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「ユキトく~ん、一緒に帰って~」
「瀬戸ご指名!家まで送り届けて!」
立ち上がってリュックを背負う瀬戸幸人に新坂真澄が手を振って、その隣にいた笹川尚也が声を張り上げながら真澄を指さした。新坂は少し赤い顔で瀬戸に笑いかける。
新坂真澄は芸能事務所・CCプロダクションに所属するモデル。神奈川県出身で身長185㎝の27歳。好きな食べ物は甘いもの全般で酒には弱いが飲むのは好きな方。本業はモデルだが数年前に出演したドラマでビジュアルがバズり、最近は俳優業も多くなっている。適当に情報をまとめたサイトにはこんな感じで掲載される、いわゆる芸能人だ。
今日は事務所で仲のいいメンバーだけによる内輪飲みの開催日だった。学生時代から新坂の友人であるチーフマネージャーの笹川に頼んで、最近新坂の担当になった瀬戸も呼んでもらっていた。笹川は新人マネを内輪飲みに呼ぶのは早いと難色を示していたが、結局瀬戸に絡みながらわいわいと騒ぎながら飲んでいた。
高級居酒屋での楽しい時間はあっという間に過ぎ、明日の仕事のためにもお開きにしなければならない時間になっている。
「新坂さん、結構酔ってます?」
「ふつーだよ。立てるし、ほら」
帰り支度を済ませて近づいてきた瀬戸に向けて、新坂は椅子から立ち上がって見せた。片足を上げて少しフラつくと、瀬戸の安定感のある腕が身体を支えてくる。
「ふつーって言うときはわりと酔ってるぞ」
焼酎をとめどなく飲み続けていたとは思えない素面顔で言った笹川が、新坂の頭を撫でてから通りすぎていく。いつもなら『ふつー』と答えた新坂をもう少し心配してくるが、今日の笹川はあっさりしていた。
(気付かれてんのかな)
新坂は笹川の後ろ姿を見ながら唇をなめた。瀬戸と2人で帰りたがっている新坂の気持ち──ひいてはその想いまで、笹川はわかっているような気がした。十年来の親友に隠し事など無理なのかもしれない。
笹川に気を取られるうちに身体を支えていた瀬戸の腕が離れ、新坂は瀬戸に顔を向けた。前髪が無造作にかかる自然な目元を見つめれば、すぐに目が合う。
「ユキトくんの目、綺麗だね」
「え、なんですか急に。嬉しいですけど」
新坂が思ったままを言葉にすると、瀬戸の瞳が絵に描いたように弧を描く。
(ああ、好きだな)
笑顔につられて口角を上げながら、新坂は想いを噛み締めた。
新坂は長らく──もう少し具体的に言うなら瀬戸と出会ってから今この瞬間までの数年間、瀬戸に好意を寄せていた。新卒で入社してきた瀬戸を見たのとほとんど同時に好きになってしまったが、単なる一目惚れが続いているわけではない。実際接してみると瀬戸は朗らかで優しい性格で、どんな些細なことでも話が合ったし、数カ月前に瀬戸が新坂の担当マネージャーになってからは加速度的に好意が深まるばかりだった。
ただ、そのことを親友の笹川にさえ話したことはない。1人にでも話したら全てが事実になってしまうから、新坂は全てを胸のうちに仕舞って生きていた。公にして称賛されない性的指向はもちろん、瀬戸に向ける表情、かける言葉の全てに違う意味があったということが、自分以外に知られるのがとにかく怖かった。
「瀬戸。真澄のこと、ちゃんと家まで送れよ。いいな」
事務所関係者の輪に混ざっていた笹川が、振り返って瀬戸に念を押してから、新坂に微笑みを送った。
瀬戸への想いを話していないとはいえ、新坂の隠し事は笹川にバレていることが大抵だった。気付いていて、何も言及してこない。それが親友の優しさなのかもしれない。
もし本当にそうならありがたいと思いながら笹川に手を振っていると、
「じゃ迎え呼びますね」
瀬戸がスマホをいじり始めて、新坂は慌ててスマホをいじる手を掴んだ。
「待った、今日歩きで帰りたい」
新坂は芸能人御用達の高級マンションに住み、瀬戸は一般的な1K暮らしだ。もちろん同じマンションではなかったが、新坂と瀬戸のマンションはここから近かった。一緒に帰ろうと言って徒歩を提案しても、距離的には許容範囲のはずだ。
「マンションまで?タクシーの方が楽ですよ」
「15分くらい歩いたら着くでしょ。運動にもなるし」
「昼間あんなに稽古したのにまだ運動したいんですか?」
瀬戸が目を瞬くのを見て、飲み会の前はずっと次回主演作の殺陣練習だったことを新坂は思い出した。本当に運動したいかどうかだけで言えば、正直今日はもう運動などしたくない。酔っ払いの戯れ言に聞こえてしまったかと焦って、新坂は急いで次の言い訳を考え始めた。
「あー運動っていうか、いや運動は一旦なしで。なんか……あっそうだ。歩いたら酔い醒ましにちょうどいいと思ってて。ちょっと醒ましておきたいというか」
言い訳を続ける間も不思議そうに丸くなっている瞳に、新坂は「今車乗ったら気持ち悪くなるかも」と嘘をつこうとしたが、新坂が不誠実を働く前に瀬戸が耐えきれない様子で笑い出した。
「なんでそんな必死なんですか」
「やっぱダメ?車がいい?」
「いや、全然いいですよ。新坂さんが歩きたいなら付き合います」
「ほんと?」
「はい。一緒に酔いでも醒ましましょう」
笑顔を向けた瀬戸は、誘導するように新坂のバッグを持って歩く。新坂は第一関門を突破したことに内心ホッとしながら、頬が緩むのを誤魔化せなかった。
「瀬戸ご指名!家まで送り届けて!」
立ち上がってリュックを背負う瀬戸幸人に新坂真澄が手を振って、その隣にいた笹川尚也が声を張り上げながら真澄を指さした。新坂は少し赤い顔で瀬戸に笑いかける。
新坂真澄は芸能事務所・CCプロダクションに所属するモデル。神奈川県出身で身長185㎝の27歳。好きな食べ物は甘いもの全般で酒には弱いが飲むのは好きな方。本業はモデルだが数年前に出演したドラマでビジュアルがバズり、最近は俳優業も多くなっている。適当に情報をまとめたサイトにはこんな感じで掲載される、いわゆる芸能人だ。
今日は事務所で仲のいいメンバーだけによる内輪飲みの開催日だった。学生時代から新坂の友人であるチーフマネージャーの笹川に頼んで、最近新坂の担当になった瀬戸も呼んでもらっていた。笹川は新人マネを内輪飲みに呼ぶのは早いと難色を示していたが、結局瀬戸に絡みながらわいわいと騒ぎながら飲んでいた。
高級居酒屋での楽しい時間はあっという間に過ぎ、明日の仕事のためにもお開きにしなければならない時間になっている。
「新坂さん、結構酔ってます?」
「ふつーだよ。立てるし、ほら」
帰り支度を済ませて近づいてきた瀬戸に向けて、新坂は椅子から立ち上がって見せた。片足を上げて少しフラつくと、瀬戸の安定感のある腕が身体を支えてくる。
「ふつーって言うときはわりと酔ってるぞ」
焼酎をとめどなく飲み続けていたとは思えない素面顔で言った笹川が、新坂の頭を撫でてから通りすぎていく。いつもなら『ふつー』と答えた新坂をもう少し心配してくるが、今日の笹川はあっさりしていた。
(気付かれてんのかな)
新坂は笹川の後ろ姿を見ながら唇をなめた。瀬戸と2人で帰りたがっている新坂の気持ち──ひいてはその想いまで、笹川はわかっているような気がした。十年来の親友に隠し事など無理なのかもしれない。
笹川に気を取られるうちに身体を支えていた瀬戸の腕が離れ、新坂は瀬戸に顔を向けた。前髪が無造作にかかる自然な目元を見つめれば、すぐに目が合う。
「ユキトくんの目、綺麗だね」
「え、なんですか急に。嬉しいですけど」
新坂が思ったままを言葉にすると、瀬戸の瞳が絵に描いたように弧を描く。
(ああ、好きだな)
笑顔につられて口角を上げながら、新坂は想いを噛み締めた。
新坂は長らく──もう少し具体的に言うなら瀬戸と出会ってから今この瞬間までの数年間、瀬戸に好意を寄せていた。新卒で入社してきた瀬戸を見たのとほとんど同時に好きになってしまったが、単なる一目惚れが続いているわけではない。実際接してみると瀬戸は朗らかで優しい性格で、どんな些細なことでも話が合ったし、数カ月前に瀬戸が新坂の担当マネージャーになってからは加速度的に好意が深まるばかりだった。
ただ、そのことを親友の笹川にさえ話したことはない。1人にでも話したら全てが事実になってしまうから、新坂は全てを胸のうちに仕舞って生きていた。公にして称賛されない性的指向はもちろん、瀬戸に向ける表情、かける言葉の全てに違う意味があったということが、自分以外に知られるのがとにかく怖かった。
「瀬戸。真澄のこと、ちゃんと家まで送れよ。いいな」
事務所関係者の輪に混ざっていた笹川が、振り返って瀬戸に念を押してから、新坂に微笑みを送った。
瀬戸への想いを話していないとはいえ、新坂の隠し事は笹川にバレていることが大抵だった。気付いていて、何も言及してこない。それが親友の優しさなのかもしれない。
もし本当にそうならありがたいと思いながら笹川に手を振っていると、
「じゃ迎え呼びますね」
瀬戸がスマホをいじり始めて、新坂は慌ててスマホをいじる手を掴んだ。
「待った、今日歩きで帰りたい」
新坂は芸能人御用達の高級マンションに住み、瀬戸は一般的な1K暮らしだ。もちろん同じマンションではなかったが、新坂と瀬戸のマンションはここから近かった。一緒に帰ろうと言って徒歩を提案しても、距離的には許容範囲のはずだ。
「マンションまで?タクシーの方が楽ですよ」
「15分くらい歩いたら着くでしょ。運動にもなるし」
「昼間あんなに稽古したのにまだ運動したいんですか?」
瀬戸が目を瞬くのを見て、飲み会の前はずっと次回主演作の殺陣練習だったことを新坂は思い出した。本当に運動したいかどうかだけで言えば、正直今日はもう運動などしたくない。酔っ払いの戯れ言に聞こえてしまったかと焦って、新坂は急いで次の言い訳を考え始めた。
「あー運動っていうか、いや運動は一旦なしで。なんか……あっそうだ。歩いたら酔い醒ましにちょうどいいと思ってて。ちょっと醒ましておきたいというか」
言い訳を続ける間も不思議そうに丸くなっている瞳に、新坂は「今車乗ったら気持ち悪くなるかも」と嘘をつこうとしたが、新坂が不誠実を働く前に瀬戸が耐えきれない様子で笑い出した。
「なんでそんな必死なんですか」
「やっぱダメ?車がいい?」
「いや、全然いいですよ。新坂さんが歩きたいなら付き合います」
「ほんと?」
「はい。一緒に酔いでも醒ましましょう」
笑顔を向けた瀬戸は、誘導するように新坂のバッグを持って歩く。新坂は第一関門を突破したことに内心ホッとしながら、頬が緩むのを誤魔化せなかった。
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