15 / 17
EP1
しおりを挟む
シャワーの音が聞こえる。
俺は何をするでもなく、ただその音を聴いていた。部屋に入ってから、テレビも付けずにベッドに腰かけている。いや正確には一度テレビは付けてみたのだが、いきなりセクシー女優の喘ぎ声と共にAVが流れ始め、俺はリモコンを落としそうになりながらすぐにテレビを消した。それが15分くらい前のことだ。
シャワールームにいる恋人がいつ出てくるのかと思うと全く気持ちが落ち着かない。早く出てきて欲しい気持ちと、このまま永遠にシャワーの音を聴いていたい気持ちが葛藤している。
(なんで俺、先にシャワー浴びちゃったんだろ。やっぱり後からにすればよかった)
どちらが先に浴びても何が変わるわけでもないのに、俺はさっきからずっと同じ事を後悔しながら、真っ黒なテレビ画面を見つめている。
夏の始まりを感じる少し蒸し暑い部屋。俺は人生初のラブホテルで、吐きそうな緊張感に襲われていた。
++
「巡、起きてる?」
大学のレジュメを読みつつベッドでゴロゴロしていると、千明さんが顔を覗き込んだ。交際が始まった頃は千明さんの部屋にいるだけで落ち着かなかった俺も、今となっては千明さんのゲーム時間が終わるまでベッドで好きなことをして待つのが日常になっている。
「あれ、ゲーム終わったんですか」
「うん。てか、やっぱ巡来てるのにゲームばっかしてらんないし」
言いながら千明さんは、スマホでゲームを開いてから俺の隣へと寝そべる。
「結局ゲームしてるじゃないッスか」
「これはログボを貰うだけだから」
『ログボを貰う』という行為がすぐに終わるのかよくわからないので、俺は明日までに読んでおかなければならないレジュメに再び目を移した。1週間後には定期試験があるのだ。
さっきまで遠かった体温がすぐ近くにあることは嬉しいが、それと同時に心拍数も上がる。急にレジュメの内容が頭に入って来なくなり、字の上で目が滑りだした。付き合いだして一緒にいることに慣れても、体温を感じるほどの距離にいることにはなかなか慣れない。
俺の目がレジュメの同じ行を繰り返しなぞっていると、スマホを見たまま千明さんが「てかさ、今度ホテル行ってみない?」と身を寄せてきたので、俺の目線は一気に横にスライドした。
「え?」
「結構可愛いとこ見つけたんだよ」
「え、あ、ホテルって?」
急な提案に声を裏返す俺とは対照的に、千明さんはなに食わぬ顔で「こことかどう?」とスマホを見せてくる。その画面には確かに可愛らしい内装をした、しかし明らかに普通の宿泊施設ではないホテルの画像が写し出されていた。
「可愛い……ですけど……」
画面から漂うピンク臭から目を離して千明さんに視線を移す。彼はゲーム画面を見ているときと変わらない表情で画面をフリックし始めた。
「ここもオシャレじゃない?最近はラブホもセンスいいの増えたよね」
「は、はぁ……」
「巡はどこがいい?」
やっぱりラブホに誘われてるんだよなと自覚し、俺は目を泳がせる。性行為に関して、俺は千明さんに任せっぱなしだ。千明さんが長めのキスをしてきたら、なんとなくそのまま流されてお互い欲を吐き出す行為をしていた。しかし内容はいわゆる擬似セックスまでで、挿入までしたことはない。
今、ホテルに誘われているということは、つまり、次のステップである挿入までするということに違いない。そう思うと、確認せずにはいられなかった。聞く恥ずかしさより、いきなり本番が始まって俺のせいで失敗したらどうしようという怖さが勝った。
「あの、つまり、その、最後まで全部やるってことですか……?」
顔が熱くなるのを感じながら歯切れ悪くそう尋ねると、千明さんの涼しい目元に驚きの色が出て、すぐに笑みへと変わった。
「ははっ、そんな事ちゃんと聞かれると思わなかった」
スマホをヘッドボードに置いた千明さんは、頬杖をついて俺に微笑む。
「ラブホは気分転換みたいな感じで行こうかなって。巡に無理させたいわけじゃないから、今まで通りの感じでさ」
千明さんだって本当はまともなセックスをしたいはずだ。昔女性と付き合っていたことは知っている。体目当てじゃないから気にするなと言ってくれているが、別れる原因の多くは体の相性だったりするのが世の中だ。
それに、口にしたことはないが挿入への興味はそれなりあった。俺だって健全な性欲のある男子大学生で、アナルに慣れれば相当気持ちが良いということも調べていた。そして優しい千明さんは、俺から言わない限り挿入をけしかけないのも知っていた。何もかも受け身で来たが、この事に関しては俺から言わない限り進まないのだ。
今この流れはチャンスだ、言ってしまえ!と心の中で自分を鼓舞すると、短く息を吸う。
「お、俺だって……千明さんと、その……えっと、最後までするのが嫌だとか、興味ないわけじゃなくて……」
ひどい手汗を感じながら遠回りな言い回ししか出てこない自分が嫌になっていると、千明さんが一瞬真顔になるのがわかった。
「それホント?」
「え、ほ、ホントです。……千明さんとなら、やってみたいと思ってます」
恥ずかしくて小さい声で言うと、千明さんに顔を引き寄せられた。すぐに唇に柔らかいものが当たり、それをキスだと思う間もなく、抱き締められる。
「も~、巡しんどいね……」
「な、なんすか、しんどいて」
「しんどいもんはしんどいんだよ。可愛くてつらい……」
ネガティブなような誉めているような言葉を並べられ、俺が微妙な顔をしていると、千明さんはもう一度唇を重ねる。
「よし、じゃあさ。巡の試験終わったら行こうね」
頭を撫でる千明さんの手と優しい視線に気恥ずかしさを感じてしまい、聞こえるかわからない音量で「……はい」と呟いて、俺はそのまま目線をレジュメに戻した。
俺は何をするでもなく、ただその音を聴いていた。部屋に入ってから、テレビも付けずにベッドに腰かけている。いや正確には一度テレビは付けてみたのだが、いきなりセクシー女優の喘ぎ声と共にAVが流れ始め、俺はリモコンを落としそうになりながらすぐにテレビを消した。それが15分くらい前のことだ。
シャワールームにいる恋人がいつ出てくるのかと思うと全く気持ちが落ち着かない。早く出てきて欲しい気持ちと、このまま永遠にシャワーの音を聴いていたい気持ちが葛藤している。
(なんで俺、先にシャワー浴びちゃったんだろ。やっぱり後からにすればよかった)
どちらが先に浴びても何が変わるわけでもないのに、俺はさっきからずっと同じ事を後悔しながら、真っ黒なテレビ画面を見つめている。
夏の始まりを感じる少し蒸し暑い部屋。俺は人生初のラブホテルで、吐きそうな緊張感に襲われていた。
++
「巡、起きてる?」
大学のレジュメを読みつつベッドでゴロゴロしていると、千明さんが顔を覗き込んだ。交際が始まった頃は千明さんの部屋にいるだけで落ち着かなかった俺も、今となっては千明さんのゲーム時間が終わるまでベッドで好きなことをして待つのが日常になっている。
「あれ、ゲーム終わったんですか」
「うん。てか、やっぱ巡来てるのにゲームばっかしてらんないし」
言いながら千明さんは、スマホでゲームを開いてから俺の隣へと寝そべる。
「結局ゲームしてるじゃないッスか」
「これはログボを貰うだけだから」
『ログボを貰う』という行為がすぐに終わるのかよくわからないので、俺は明日までに読んでおかなければならないレジュメに再び目を移した。1週間後には定期試験があるのだ。
さっきまで遠かった体温がすぐ近くにあることは嬉しいが、それと同時に心拍数も上がる。急にレジュメの内容が頭に入って来なくなり、字の上で目が滑りだした。付き合いだして一緒にいることに慣れても、体温を感じるほどの距離にいることにはなかなか慣れない。
俺の目がレジュメの同じ行を繰り返しなぞっていると、スマホを見たまま千明さんが「てかさ、今度ホテル行ってみない?」と身を寄せてきたので、俺の目線は一気に横にスライドした。
「え?」
「結構可愛いとこ見つけたんだよ」
「え、あ、ホテルって?」
急な提案に声を裏返す俺とは対照的に、千明さんはなに食わぬ顔で「こことかどう?」とスマホを見せてくる。その画面には確かに可愛らしい内装をした、しかし明らかに普通の宿泊施設ではないホテルの画像が写し出されていた。
「可愛い……ですけど……」
画面から漂うピンク臭から目を離して千明さんに視線を移す。彼はゲーム画面を見ているときと変わらない表情で画面をフリックし始めた。
「ここもオシャレじゃない?最近はラブホもセンスいいの増えたよね」
「は、はぁ……」
「巡はどこがいい?」
やっぱりラブホに誘われてるんだよなと自覚し、俺は目を泳がせる。性行為に関して、俺は千明さんに任せっぱなしだ。千明さんが長めのキスをしてきたら、なんとなくそのまま流されてお互い欲を吐き出す行為をしていた。しかし内容はいわゆる擬似セックスまでで、挿入までしたことはない。
今、ホテルに誘われているということは、つまり、次のステップである挿入までするということに違いない。そう思うと、確認せずにはいられなかった。聞く恥ずかしさより、いきなり本番が始まって俺のせいで失敗したらどうしようという怖さが勝った。
「あの、つまり、その、最後まで全部やるってことですか……?」
顔が熱くなるのを感じながら歯切れ悪くそう尋ねると、千明さんの涼しい目元に驚きの色が出て、すぐに笑みへと変わった。
「ははっ、そんな事ちゃんと聞かれると思わなかった」
スマホをヘッドボードに置いた千明さんは、頬杖をついて俺に微笑む。
「ラブホは気分転換みたいな感じで行こうかなって。巡に無理させたいわけじゃないから、今まで通りの感じでさ」
千明さんだって本当はまともなセックスをしたいはずだ。昔女性と付き合っていたことは知っている。体目当てじゃないから気にするなと言ってくれているが、別れる原因の多くは体の相性だったりするのが世の中だ。
それに、口にしたことはないが挿入への興味はそれなりあった。俺だって健全な性欲のある男子大学生で、アナルに慣れれば相当気持ちが良いということも調べていた。そして優しい千明さんは、俺から言わない限り挿入をけしかけないのも知っていた。何もかも受け身で来たが、この事に関しては俺から言わない限り進まないのだ。
今この流れはチャンスだ、言ってしまえ!と心の中で自分を鼓舞すると、短く息を吸う。
「お、俺だって……千明さんと、その……えっと、最後までするのが嫌だとか、興味ないわけじゃなくて……」
ひどい手汗を感じながら遠回りな言い回ししか出てこない自分が嫌になっていると、千明さんが一瞬真顔になるのがわかった。
「それホント?」
「え、ほ、ホントです。……千明さんとなら、やってみたいと思ってます」
恥ずかしくて小さい声で言うと、千明さんに顔を引き寄せられた。すぐに唇に柔らかいものが当たり、それをキスだと思う間もなく、抱き締められる。
「も~、巡しんどいね……」
「な、なんすか、しんどいて」
「しんどいもんはしんどいんだよ。可愛くてつらい……」
ネガティブなような誉めているような言葉を並べられ、俺が微妙な顔をしていると、千明さんはもう一度唇を重ねる。
「よし、じゃあさ。巡の試験終わったら行こうね」
頭を撫でる千明さんの手と優しい視線に気恥ずかしさを感じてしまい、聞こえるかわからない音量で「……はい」と呟いて、俺はそのまま目線をレジュメに戻した。
38
お気に入りに追加
126
あなたにおすすめの小説
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話
タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。
「優成、お前明樹のこと好きだろ」
高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。
メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?
サンタからの贈り物
未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。
※別小説のセルフリメイクです。
【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。
俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした
たっこ
BL
【加筆修正済】
7話完結の短編です。
中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。
二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。
「優、迎えに来たぞ」
でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。
それはきっと、気の迷い。
葉津緒
BL
王道転入生に親友扱いされている、気弱な平凡脇役くんが主人公。嫌われ後、総狙われ?
主人公→睦実(ムツミ)
王道転入生→珠紀(タマキ)
全寮制王道学園/美形×平凡/コメディ?
恋した貴方はαなロミオ
須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。
Ω性に引け目を感じている凛太。
凛太を運命の番だと信じているα性の結城。
すれ違う二人を引き寄せたヒート。
ほんわか現代BLオメガバース♡
※二人それぞれの視点が交互に展開します
※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m
※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる