夕飯
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一太くんが住んでるマンション、というか俺が借りてる部屋もあるマンションは桜台にある。俺の自宅からはタクシーで30分ほどだ。セカンドハウスは引き続き借りてるだけでろくに住んではいない。あの部屋の思い出が西野に殴られたことくらいしかないので、あまり使いたくないというのもある。
部屋につき、インターフォンを鳴らすと一太くんはすぐに出てきた。
「こんばんは。早かったですね」
緩くウェーブした黒髪のセンターパートが今日も似合っている。俺が惚れているということを抜きにして、なんなら1番最初、俺が西野に殴られて鼻血出していた初対面のときからシャレた男だなと思っていた。
アンニュイな顔立ちも相まって、一太くんは下北の古着屋で働いてそうな雰囲気がある。しかし一太くん曰く緩いウェーブはただの天パだし、オシャレは分からないので美容師に無難なものにしてくれと初回で頼んで、そのときの髪型を今でもオーダーしているだけらしい。
『無難なもの』とオーダーされて、センターパートショートは普通選ばないと思うので、美容師は一太くんに似合う髪型を問答無用で採用したと言える。センスのある美容師だ。
「こんばんは。はい、これお土産の調味料」
一太くんに出迎えられながら献上品の高級調味料を渡す。添い寝で睡眠に協力してもらい始めてから、俺は一太くんにことあるごとにお土産を渡していた。添い寝の礼も兼ねているけど、単純に何かあげたい気持ちが先行してることの方が多い。
「ありがとうございます。ちょうど砂糖なくなりそうだったんで助かります」
最初は気を使わなくていいと献上品を断っていた一太くんも、俺が何を言われても持って行くのをやめなかったので諦めたのか、今は何でも素直に受け取ってくれるようになっていた。
「あ、ハムなんですけどよかったら食べていきませんか。俺も夕飯まだで」
「え、いいの?」
「はい。もう遅いし泊まってもらっても大丈夫です」
願ってもみない提案に俺は口元が緩むのを感じながら、「やったー泊まる!」と笑顔で返し玄関で靴を脱いだ。
俺が手を洗っているうちに、テーブルの上にはハムが乗った大皿と切ったトマトが置かれていた。
「めちゃくちゃ雑な夕飯でヤバいっすね、ハムしかない」
「全然いいじゃん、美味しそうだよ」
「そうだ、レモンサワー飲みますか。酒で誤魔化しましょう」
言いながら冷蔵庫から缶を取り出してテーブルに並べる。
早速缶を開けて乾杯して、ハムを取り分けた。
一太くんの部屋に泊まるようにはなったとはいえ、負担をかけないように飯も風呂も済ませてから本気で寝に来るスタイルで泊まることが多かったので一緒にご飯を食べるのは久しぶりだ。
「なんか初めてここで飲んだ日のこと思い出しちゃうな。スマブラめちゃくちゃ強かったよね、一太くん」
「あ、ああ……そうでしたっけ。ずいぶん昔のことみたいですね」
懐かしんで言ってみたら、一太くんは少し不自然に目をそらした。そして、話題を変えるようにポンと手を叩く。
「あの、今日ひとりで水族館行ったんですよ。サンシャインの」
「えっ、いいなー!俺も行きたかった。って待って。まず、ハムが美味しいです」
「はは、ありがとうございます。どんどん食べてください」
一太くんの微笑みに癒されて2枚目のハムを口に運ぶ。
週4ペースで会ってても一太くんと一緒に出掛けたことないんだよな。
仕事の目処が納期と己のひらめきに左右されいつが休みという明確な基準がないイラストレーターの一太くんと、労働基準法から逸脱した芸能人である俺とでは休みがまったく被らない。
いつかディズニーランド行こうよ、と叶わぬ口約束だけしたことはあるけど、夢のまた夢だ。
「ぶらぶら見て回って癒されて、アシカショーとかもやってて楽しかったんですけど。帰り際に土産コーナー見てたら……西野に会って」
可愛いアシカの写真でも見せてもらえるのかとにこやかに話を聞いていたら全然可愛くない男の名前が出て来て俺はむせた。
「な、なんで西野が……水族館なんて柄じゃない」
「あっちは仕事で、部下と来てるみたいでした。偶然とはいえ話しかけられてしまって。そんで、久遠さんのこと聞かれたんですけど、もしかしてまだ西野が家に来たりとか……そういうことありませんか?」
心配してくれてると思うと同時に、心配させてしまって申し訳ないと思う。
西野とはマンション前でキスされて以降、本当に会っていなかった。
「LINEはブロックしてるし電話も着拒してる。それにあいつがウチに来たりってことはない。もう切れたと思ってたんだけどな……。なに聞かれた?」
「えっ、えーッと……久遠さんと付き合ってるのか、とか……ですね」
言いにくそうにしながら、じっとしてられないとばかりに一太くんはトマトを皿に乗せている。
「あ、もちろん付き合ってないし普通に友達だって言いましたよ」
思い出したかのようにそうフォローされて「そっか」と返しながら、俺たちはどうあがいても『普通に友達』なんだよなと勝手に傷ついた。俺は告白する勇気もない意気地無しで傷つきやすいし面倒臭い。
「西野は俺の顔が好きなだけで俺のことが好きなわけじゃない。俺より言うこと聞いてくれる遊び相手ができれば、俺のことはすぐ忘れるから大丈夫」
一太くんはいまだに心配そうな顔をしていたけど、西野は本当にそういうやつだ。実際とんでもない飽き性で、のめり込んでも何かのタイミングで興味を失いさっぱり関係を断つ。そういうきらいがあると西野が自分で言っていたことだ。
「でも、結構久遠さんに執着してるというか、拘ってる感じでしたよ」
「いずれ飽きるよ、マジで。もしまた西野が一太くんの前に現れたら、シカトしちゃっていいから」
黙って俺を見た一太くんは、「嫌がらせとかあったら言ってください」と言ってレモンサワーを飲んだ。
優しさに感謝しながら、俺は西野の話を終わらせたくて「アシカの写真とか見せてよ」と微笑んだ。
部屋につき、インターフォンを鳴らすと一太くんはすぐに出てきた。
「こんばんは。早かったですね」
緩くウェーブした黒髪のセンターパートが今日も似合っている。俺が惚れているということを抜きにして、なんなら1番最初、俺が西野に殴られて鼻血出していた初対面のときからシャレた男だなと思っていた。
アンニュイな顔立ちも相まって、一太くんは下北の古着屋で働いてそうな雰囲気がある。しかし一太くん曰く緩いウェーブはただの天パだし、オシャレは分からないので美容師に無難なものにしてくれと初回で頼んで、そのときの髪型を今でもオーダーしているだけらしい。
『無難なもの』とオーダーされて、センターパートショートは普通選ばないと思うので、美容師は一太くんに似合う髪型を問答無用で採用したと言える。センスのある美容師だ。
「こんばんは。はい、これお土産の調味料」
一太くんに出迎えられながら献上品の高級調味料を渡す。添い寝で睡眠に協力してもらい始めてから、俺は一太くんにことあるごとにお土産を渡していた。添い寝の礼も兼ねているけど、単純に何かあげたい気持ちが先行してることの方が多い。
「ありがとうございます。ちょうど砂糖なくなりそうだったんで助かります」
最初は気を使わなくていいと献上品を断っていた一太くんも、俺が何を言われても持って行くのをやめなかったので諦めたのか、今は何でも素直に受け取ってくれるようになっていた。
「あ、ハムなんですけどよかったら食べていきませんか。俺も夕飯まだで」
「え、いいの?」
「はい。もう遅いし泊まってもらっても大丈夫です」
願ってもみない提案に俺は口元が緩むのを感じながら、「やったー泊まる!」と笑顔で返し玄関で靴を脱いだ。
俺が手を洗っているうちに、テーブルの上にはハムが乗った大皿と切ったトマトが置かれていた。
「めちゃくちゃ雑な夕飯でヤバいっすね、ハムしかない」
「全然いいじゃん、美味しそうだよ」
「そうだ、レモンサワー飲みますか。酒で誤魔化しましょう」
言いながら冷蔵庫から缶を取り出してテーブルに並べる。
早速缶を開けて乾杯して、ハムを取り分けた。
一太くんの部屋に泊まるようにはなったとはいえ、負担をかけないように飯も風呂も済ませてから本気で寝に来るスタイルで泊まることが多かったので一緒にご飯を食べるのは久しぶりだ。
「なんか初めてここで飲んだ日のこと思い出しちゃうな。スマブラめちゃくちゃ強かったよね、一太くん」
「あ、ああ……そうでしたっけ。ずいぶん昔のことみたいですね」
懐かしんで言ってみたら、一太くんは少し不自然に目をそらした。そして、話題を変えるようにポンと手を叩く。
「あの、今日ひとりで水族館行ったんですよ。サンシャインの」
「えっ、いいなー!俺も行きたかった。って待って。まず、ハムが美味しいです」
「はは、ありがとうございます。どんどん食べてください」
一太くんの微笑みに癒されて2枚目のハムを口に運ぶ。
週4ペースで会ってても一太くんと一緒に出掛けたことないんだよな。
仕事の目処が納期と己のひらめきに左右されいつが休みという明確な基準がないイラストレーターの一太くんと、労働基準法から逸脱した芸能人である俺とでは休みがまったく被らない。
いつかディズニーランド行こうよ、と叶わぬ口約束だけしたことはあるけど、夢のまた夢だ。
「ぶらぶら見て回って癒されて、アシカショーとかもやってて楽しかったんですけど。帰り際に土産コーナー見てたら……西野に会って」
可愛いアシカの写真でも見せてもらえるのかとにこやかに話を聞いていたら全然可愛くない男の名前が出て来て俺はむせた。
「な、なんで西野が……水族館なんて柄じゃない」
「あっちは仕事で、部下と来てるみたいでした。偶然とはいえ話しかけられてしまって。そんで、久遠さんのこと聞かれたんですけど、もしかしてまだ西野が家に来たりとか……そういうことありませんか?」
心配してくれてると思うと同時に、心配させてしまって申し訳ないと思う。
西野とはマンション前でキスされて以降、本当に会っていなかった。
「LINEはブロックしてるし電話も着拒してる。それにあいつがウチに来たりってことはない。もう切れたと思ってたんだけどな……。なに聞かれた?」
「えっ、えーッと……久遠さんと付き合ってるのか、とか……ですね」
言いにくそうにしながら、じっとしてられないとばかりに一太くんはトマトを皿に乗せている。
「あ、もちろん付き合ってないし普通に友達だって言いましたよ」
思い出したかのようにそうフォローされて「そっか」と返しながら、俺たちはどうあがいても『普通に友達』なんだよなと勝手に傷ついた。俺は告白する勇気もない意気地無しで傷つきやすいし面倒臭い。
「西野は俺の顔が好きなだけで俺のことが好きなわけじゃない。俺より言うこと聞いてくれる遊び相手ができれば、俺のことはすぐ忘れるから大丈夫」
一太くんはいまだに心配そうな顔をしていたけど、西野は本当にそういうやつだ。実際とんでもない飽き性で、のめり込んでも何かのタイミングで興味を失いさっぱり関係を断つ。そういうきらいがあると西野が自分で言っていたことだ。
「でも、結構久遠さんに執着してるというか、拘ってる感じでしたよ」
「いずれ飽きるよ、マジで。もしまた西野が一太くんの前に現れたら、シカトしちゃっていいから」
黙って俺を見た一太くんは、「嫌がらせとかあったら言ってください」と言ってレモンサワーを飲んだ。
優しさに感謝しながら、俺は西野の話を終わらせたくて「アシカの写真とか見せてよ」と微笑んだ。
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