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好きで、こじらせて、どうしようもなくなっていた相手に『恋人同士として過ごす』という提案をされて、断れる人がいるんだろうか。
新坂は何か言うつもりで開いていた口を、まだ何も言葉が出てこないので閉じた。何も言えないままでいるうちに「新坂さんの願いを叶えるとして」と瀬戸が続ける。
「せめて、段階踏んでちゃんとしたいです」
新坂の隣に座った時の瀬戸とは、何かが違った。彼の中で何かが決まった顔だった。
「段階って」
新坂はやっと聞き返して、同時に言葉の意味を考える。
「だから、普通の恋人みたいにちゃんと」
「まさか、手繋いでキスしてからにしようって意味で言ってる?」
「そうです」
瀬戸はふざけた様子などなく、至って真面目に頷いた。
「ちょ、ちょっと待って」
新坂は予想外の展開に、先程までとは違う感情で目を泳がせた。
「そんな恋人ごっこ、ユキトくんになんの得もないよ」
「得があるとかないとか、そういうのは関係ないです」
新坂をしっかりと見据えて答えた瀬戸は、持ったままだった花束に視線を落とす。
「いきなり寝て、それで割り切って終わりって、そんなの……あんまりじゃないですか」
大切なものを扱うように、瀬戸は花束をそっとテーブルに置いた。ラベンダーが揺れて、香りが新坂まで届く。
「……もっと。新坂さんはもっと、自分のこと大切にしてください。安売りしていい存在じゃないです」
身勝手な行いをした上に身勝手な願いを言ったのに、悲しげに労ってもらえるなんて新坂は思っていなかった。どこまでも優しく、依存したくなってしまうような魅力が滲む瀬戸を見つめると、彼は窺うように新坂に顔を向けた。
「俺の案、ダメですか。嫌だったら考え直します」
「いや、その。俺としては、ユキトくんがホントにそれでいいなら……」
本当に恋人ごっこをしてくれるなら。
新坂に瀬戸の気持ちを慮る必要はあっても、この提案を断る理由はない。
「全然ダメでも、嫌でも、ないけど」
新坂が半信半疑で歯切れ悪く言うと、瀬戸は微笑んだ。キスしてしまったあの夜から、瀬戸に纏わりついていたぎこちなさが消えていた。
「じゃあ今から俺たちは恋人です。よろしくお願いします」
宣言と共に手を差し出される。新坂は意図を図りかねて、握手でもするのかと思い付いて掴むと「違います」と瀬戸に手を握り直された。
「ひとまず、これで手は繋げました」
「え、うん」
恋人繋ぎのようにされた手を見て、新坂は目を瞬いた。
新坂には、まだこれが現実なのかよくわからなかった。現実であることを確かめるために弱く握ると、強く握り返される。
「雨、そろそろやむといいですね」
「あ、うん。そうだね」
「そういえば花屋ってどこにあるんですか?」
「えっと、ここから歩いて3分くらいのところに──」
何事もなかったかのように自然に会話が始まって、以前のように他愛のないことをただ話した。始まったこの関係がどうなるのか、まだ何もわからない。それでも今、新坂は瀬戸と普通に話せることがただ嬉しかった。
瀬戸は仕事の時間が来るまで、ずっと新坂と手を繋いでいてくれた。
新坂は何か言うつもりで開いていた口を、まだ何も言葉が出てこないので閉じた。何も言えないままでいるうちに「新坂さんの願いを叶えるとして」と瀬戸が続ける。
「せめて、段階踏んでちゃんとしたいです」
新坂の隣に座った時の瀬戸とは、何かが違った。彼の中で何かが決まった顔だった。
「段階って」
新坂はやっと聞き返して、同時に言葉の意味を考える。
「だから、普通の恋人みたいにちゃんと」
「まさか、手繋いでキスしてからにしようって意味で言ってる?」
「そうです」
瀬戸はふざけた様子などなく、至って真面目に頷いた。
「ちょ、ちょっと待って」
新坂は予想外の展開に、先程までとは違う感情で目を泳がせた。
「そんな恋人ごっこ、ユキトくんになんの得もないよ」
「得があるとかないとか、そういうのは関係ないです」
新坂をしっかりと見据えて答えた瀬戸は、持ったままだった花束に視線を落とす。
「いきなり寝て、それで割り切って終わりって、そんなの……あんまりじゃないですか」
大切なものを扱うように、瀬戸は花束をそっとテーブルに置いた。ラベンダーが揺れて、香りが新坂まで届く。
「……もっと。新坂さんはもっと、自分のこと大切にしてください。安売りしていい存在じゃないです」
身勝手な行いをした上に身勝手な願いを言ったのに、悲しげに労ってもらえるなんて新坂は思っていなかった。どこまでも優しく、依存したくなってしまうような魅力が滲む瀬戸を見つめると、彼は窺うように新坂に顔を向けた。
「俺の案、ダメですか。嫌だったら考え直します」
「いや、その。俺としては、ユキトくんがホントにそれでいいなら……」
本当に恋人ごっこをしてくれるなら。
新坂に瀬戸の気持ちを慮る必要はあっても、この提案を断る理由はない。
「全然ダメでも、嫌でも、ないけど」
新坂が半信半疑で歯切れ悪く言うと、瀬戸は微笑んだ。キスしてしまったあの夜から、瀬戸に纏わりついていたぎこちなさが消えていた。
「じゃあ今から俺たちは恋人です。よろしくお願いします」
宣言と共に手を差し出される。新坂は意図を図りかねて、握手でもするのかと思い付いて掴むと「違います」と瀬戸に手を握り直された。
「ひとまず、これで手は繋げました」
「え、うん」
恋人繋ぎのようにされた手を見て、新坂は目を瞬いた。
新坂には、まだこれが現実なのかよくわからなかった。現実であることを確かめるために弱く握ると、強く握り返される。
「雨、そろそろやむといいですね」
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「そういえば花屋ってどこにあるんですか?」
「えっと、ここから歩いて3分くらいのところに──」
何事もなかったかのように自然に会話が始まって、以前のように他愛のないことをただ話した。始まったこの関係がどうなるのか、まだ何もわからない。それでも今、新坂は瀬戸と普通に話せることがただ嬉しかった。
瀬戸は仕事の時間が来るまで、ずっと新坂と手を繋いでいてくれた。
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