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矢代頼

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「続いてはJETの皆さんでーす!」

  女子アナウンサーの声と共に沸き起こる黄色い歓声。
  花道を歩きながら手を振るだけで歓声はさらに大きくなり、もはや地響きだ。
  ファンに目を向けるふりをして後ろを見ると、少し眠そうな顔をしたメンバーがついてきていて、俺は後ろに向かって満面の笑みで手を2回振った。

  『やる気出せ』の合図だ。

「いや~ホンマに何度見てもイケメンやね!さっそく自己紹介もらってもええかな?」

  メンバー全員がステージに上がりきると、大物芸人の司会者が台本通りの進行を始める。
  チラッとメンバーの顔を確認すると、さっきの合図が効いたのか皆しっかりカメラを見ていた。

「はい!JETリーダーの矢代頼やしろらいです。よろしくお願いします」
『ライ兄さーん!』

  黄色い合いの手が入る。
  『ライ兄さん』というのはファンが俺を呼ぶときの愛称だ。グループ最年長だから『兄さん』というだけで、メンバーに血縁がいるわけじゃない。今はまだ27歳だから兄さん扱いだけど、あと5年もしたらおじさんとか呼ばれるんじゃないかと危惧している。

「はい、JETのセクシー担当立花颯たちばなはやてです。今日も釘付けにするよ」
『セクシーハヤテ~!!』

  俺の時の倍くらい大きい声援が飛ぶ。
  颯はJETのセクシー担当、というかビジュアル担当だ。顔がいい奴は人気が高いという不動の理に則って、颯の人気は凄まじい。
  甘い顔立ちは非常にバランスが良く、可愛らしさと色っぽさを兼ね備える。鼻筋の通った顔と鍛えられた身体が相まってファンから『彫刻』と呼ばれ、笑顔は天使のようだと持て囃されている。天使は言い過ぎだと思うが、10年近く一緒にいても顔が良くてついじっと見てしまう瞬間があるのは本当だった。

「はい!JETの弟担当御厨涼真みくりりょうまです。全力で頑張ります!」
『リョウマくーん!!』

  颯の声援に負けない合いの手だ。
  弟担当という、最年少だからというだけでつけられた謎の肩書きもちゃんと違和感なく使いこなしている。
  涼真はグループ最年少だがハンサムという形容詞が似合う男前で、そのビジュアルと笑うと幼く見えるギャップがウケて強く支持されている。JETの中では颯と並んでビジュアル担当で、ふたりは組み合わせとしても人気が高いため隣同士に並ばせることが多い。

「はい、JETのアート担当瀬崎丈せざきじょうです。よろしく」
『ジーニアスジョー!』

  1番素っ気なく突っ立っている丈は、メンバーで唯一作詞作曲を担うポジションのためファン界隈で『天才』と言われ始め、いつの間にか『ジーニアスジョー』と呼ばれるようになっていた。「アート担当って肩書きなに?」とデビュー当時から言っていたが、最近は受け入れているようだ。
  性格が裏方気質で愛想笑いが苦手という、アイドルとして致命的欠点を持っているが、見た目が大人びていて知的なので笑わなくても許されている。

「はーい!JETのかわいい担当帳翔太郎とばりしょうたろうです。みんな~!Love me?」
『ラブユーショータロー!』

  お手本のようなアイドルスマイルでファンを沸かせた翔太郎は、ウインクのおまけまでつけて小首をかしげている。本当に『可愛い男』という役を全力でやってくれる頼もしいメンバーだ。丈と同い年の26歳とは思えない。
  JETはアイドルグループとしてデビューし、人気が上がるにつれ良くも悪くもアイドルらしさが減りアーティストグループのようになっているが、翔太郎だけはデビューからずっとアイドルで居続けている。

「5人揃ってJETです。Go JET!」

  5人で声を合わせてポーズを決めると一際大きい歓声が上がった。
  この掛け声とポーズ、いい加減卒業したいけどファンが喜ぶんだよなぁ。

「いや~人気やなぁ。最近海外公演もやっとったでしょ」
「つい一昨日まで、アメリカでツアーをさせていただいてました」

  メンバーたちが眠そうなのはそのせいだ。
  俺含め、みんな時差ボケに襲われている。

「は~すごいなぁ!英語喋れる?みんな」
「俺は全然ですけどショータロウは帰国子女なんで、ペラペラです」
「お、そうなんや!帳くん、ちょっと喋ってみてくれる?」
「ふふ、照れますね。I'm glad to meet everyone today. I love my fans. Let's get old with me!」
「なに言っとるか分からんけどすごいで!グローバルや!」

  台本通りのお決まりの流れだ。
  俺は翔太郎に穏やかな視線を向けるふりをして、隣に立つ颯と涼真を見た。
  一見ふたりとも翔太郎を見ているようだが、涼真の横顔がにやついているのがわかる。少し首を傾けて様子を伺うと、涼真の手を颯の指先が弄んでいた。
  
  こいつら何イチャついてんだ。

  そう思ってから、これってやっぱイチャついてるよな?と自問自答した。
  このふたりのイチャつきが気になり始めたのはつい最近のことだ。たまたまエゴサしていたときに、『涼真&颯ラブラブ集』なる動画を見つけ──しかもこれは50万回近く再生されていた──出来心で再生したら、俺ですら気付いていなかったふたりのスキンシップが大量にまとまっていたのだ。
  もちろんメンバー内でファンのためにイチャつくという流れはある。しかしそれはライブ中が主であって、俺が知らない移動中やらイベント登壇中やらでも手で触れ合ったり見つめ合って笑っていたりというのは、さすがに違和感を覚えた。
  違和感を覚えてから、このふたりの絡みが気になって仕方がない。ちょんと颯の肘をつついて涼真の手を弄ぶのをやめさせる。颯はちょっと唇をムッとさせて俺を見た。

  なんでイラついてんだよ。

  俺の悩み事ランキング1位は長らく次のツアーの内容決めについてだったが、今颯と涼真のイチャつきあいについてがぐんと順位を上げた。
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