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「っ、うそ、え、ホントですか……!?」

 吉春を殺そうとした。そう聞いて、すぐには信じられなかった。

「ほんとだよ。よほどの雑魚以外はみんな知ってる、公の秘密ってやつ」

 俺は口を開けたまま固まった。吉春は店に来た時イズキを疑う仕草は見せていたものの、終始ふたりの仲は良好に見えた。殺そうとした部下と、殺されなかった上司という関係とは思えない。

「イズキには殺しの才能があるんだ。どんな状況でも命を奪う、その力は互助の中でも一級品と言われていた。そんなイズキを吉春は長年可愛がり自分の腹心としていた。イズキが対立派閥に入ったら面倒な人材だからという見方もあるが、おそらく吉春はイズキを素で気に入っていた。そして自分が当主となって即日、イズキと養子縁組をして己の後継者とした」
「え、養子縁組?」

 今の話と無縁そうな言葉が出てきてつい繰り返した俺に、ハナビは「そう、養子縁組」とさらに繰り返した。

「ヤクザって盃交わして疑似親子関係になるだろ?盃の代わりに養子縁組をして本当の親子関係になるのが互助三家。元々ヤクザだったやつらが煮詰まったのが三家だから、ヤクザよりやりすぎな慣例が多くてね。指詰めの代わりに舌抜きがあったり報復で皆殺しにして死体でオブジェ作ったり、まぁ色々と過激で今じゃヤクザも関わりたがらない」

 ヤクザが恐怖する過激派組織。
 確か、以前そんな噂を聞いたことがあった。ヤクザが蔓延る新宿で、ヤクザは手を出せない領域があると言われていた。堅気もヤクザも見境なく殺す組織が存在し、その組織は人を自在に自殺させるとかパーティーで胎児を食べているとか、関係者に近づいただけで拉致され行方不明になったやつがたくさんいるとか、色々と言われていた。

(都市伝説だと思ってたけど、本当に存在してんのかよ……)

 当時この噂を鼻で笑っていた俺は、かなり幸せ者だったと実感してかなり嫌になる。

「血縁関係にない当主と次期当主が戸籍上親子関係になることで代を引き継ぐという掟があるから、わざわざ養子縁組をしないといけない。一族経営は組織を腐らせるという考えのもと、当主の血縁に継がせることは禁止だ。そもそも大事な存在は弱みに直結するから、子供なんていても一生隠し通して表に出さないけどね。ということで三家では、コネも何もない、ただひたすら当主に気に入られ、その上で跡目争いを生き残る強靭な人間だけが次期当主に選ばれる」
「同じ家で……仲間内でも殺し合ったりするんですか」
「するする。養子縁組までやった子を殺そうとするのはNGだけど、そうじゃなきゃお咎めなしだ。有力者のお気に入りを殺せば自分が次選ばれる可能性が上がるから、贔屓は常に死の危険がある。それを生き抜いて地位を獲得していたのに、ある日イズキは吉春に刃物を向けてしまって左遷となった」
「いや、なんでそんなこと……。だってそれなら、今でも吉春さんとイズキさんが仲良さそうなのは、どういうことですか。意味不明ですよ」
「本来、親子間での殺しは絶対に許されない。どこかの家で親殺しまたは子殺しが起こった場合、他二家含め誰でも見せしめとして仕掛けた側を殺していいことになっている。でも吉春はその原則を『未遂だから』という甘い理由で反故にし、正当防衛以外の殺しを禁じるという条件付きでイズキをエルムンドに左遷しただけで許した。イズキが吉春にとんでもなく気に入られているからこれで済んだと思われているし、実際この大甘な処分のせいで飛龍はイズキのことが大嫌いなんだけど、私は何か違う事情があると思ってる」

 イズキに食って掛かる飛龍が思い出される。ボスが自分よりも可愛がっている男というだけでムカつくんだろうが、その男が元々ボスを殺そうとした上で許されているとなれば、あの高圧的な態度も多少理解できた。

「何か違う事情……」
「それはわからないけどね。情報屋の私になんにも流れてこないんだから、当事者ふたりしか知りえない事情があるんだろう」

 ハナビは肩をすくめてホワイトボードに向き合い、双岩の下に『三尊さんぞん』『赦鶯シャオウ』、美好の下に『王道おうどう』『月見つきみ』と書いた。

「さて、志倉以外の家についても紹介しようか。双岩の当主は三尊。互助三家用のクラブや風俗を経営していて、もうかなり老人だが何かときな臭い金持ちだ。次期当主は赦鶯。こいつは中国系で、つい最近元々子だったやつが死んで代わりに選ばれた若手。美好の当主は王道。志倉の寝首をかこうと手をこまねいている代表で、三家で最も暴力的だ。王道と吉春は互いに次期当主だった頃から対立し続けている。次期当主は月見。堅気の学生だった頃に王道にスカウトされて美好に入った逸材だ。まぁとりあえず全員ヤバいから、須原くんが長生きしたいなら極力関わらない方がいいよ」
「はぁなるほど……店に来ないでほしいですね……」

 俺がどんよりと答えると、ハナビが「いつ抗争始まってもおかしくないから、エルムンドはこれから荒れると思うよ」と笑って肩を叩いてくる。笑いごとではない。

「私はイズキ目当てで来てるだけなのに、三家から妙に勘ぐられて面倒臭いし。疑心暗鬼だよ、みんな」
「ハナビさんが店に来るのって、イズキさんに何か仕事の話があるからですか」
「いや仕事話なんて全然。イズキのことが好きだから会いたいだけだよ」
「えっ」
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