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「真澄とさ、付き合ってる?」

    その問いは、認めることも認めないこともできた。
    どう答えても嘘ではなかった。
    でも、認めても認めなくても新坂を悲しませる気がして、瀬戸は何も言えなかった。

「別になんの証拠もないよ」

    黙る瀬戸を見て、笹川は肩をすくめて緩く笑う。瀬戸と新坂が付き合っていると、笹川は疑っているのではない。そうだと、わかっているのだ。笹川の落ち着いた口調と態度が、そう物語っていた。

「本当は2人が付き合ってても、言及するつもりなんてなかった。でも付き合ってるにしては、真澄が楽しんでなさそうなのが気になっちゃってさ」

    笹川の言葉に、瀬戸は胸がざわつく。笹川は目線を床に落として、何か考えるように口元に手を添えた。

「……いや、違うな。楽しんでないって言うか、楽しいのすぐ後ろに悲しさがくっついてる感じがするんだよ」
「それは……あの」

(恋人だけど、本当は恋人じゃないから)

    胸のうちだけで答えて、瀬戸は息を吐くに留めた。笹川には新坂が寂しそうに見えていると知って、自分が見ている笑顔の新坂は『新坂が見せている部分』なのだと察した。

「笹川さんは……確かめたくて聞いてるんですか」

    瀬戸は自分の何倍も新坂を理解している笹川に、何を言っても見透かされる気がしていた。

「いや、ごめん。無理に答えさせたいわけじゃなくて」

    笹川はホールドアップのように両手を上げ、「んー、そうだな」と呟く。

「真面目な話って言ったけど、俺の真面目な独り言だと思って聞いてくれ」

    瀬戸が頷くと笹川は薄く微笑んでから、

「俺がこの話を始めたのは、瀬戸にお願いしたいことがあったから」

    瀬戸を見据えた。

「もし、同情で真澄の相手してるならやめてほしくて」
「え?」
「経緯は知らないし、真澄が望んだことなのかもしれないけど、そんなの不幸だから」

    瀬戸は自分が新坂に同情してるかなんて考えたことがなくて、でもそれなら自分の気持ちは何なのかも考えたことがないのを思い知らされていた。直視せず曖昧にしていた感情の柔らかい部分が、笹川に掴まれて目の前に引きずり出されていた。

「同情と愛情って似てるようで、俺は全然違うと思ってて。なんていうか、『幸せにしてあげたい』とか『幸せになってほしい』は同情する側の気持ちっていうかさ」

    独り言と宣言した通り、笹川は瀬戸が返答せずとも話し続けた。

「本当に愛してるなら『一緒に幸せになりたい』って。そう思うんじゃないの」
「一緒に……」

    瀬戸は無意識に言葉にして、額に手を置く。笹川は静かに瀬戸を見つめていた。

「……真澄が、お前のこと好きなんでしょ」

    瀬戸は笹川をゆっくり見返した。
    無言の肯定、というだけではなく、お前はどうなんだと言ってくるもう1人の自分が、瀬戸に何も言わせなかった。

「もうずっと、そうなんだろうなって思ってた」

    笹川は少し、遠くを見るように言った。
    もうずっと。
    瀬戸が知る由もなかった新坂の気持ちは、それほど前からあるものだったらしい。

「瀬戸はさ。真澄のことをどう思ってて、どうなりたいの」

    責めるでも、怒るでも、悲しむでもない、意志のある問いだった。隙間に沁みるようで、瀬戸は自分の胸元を掴んでいた。

「あーあ、なっがい独り言になっちゃった。付き合わせて悪かったな」

    笹川は空気を変えるようにそう言って立ち上がると、瀬戸を見た。瀬戸が「いえ」と答えると、笹川はそれ以上何も言わず何も聞かずに部屋を出ていった。
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