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黒羽織其の六 妖刀さがし
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「・・ふん・・よく言う・・そもそも、そんな女どもに毎度毎度、腰のものを噛み付かれて悲鳴を上げてやがるのは一体誰なんだ?」
華月の声に兆斎の息が詰まる。
「ぐ・・それは・・・しょうがないですやんか。もともと乗り気やなかったのに、お姉はんらに言われてしもうたさかい・・・」
ぶすっとした表情で話す兆斎の唇がピンと尖る。どうやら、この二匹と島原の遊女達とは何やら深い関係と、誰にも言えぬ事情があるようで・・。
一方、隣を歩く華月は、はああっと額を押さえながら重い溜息を吐いた。
目の前を羽虫がヒラヒラと、飛んでいくのが見える。
「まだ、挿れるだけやったら、ええんです。胸が痛まんと言えば、嘘になります。けど、口の指南。あれはあきまへん」
「・・ああ・・あれは、確かにきついな・・痛いなんてもんじゃない・・死ぬかと思った・・・」
「なんせ・・・おぼこはんですさかいなぁ・・・まぁ、何よりも、まずは男の身体に慣れて貰わんと・・お姉はんらに吊るされとうないさかい・・・頑張らな・・」
「・・・・お前、何度噛まれた?」
「・・・・・・・・・・毎度です。もう慣れました・・・・」
「・・・・・・そうか・・・」
暗い影に覆われた山道。ざりざりと砂利道を歩く音が微かに響く。
さわさわと髪を過ぎる風は、酷く穏やかで心地が良かった。
「・・・・もう・・悲鳴も聞き飽きたな・・・」
ぽつりと華月が呟く。
「華月はんも、やっぱりそう思いますか?」
「・・・・ああ」
「はははっ・・・ワシも、何度も逃げられましたわ・・・」
「・・・・・泣くわ喚くわ・・挙句の果てに噛み付くわ・・散々だ」
「・・ほんまやねえ」
「・・・・俺だって、やりたくてやってるわけじゃない。誰が好き好んで泣きじゃくる女を組み敷いて襲わなきゃならねえんだ」
「初物食いも仕事のうち・・そう言えば、聞こえはええんでしょうけどねえ」
そう話す兆斎の声は冷たい。その隣の華月もまた、同じだった。
「・・・何度、頬をはたかれようが。噛みつかれようが。殺意の目を向けられようが・・・俺たちには何も出来ねえ。・・・ただ、俺にだって感情はある」
「情は―・・持ったらあきまへんえ。華月はん。情を殺しておなごはんと向き合わな・・。せやんと、小狐はんらに失礼や」
そうまで言って、兆斎は黙った。
華月も何も言わなかった。ただ、男を知らぬ娘御にだって感情はあるだろう。
遊郭の中だって他に働く男は大勢いる。
誰かを好いたり、好かれたりだって勿論、あるだろう。
恋仲になれずとも、想う気持ちは無碍には出来ないはずだ。遊郭の中で働くために、男を教えるのなら、何も自分や兆斎でなくたっていい。好いた惚れた相手でもない奴に触れられるよりは、そっちの方が良いんじゃないかとさえ思う。
だがそれでは生きてはいけないと遊郭の姉御共は皆、声を揃えて言う。
情を知れば、身体を開けなくなるからと・・。
不条理だと、思う。
何も、酒と男の相手をするだけが、遊女の仕事じゃないはずだ。舞や唄。三味線だってある。
そうまで仕込んで、一番最後にこれが来るとは夢にも思わないだろう。
島原にあるどの見世も人間の世界とは違い、独自の決め事が数多く存在する。
禿が新造となった暁に訪れる水揚げもその一つだ。
本来であれば新造と閨を共にするのは財のある通人と相場が決まっている。けれど、この島原に属する女は見た目が人間であったとしても正体は女狐である。
禿も新造もまだ男を知らない。そんな娘がいよいよ新造となり客を取って同衾を・・となる席で何か粗相があったとなっては、見世どころか一族の存在さえも危うくなってしまう。
それを危惧した姉御連中が、闇夜一族の華月と兆斎を呼び出し、こう切り出したのである。
「いいかいあんた達。あんた達を男と見込んで頼みがある。うちの新造が客と同衾する前に男を知らないんじゃ話にならない。場を前にして怖気づくならいざ知らず、驚いた拍子に元の姿に戻りでもしたら・・嗚呼。想像しただけで嫌になるよ」
「・・で?俺達に何をさせる気なんだ?」
「まぁまぁ、華月はん。ちょいと黙って、お姉はんらの話を聞きましょうや」
なんや。想像はつきますけどね。と兆斎は付け加えるように呟いている。
「・・・・・」
「新造が客を取る前に仕込んでもらいたいのさ」
彼女の放ったその台詞に二匹の動きが一寸止まった。
「・・仕込む・・?」
「・・・?」
困惑する表情の華月の隣で、兆斎もまた同じ顔をした。
「・・・ああ。そうだ。新造前のあの子達に男を教えてやってほしいんだよ」
「・・・おし・・」
呟いた華月の隣で、兆斎はガバリと膝を立てると両手をブンブンと振りながら姉御を見た。
「ちょっちょっと・・待って下さいよ。それは・・・してええことですのん?あきまへんのと違いますか?」
「ああ。そうだ。それはいくらなんでも・・」
狼狽する華月の声に「は?」と姉御が怪訝な表情で二匹を見た。
「可哀想も何も、ここはもともとそう言う場所だ。他所とは違う。正体を知ってるあんた達に指南役を担ってもらいたい」
「初めは良く知ってる仲だからって事で、弧月坊に頼もうとしたんだけどさぁ。怖気づいちまって使い物にならないんだよ」
ガシガシと後ろ髪を乱暴に掻きながら、姉御が吐き捨てるように呟いている。
華月の声に兆斎の息が詰まる。
「ぐ・・それは・・・しょうがないですやんか。もともと乗り気やなかったのに、お姉はんらに言われてしもうたさかい・・・」
ぶすっとした表情で話す兆斎の唇がピンと尖る。どうやら、この二匹と島原の遊女達とは何やら深い関係と、誰にも言えぬ事情があるようで・・。
一方、隣を歩く華月は、はああっと額を押さえながら重い溜息を吐いた。
目の前を羽虫がヒラヒラと、飛んでいくのが見える。
「まだ、挿れるだけやったら、ええんです。胸が痛まんと言えば、嘘になります。けど、口の指南。あれはあきまへん」
「・・ああ・・あれは、確かにきついな・・痛いなんてもんじゃない・・死ぬかと思った・・・」
「なんせ・・・おぼこはんですさかいなぁ・・・まぁ、何よりも、まずは男の身体に慣れて貰わんと・・お姉はんらに吊るされとうないさかい・・・頑張らな・・」
「・・・・お前、何度噛まれた?」
「・・・・・・・・・・毎度です。もう慣れました・・・・」
「・・・・・・そうか・・・」
暗い影に覆われた山道。ざりざりと砂利道を歩く音が微かに響く。
さわさわと髪を過ぎる風は、酷く穏やかで心地が良かった。
「・・・・もう・・悲鳴も聞き飽きたな・・・」
ぽつりと華月が呟く。
「華月はんも、やっぱりそう思いますか?」
「・・・・ああ」
「はははっ・・・ワシも、何度も逃げられましたわ・・・」
「・・・・・泣くわ喚くわ・・挙句の果てに噛み付くわ・・散々だ」
「・・ほんまやねえ」
「・・・・俺だって、やりたくてやってるわけじゃない。誰が好き好んで泣きじゃくる女を組み敷いて襲わなきゃならねえんだ」
「初物食いも仕事のうち・・そう言えば、聞こえはええんでしょうけどねえ」
そう話す兆斎の声は冷たい。その隣の華月もまた、同じだった。
「・・・何度、頬をはたかれようが。噛みつかれようが。殺意の目を向けられようが・・・俺たちには何も出来ねえ。・・・ただ、俺にだって感情はある」
「情は―・・持ったらあきまへんえ。華月はん。情を殺しておなごはんと向き合わな・・。せやんと、小狐はんらに失礼や」
そうまで言って、兆斎は黙った。
華月も何も言わなかった。ただ、男を知らぬ娘御にだって感情はあるだろう。
遊郭の中だって他に働く男は大勢いる。
誰かを好いたり、好かれたりだって勿論、あるだろう。
恋仲になれずとも、想う気持ちは無碍には出来ないはずだ。遊郭の中で働くために、男を教えるのなら、何も自分や兆斎でなくたっていい。好いた惚れた相手でもない奴に触れられるよりは、そっちの方が良いんじゃないかとさえ思う。
だがそれでは生きてはいけないと遊郭の姉御共は皆、声を揃えて言う。
情を知れば、身体を開けなくなるからと・・。
不条理だと、思う。
何も、酒と男の相手をするだけが、遊女の仕事じゃないはずだ。舞や唄。三味線だってある。
そうまで仕込んで、一番最後にこれが来るとは夢にも思わないだろう。
島原にあるどの見世も人間の世界とは違い、独自の決め事が数多く存在する。
禿が新造となった暁に訪れる水揚げもその一つだ。
本来であれば新造と閨を共にするのは財のある通人と相場が決まっている。けれど、この島原に属する女は見た目が人間であったとしても正体は女狐である。
禿も新造もまだ男を知らない。そんな娘がいよいよ新造となり客を取って同衾を・・となる席で何か粗相があったとなっては、見世どころか一族の存在さえも危うくなってしまう。
それを危惧した姉御連中が、闇夜一族の華月と兆斎を呼び出し、こう切り出したのである。
「いいかいあんた達。あんた達を男と見込んで頼みがある。うちの新造が客と同衾する前に男を知らないんじゃ話にならない。場を前にして怖気づくならいざ知らず、驚いた拍子に元の姿に戻りでもしたら・・嗚呼。想像しただけで嫌になるよ」
「・・で?俺達に何をさせる気なんだ?」
「まぁまぁ、華月はん。ちょいと黙って、お姉はんらの話を聞きましょうや」
なんや。想像はつきますけどね。と兆斎は付け加えるように呟いている。
「・・・・・」
「新造が客を取る前に仕込んでもらいたいのさ」
彼女の放ったその台詞に二匹の動きが一寸止まった。
「・・仕込む・・?」
「・・・?」
困惑する表情の華月の隣で、兆斎もまた同じ顔をした。
「・・・ああ。そうだ。新造前のあの子達に男を教えてやってほしいんだよ」
「・・・おし・・」
呟いた華月の隣で、兆斎はガバリと膝を立てると両手をブンブンと振りながら姉御を見た。
「ちょっちょっと・・待って下さいよ。それは・・・してええことですのん?あきまへんのと違いますか?」
「ああ。そうだ。それはいくらなんでも・・」
狼狽する華月の声に「は?」と姉御が怪訝な表情で二匹を見た。
「可哀想も何も、ここはもともとそう言う場所だ。他所とは違う。正体を知ってるあんた達に指南役を担ってもらいたい」
「初めは良く知ってる仲だからって事で、弧月坊に頼もうとしたんだけどさぁ。怖気づいちまって使い物にならないんだよ」
ガシガシと後ろ髪を乱暴に掻きながら、姉御が吐き捨てるように呟いている。
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