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 いつからだったか、明確にいつそうなったのか。

「あー!負けた!」
「さすがにハンデ付けすぎっすよ」

 いつの間に寝ても覚めても同じ人のことしか考えられなくなったのか。
 そんなことは思い出せないけど、現在俺、寺内巡てらうちめぐるの心を支配しているのは、

「いや、次は絶対勝つ。俺が勝てなかったら何でもするから」

 隣で諦め悪くコントローラーを握りなおす黒島千明くろしまちあきという男だった。
 千明さんは商社勤めのエリートサラリーマンで、俺は奨学金フル活用の貧乏な大学2年生。
 出会うきっかけなどない肩書のふたりだけど、俺が家賃を抑えるために探したシェアハウスにいたのが千明さんだった。俺は『払えるギリギリの家賃だから』という理由で、千明さんは『寝るだけの部屋に金をかけるなら、唯一の趣味であるゲームに課金したいから』という理由で、このシェアハウス・カンパーナに住んでいる。

(改めて千明さんってゲーマーだよな。いや、というか俺の理由はもっと違うか……)

 ここはシェアハウスとは言え十分綺麗で部屋も広く、正直そんなに家賃も安くない。
 俺の金銭状況ではもっと格下の賃貸を選ぶべきだったのだけど、内見のときに千明さんに優しくされて、「こんなにオシャレで優しい人がいるなら安心だ……」と田舎者の俺はコロッと入居を決めてしまった。
 振り返って思ったけど、この時点で俺はすでに千明さんに心を奪われ始めていたらしい。

「ほら、巡。早くコース選んで」
「10秒後スタートとか、千明さんでも難しいでしょ」
「いやいけるって。CPが邪魔して来なければ勝ってたから」 

 ふん、と悔しそうに鼻を鳴らす横顔をちらりと見て、俺は苦笑いをこぼした。
 今、俺たちは千明さんの部屋でマリカに勤しんでいる。
 俺からやりたいと言い出したわけではなく、夕飯後に食器の片づけをしていたらちょうど仕事から帰ってきた千明さんに「この後暇なら一緒にゲームしない?」と誘われたのだった。
 本当は締切の近いレポートがあって暇ではなかったけど、千明さんからの誘いに内心とんでもなく舞い上がった俺は、レポートなんてお構いなしに二つ返事で部屋まで向かった。 
 それから千明さんコレクションのゲームを色々とやって2時間が経ち、今はもう23時近い。
 同じ屋根の下にいるとはいえ、多忙な千明さんとふたりきりで過ごせるなんてかなりレアな出来事だった。このままずっと遊んでいたい気持ちは強かったけど、千明さんは立派な商社マンだ。自分のような気楽な学生とは違う。

 「千明さん、明日も仕事だろうし次で終わりに……」
 「わかった、わかった。これで最後にするから」

 労りのつもりでかけた声だったけど母親を鬱陶しがるような反応をされてしまって、俺は正解の声掛けは何だったかなとか考えた。
 結局それから3回戦遊んだところで、千明さんの方から「終わりにしよっか」と言い出した。
 やっとか、という気持ちとさみしい気持ちを抱えながら「そっすね」と返す。
 
 「あーあ、結局勝てなかったな」
 「1回は千明さん勝ったじゃないすか」
 「1回だけでしょ。トータルでは負けだよ。やっぱり10秒ハンデは無理か~」

 言いながら千明さんは大きく伸びをする。

 「ん……」

 口から漏れた吐息が妙に色っぽく感じて、俺は慌てて目をそらした。
 健全な大学生である俺は、恥ずかしいくらい些細なことでも下半身が重くなる。
 こんなこと千明さんにバレるわけにはいかないので、気持ちを落ち着かせようと素早く立ち上がった。

 「じゃ、俺部屋戻ります」
 「ちょっと待って」

 せっかく立ち上がったのに、千明に腕を掴まれた。
 この程度の接触でも心臓が跳ね上がる。
 
 「なんですか」

 心拍数のわりに落ち着いた声が出たなと自分で感心していると、

 「何か俺にしてほしいことないの?」
 「え、はい?」
 
 千明さんの発言に裏返った間抜けな声が出てしまう。
 しかし、恥ずかしがる暇もなく千明さんの言葉が頭をぐるぐると巡り、思考を占領してくる。
  
 「だから、何でも良いからなんかない?俺にしてほしいこと」
 「え、いや、えっと……」
 
 下からすくい上げるように見つめてくる千明さんに、俺の目は泳ぎまくっている。
 そろそろ0時になる部屋で千明さんにしてほしいことを突き詰めたら、下ネタしか出てこない。
 そもそもなんでこんなことを千明さんは提案しているんだ、と疑問と煩悩が駆け巡る。

 「どうしたんですか急に。俺誕生日でも何でもないっすよ」

 何とか軽い感じで聞くと、千明さんは俺の腕からパッと手を離して肩をすくめた。
 
 「俺、負けたら何でもやるって言ったでしょ」
 「……あー……」
 「だから、ほら。何か言ってみて」

 なるほど、確かにそんなことをマリカ中の千明さんが言っていたような気がする。
 軽口かと思っていたが、まさか本気だったとは。
 
 「いや、良いっすよ。冗談だと思ってましたし」

 煩悩をひた隠して、笑顔でそう答えた。
 
 「俺こう見えても金はまぁまぁあるよ。有名フレンチ食べたいとかでもいいし、ブランドもの欲しいとかでもいいし……」
 
 俺の言葉が聞こえてないかのように、一流商社マンが財力をちらつかせてくる。

 「いえ、本当に大丈夫ですから!ほら、もう0時過ぎてるし寝たほうがいいですよ」
 「ちょっと、巡」
 「俺はゲームできただけで十分なんで。おやすみなさい!」
 
 俺はそう言い放つと、足早に千明さんの部屋を後にした。
 気持ちに気づかれるわけにはいかないと、心臓を叩きながら、廊下を走った。
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