隣人、イケメン俳優につき

タタミ

文字の大きさ
上 下
17 / 31

気持ち

しおりを挟む
    診療の後、ファッション雑誌のインタビューをこなして、俺は港区にあるメインの自宅に帰ってきていた。
    誰もいないガランとした1LDKに無言で入り、被っていた帽子をソファに投げてマスクを外す。

「はぁ……」

    出るのはため息だけだ。
    雑誌のインタビューは楽だけど、自分の虚像感を強く感じてしまうので苦手だった。

    『好きな女性のファッションは?』
    『初恋はいつ?』
    『学生時代はモテた?』

    何回聞いたら気が済むんだという内容に、好感度を下げないように答えなければならない。好きな女性のファッションなどなくとも「好きな服を着てもらえたら。あ、でも個人的にはカジュアルな格好が結構好きですね」とか笑顔で言わなければならない。『杉崎久遠』というキャラを演じる延長線にあるだけですべて虚像だ。

「はぁー……」

    2度目のため息を吐きながらクリニックで処方された薬の紙袋を雑に棚にしまう。出されている薬は睡眠薬だけではないけど、睡眠薬以外は何のために出されている薬なのかわからない。
    何年飲んでても良くならないし飲まなくても同じなんじゃないのかと、処方箋を冷めた気持ちで眺めて何となくテレビを付ける。

『今夜のゲストは、人気急上昇中のイケメン俳優!杉崎久遠さんです!』

    うわぁ。
    黄色い歓声と笑顔で会釈しながら現れる自分がテレビ画面いっぱいに映し出されて、一瞬でテレビの電源を切った。

「あー……萎える……」

    自分のことが嫌いだから、自分の映像を見ていられない。渋谷でスカウトされた高2の夏に戻って、芸能人にはなりませんって言いたい。

    ──ピロン。

    LINEの通知音。

『お疲れ様です。今日バラシになった食事会について調整したのでご確認ください』

    マネージャーからだった。
    今日はテレビ局の偉いさんと食事会の予定だったけど、番組の不祥事が発覚したとかでお開きになっていた。おそらくヤラセか社員アナウンサーの不倫だ。芸能界あるあるなので驚きはしないが、マネージャーは食事会のバラシを悔やんで、また別日で食事会を設定したがっていた。
    俺はバラシのままでいいけど、と思いながら『日程問題ないです』と返す。
    こんなことなら一太くんち泊まることにしとけばよかった。食事会という名の飲み会は深夜解散が必然なので、今日は一太くんの家に泊まらない日にしていたのだ。

「もう寝るか……薬飲も」

    そう独り言を言いながら、俺の指は勝手に一太くんのLINEを開いていた。いつもの癖だ。俺はやり取りが終わっている一太くんとのLINEをことあるごとに見返す癖があった。気持ち悪い自覚はある。
    岐阜にある実家で飼っているという犬の写真を一太くんが送ってきて盛り上がったのが最後のやり取りだった。犬はもちろん可愛いけど、犬を誉められて嬉しそうにしている一太くんも可愛い。

「って、ウソっ……」

    ニヤニヤしながらLINEを見ていたら、一太くんが写真を送ってきて思わず声が出た。用もなくLINE見てたのがバレて恥ずかしい。いやでも一太くんからLINEが来たことの嬉しさが勝つけど。
    写真は綺麗に並べられたハムだ。

『ハム、作ってみたんで見てください』

    ハムって手作りできるんだ、すごいな。
    一太くんは料理好きというわけじゃないのに、時間があると謎に手間のかかるものを作ることがある。前は半日かけて角煮を作っていた。

『久遠さんは今日フグ食べてるんでしたっけ🐡羨ましいので当てつけです』

「えー……なにそれかわ……」

    思わず口を押さえて呟く。こういう『用はないけど送られてくるLINE』が、仲良しの証っぽくてめちゃくちゃ嬉しかった。こんなやり取りできる相手が今までろくにいなかったので、いちいち全てにニヤついてしまう。

『ハムまで作れる一太くんすごすぎて笑う。実は食事会なしになってまだ夕飯食べてないんだ。美味しそうでいいな~』

    送信してからかまちょみたいな文でキモいなと反省し、『これから出前でも取る』と嘘をつけたそうとしていると先に返信が来てしまった。

『あっそうなんですか?正直作りすぎたんで食べたかったらあげます』
『え、ホントに?いつ行っていい?』

    つい即レスしてしまって、ウザさに自己嫌悪を感じる。
    しかしすぐに『今でも明日でもいつでもいいですよ』と当たり前のように返ってきて、俺はその優しさに頬がだるだるに緩むのを感じた。

『そしたらマジで今から行くよ?暇かよって引かないでね……』
『引かないですよ笑じゃ待ってます』

    手を振ってる犬のスタンプが返ってきて俺もスタンプを返す。
    スマホをテーブルの端に置き、俺はソファに置いてあるろくに使ったこともないクッションを掴んで顔を埋めた。

「……ッあ~、好き……」

    クッションを抱き締めてひとり絞り出すように呟く。
    俺は一太くんが好きだった。
    とっくの昔に友情なんて越えていた。
    荒ぶる恋心を抑えるために、俺は少しの間クッションを抱き締め続けた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

闇を照らす愛

モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。 与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。 どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。 抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

その日君は笑った

mahiro
BL
大学で知り合った友人たちが恋人のことで泣く姿を嫌でも見ていた。 それを見ながらそんな風に感情を露に出来る程人を好きなるなんて良いなと思っていたが、まさか平凡な俺が彼らと同じようになるなんて。 最初に書いた作品「泣くなといい聞かせて」の登場人物が出てきます。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。 拙い文章でもお付き合いいただけたこと、誠に感謝申し上げます。 今後ともよろしくお願い致します。

キスより甘いスパイス

凪玖海くみ
BL
料理教室を営む28歳の独身男性・天宮遥は、穏やかで平凡な日々を過ごしていた。 ある日、大学生の篠原奏多が新しい生徒として教室にやってくる。 彼は遥の高校時代の同級生の弟で、ある程度面識はあるとはいえ、前触れもなく早々に――。 「先生、俺と結婚してください!」 と大胆な告白をする。 奏多の真っ直ぐで無邪気なアプローチに次第に遥は心を揺さぶられて……?

処理中です...