31 / 45
30
しおりを挟む
「っ、うそ、え、ホントですか……!?」
吉春を殺そうとした。そう聞いて、すぐには信じられなかった。
「ほんとだよ。よほどの雑魚以外はみんな知ってる、公の秘密ってやつ」
俺は口を開けたまま固まった。吉春は店に来た時イズキを疑う仕草は見せていたものの、終始ふたりの仲は良好に見えた。殺そうとした部下と、殺されなかった上司という関係とは思えない。
「イズキには殺しの才能があるんだ。どんな状況でも命を奪う、その力は互助の中でも一級品と言われていた。そんなイズキを吉春は長年可愛がり自分の腹心としていた。イズキが対立派閥に入ったら面倒な人材だからという見方もあるが、おそらく吉春はイズキを素で気に入っていた。そして自分が当主となって即日、イズキと養子縁組をして己の後継者とした」
「え、養子縁組?」
今の話と無縁そうな言葉が出てきてつい繰り返した俺に、ハナビは「そう、養子縁組」とさらに繰り返した。
「ヤクザって盃交わして疑似親子関係になるだろ?盃の代わりに養子縁組をして本当の親子関係になるのが互助三家。元々ヤクザだったやつらが煮詰まったのが三家だから、ヤクザよりやりすぎな慣例が多くてね。指詰めの代わりに舌抜きがあったり報復で皆殺しにして死体でオブジェ作ったり、まぁ色々と過激で今じゃヤクザも関わりたがらない」
ヤクザが恐怖する過激派組織。
確か、以前そんな噂を聞いたことがあった。ヤクザが蔓延る新宿で、ヤクザは手を出せない領域があると言われていた。堅気もヤクザも見境なく殺す組織が存在し、その組織は人を自在に自殺させるとかパーティーで胎児を食べているとか、関係者に近づいただけで拉致され行方不明になったやつがたくさんいるとか、色々と言われていた。
(都市伝説だと思ってたけど、本当に存在してんのかよ……)
当時この噂を鼻で笑っていた俺は、かなり幸せ者だったと実感してかなり嫌になる。
「血縁関係にない当主と次期当主が戸籍上親子関係になることで代を引き継ぐという掟があるから、わざわざ養子縁組をしないといけない。一族経営は組織を腐らせるという考えのもと、当主の血縁に継がせることは禁止だ。そもそも大事な存在は弱みに直結するから、子供なんていても一生隠し通して表に出さないけどね。ということで三家では、コネも何もない、ただひたすら当主に気に入られ、その上で跡目争いを生き残る強靭な人間だけが次期当主に選ばれる」
「同じ家で……仲間内でも殺し合ったりするんですか」
「するする。養子縁組までやった子を殺そうとするのはNGだけど、そうじゃなきゃお咎めなしだ。有力者のお気に入りを殺せば自分が次選ばれる可能性が上がるから、贔屓は常に死の危険がある。それを生き抜いて地位を獲得していたのに、ある日イズキは吉春に刃物を向けてしまって左遷となった」
「いや、なんでそんなこと……。だってそれなら、今でも吉春さんとイズキさんが仲良さそうなのは、どういうことですか。意味不明ですよ」
「本来、親子間での殺しは絶対に許されない。どこかの家で親殺しまたは子殺しが起こった場合、他二家含め誰でも見せしめとして仕掛けた側を殺していいことになっている。でも吉春はその原則を『未遂だから』という甘い理由で反故にし、正当防衛以外の殺しを禁じるという条件付きでイズキをエルムンドに左遷しただけで許した。イズキが吉春にとんでもなく気に入られているからこれで済んだと思われているし、実際この大甘な処分のせいで飛龍はイズキのことが大嫌いなんだけど、私は何か違う事情があると思ってる」
イズキに食って掛かる飛龍が思い出される。ボスが自分よりも可愛がっている男というだけでムカつくんだろうが、その男が元々ボスを殺そうとした上で許されているとなれば、あの高圧的な態度も多少理解できた。
「何か違う事情……」
「それはわからないけどね。情報屋の私になんにも流れてこないんだから、当事者ふたりしか知りえない事情があるんだろう」
ハナビは肩をすくめてホワイトボードに向き合い、双岩の下に『三尊』『赦鶯』、美好の下に『王道』『月見』と書いた。
「さて、志倉以外の家についても紹介しようか。双岩の当主は三尊。互助三家用のクラブや風俗を経営していて、もうかなり老人だが何かときな臭い金持ちだ。次期当主は赦鶯。こいつは中国系で、つい最近元々子だったやつが死んで代わりに選ばれた若手。美好の当主は王道。志倉の寝首をかこうと手をこまねいている代表で、三家で最も暴力的だ。王道と吉春は互いに次期当主だった頃から対立し続けている。次期当主は月見。堅気の学生だった頃に王道にスカウトされて美好に入った逸材だ。まぁとりあえず全員ヤバいから、須原くんが長生きしたいなら極力関わらない方がいいよ」
「はぁなるほど……店に来ないでほしいですね……」
俺がどんよりと答えると、ハナビが「いつ抗争始まってもおかしくないから、エルムンドはこれから荒れると思うよ」と笑って肩を叩いてくる。笑いごとではない。
「私はイズキ目当てで来てるだけなのに、三家から妙に勘ぐられて面倒臭いし。疑心暗鬼だよ、みんな」
「ハナビさんが店に来るのって、イズキさんに何か仕事の話があるからですか」
「いや仕事話なんて全然。イズキのことが好きだから会いたいだけだよ」
「えっ」
吉春を殺そうとした。そう聞いて、すぐには信じられなかった。
「ほんとだよ。よほどの雑魚以外はみんな知ってる、公の秘密ってやつ」
俺は口を開けたまま固まった。吉春は店に来た時イズキを疑う仕草は見せていたものの、終始ふたりの仲は良好に見えた。殺そうとした部下と、殺されなかった上司という関係とは思えない。
「イズキには殺しの才能があるんだ。どんな状況でも命を奪う、その力は互助の中でも一級品と言われていた。そんなイズキを吉春は長年可愛がり自分の腹心としていた。イズキが対立派閥に入ったら面倒な人材だからという見方もあるが、おそらく吉春はイズキを素で気に入っていた。そして自分が当主となって即日、イズキと養子縁組をして己の後継者とした」
「え、養子縁組?」
今の話と無縁そうな言葉が出てきてつい繰り返した俺に、ハナビは「そう、養子縁組」とさらに繰り返した。
「ヤクザって盃交わして疑似親子関係になるだろ?盃の代わりに養子縁組をして本当の親子関係になるのが互助三家。元々ヤクザだったやつらが煮詰まったのが三家だから、ヤクザよりやりすぎな慣例が多くてね。指詰めの代わりに舌抜きがあったり報復で皆殺しにして死体でオブジェ作ったり、まぁ色々と過激で今じゃヤクザも関わりたがらない」
ヤクザが恐怖する過激派組織。
確か、以前そんな噂を聞いたことがあった。ヤクザが蔓延る新宿で、ヤクザは手を出せない領域があると言われていた。堅気もヤクザも見境なく殺す組織が存在し、その組織は人を自在に自殺させるとかパーティーで胎児を食べているとか、関係者に近づいただけで拉致され行方不明になったやつがたくさんいるとか、色々と言われていた。
(都市伝説だと思ってたけど、本当に存在してんのかよ……)
当時この噂を鼻で笑っていた俺は、かなり幸せ者だったと実感してかなり嫌になる。
「血縁関係にない当主と次期当主が戸籍上親子関係になることで代を引き継ぐという掟があるから、わざわざ養子縁組をしないといけない。一族経営は組織を腐らせるという考えのもと、当主の血縁に継がせることは禁止だ。そもそも大事な存在は弱みに直結するから、子供なんていても一生隠し通して表に出さないけどね。ということで三家では、コネも何もない、ただひたすら当主に気に入られ、その上で跡目争いを生き残る強靭な人間だけが次期当主に選ばれる」
「同じ家で……仲間内でも殺し合ったりするんですか」
「するする。養子縁組までやった子を殺そうとするのはNGだけど、そうじゃなきゃお咎めなしだ。有力者のお気に入りを殺せば自分が次選ばれる可能性が上がるから、贔屓は常に死の危険がある。それを生き抜いて地位を獲得していたのに、ある日イズキは吉春に刃物を向けてしまって左遷となった」
「いや、なんでそんなこと……。だってそれなら、今でも吉春さんとイズキさんが仲良さそうなのは、どういうことですか。意味不明ですよ」
「本来、親子間での殺しは絶対に許されない。どこかの家で親殺しまたは子殺しが起こった場合、他二家含め誰でも見せしめとして仕掛けた側を殺していいことになっている。でも吉春はその原則を『未遂だから』という甘い理由で反故にし、正当防衛以外の殺しを禁じるという条件付きでイズキをエルムンドに左遷しただけで許した。イズキが吉春にとんでもなく気に入られているからこれで済んだと思われているし、実際この大甘な処分のせいで飛龍はイズキのことが大嫌いなんだけど、私は何か違う事情があると思ってる」
イズキに食って掛かる飛龍が思い出される。ボスが自分よりも可愛がっている男というだけでムカつくんだろうが、その男が元々ボスを殺そうとした上で許されているとなれば、あの高圧的な態度も多少理解できた。
「何か違う事情……」
「それはわからないけどね。情報屋の私になんにも流れてこないんだから、当事者ふたりしか知りえない事情があるんだろう」
ハナビは肩をすくめてホワイトボードに向き合い、双岩の下に『三尊』『赦鶯』、美好の下に『王道』『月見』と書いた。
「さて、志倉以外の家についても紹介しようか。双岩の当主は三尊。互助三家用のクラブや風俗を経営していて、もうかなり老人だが何かときな臭い金持ちだ。次期当主は赦鶯。こいつは中国系で、つい最近元々子だったやつが死んで代わりに選ばれた若手。美好の当主は王道。志倉の寝首をかこうと手をこまねいている代表で、三家で最も暴力的だ。王道と吉春は互いに次期当主だった頃から対立し続けている。次期当主は月見。堅気の学生だった頃に王道にスカウトされて美好に入った逸材だ。まぁとりあえず全員ヤバいから、須原くんが長生きしたいなら極力関わらない方がいいよ」
「はぁなるほど……店に来ないでほしいですね……」
俺がどんよりと答えると、ハナビが「いつ抗争始まってもおかしくないから、エルムンドはこれから荒れると思うよ」と笑って肩を叩いてくる。笑いごとではない。
「私はイズキ目当てで来てるだけなのに、三家から妙に勘ぐられて面倒臭いし。疑心暗鬼だよ、みんな」
「ハナビさんが店に来るのって、イズキさんに何か仕事の話があるからですか」
「いや仕事話なんて全然。イズキのことが好きだから会いたいだけだよ」
「えっ」
10
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける
気ままに
ホラー
家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!
しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!
もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!
てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。
ネタバレ注意!↓↓
黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。
そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。
そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……
"P-tB"
人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……
何故ゾンビが生まれたか……
何故知性あるゾンビが居るのか……
そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる