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フィル
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逸る気持ちを抑えてどうにか運転をした俺は、気付けば屋敷についていた。緊張しているのは俺だけのようで、助手席のバートさんはいつも通りの様子で車から降りる。
「お前の部屋とオレの部屋、どっちが近いっけ」
「オレの部屋は入ってすぐそこです。あ、ベッドは狭いですけど……」
「あ~確かに。前やったとき壊れそうだったよな。オレの部屋行くか」
その発言で前回の営みが鮮明に思い出されて俺は恥ずかしくなったが、バートさんは相変わらず世間話のテンションだった。ここは合わせて平然としようと邪念を払い、大きい歩幅に遅れないように追った途端、バートさんが突然立ち止まって俺は背中にぶつかった。
「っ!すみませ──」
「バート。フィルとどこに行くんだ」
聞こえた声に、俺の背筋は勝手に伸びた。
しゃがれた威圧的なその声は、敵対勢力から『鬼畜生』とあだ名される程度にはえげつないことをやっている、ドン・アポリナーレだ。挨拶しなければとバートさんの横に急いで出たが、バートさんが俺より先に会話を始めた。
「オレの部屋ですけど。てか、どこ行ってもいいじゃないですか」
「よくはない。ケジメをつけろと前にも言ったよな。忘れたのか」
面倒そうにバートさんが答える──こんなナメた態度を許されているのはバートさんだけだ──と、ドンは渋い顔をした。ケジメが何のことなのかわからないが、俺に関係することなのかと緊張で汗が出る。
何も答えずに黙っていたバートさんは、ここを退く気のない睨みを見せるドンに浅くため息を吐いた。
「……つけましたよ、一応」
肩をすくめたバートさんを見て、ドンは目を大きくした。意外と顔に書いてある。
「なんだ、ついに付き合ったのかお前ら」
「っ?!ッゲホ!え、ちょ、ゴホッ!」
意外と顔に書いたドンの言葉が意外過ぎて、俺は激しく咳き込んだ。
なんで、ドンが俺とバートさんの関係を当たり前のように認知してるんだ。バートさんがドンにこんなプライベートなことを話すとは思えない。ということはずっとドンには俺の気持ちがバレバレだったということか。そういうことなら恥ずかしくて死にたくなってきて、動揺と一緒に咽せ続けているとバートさんに肘打ちをされた。
「うるせーよ、フィル」
「す、すみませッ……!!」
「付き合ってんなら文句はない。だが、そう簡単には殺されねえように気をつけろよ」
「わかってますよ」
ジト目のバートさんに満足げに頷いたドンは、「あとで仕事の報告はしに来い」と言って庭に闊歩して去っていく。
「ったく、部下の関係に首突っ込んできやがって。暇かよ」
ドンが去った方にベッと舌を出したバートさんは、俺の腕を掴むと屋敷の玄関に入った。引っ張られるような状態のまま、俺はバートさんを見上げる。
「ドンは、オレがバートさんのこと好きなのを知ってたんですか……?」
「お前顔に出過ぎなんだよ。隠せてると思ってる方がおかしい」
「マ、マジですか……!?そんな、うわぁ……」
ということはバートさん自身も「こいつオレのことホント好きだな……」と毎度俺を見て呆れていたのか。なんだそれ、生き恥だ。表情は平然を装えていると思っていたのに。
俺が衝撃の事実に顔を手で覆って赤くなっていると、バートさんが立ち止まってドアを開けた。俺が恥ずかしがっている間に、部屋に到着したらしい。
「実際好きなんだからいいだろ別に」
「いやでも、それとこれとは──っ!」
──バタン。
ドアが閉まると同時に、バートさんは俺を壁際へ追い詰めた。大きくて分厚い身体が俺の逃げ場をなくす。
「喋るのやめて口開けろ。やりに来てんだこっちは」
「っ、はい……ッ……ん……」
返事の途中で顎を掴まれ、舌をねじ込まれた。熱い粘膜が触れ合って、久しぶりの感覚に高ぶりを覚える。食われるようなキスは、激しくも丁寧なものだった。気持ちが良くて、嬉しくて、どこかもどかしい。
ちゅ、とリップ音と共にバートさんが唇を離して、ネクタイを緩める。見つめていると、バートさんは片眉を上げてネクタイを床に捨てた。
「なにボーッと見てる。セックス初めてか?」
「いや、あの……舌、噛まないんですか」
「は?」
「前は、キスのたびに噛んでたから……」
甘噛と呼ぶには強いあの刺激。好き勝手にされて舌を差し出すしかなくなる時間が、今のキスにはなかった。
唇の唾液を拭ったバートさんは目を瞬いて、呆れたような笑っているような顔をした。
「優しくされるの嫌なのかよ」
「えっ。あ、違います……!」
うそ、俺に優しくしてくれてたんだ。
噛まなかった理由がわかると、もどかしいとか思っていたくせに途端に嬉しくなってしまって、俺は慌てて首を横に振った。
「嫌とか、そういうことではなくて!」
「でも噛まれたいんだろ?」
バートさんは俺の腕を掴んで、そのままベッドへとなだれ込ませた。大きくて重厚な寝具は、男ふたりが乗り上げても音を立てることはなかった。
「素直に言えよ。何してほしい」
バートさんは俺の手首に、視線をそらさず舌を這わせる。目を離せずにいると、歯を立てられて甲に犬歯が食い込んだ。
「!ぁ、バートさん……っ」
「感じてんだろ。痛みに」
違う。違うと思う。
バートさんにされたら、何でも感じてしまうだけだ。でも、それゆえバートさんに酷くされるのも好きなのだから、結局痛いのが好きということになってしまうのだろうか。
手の甲に赤く跡が残っているのを見て、ぞくぞくした。そこに背徳を感じるのは、それを付けた人のことを想うからだ。
「……バートさんに、なら。何されてもいいだけです……」
痛いのがいいわけではなくて、バートさんだからいい。
消えそうな声でそう言うと、バートさんはしばし動かなかった。気持ち悪いと思われたかと謝ろうとしたら、顔を引き寄せられて唇が重なって、すぐに舌を噛まれる。
「っ!ふ、……ッ…………んん」
走る痛みに、肩が震えて声が漏れた。でももっと欲しくて、品もなく自ら舌を出して請う。何度も噛まれるうちに下半身に血が集まって腰が動いてしまうと、バートさんはキスをやめて俺の下腹を押した。
「今言ったこと後悔しても責任取らねえからな」
俺は声もなく頷く。
シャツを脱ぎ捨てたバートさんが、俺に覆いかぶさってベルトに手をかけた。
「お前の部屋とオレの部屋、どっちが近いっけ」
「オレの部屋は入ってすぐそこです。あ、ベッドは狭いですけど……」
「あ~確かに。前やったとき壊れそうだったよな。オレの部屋行くか」
その発言で前回の営みが鮮明に思い出されて俺は恥ずかしくなったが、バートさんは相変わらず世間話のテンションだった。ここは合わせて平然としようと邪念を払い、大きい歩幅に遅れないように追った途端、バートさんが突然立ち止まって俺は背中にぶつかった。
「っ!すみませ──」
「バート。フィルとどこに行くんだ」
聞こえた声に、俺の背筋は勝手に伸びた。
しゃがれた威圧的なその声は、敵対勢力から『鬼畜生』とあだ名される程度にはえげつないことをやっている、ドン・アポリナーレだ。挨拶しなければとバートさんの横に急いで出たが、バートさんが俺より先に会話を始めた。
「オレの部屋ですけど。てか、どこ行ってもいいじゃないですか」
「よくはない。ケジメをつけろと前にも言ったよな。忘れたのか」
面倒そうにバートさんが答える──こんなナメた態度を許されているのはバートさんだけだ──と、ドンは渋い顔をした。ケジメが何のことなのかわからないが、俺に関係することなのかと緊張で汗が出る。
何も答えずに黙っていたバートさんは、ここを退く気のない睨みを見せるドンに浅くため息を吐いた。
「……つけましたよ、一応」
肩をすくめたバートさんを見て、ドンは目を大きくした。意外と顔に書いてある。
「なんだ、ついに付き合ったのかお前ら」
「っ?!ッゲホ!え、ちょ、ゴホッ!」
意外と顔に書いたドンの言葉が意外過ぎて、俺は激しく咳き込んだ。
なんで、ドンが俺とバートさんの関係を当たり前のように認知してるんだ。バートさんがドンにこんなプライベートなことを話すとは思えない。ということはずっとドンには俺の気持ちがバレバレだったということか。そういうことなら恥ずかしくて死にたくなってきて、動揺と一緒に咽せ続けているとバートさんに肘打ちをされた。
「うるせーよ、フィル」
「す、すみませッ……!!」
「付き合ってんなら文句はない。だが、そう簡単には殺されねえように気をつけろよ」
「わかってますよ」
ジト目のバートさんに満足げに頷いたドンは、「あとで仕事の報告はしに来い」と言って庭に闊歩して去っていく。
「ったく、部下の関係に首突っ込んできやがって。暇かよ」
ドンが去った方にベッと舌を出したバートさんは、俺の腕を掴むと屋敷の玄関に入った。引っ張られるような状態のまま、俺はバートさんを見上げる。
「ドンは、オレがバートさんのこと好きなのを知ってたんですか……?」
「お前顔に出過ぎなんだよ。隠せてると思ってる方がおかしい」
「マ、マジですか……!?そんな、うわぁ……」
ということはバートさん自身も「こいつオレのことホント好きだな……」と毎度俺を見て呆れていたのか。なんだそれ、生き恥だ。表情は平然を装えていると思っていたのに。
俺が衝撃の事実に顔を手で覆って赤くなっていると、バートさんが立ち止まってドアを開けた。俺が恥ずかしがっている間に、部屋に到着したらしい。
「実際好きなんだからいいだろ別に」
「いやでも、それとこれとは──っ!」
──バタン。
ドアが閉まると同時に、バートさんは俺を壁際へ追い詰めた。大きくて分厚い身体が俺の逃げ場をなくす。
「喋るのやめて口開けろ。やりに来てんだこっちは」
「っ、はい……ッ……ん……」
返事の途中で顎を掴まれ、舌をねじ込まれた。熱い粘膜が触れ合って、久しぶりの感覚に高ぶりを覚える。食われるようなキスは、激しくも丁寧なものだった。気持ちが良くて、嬉しくて、どこかもどかしい。
ちゅ、とリップ音と共にバートさんが唇を離して、ネクタイを緩める。見つめていると、バートさんは片眉を上げてネクタイを床に捨てた。
「なにボーッと見てる。セックス初めてか?」
「いや、あの……舌、噛まないんですか」
「は?」
「前は、キスのたびに噛んでたから……」
甘噛と呼ぶには強いあの刺激。好き勝手にされて舌を差し出すしかなくなる時間が、今のキスにはなかった。
唇の唾液を拭ったバートさんは目を瞬いて、呆れたような笑っているような顔をした。
「優しくされるの嫌なのかよ」
「えっ。あ、違います……!」
うそ、俺に優しくしてくれてたんだ。
噛まなかった理由がわかると、もどかしいとか思っていたくせに途端に嬉しくなってしまって、俺は慌てて首を横に振った。
「嫌とか、そういうことではなくて!」
「でも噛まれたいんだろ?」
バートさんは俺の腕を掴んで、そのままベッドへとなだれ込ませた。大きくて重厚な寝具は、男ふたりが乗り上げても音を立てることはなかった。
「素直に言えよ。何してほしい」
バートさんは俺の手首に、視線をそらさず舌を這わせる。目を離せずにいると、歯を立てられて甲に犬歯が食い込んだ。
「!ぁ、バートさん……っ」
「感じてんだろ。痛みに」
違う。違うと思う。
バートさんにされたら、何でも感じてしまうだけだ。でも、それゆえバートさんに酷くされるのも好きなのだから、結局痛いのが好きということになってしまうのだろうか。
手の甲に赤く跡が残っているのを見て、ぞくぞくした。そこに背徳を感じるのは、それを付けた人のことを想うからだ。
「……バートさんに、なら。何されてもいいだけです……」
痛いのがいいわけではなくて、バートさんだからいい。
消えそうな声でそう言うと、バートさんはしばし動かなかった。気持ち悪いと思われたかと謝ろうとしたら、顔を引き寄せられて唇が重なって、すぐに舌を噛まれる。
「っ!ふ、……ッ…………んん」
走る痛みに、肩が震えて声が漏れた。でももっと欲しくて、品もなく自ら舌を出して請う。何度も噛まれるうちに下半身に血が集まって腰が動いてしまうと、バートさんはキスをやめて俺の下腹を押した。
「今言ったこと後悔しても責任取らねえからな」
俺は声もなく頷く。
シャツを脱ぎ捨てたバートさんが、俺に覆いかぶさってベルトに手をかけた。
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