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1.煙雨の先に
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「遠雷」
近づいて、寝そべっている遠雷の肩を左右に揺らせば、彼の眉が僅かに動いた。
「ん・・・」
「起きろ。風邪をひくぞ」
「・・・構わんよ・・・もう寝かせてくれ」
「気持ちは分かるが、まずはその身を綺麗にしないか。水を汲んでくる」
「・・・起きてからでいいだろ」
「あと、黒亮公から文が届いてな。そ」
「断れ。そんなもん」
昂遠の言葉が最後まで言い終わらないうちに、遠雷はのっそりと起き上がると長い前髪を面倒くさそうにかき上げている。
彼の眉間には皺が寄っており、誰が見ても不機嫌だった。
「どうせ碌なことじゃない」
「まあ聞けよ」
「文にはなんて書いてある?どうせ、西に行けとか南に行けとか書いてあるんだろ?」
「よく分かったな」
「・・・報酬もねえのに、いちいち付き合ってたらキリがないぞ。兄者」
「・・・それもそうだが」
泳いだ視線の先に散らばったままの食器が見える。
遠雷の声に返す言葉を探そうにも、上手く続かないのは彼の言葉が的を射ているからだ。
仲間と共に豚国を逃げるように去り、諸国を行き来して、気付けば七年の歳月が経過していた。
修行の為にと途中立ち寄った猪国や、鼠国の町で穏やかな朝を知り、賑やかな昼を過ぎ、静かに訪れる夜を待って、今まで属していた軍での生活がどれほど自身の心を抑えていたのかを痛感した。
それまでの生活が荒んでいたのかといえば、けしてそうではなかったが、参加した戦の殆どが防衛ではなく侵略であった事、それに対して異を唱える事が出来ない自身へのいら立ちと戦渦に巻き込まれた民が目にした景色が国を離れた今でも彼の全身に纏わりついたままだ。
勿論、それに対して昂遠自身、何もしなかったわけではない。
自ら民の中に入り、彼らの声を聞き共に笑うことで、昂遠は何度もその光景を乗り越えようとした。
しかし、闇と共に訪れる静寂の中で獣除けにと焚いて揺らぐ炎を前にすると、どうしても彼をその時代へと引き戻すのだ。
(・・・逃げたかったわけじゃない。ただもう見たくなかったんだ)
割れた食器を眺めながら、昂遠の口が自然と動く。吐いた息に紛れて消えたその声は何も映していなかった。
「・・・・・・」
家族全員を失ったのは、昂遠が十三歳になった頃のことだった。
城郭に覆われた集落から少し離れた豚国東部に位置する村の出身だった彼は、村人や家族と共に農作業に精を出し、収穫した野菜を週に一度、隣の村へと運ぶ生活を送っていた。
村民全員の数を合わせても二十数名にも満たない程の小さな村だが、それは他の村も変わらない。ただ、村から村へは峠を越えたり山をひとつふたつ越えねばならぬ為、何処の村も時期を早めて収穫することが多かった。
一番近い村まで行くのに最低三日はかかる距離だが、情報にこと関しては飛ぶ鳥よりも速く伝わり、早朝から深夜まで絶えず様々な噂が飛び交っている。
近づいて、寝そべっている遠雷の肩を左右に揺らせば、彼の眉が僅かに動いた。
「ん・・・」
「起きろ。風邪をひくぞ」
「・・・構わんよ・・・もう寝かせてくれ」
「気持ちは分かるが、まずはその身を綺麗にしないか。水を汲んでくる」
「・・・起きてからでいいだろ」
「あと、黒亮公から文が届いてな。そ」
「断れ。そんなもん」
昂遠の言葉が最後まで言い終わらないうちに、遠雷はのっそりと起き上がると長い前髪を面倒くさそうにかき上げている。
彼の眉間には皺が寄っており、誰が見ても不機嫌だった。
「どうせ碌なことじゃない」
「まあ聞けよ」
「文にはなんて書いてある?どうせ、西に行けとか南に行けとか書いてあるんだろ?」
「よく分かったな」
「・・・報酬もねえのに、いちいち付き合ってたらキリがないぞ。兄者」
「・・・それもそうだが」
泳いだ視線の先に散らばったままの食器が見える。
遠雷の声に返す言葉を探そうにも、上手く続かないのは彼の言葉が的を射ているからだ。
仲間と共に豚国を逃げるように去り、諸国を行き来して、気付けば七年の歳月が経過していた。
修行の為にと途中立ち寄った猪国や、鼠国の町で穏やかな朝を知り、賑やかな昼を過ぎ、静かに訪れる夜を待って、今まで属していた軍での生活がどれほど自身の心を抑えていたのかを痛感した。
それまでの生活が荒んでいたのかといえば、けしてそうではなかったが、参加した戦の殆どが防衛ではなく侵略であった事、それに対して異を唱える事が出来ない自身へのいら立ちと戦渦に巻き込まれた民が目にした景色が国を離れた今でも彼の全身に纏わりついたままだ。
勿論、それに対して昂遠自身、何もしなかったわけではない。
自ら民の中に入り、彼らの声を聞き共に笑うことで、昂遠は何度もその光景を乗り越えようとした。
しかし、闇と共に訪れる静寂の中で獣除けにと焚いて揺らぐ炎を前にすると、どうしても彼をその時代へと引き戻すのだ。
(・・・逃げたかったわけじゃない。ただもう見たくなかったんだ)
割れた食器を眺めながら、昂遠の口が自然と動く。吐いた息に紛れて消えたその声は何も映していなかった。
「・・・・・・」
家族全員を失ったのは、昂遠が十三歳になった頃のことだった。
城郭に覆われた集落から少し離れた豚国東部に位置する村の出身だった彼は、村人や家族と共に農作業に精を出し、収穫した野菜を週に一度、隣の村へと運ぶ生活を送っていた。
村民全員の数を合わせても二十数名にも満たない程の小さな村だが、それは他の村も変わらない。ただ、村から村へは峠を越えたり山をひとつふたつ越えねばならぬ為、何処の村も時期を早めて収穫することが多かった。
一番近い村まで行くのに最低三日はかかる距離だが、情報にこと関しては飛ぶ鳥よりも速く伝わり、早朝から深夜まで絶えず様々な噂が飛び交っている。
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