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矢代頼

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  颯は俺の腕を掴んで練習室を出た。
  廊下で話すのかと思っていたが、そのまま廊下を進んでトイレに入る。俺から手を離した颯は洗面の鏡で軽く前髪を整え始め、俺はそれを見て腕を組んだ。

「で、相談事って、前髪のスタイリングについて?」

  なんとなく流れ続ける緊張感を茶化して聞くと、鏡越しに颯と目が合う。

「俺とリョウマの関係、疑ってるよね」

  いきなりの直球ストレートな話題提供に、俺はろくなリアクションもできずに固まった。肯定を表しているとしか言えない程面食らった自分の顔が鏡に写っていて、慌てて半開きの口を手で隠した。

「いいよ、誤魔化さなくて。朝、俺とリョウマが何してるか聞こえてたでしょ」
「いや、あの。いやー、はい。聞こえてました」

  しどろもどろで頷くと、颯は前髪を弄るのをやめて振り返る。

「ライさんが聞いたことは事実だよ。俺、リョウマと」
「わかった!わかってるから」

  セックスしてますということを1日に2人から聞くのは腹が一杯すぎて、俺は颯の発言を遮った。
  颯はちょっと肩をすくめてから、洗面から1歩俺に近づく。

「どうする?」
「なに、が?」
「俺たちのこと」

  不安も期待もない目だった。
  想像以上に冷めた顔に、俺の方が不安になってくる。
  しかし、これは颯に涼真のことを詰める絶好の機会だ。

「俺は正直驚いた、いや、今も驚いてるけど。でも同性だからやめろとは言わないよ。相手が男でも女でも、熱愛を出さないように慎重に恋愛しろってことに変わりはない」

  これは本心だ。
  相手の性別を問わず、俺たちは大手を振って恋愛できる職業ではない。同性ならなおさら、バレないに越したことはないってだけだ。

「ただ、遊びの関係なら歓迎はできないけど」

  涼真が関係を暴露したことは、颯に知られない方がいいだろう。涼真の立場が悪くなるのは避けたかった。
  俺の探るような問いに、颯は片眉を上げた。

「案外真面目に生きてんだね、ライさん。セフレとかいたことないの?」
「ノーコメントに決まってるだろ。って、今俺のことはいいんだよ」

  咳払いをして話の筋を戻す。

「リョウマと付き合ってんのか」

  知ってることを知ってない風にあえて聞いた。
  こういうとき、たまにやっていた俳優業が役に立つ。

「んーいや、付き合ってはない」

  明らかに含みのある言い方だった。
  やはり涼真のことは、セフレという認識なのだろうか。

「付き合ってないのは……好きじゃないから?」
「はは。好きでもないやつに抱かれるほど、俺は不幸じゃないよ」

  そう言う颯は口先だけで笑っていて、この問題は颯をぎゃふんと言わせるとか、そういうことでは解決しないのではないかと俺は思い始めていた。

「それなら、なんで付き合わないんだよ」
「何でもかんでもくっつけようとしないでよ。中学生じゃないんだから」
「セフレの割りきった関係、ってわけ」
「関係に名前をつけないといけないなら、『セックスもする大切なメンバー』みたいな?」

  颯は表情を消して口角を下げると、壁に寄りかかる。
  俺の頭には、泣いた涼真がリフレインする。
  何と言うのが正解なのかわからなくて、俺は黙った。

「でも、もうやめるよ」
「え?」
「誰かにバレたらやめようって思ってたから」

  颯の均整の取れた両目が、俺をとらえた。
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