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人影を見上げると長身のスーツ姿の男が、威圧的な角度の眉毛を指先でかいていた。
「うわ」
「うわ、とはずいぶん正直な反応だな。清永さん」
西野だった。
「……久遠さんならいないですよ」
「見ればわかる。ストーカーみたいな扱いはやめろ」
みたいなもんだろ。
会話の糸口を提供したくないので黙ってラッコのぬいぐるみを眺めてみたが、西野はいなくなる素振りもなく話し続ける。
「ひとりで水族館なんか来てるのか」
「そうですけど」
バカにされた気がしてムッとした顔を隠さずに西野を見る。
つーか西野だってひとりじゃないか。
「俺が嫌いって顔だ。案外顔に出るタイプだなアンタ」
「……なんの用なんですか」
嫌われてることを気にもしない西野の圧に、じりじりと押されているのがわかる。こういうタイプの人間と関わったことがないので正しい対応がわからない。暴力男のくせにどんな態度でも大して怒らないのが逆に怖かった。
平然としながら急に殴り出すのだろうか、と西野の手を見るとラッコクッキーの紙袋を持っていた。
「杉崎と付き合ってるのか?」
前回『杉崎とセックスしたのか』と聞いてきた男だ。質問の類いとしてはマイルドになっていると言える。しかし水族館のお土産コーナーで聞かれることではないので、俺はしっかり動揺した。
「つ、付き合ってないですって。何にもないですよ、友達だって言ったじゃないですか」
コイツまさかまだ久遠さんに会いに家に行ったりしてるんじゃないかと勘繰った。口を開けば久遠さんのことばかりだ、十分あり得る。念のため後で久遠さんに確認しよう。
「杉崎と相変わらず会ってるんだろ?いまだに健全な関係なんて信じられないな」
なんで速攻不健全になる前提なんだよ。
「信じてもらえなくてもいいですけど、だいたい久遠さんが誰と何しててもアンタに関係ないでしょ」
「その切り口だと、俺が杉崎と何しててもアンタに関係ないことになるが」
鼻で笑う仕草にイラッと来て俺は、
「暴力は誰が誰にしてもダメだろ」
そう言って西野を睨んだ。
西野は少し不満げに口を動かしたが、それだけだった。
「会うたびに殴ってたわけじゃない。清永さんが見たのがたまたまそういう時だっただけだ」
「久遠さん、アンタに殴られて震えてましたよ。人が震えるほどの暴力なんて、たまたまだとか関係なく許されるもんじゃない」
ずいぶん怒ってきやがるな、このガキ。
と、言いたげに目を細めた西野は浅いため息を吐いた。
「ま、俺のことは好きなだけ嫌ってもらっていいとして。じゃ杉崎と付き合ってもいないし、好きでもないんだな」
「え?」
『好きでもない』かと言われて、素直に頷けなかった。咄嗟に聞き返してしまって自分で焦る。
「なんだ、惚れてるのか?」
眉毛を上げて、さも驚いたかのような表情を作った西野は、全く驚いてなさそうな声を出した。その顔にムカついて、俺は反射的に眉を寄せた。
「惚れてるとかじゃない。友達としては好きですけど、そういうんじゃないんで」
「へぇ、そうかそうか。健全なことだ」
本心なのか自分でもわからないまま、西野に言い返していた。言ってる間、胃が絞まる感覚がして顔をしかめる。
西野はいつもの威圧的な顔で、しかし少し楽しそうに口角を上げていた。
「俺は杉崎が好きだ。清永さんと違ってな」
西野が久遠さんにキスしたのは明らかに俺への当てつけだった。だから、久遠さんは眠るためだと割り切っていても、西野は違うんだろうというのはさすがにわかっていた。でも、しっかり言葉にされると衝撃があって。
「アンタがそうでも、久遠さんは……」
久遠さんは違うぞと釘を刺そうとした時、
「西野さん、お待たせしました」
西野と同じくスーツを来た男が、軽く会釈をしながら現れた。
西野より若そう、というか西野の部下だろうなという男は、マッシュヘアの前髪をいじって細い目を俺に向ける。西野もぼっちで水族館に来ているのだと思っていたので、あてが外れて恥ずかしい。
「あ、お知り合いですか」
「あぁ。清永さん、ひき止めてしまってすみませんでした」
「え?いや」
部下が現れた途端、社会人の対応をされてポカンとしてしまった。
営業スマイルと呼ぶべき笑顔を俺に向けた西野は、手に持っていたラッコクッキーを俺の手に握らせてくる。
「弊社でブランディングした商品なんです。差し上げます」
「いや。いやあの」
「では、杉崎によろしく言ってください」
俺が気圧されているうちに笑顔を崩さず西野は踵を返した。部下にまで会釈されて俺は流れで会釈を返し、ラッコクッキーの紙袋を仕方なく見つめた。
「うわ」
「うわ、とはずいぶん正直な反応だな。清永さん」
西野だった。
「……久遠さんならいないですよ」
「見ればわかる。ストーカーみたいな扱いはやめろ」
みたいなもんだろ。
会話の糸口を提供したくないので黙ってラッコのぬいぐるみを眺めてみたが、西野はいなくなる素振りもなく話し続ける。
「ひとりで水族館なんか来てるのか」
「そうですけど」
バカにされた気がしてムッとした顔を隠さずに西野を見る。
つーか西野だってひとりじゃないか。
「俺が嫌いって顔だ。案外顔に出るタイプだなアンタ」
「……なんの用なんですか」
嫌われてることを気にもしない西野の圧に、じりじりと押されているのがわかる。こういうタイプの人間と関わったことがないので正しい対応がわからない。暴力男のくせにどんな態度でも大して怒らないのが逆に怖かった。
平然としながら急に殴り出すのだろうか、と西野の手を見るとラッコクッキーの紙袋を持っていた。
「杉崎と付き合ってるのか?」
前回『杉崎とセックスしたのか』と聞いてきた男だ。質問の類いとしてはマイルドになっていると言える。しかし水族館のお土産コーナーで聞かれることではないので、俺はしっかり動揺した。
「つ、付き合ってないですって。何にもないですよ、友達だって言ったじゃないですか」
コイツまさかまだ久遠さんに会いに家に行ったりしてるんじゃないかと勘繰った。口を開けば久遠さんのことばかりだ、十分あり得る。念のため後で久遠さんに確認しよう。
「杉崎と相変わらず会ってるんだろ?いまだに健全な関係なんて信じられないな」
なんで速攻不健全になる前提なんだよ。
「信じてもらえなくてもいいですけど、だいたい久遠さんが誰と何しててもアンタに関係ないでしょ」
「その切り口だと、俺が杉崎と何しててもアンタに関係ないことになるが」
鼻で笑う仕草にイラッと来て俺は、
「暴力は誰が誰にしてもダメだろ」
そう言って西野を睨んだ。
西野は少し不満げに口を動かしたが、それだけだった。
「会うたびに殴ってたわけじゃない。清永さんが見たのがたまたまそういう時だっただけだ」
「久遠さん、アンタに殴られて震えてましたよ。人が震えるほどの暴力なんて、たまたまだとか関係なく許されるもんじゃない」
ずいぶん怒ってきやがるな、このガキ。
と、言いたげに目を細めた西野は浅いため息を吐いた。
「ま、俺のことは好きなだけ嫌ってもらっていいとして。じゃ杉崎と付き合ってもいないし、好きでもないんだな」
「え?」
『好きでもない』かと言われて、素直に頷けなかった。咄嗟に聞き返してしまって自分で焦る。
「なんだ、惚れてるのか?」
眉毛を上げて、さも驚いたかのような表情を作った西野は、全く驚いてなさそうな声を出した。その顔にムカついて、俺は反射的に眉を寄せた。
「惚れてるとかじゃない。友達としては好きですけど、そういうんじゃないんで」
「へぇ、そうかそうか。健全なことだ」
本心なのか自分でもわからないまま、西野に言い返していた。言ってる間、胃が絞まる感覚がして顔をしかめる。
西野はいつもの威圧的な顔で、しかし少し楽しそうに口角を上げていた。
「俺は杉崎が好きだ。清永さんと違ってな」
西野が久遠さんにキスしたのは明らかに俺への当てつけだった。だから、久遠さんは眠るためだと割り切っていても、西野は違うんだろうというのはさすがにわかっていた。でも、しっかり言葉にされると衝撃があって。
「アンタがそうでも、久遠さんは……」
久遠さんは違うぞと釘を刺そうとした時、
「西野さん、お待たせしました」
西野と同じくスーツを来た男が、軽く会釈をしながら現れた。
西野より若そう、というか西野の部下だろうなという男は、マッシュヘアの前髪をいじって細い目を俺に向ける。西野もぼっちで水族館に来ているのだと思っていたので、あてが外れて恥ずかしい。
「あ、お知り合いですか」
「あぁ。清永さん、ひき止めてしまってすみませんでした」
「え?いや」
部下が現れた途端、社会人の対応をされてポカンとしてしまった。
営業スマイルと呼ぶべき笑顔を俺に向けた西野は、手に持っていたラッコクッキーを俺の手に握らせてくる。
「弊社でブランディングした商品なんです。差し上げます」
「いや。いやあの」
「では、杉崎によろしく言ってください」
俺が気圧されているうちに笑顔を崩さず西野は踵を返した。部下にまで会釈されて俺は流れで会釈を返し、ラッコクッキーの紙袋を仕方なく見つめた。
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