上 下
33 / 36
立花颯

しおりを挟む
 練習室で音楽に合わせて身体を動かす。
 流れているのは、丈さんが作った俺と涼真のための曲だ。この曲は『ミクリタチバナ(仮)』という俺たちの名字を繋げただけの超絶適当な仮称がついていたが、事務所と丈さんが話し合って曲名が決まり、『eternal』が正式名称となった。永遠の愛を歌った曲だから、ということだ。
 シティポップとオルタナティブが合わさったような、自然と身体が乗るリズム感とどこか艶やかさも漂う名曲。正直これをグループ向けに編曲して次の新曲にしたらめちゃくちゃ売れると思って丈さんに提案してみたが、作曲者は首を縦に振らなかった。芸術肌の彼には、与えられたことを昇華するだけの俺にはない、造り手ならではのこだわりがあるのだ。

「“All I think about is you”──」

 曲に合わせて歌詞を口ずさみながら、涼真と考えたフリを通しで踊る。この通しが何度目かわからない。フリがほとんど完成してからは、モノにするためにずっと練習を続けていた。
 最後まで通し終わり、俺は流れる汗を飛ばすように頭を振った。

「っあ~暑い……!」
「ちょっと休憩しようか」
「する」

 俺が即座に床に倒れると、涼真が笑いながら横に寝た。最近は涼真とパフォーマンス練習に明け暮れていて、嫌なことを考える暇がない。だから何をしていても楽しく感じることが増えた。練習はキツイけどそれよりずっと楽しい。
 息を上げながら笑い合って、汗を拭いたタオルを投げると、涼真は受け取って前髪をかき上げるように拭った。凹凸のはっきりした横顔が露わになり、俺は自分の視線が止まるのを感じた。

(かっこよ……)

 率直な感想で頭を満たし、横顔を見つめる。そのまま涼真の方に寝返りをうつと、上を見ていた涼真が顔だけこちらに向けた。

「……なに?」
「いや、横顔キレイだなと思って」

 無意識に近づこうとしていた身体を止めて、俺は理性を取り戻す。関係を一方的に終わらせた俺が、勝手に近づいて触れていいわけはない。何でもない風を装い、俺は天井を見た。目を閉じようとすると、涼真が俺に近づくように起き上がり、目は閉じられずそちらへ向く。

「ハヤテ」
「なに、暑いって」

 俺が茶化して暑がると、何も言わない涼真が俺を見下ろす。目をそらさずに見つめ返す俺の輪郭に、涼真の指が触れた。

「……ハヤテのほうが、キレイだよ」

 涼真は静かに言った。でもそこには俺が涼真に言ったような単なる感想ではなく、隠せない気持ちが乗っている。
 未練だ。指先から感じる未練を、気づけば手で掴んでいた。抑えていた感情が出てきてしまうのがわかる。俺は感情に負けて、涼真の顔を手で引寄せてしまった。やめろと頭は言うけれど、至近距離で視線が絡んで、お互い拒むことなく唇が近づいていく。

(あー、俺ほんとダメな男だな)

 涼真とどうなりたいんだよ、俺は。涼真の想いを、また利用しやがって。
 自己嫌悪が出て躊躇った一瞬、その一瞬に練習室のドアノブが回った。

 ──ガチャ

「おい、フリはどうよ。進んでる?」
「っ、うわー!!?」
「うぐっ……!」

 もう唇が重なるだけになっていた瞬間、ハンディカメラを持った頼さんが丈さんと翔太郎さんを引き連れて、練習室にドカドカと入ってきた。俺は動揺で反射的に脚が動き、覆いかぶさっていた涼真の腹に膝を入れ横に蹴り飛ばしていた。床を滑って転がった涼真は腹を押さえてむせている。

「なにリョウマのこと蹴ってんだ、喧嘩やめなさい」
「ちが、喧嘩じゃない!リョウマごめん、今のは事故!」
「思い切り蹴り飛ばしてたように見えたけどな」

 youtubeに上げるビハインド動画のためにカメラマンを任されている頼さんが、撮れ高だと言わんばかりにカメラを近づけてくる。俺は動揺が映像に残らないように呼吸を整えて気持ちをアイドルに切り替え、「そっちこそ何なん急に」と呆れ笑いで表情を覆った。

「ハヤテとリョウマのダンスをプロの目で見てもらおうと思ってな。ダンス隊長のショウタロウさんをお呼びした。隊長、どうぞ」
「はーい、ダンス隊長ショウタロです!今日は泣くまでしごくよ♪」

 キュートなウインクと共に恐ろしいことを言った翔太郎さんは、カメラ目線をばっちり決める。

「てことで、時間もないし早速やってみて。リョウマいつまで寝てるんだ、起きなさい」

 床に突っ伏したままの涼真に頼さんがカメラを向けると、涼真はしぶしぶという動作で起き上がった。ちらりと俺を見た顔は、羞恥とか残念とか後悔とか動揺とか色んな感情がぐちゃぐちゃに乗っていて全く表情管理できていない。ジェスチャーで『顔!』と伝えると涼真の顔はすぐ緩い笑顔になった。

「曲かけるぞ」

 丈さんが俺たちの準備も待たずに曲を再生させ、踊るしかない状況になる。涼真が小走りで俺の隣に並び、共にフリを始めた。さっきまでキャッキャしてた年上3人が審査員の顔つきで見てきて、デビュー前の最終評価を思い出し少々胃が痛くなる。
 慢心を捨てて初心のつもりで指先まで神経を使って踊り切ると、まず翔太郎さんが大きく拍手した。

「わ~カッコいい!ふたりとも振付もダンスもすごいうまくなってる!隊長感動しちゃったよ~!」

 ダンス隊長に褒められ、涼真がはにかんでいる。翔太郎さんのダンススキルは、アイドルを超えてプロの領域だ。先生に褒められたようなもので、俺も柄にもなく嬉しくなった。
 作曲者である丈さんも満足そうに拍手をしていたが、「それで隊長、改善点は?」と翔太郎さんを見た。褒められたとしても、それで終わりにならないのはわかっている。

「全体的によくまとまってるけど、曲調はカッコいいとセクシーの合算って感じじゃない?だからもっと腰使ったフリ入れた方がいい。ファンは腰動かせば動かすほど喜ぶもんだし」
「一理ある。腰で踊れよ」
「セクシー担当のハヤテはもちろん、リョウマもセクシー需要あるもんな。頑張れ頑張れ」

 自分が踊らないから好き勝手言っている隊長の取り巻きふたりは、普段セクシーなフリを恥ずかしがる男たちである。
 俺はやれやれと肩をすくめたが、真面目な涼真は悩んだ顔で翔太郎さんに向けて一部フリをやってみせた。間奏の盛り上がりに用意した官能的なシーンだ。

「ここ、腰は使ってるんですけど足りませんかね」
「カッコいいんだけど、もうちょいサービスしてもいいかなって」

 翔太郎さんが軽くフリを真似る。それを見て頼さんが翔太郎さんにカメラを向けた。

「隊長、少し手本を見せてやったらどうでしょう」
「そうだね、じゃ間奏のとこ流して。アレンジでやってみる」

 丈さんが音楽を流し始め、翔太郎さんが踊り出す。今1回見ただけなのに迷いのない動きだ。元のフリをベースによりセクシーさが増したダンスへとなっている。なってはいるが。

「いやストップ、エロすぎる。捕まる。ダメ」

 頼さんが腕で大きくバツ印を作って翔太郎さんを止め、丈さんが音楽を止めた。涼真が照れて顔に手を当てているのが見える。

「今のやったらその後なにやってもファンが満足しなくなる。発禁」
「え~今のでもダメなの?そしたら元のフリのまま動きを洗練させるしかないな」

 官能的すぎるダンスを止められて不満そうだった翔太郎さんは、表情を消して「間奏踊ってみて」と涼真に指示を出した。そのままテンポよく手を叩き、涼真がフリを再現する。

「もっと大胆にね。上半身からウェーブさせて腰まで動きを持ってく!手も身体に這わせて!そんでそこ、そこはきっちり止めて!もう1回!」
「ひ~スパルタ隊長……っ」

 涼真は『><』という顔文字のような表情で隊長の指示に従って踊っていたが、同じフリでも今までの練習とは比べ物にならないくらい色気が増していた。さすが翔太郎さんと言わざるを得ない適格な修正だ。

「はい次!ハヤテもやって。セクシー担当はエロさ全開意識!」
「はい、隊長!」

 翔太郎さんのノリに合わせて大きい声を出して、笑いながらフリを始める。
 俺は今までになく、パフォーマンス向上に打ち込んだ。今だけは本当に、やっぱりこの仕事が好きだと、そう思えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺の事嫌ってたよね?元メンバーよ、何で唇を奪うのさ!?〜嵌められたアイドルは時をやり直しマネージャーとして溺愛される〜

ゆきぶた
BL
時をやり直したアイドルが、嫌われていた筈の弟やメンバーに溺愛される話。R15のエロなしアイドル×マネージャーのハーレム物。 ※タイトル変更中 ー  ー  ー  ー  ー  あらすじ 子役時代に一世を風靡した風間直(かざまなお)は現在、人気アイドルグループに所属していた。 しかし身に覚えのないスキャンダルで落ちぶれていた直は、ある日事故でマンションの11階から落ちてしまう。 そして何故かアイドルグループに所属する直前まで時間が戻った直は、あんな人生はもう嫌だと芸能界をやめる事にしたのだった。 月日が経ち大学生になった直は突然弟に拉致られ、弟の所属するアイドルグループ(直が元いたグループ)のマネージャーにされてしまう。 そしてやり直す前の世界で嫌われていた直は、弟だけでなくメンバーにも何故か溺愛されるのだった。 しかしマネージャーとして芸能界に戻って来てしまった直は、スキャンダル地獄に再び陥らないかという不安があった。 そんな中、直を嵌めた人間がメンバーの中にいるかもしれない事を知ってしまい───。 ー  ー  ー  ー  ー  直のお相手になるアイドルグループには クール、オレ様、ワンコ、根暗がいます。 ハーレムでイチャイチャ、チュッチュとほんのりとした謎を楽しんでもらえば良いと思ってます。

平凡な俺、何故かイケメンヤンキーのお気に入りです?!

彩ノ華
BL
ある事がきっかけでヤンキー(イケメン)に目をつけられた俺。 何をしても平凡な俺は、きっとパシリとして使われるのだろうと思っていたけど…!? 俺どうなっちゃうの~~ッ?! イケメンヤンキー×平凡

真冬の痛悔

白鳩 唯斗
BL
 闇を抱えた王道学園の生徒会長、東雲真冬は、完璧王子と呼ばれ、真面目に日々を送っていた。  ある日、王道転校生が訪れ、真冬の生活は狂っていく。  主人公嫌われでも無ければ、生徒会に裏切られる様な話でもありません。  むしろその逆と言いますか·····逆王道?的な感じです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

気づいて欲しいんだけど、バレたくはない!

甘蜜 蜜華
BL
僕は、平凡で、平穏な学園生活を送って........................居たかった、でも無理だよね。だって昔の仲間が目の前にいるんだよ?そりゃぁ喋りたくて、気づいてほしくてメール送りますよね??突然失踪した族の総長として!! ※作者は豆腐メンタルです。※作者は語彙力皆無なんだなァァ!※1ヶ月は開けないようにします。※R15は保険ですが、もしかしたらR18に変わるかもしれません。

どうやら手懐けてしまったようだ...さて、どうしよう。

彩ノ華
BL
ある日BLゲームの中に転生した俺は義弟と主人公(ヒロイン)をくっつけようと決意する。 だが、義弟からも主人公からも…ましてや攻略対象者たちからも気に入れられる始末…。 どうやら手懐けてしまったようだ…さて、どうしよう。

処理中です...