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男なのに?と続けて言いそうだったが、男が好きな男もいるかと思って急いで口を閉じた。しかし、フィクションでしか存在を知らないゲイを目の当たりにして、俺は反応に困った。何言っても失礼そうだし、失言したら殺される可能性が全然あるからだ。
しかし無反応なのもおかしいので、俺は横に座ったハナビに目を向けた。
「な、なるほど。つまりイズキさんが好き……だからあんなにブランドものを貢いでるんですか」
「はは、そうだね。イズキはブランドに興味なんてないんだけど、貢ぐくらいしか愛情表現できなくて。イズキの代わりに迷惑客を殺してあげたくても、行く度にそういう客がいるわけじゃないしさ」
「はぁ~、なるほどですね……」
地雷を踏みたくない一心で、何の意味もない相槌だけを打つ。迷惑客を殺すのは愛情表現だったんだ、というよくわからない求愛に反応することもできなかった。俺が次に何を言うべきか考えているうちに、ハナビは俺に近づいて顔を覗き込んでくる。
「須原くんってさ、私のこと男だと思ってるよな」
「え?ああ……って、なに……!?」
俺はハナビに手を掴まれ、胸元にその手を押し当てられていた。
「なんですか、いきな──」
言いかけて、俺は手が触る感触に黙った。
やわらかい。
胸筋という可能性も頭に過ったが、ハナビはスリム体型だし胸だけ筋肉がたくさんついているとは思えなかった。俺が触っているのは完全に胸だ、しかもノーブラの。
「え、これ、胸……」
「そう。私、女だよ。あ、複雑な事情があるとかじゃなくて、単純な女ね」
「え、え、ええ!?女!?ほんとに!?」
「新鮮な反応でいいね~。もう同業界のやつらは大抵知ってるから、そんなに驚かれたの久々だ。こんな見た目してるけど、女なんでよろしく」
そう言って笑うハナビはやはり男前の男にしか見えなかったが、こういうイケメンが女装すれば大抵美女に見えるものだし、元が男じゃなかっただけでそういうことかと自分に言い聞かせた。
(いや、どういうことだよ……)
頭はまだ混乱していたものの、女だとわかるとイズキのことが好きだというのが妙にしっくりきた。男女恋愛に慣れた脳は単純なものだ。
(ハナビは女でイズキのことが好き。ということはハナビがイズキと時間外にVIPで会ってるのは、そういう関係だからだよな)
あまり思い浮かべたくない想像が頭に浮かび、複雑な気持ちになっているとハナビが俺の顎を掴んだ。
「時間外にVIPに入るのはセックスしてるからだと思った?」
「っ、違うんですか」
ものすごく直球な質問に咽そうになりながら目を泳がせると、ハナビは肩を落として俺の顎を掴んだまま揺らす。
「イズキが私と寝てくれるわけないじゃないか。時間外にVIPに入ってエルムンドに金を落としてるだけだよ。時間外だと料金倍だからね。一生抱かせてくれないキャバ嬢にガチ恋してるおじさんのように、切ない思いをしながら金を使ってるんだ。それでも好きだから仕方ないんだけど」
「はえ~……大変ですね」
脈無しでもアタックをやめないハナビはすごいが、これだけ自分に都合よく動いてくれるハナビになびかないイズキもすごい。ゲイに迫られているわけではなく、れっきとした女が相手なのに。
「そうだろ?私は大変な相手を好きになってしまってるんだ。私の恋を助けると思って、イズキのエピソードがあったら今後色々と教えてくれ」
「俺イズキさんと全然交流ないんで、お役に立てるか……。ジウに聞いた方が絶対早いと思いますよ」
「ジウちゃんはなかなかお店に出てくれないからさ~!自由に店にも出さないなんて、ほんとイズキ過保護だよな。ジウちゃんが羨ましいよ、愛されてて」
ジウに対するイズキの対応が愛なのかは疑問だったが、ハナビの発言でふと聞いてみたいことが思い浮かんだ。
「そういえば、イズキさんとジウってどういう関係なんですか。ジウは子どもの頃イズキさんに拾われたとか言ってたんですけど……ほんとですか」
ジウにさらりと説明されたものの、捨てられた子どもを拾って育てるなんて現代社会であり得るのだろうかと信じがたかった。互助三家の説明を受けた今では、子どもが捨てられていたからといって育てる道徳心があるとも思えない。
「ああ、そう言われても信じられないよね。私も又聞きじゃ信じてないと思う。でも本当だよ。私はエルムンドの前に捨てられてたジウちゃんを、イズキと一緒に発見したから嘘じゃない」
「じゃあ本当に、ジウは母親の死体と……?」
「その通り。横たわる女の死体と座り込む男の子が店の前にいた。あの日は、イズキがエルムンドに左遷された日で、私が会いたがるとイズキは応じてくれて外で落ち合った。少し話して、もう店に行くと言うからついて行ったんだ。イズキの処分に納得してないやつが殺しに来るかもしれないからね。で、店に着いたら刺客じゃなくて、女の死体と男の子がいた。最初はイズキの女と隠し子が見せしめに殺られたのかと思ったけど、イズキは否定したよ。吉春も頼れる状態じゃなかったイズキは、とりあえず片付けると言って店に死体と男の子を運んだ」
「店は騒ぎになりませんか、殺人禁止になったイズキさんがいきなり死体と一緒なんて」
それこそ、イズキを陥れるための罠として死体が置かれていたのではないかと思った。
「エルムンドはイズキの左遷先になったせいで元いた従業員は全員解雇になっていたから、幸い店には誰もいなかったんだ。だから死体の処理はどうとでもなった。問題は生きてる子どもの方だ。私は殺すなら代わりにやると申し出たが、イズキは状況からしてむやみに殺すのはまずいと判断した。ほとぼりが冷めたら吉春に相談するとして、それまでジウちゃんの世話を見ることを決めた。結局吉春はジウちゃんを殺せとは言わず、『誰かに必要とされた方が人生にハリが出る』という理由でイズキがジウを育てることに好意的だったから、今日まであの子は生き延びている。反抗期を拗らせたジウちゃんが大暴れして店に勝手に出たのが3年くらい前で、店に出る前は『吉春がイズキに人間のペットを与えた』と言われ、彼が店に出てからは『イズキが愛人を店に出してる』と噂になったし未だに多くはそう思ってるよ」
愛人関係でないのは見ていればわかるが、ジウの顔の良さを見ればそういう相手だと言いたくなる外野の気持ちもわからんでもない。吉春があげたペットだという情報も、誤認を与えるには十分だ。
「拾った子ども相手にしては、イズキさんの束縛が強すぎませんか。ジウは外に出たがってるけど、許してもらえないみたいで」
「誰が何の目的かわからないけど、母親を殺してジウちゃんをエルムンドに放置したのは事実だ。外に出たら、身の危険があるのは目に見えている。だからイズキはジウちゃんを店から出さない。イズキは認めないだろうけど、なんだかんだ情が移ってるんだよ。愛ゆえの束縛」
しかし無反応なのもおかしいので、俺は横に座ったハナビに目を向けた。
「な、なるほど。つまりイズキさんが好き……だからあんなにブランドものを貢いでるんですか」
「はは、そうだね。イズキはブランドに興味なんてないんだけど、貢ぐくらいしか愛情表現できなくて。イズキの代わりに迷惑客を殺してあげたくても、行く度にそういう客がいるわけじゃないしさ」
「はぁ~、なるほどですね……」
地雷を踏みたくない一心で、何の意味もない相槌だけを打つ。迷惑客を殺すのは愛情表現だったんだ、というよくわからない求愛に反応することもできなかった。俺が次に何を言うべきか考えているうちに、ハナビは俺に近づいて顔を覗き込んでくる。
「須原くんってさ、私のこと男だと思ってるよな」
「え?ああ……って、なに……!?」
俺はハナビに手を掴まれ、胸元にその手を押し当てられていた。
「なんですか、いきな──」
言いかけて、俺は手が触る感触に黙った。
やわらかい。
胸筋という可能性も頭に過ったが、ハナビはスリム体型だし胸だけ筋肉がたくさんついているとは思えなかった。俺が触っているのは完全に胸だ、しかもノーブラの。
「え、これ、胸……」
「そう。私、女だよ。あ、複雑な事情があるとかじゃなくて、単純な女ね」
「え、え、ええ!?女!?ほんとに!?」
「新鮮な反応でいいね~。もう同業界のやつらは大抵知ってるから、そんなに驚かれたの久々だ。こんな見た目してるけど、女なんでよろしく」
そう言って笑うハナビはやはり男前の男にしか見えなかったが、こういうイケメンが女装すれば大抵美女に見えるものだし、元が男じゃなかっただけでそういうことかと自分に言い聞かせた。
(いや、どういうことだよ……)
頭はまだ混乱していたものの、女だとわかるとイズキのことが好きだというのが妙にしっくりきた。男女恋愛に慣れた脳は単純なものだ。
(ハナビは女でイズキのことが好き。ということはハナビがイズキと時間外にVIPで会ってるのは、そういう関係だからだよな)
あまり思い浮かべたくない想像が頭に浮かび、複雑な気持ちになっているとハナビが俺の顎を掴んだ。
「時間外にVIPに入るのはセックスしてるからだと思った?」
「っ、違うんですか」
ものすごく直球な質問に咽そうになりながら目を泳がせると、ハナビは肩を落として俺の顎を掴んだまま揺らす。
「イズキが私と寝てくれるわけないじゃないか。時間外にVIPに入ってエルムンドに金を落としてるだけだよ。時間外だと料金倍だからね。一生抱かせてくれないキャバ嬢にガチ恋してるおじさんのように、切ない思いをしながら金を使ってるんだ。それでも好きだから仕方ないんだけど」
「はえ~……大変ですね」
脈無しでもアタックをやめないハナビはすごいが、これだけ自分に都合よく動いてくれるハナビになびかないイズキもすごい。ゲイに迫られているわけではなく、れっきとした女が相手なのに。
「そうだろ?私は大変な相手を好きになってしまってるんだ。私の恋を助けると思って、イズキのエピソードがあったら今後色々と教えてくれ」
「俺イズキさんと全然交流ないんで、お役に立てるか……。ジウに聞いた方が絶対早いと思いますよ」
「ジウちゃんはなかなかお店に出てくれないからさ~!自由に店にも出さないなんて、ほんとイズキ過保護だよな。ジウちゃんが羨ましいよ、愛されてて」
ジウに対するイズキの対応が愛なのかは疑問だったが、ハナビの発言でふと聞いてみたいことが思い浮かんだ。
「そういえば、イズキさんとジウってどういう関係なんですか。ジウは子どもの頃イズキさんに拾われたとか言ってたんですけど……ほんとですか」
ジウにさらりと説明されたものの、捨てられた子どもを拾って育てるなんて現代社会であり得るのだろうかと信じがたかった。互助三家の説明を受けた今では、子どもが捨てられていたからといって育てる道徳心があるとも思えない。
「ああ、そう言われても信じられないよね。私も又聞きじゃ信じてないと思う。でも本当だよ。私はエルムンドの前に捨てられてたジウちゃんを、イズキと一緒に発見したから嘘じゃない」
「じゃあ本当に、ジウは母親の死体と……?」
「その通り。横たわる女の死体と座り込む男の子が店の前にいた。あの日は、イズキがエルムンドに左遷された日で、私が会いたがるとイズキは応じてくれて外で落ち合った。少し話して、もう店に行くと言うからついて行ったんだ。イズキの処分に納得してないやつが殺しに来るかもしれないからね。で、店に着いたら刺客じゃなくて、女の死体と男の子がいた。最初はイズキの女と隠し子が見せしめに殺られたのかと思ったけど、イズキは否定したよ。吉春も頼れる状態じゃなかったイズキは、とりあえず片付けると言って店に死体と男の子を運んだ」
「店は騒ぎになりませんか、殺人禁止になったイズキさんがいきなり死体と一緒なんて」
それこそ、イズキを陥れるための罠として死体が置かれていたのではないかと思った。
「エルムンドはイズキの左遷先になったせいで元いた従業員は全員解雇になっていたから、幸い店には誰もいなかったんだ。だから死体の処理はどうとでもなった。問題は生きてる子どもの方だ。私は殺すなら代わりにやると申し出たが、イズキは状況からしてむやみに殺すのはまずいと判断した。ほとぼりが冷めたら吉春に相談するとして、それまでジウちゃんの世話を見ることを決めた。結局吉春はジウちゃんを殺せとは言わず、『誰かに必要とされた方が人生にハリが出る』という理由でイズキがジウを育てることに好意的だったから、今日まであの子は生き延びている。反抗期を拗らせたジウちゃんが大暴れして店に勝手に出たのが3年くらい前で、店に出る前は『吉春がイズキに人間のペットを与えた』と言われ、彼が店に出てからは『イズキが愛人を店に出してる』と噂になったし未だに多くはそう思ってるよ」
愛人関係でないのは見ていればわかるが、ジウの顔の良さを見ればそういう相手だと言いたくなる外野の気持ちもわからんでもない。吉春があげたペットだという情報も、誤認を与えるには十分だ。
「拾った子ども相手にしては、イズキさんの束縛が強すぎませんか。ジウは外に出たがってるけど、許してもらえないみたいで」
「誰が何の目的かわからないけど、母親を殺してジウちゃんをエルムンドに放置したのは事実だ。外に出たら、身の危険があるのは目に見えている。だからイズキはジウちゃんを店から出さない。イズキは認めないだろうけど、なんだかんだ情が移ってるんだよ。愛ゆえの束縛」
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