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15.マンフリート

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 辛い時間だった。


 ルシャナの中に何度も注ぎ込む自分の精子は、きちんと彼の養分となり、そして彼の命となる。


 それはわかっていたのだが、本当に苦しかった。泣き叫ぶルシャナに、すまないと何度も言い、止めてやりたいのを我慢して、ひたすら腰を振った。


 おかげで、こうして儀式が終わった証拠に、ラウル王が張った結界は二つとも解けた。

 手早く二人が来る前に、まだ気を失っているルシャナの体を拭いてやり、真新しい服を着せてやる。

 自分の着替えも終わった頃、ラウル王とユージンは、些か心配そうな表情で仮眠室に入ってきた。


「無事に、終わってなによりです」

 さすがのユージンも今は毒を吐かないらしい。

 成功したということは、寿命が延びたという事だ。さっそくラウル王は視ているのだろう。


「なっ! こんなことがあるのか!?」


 声が裏返るラウル王など、めったに見られるものではない。いや、そんなことはどうでもよい。

 何か不都合が生じたのだろうか。


「まさか……寿命が、延びなかったのですか?」

 マンフリートは目の前が真っ暗になりそうだった。そんな残酷なことがあるのか。


 どれほど嫌われてもよいから、生きてくれさえすれば、いつかわかってもらえる。そう信じて臨んだ儀式なのに、失敗だったということか?


「違う! 違う、そうじゃない! なんてこった!」

「もったいぶらないでください! 何が違うんですか、マンフリートが卒倒しそうですよ!」

「あ、ああ、すまん」


 そういって、今度はマンフリートをじーっと見つめる。いや、マンフリートの寿命も視ているのだ。

 でもなぜ?

 その答えはすぐにわかった。


「信じられない……マンフリート。おまえの寿命はいくつだ?」

「普通に千年のはずですが? まさか減っていて、ルシャナに分けられたとか?」


 それならそれでいい。つまりマンフリートの寿命が五百年に減るだけだ。二人とも同じ寿命ならまったくもって問題ない。そう言おうとしたのだが、ラウル王は違うと激しく首を横に振る。


「おまえの寿命、三千年に延びてる……」


「はあ?」


「えっ? それで、ルシャナの寿命は?」


「……同じ、三千年だ」


「つまり、えっと。推測するとルシャナはなんらかの方法で覚醒して、寿命が三千年になったので、結婚の儀式で長寿のほうの寿命に作り替えられたのは、ルシャナではなくて、マンフリートだった、ということです、よね? 仮定すると寿命が尽きかけていたのは死へ向かっているのではなく、八十年という寿命をリセットするために減っていった、そういうことかと思われますが」


「そういうことになるな」

「それって、白き異界人としての血がそうさせたのですかね? これは実に面白い、いえ興味深いです。あとで診察をしてもかまいませんか?」

「そうすべきだろうな。マンフリート、よいか?」

「健康上の検査、ということであれば。興味本位の実験体にはけしてするなよ? しかし、王よ。いまだかつて、このようなことは、ないですよね?」


 マンフリートは前例があれば対処法もあるかもと、淡い期待を寄せたのだが、当然あるわけがない。

 白き異界人がこの世界にやってきたのは、初めてなのだから、聞くまでもなかった。


「ない。まあ、三千年もあれば、ルシャナへの誤解は解けるだろうな。なんだったら、俺が仲を取り持ってもいいぞ?」

 ラウル王もユージンもどこか面白がっている。


 でもそれは、成功したからこうしてマンフリートも余裕を持てるのだ。

 さて、これからどうしたものか。


 何はともあれ命は繋がった、どころか自分まで長寿になってしまった。そのことについても、いずれ一族に公表するかどうかも考えなければならない。

しかし今はひとまず、ルシャナが生きていてくれたことに素直に感謝したい。


「結婚の儀式を行って頂き、ありがとうございます」

「ああ、異種間は久しぶりだったな」


 白き異界人という未知の生命体ゆえに、ラウル王自ら儀式を行ったのだが、成功するかもわからなかったのだと、結果論で言われた時、肝がつぶれそうだった。

 結局失敗の確率を言われたところで、マンフリートの決心は変わらなかったとは思うが。


「すぐに、領地へ行くか?」

「いえ、数日はこちらで過ごします。突然のことで城も大慌てで準備を進めなければなりませんから。ってまだ誰にも結婚したことを言っていないので、まずはそこから。では、ルシャナを引き取ります」

 まだ意識のないルシャナを抱き上げて、マンフリートは執務室を退室した。 








 案の定、部屋へ戻ると大騒ぎになっていた。


 といってもチャドラとリチャードが、いまかいまかと帰りを待っていた、という方が正解なのだが。

 結果的に二十四時間以上留守にしていたことになるので、慌てるのも無理はないだろう。


「おかえりなさい、旦那様」

 二人の姿を見た途端、チャドラはへたり込み、涙を流して無事だったことに安堵していた。


 そういうリチャードも、まったく連絡のつかない主のことが心配で、二人してあちこちを探し回り、寝ずに捜索をし続けたのに、気配すら感じられなくて、絶望しかけていたと、大げさに言われた。

 しかし実際は、大げさでもなんでもなかったのだろうことは、容易に察しがつく。


 しかもチャドラに至っては、いままでずっと離れずにそばにいたのに、自分が少し実家に帰ると数時間いなくなったばかりに、マンフリートが発見しなければ一大事だったと自分を責めているのだろう。


「よ、よかったです」

 まだ泣き止まないチャドラに詫びを入れる。


「本当にすまなかった。一刻の猶予もなかったんだ。でなければ、今頃ルシャナはこの世にいなかった。ただ、一言何か、メモでも残しておくべきだったな。配慮が足らなくて、辛い思いをさせたな」


 抜かりのないユージンですら気が動転していたということだろう。ずいぶん後になって説明にきたらしいが、普段ならこんなことは手配済に違いないからだ。


「いえ、いえいえ。事情はわかりましたから、我々のことはいいのです」

 リチャードは、息子に代わって言葉を継ぐ。


「まだ眠っているが、あと数時間もすれば起き上がるだろう。食事を取らせてくれ、二十四時間一切何も口にしていないからな」

「かしこまりました、チャドラ。あとで用意をしておきなさい」

「それで……旦那様。ルシャナ様は、どんなご病気だったのですか?」


「ああ、そうだな。何も二人には説明をしていなかった。今はまだ他言無用で頼む。といっても、数日後には彼の存在については知れ渡るだろう」


「どういうことです?」


「実は、本当に、とくにリチャードには申し訳ないんだが……あんなに楽しみにしてくれていたのに、もうずっと長い間……」


 さすがに、すらりと単純に報告すればいいというわけにはいかない。なにせ、マンフリートの結婚について一番熱心で、一番楽しみにしていたのは他でもないリチャードだからだ。


「何なのですか?」

「実は、さっき……俺とルシャナの結婚が成立した」


「え?」

 リチャードとチャドラは同時に声を上げた。

 もちろん驚くだろう。そうだろう。


「な、んですと? どういうことです?」

「白き異界人ということで、やはり彼の寿命がこちらの世界に来たことによって、どんどん減っていってたんだ。毎週二十年ずつ。それを食い止めることができなくて、ついにもう今日明日の命だということになったら、俺はいてもたってもいられなくて、王に頼んで結婚の儀式をすぐに始めてもらい、さきほど終わって戻ってきたところだ」


 実は結婚の儀式に関して、詳しく知っているのは当主のみなので、あまり語りたくはないのだが、避けては通れないようで、さらに他言無用を言い渡し、二人に話すことにした。


「これは、俺の寿命に関することでもあるので、親族には頃合いをみて話すかもしれないし、一生言わないかもしれない極秘事項だ。とくにルシャナ本人にはまだ知られたくない。いずれ俺の口から話す」

「もちろんでございます。教えてください」


 二人に、異種間の結婚の儀式の本当の意味を教えた。驚愕していたのだが、事実だし、彼らは主の言葉を疑うべくもなく、さらなる忠誠を誓ったのは言うまでもなかった。


「本当に……おめでとうございます。白き異界人と結婚なさり、さらに寿命がそんなに延びるとは、私は侍従としてこれほど誇らしいことは……ございません! 本当に、めでたく……」

 めったに泣かないリチャードが、ちょっと引いてしまうほど号泣していた。


「いいか、今後はチャドラ、おまえの働きにかかっている。俺はどうやら、儀式のせいでだいぶ嫌われてしまった。しかたがなかったとはいえ、彼にしてみれば、俺は強姦したと言っても過言ではないからな」


「そ、そんなこと! なんでですか? マンフリート様はルシャナ様のことが好きなのでしょう? ルシャナ様もまんざらではなかったはずです! 二人は僕の目からみても想い合っているようにしか見えないのですが」


「いや、それはどうだろうか。気持ちを伝えていないのに、俺の想いが通じていたとは思えないのだが。とにかく時間はたっぷりあるのだ。まずは誤解を解くために、力を貸してくれないか」


「もちろんです! ただ、僕からは気持ちを伝えるのはよくないと思うので、そこはきっちりマンフリート様が伝えてくださいね。僕がいったところで、単なる気休めにしかならないと思います」

「ん。そうしよう」


 これからしばらくは結婚したことにより、領地で結婚式や披露宴など目白押しで、王城を留守にしなければならない。残務整理のために数日費やしてから、領地へ帰ることにした。


 すべてを万事整えてお待ちしていますといって、リチャードは先に帰っていった。
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