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    静かだが、有無を言わせない言い方だった。新坂は瀬戸から目が離せなかった。

「最初は新坂さんとの関係が崩れてしまうから、俺は心のどこかで願いを叶えたくないのかもしれないって思ったんです。でも……それだけじゃなくて」

    少しの間があった。
    静寂の中で自分の心音ばかり聞こえて、新坂は唾を飲んだ。

「俺たちが終わってしまったあと。そのあといつか、新坂さんは誰かと──俺の知らない誰かと幸せになるんだって気付いて」

    瀬戸はもどかしそうに眉を寄せる。

「それがどうしても、嫌でした」

    新坂の頭には、瀬戸が何を伝えようとしているのかが浮かび始めていた。でもまさか信じがたくて困惑が広がって、同時に捨てるはずだった期待が胸を占めていく。

「嫌って、なんで……」

    そんなことをここで聞くのは、馬鹿げていたかもしれなかった。それでも新坂は聞かずにはいられなかった。緊張で痛む心臓が、表情を和らげた瀬戸に見つめられて一際跳ねた。

「あなたと幸せになるのは俺がいいから」

    言われて、新坂は時が止まったように動けなかった。

「新坂さんには、俺と一緒に幸せになってほしいんだって。やっと、わかったんです」

    瀬戸に手を握られて、視界が滲み始める。

(あぁ、こんなの、夢かもしれない)

    息を吸ったら唇が震えて、新坂は口元を手で押さえた。瀬戸が覗き込むように顔を近づけて、手を握る力を強める。

「新坂さん。あなたが好きです」

    もう涙で瀬戸の顔がよく見えなかった。好きな人を見たくて目を擦っても、後から涙が溢れていく。

「俺にあなたを大切にさせてください」

    何か言いたくても、息が詰まって上手く言葉にできない。

「俺とちゃんと恋人になってください」

    新坂は言葉の代わりに何度も頷いた。

「恋人ごっこなんて、終わりです」

    抱き締められて、瀬戸の胸元に顔を押し付けた。頬を伝う涙が瀬戸のシャツに染みる。宥めるように背中を撫でられて、新坂はやっと嗚咽ではない呼吸をした。

「ね、ほんとにっ……?」
「はい」

    瀬戸の穏やかな返事を受けて、現実なんだと新坂は思った。いきなり手に入った幸福は、まだ実感がない。でも、新坂は今誰よりも幸せだった。

「反省してるんです。俺がもっと早く自分の気持ちに気付こうとしてれば──」
「そんなの、気にしないでよ。俺今、すごいうれしいから」

    きっと酷い顔になっているだろうけど、新坂は泣き笑いで瀬戸の胸元から顔を上げた。優しく新坂の涙を拭った瀬戸は、目元が少し赤くなっている。新坂が真似するように目元に触れようとしたら、ハッと瀬戸の目が見開かれた。

「あっ。渡すの忘れてた」
「え?」

    新坂も目を見開くと、「ちょっと、ちょっと待っててください」と瀬戸は慌てた様子でキッチンに消えた。何だろうと予想する時間もなく、後ろ手に何か隠した瀬戸が戻ってくる。

「本当は今日、新坂さんがうちに来たらすぐにちゃんと告白しようって思ってたんですけど」

    新坂の前に立って、瀬戸は少し照れ臭そうにしている。

「でも新坂さん、思ったより早く来て焦っちゃって。そのままタイミング逃してたら、その……今日するかって聞かれてびっくりして」

    ドラマを観ている間中、いや見終わった後にまであった瀬戸の緊張感は、告白をどう切り出すか迷っていたからだったのか。そんな純粋な緊張だったのに、無粋なことを聞いてしまった自分を新坂は恥じた。新坂が恥じているうちに、瀬戸はラグに膝をついて咳払いをした。

「とにかく、これを受け取ってください」

    瀬戸が差し出したのは、赤い薔薇の花束だった。

「わ、きれい」

    新坂が驚いて受け取ると、

「告白と言えば、薔薇って決まってますから。……いや初めてやりましたけど」

    照れ隠しなのか、瀬戸はソファに座りながらそう続ける。そんな柄じゃないのに、ドラマのようなシチュエーションをやろうとしていた瀬戸が可愛くて新坂は笑顔を抑えられなかった。

「ふっ、ははっ。告白で花束、初めて貰っちゃった」
「気に入ってくれました?」
「もちろん。大事にする」

    瀬戸は目を細めて、新坂を見つめた。そのまま顔を寄せ合ってキスをして、初めてではないのに初めてのように感じた。まごうことのない幸せがそこにあった。
    唇を離しただけの距離で、瀬戸の手が頬に触れる。

「……新坂さん。いい?」
「うん……いいよ」

    新坂がはにかんで答えると、瀬戸は花束ごと抱き締めるようにして新坂に唇を重ねた。
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