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立花颯
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全身が怠い。
体がうまく動かない。
心臓だけが激しく脈打って、酷い動悸で耳鳴りがする。
「──ハヤテ、ハヤテぇ……!」
身体の上に重みが乗る。
「好き、大好き!私だけの、ふふ!」
俺の上に乗った女が、囁くように喚きながらこちらを見下ろしている。
女の手が止まることなく身体を這い、生温かい息が肌にかかって鳥肌が立った。
「ハヤテあったかいね、ふふ、かわいい~!」
この女がどうやってホテルの部屋を特定して侵入したのか、わからない。
部屋に入って荷物を下ろしたら、背後から縄のようなもので首を絞められた。とっさに抵抗したが、すぐに口に何かの液体を入れられ、それを吐き出す間に腕に注射器を射し込まれていた。
歯を見せて笑う女が「次暴れたら目に刺しちゃうよ」と俺の顔を覗き込みながら、注射器の薬剤を押し込んだ。
後からわかったことだが、俺に投入されたのは睡眠薬と筋弛緩剤だった。
女と対峙して3分後には、俺はろくに抵抗もできなくなっていた。
「ずっと私のこと見ててくれたよね、ハヤテ。私もずっと見てたよ、やっと愛し合えるよ」
女がハサミで、俺の服を破いていく。
ジョキ、と刃が進むたびに恐怖で涙が出た。
「そうだ、着てほしい服も持ってきたの。ハイブランドなんかよりずっと可愛い服。ハヤテはもっと明るい色が似合うんだから。あとで着て見せて」
ニヤニヤと笑う女が顔を近づけてくる。
女からタンスみたいな匂いを感じた時には、もう唇を舐められていた。
キスごときでショックを受ける隙もなく、女の舌が肌を這い始める。現実とは思えないのに、感触は寒気がするほどリアルだった。
「気持ちいいでしょお?ハヤテ」
ああ、どうして、イヤだ、嫌だ。
気持ち悪い。
気持ち悪い、気持ちわるい。
きもちわる──
「──ヤテ、ハヤテ!!」
「っ……!」
肩を揺すられる感覚で、俺は目を覚ました。
咄嗟に上体を起こすと、暗いホテルの部屋にぼやける人影がある。それは吉岡なんかじゃなくて、見知った人だった。
「あ~……リョウマ」
「大丈夫?うなされてたよ」
ギュッと肩に置かれた手に力が入り、思わず一瞬身体が強ばって胃がうねる。
「あっごめん」
「ちがう、リョウマなら、平気だから」
パッと離れた手を追って掴む。離さないでいると、涼真は俺のベッドにゆっくり腰掛けた。
事件後は些細な肌の接触も無理になっていた。
女性のことが本当に恐ろしくて、事務所の采配で俺に関わる人はほとんど男性になった。
同性だとしても、信頼できるメンバーでさえ、不意に近付かれると怖かった。
でも涼真だけは、大丈夫だった。
反射で身構えてしまうことはあったけど、怖いという気持ちは出てこなかった。事件以来、手で触れられて心地よさがあったのは涼真だけだ。
「……リョウマといると、落ち着く」
もたれかかって涼真の体温を感じると、自然とそう言っていた。顔は見えないけど、涼真の嬉しそうな気配がわかりやすく伝わってくる。
「ほんとに?真に受けるよ俺」
「うん」
涼真は本当にいいやつだ。
カッコよくて優しくて努力家で。
男が好きだと隠してきたから本気にならないようにしていただけで、俺は長らく──なんならデビュー前の練習生時代から涼真への好意を淡く持ち続けていた。メンバー愛では片付けられない、誰にも言えない感情を、涼真に対してずっと抱いていた。
だから、告白されたときは嬉しかった。
でも、同時に怖かった。
涼真は女性と幸せになれるはずなのに、俺のせいで涼真が歪んでしまった気がした。
「ハヤテ」
俺が薄暗いことを考えていると、涼真が呼んだ。もたれるのをやめて顔を見れば、涼真は眉を下げていた。
「……最近、よく寝れてないって聞いたんだけど」
「誰情報それ」
「ライさん」
「はー。ほんと目敏いな~あの人」
心配かけないように寝たふりを徹底していたつもりだったのに、リーダーの目は欺けないらしい。
「今日は久しぶりに寝れたから大丈夫」
「今日はうなされてたし、大丈夫ではないよね」
「寝れないか、寝ると嫌な夢を見るかの2択なんだよ。どっちもどっちだろ」
怖くならないように軽く言ってみたが、涼真の眉は下がったままだった。
「……俺にできることある?」
「あ~。なら、雑談しようよ。気分変えたい」
俺の体調が悪いという話題はもう嫌だった。
涼真はもっと俺の体調について知りたそうな目をしていたが、「わかった」と頷いた。
「えーっと、何話そうかな……あ!俺この前アプリ入れたんだ、お題くれるやつ」
「うわ、それ合コンで使うやつだろ。リョウマさんチャれぇ~」
「ち、ちがう!合コンなんてやってないし、これはJETで遊んでみようかなって──」
「はいはい、いいから早くやろ。これ押せばいいの?」
「あ、うん」
からかいを本気で否定してくる真面目な涼真に笑いをこらえながら、俺はスマホを覗き込んで『サイコロSTART』というボタンをタップした。
トゥルル~♪ポンッ♪
『テーマは恋バナ!今カノ元カレなんでもあり!恋愛話で盛り上がること!』
天使みたいなキャラが、悪魔のような話題を提供して消えた。
告られてフったやつと、告ってフラれたやつしかいないホテルに、沈黙が落ちた。
体がうまく動かない。
心臓だけが激しく脈打って、酷い動悸で耳鳴りがする。
「──ハヤテ、ハヤテぇ……!」
身体の上に重みが乗る。
「好き、大好き!私だけの、ふふ!」
俺の上に乗った女が、囁くように喚きながらこちらを見下ろしている。
女の手が止まることなく身体を這い、生温かい息が肌にかかって鳥肌が立った。
「ハヤテあったかいね、ふふ、かわいい~!」
この女がどうやってホテルの部屋を特定して侵入したのか、わからない。
部屋に入って荷物を下ろしたら、背後から縄のようなもので首を絞められた。とっさに抵抗したが、すぐに口に何かの液体を入れられ、それを吐き出す間に腕に注射器を射し込まれていた。
歯を見せて笑う女が「次暴れたら目に刺しちゃうよ」と俺の顔を覗き込みながら、注射器の薬剤を押し込んだ。
後からわかったことだが、俺に投入されたのは睡眠薬と筋弛緩剤だった。
女と対峙して3分後には、俺はろくに抵抗もできなくなっていた。
「ずっと私のこと見ててくれたよね、ハヤテ。私もずっと見てたよ、やっと愛し合えるよ」
女がハサミで、俺の服を破いていく。
ジョキ、と刃が進むたびに恐怖で涙が出た。
「そうだ、着てほしい服も持ってきたの。ハイブランドなんかよりずっと可愛い服。ハヤテはもっと明るい色が似合うんだから。あとで着て見せて」
ニヤニヤと笑う女が顔を近づけてくる。
女からタンスみたいな匂いを感じた時には、もう唇を舐められていた。
キスごときでショックを受ける隙もなく、女の舌が肌を這い始める。現実とは思えないのに、感触は寒気がするほどリアルだった。
「気持ちいいでしょお?ハヤテ」
ああ、どうして、イヤだ、嫌だ。
気持ち悪い。
気持ち悪い、気持ちわるい。
きもちわる──
「──ヤテ、ハヤテ!!」
「っ……!」
肩を揺すられる感覚で、俺は目を覚ました。
咄嗟に上体を起こすと、暗いホテルの部屋にぼやける人影がある。それは吉岡なんかじゃなくて、見知った人だった。
「あ~……リョウマ」
「大丈夫?うなされてたよ」
ギュッと肩に置かれた手に力が入り、思わず一瞬身体が強ばって胃がうねる。
「あっごめん」
「ちがう、リョウマなら、平気だから」
パッと離れた手を追って掴む。離さないでいると、涼真は俺のベッドにゆっくり腰掛けた。
事件後は些細な肌の接触も無理になっていた。
女性のことが本当に恐ろしくて、事務所の采配で俺に関わる人はほとんど男性になった。
同性だとしても、信頼できるメンバーでさえ、不意に近付かれると怖かった。
でも涼真だけは、大丈夫だった。
反射で身構えてしまうことはあったけど、怖いという気持ちは出てこなかった。事件以来、手で触れられて心地よさがあったのは涼真だけだ。
「……リョウマといると、落ち着く」
もたれかかって涼真の体温を感じると、自然とそう言っていた。顔は見えないけど、涼真の嬉しそうな気配がわかりやすく伝わってくる。
「ほんとに?真に受けるよ俺」
「うん」
涼真は本当にいいやつだ。
カッコよくて優しくて努力家で。
男が好きだと隠してきたから本気にならないようにしていただけで、俺は長らく──なんならデビュー前の練習生時代から涼真への好意を淡く持ち続けていた。メンバー愛では片付けられない、誰にも言えない感情を、涼真に対してずっと抱いていた。
だから、告白されたときは嬉しかった。
でも、同時に怖かった。
涼真は女性と幸せになれるはずなのに、俺のせいで涼真が歪んでしまった気がした。
「ハヤテ」
俺が薄暗いことを考えていると、涼真が呼んだ。もたれるのをやめて顔を見れば、涼真は眉を下げていた。
「……最近、よく寝れてないって聞いたんだけど」
「誰情報それ」
「ライさん」
「はー。ほんと目敏いな~あの人」
心配かけないように寝たふりを徹底していたつもりだったのに、リーダーの目は欺けないらしい。
「今日は久しぶりに寝れたから大丈夫」
「今日はうなされてたし、大丈夫ではないよね」
「寝れないか、寝ると嫌な夢を見るかの2択なんだよ。どっちもどっちだろ」
怖くならないように軽く言ってみたが、涼真の眉は下がったままだった。
「……俺にできることある?」
「あ~。なら、雑談しようよ。気分変えたい」
俺の体調が悪いという話題はもう嫌だった。
涼真はもっと俺の体調について知りたそうな目をしていたが、「わかった」と頷いた。
「えーっと、何話そうかな……あ!俺この前アプリ入れたんだ、お題くれるやつ」
「うわ、それ合コンで使うやつだろ。リョウマさんチャれぇ~」
「ち、ちがう!合コンなんてやってないし、これはJETで遊んでみようかなって──」
「はいはい、いいから早くやろ。これ押せばいいの?」
「あ、うん」
からかいを本気で否定してくる真面目な涼真に笑いをこらえながら、俺はスマホを覗き込んで『サイコロSTART』というボタンをタップした。
トゥルル~♪ポンッ♪
『テーマは恋バナ!今カノ元カレなんでもあり!恋愛話で盛り上がること!』
天使みたいなキャラが、悪魔のような話題を提供して消えた。
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