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序章・一話
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ああ。そうだ。我々と共に来てもらう必要がある-・・・そう言葉を切って、篤之進は影虎をジッと見つめた。
君が会った先で見た青い桜。
あれは蛭間の持つ刀で切られた幽霊だよ。と篤之進は言う。
確かに街で切られた幽霊は青く光る桜になって舞い散っていった、その時のことを影虎は今でもハッキリと覚えている。
我々は影の組織だ。表立ってこれだと主張しているわけじゃない。
ただ、憑かれた人々は、やがて幽霊達に生気を吸い取られながら、死に至ってしまう。
憑かれる人にも、きっと理由はあるに違いない。
しかし誰かがやらなければ、たちまちこの世は悪霊たちの餌場になるだろう。
それを食い止めるため、少しでもと悪霊を退治しているんだ。
うちは万屋でね。いろんな客が此処を訪れる。そこで憑かれた人の噂を聞けば、独自に調べた後、霊たちを除霊という方法で闇に帰すんだ。
簡単に言えばそれが仕事かな。そう言って篤之進は笑った。
ただし、表に立つわけじゃないから名前が無くてね。皆好きなように呼んでると聞くよ。
君に仲間になってもらいたい。
ただ、仲間になるからには、条件というものがあってね。
そこまで言うと、彼は困ったように目を閉じた。
「条件・・・?」
影虎の言葉に、篤之進が黙って頷く。
君は・・忍びであると言っていたね。
だったら尚更、君に名前を捨ててもらわなければならない。
名前を捨てて、忍びであるという事も捨ててもらわなければならないんだ。
「先生」と言う源太の声を片手で制しながら、彼はゆっくりと閉じていた眼を開けると、影虎に視線を向けた。
その瞳に嘘はなく、少しばかり青みを帯びていた。
「すみません・・少し・・」
「かまわないよ。すぐに答えられるものではないだろう。」
そう言って篤之進は頷き、影虎は彼の部屋を後にした。
「・・・・・・・」
ぼんやりと歩く。その足元にはうっすらと伸びる影が見えた。
『・・・名前を捨てる・・?この名は兄者がくれたものだ。自分の名から一文字取って俺にくれたんだ。・・・それを・・捨てる・・?なにより大事なものだ。簡単に出来るわけねえ・・。
鵜流派の皆も兄者も忘れろっていうのか・・?』
喉の奥がツンと痛くなる。何かがこみ上げてくる感覚が彼を襲った。
その瞬間、頬に何か温かいものが流れていく事に気付いたが、拭う事を忘れてただ、足を動かしていた。
何処をどう歩いたのかも、見当がつかない。
ふらふらと歩いていた矢先、目の前に先ほどの部屋とは違う小さな家を見つけた。
恐らく離れ座敷だろう。部屋からは縁側が見え、かすかに明かりが漏れていた。
誰の部屋だろうと思いながら縁側に近付くと「どなたですか?」と問いかける声が奥から聞こえ、その声に彼は一瞬顔を強張らせたが、何も返すことなくそっと縁側を覗いてみると、その先には敷いた布団と衾が見えた。
「・・・誰かと思えば・・これは小さなお客様ですね・・」
物静かな声が、部屋の奥から聞こえて来る。
その声に誘われるように、ゆっくりと近づくと障子戸の隙間からは敷いた布団が見えた。
「・・・・・?」
「開けても構いませんよ」
ゆっくりと優しい声が降ってくる。
失礼しますと話しながら一礼し、障子戸を少しばかり開けてみると、布団に入ったまま、上体を起こしてこちらを見る男性と目が合った。
その男の人の顔を見た瞬間、影虎の心の臓が叩かれたようにドクンと高い音を立てた。
・・・美しいと、思った。
こんな顔の綺麗な人を見た事が無かった。
女の人でもここまで整った顔の人は見た事が無い。それ程に眼前の人は美しかったのだ。
顔色が悪く痩せてはいたが、それが余計にその男の人を美しくさせていたように思う。
細い指先は爪まで綺麗で、黒く艶のある髪は白い寝衣の肩の辺りで緩く曲線を描くように垂れている。
影虎はその人物の顔を見ながら、ドキドキと心の臓が煩く騒ぐのをどうすることも出来ないまま、遠慮がちに目を伏せた。
今になって、忘れていたはずの気恥ずかしさが先に立ってくる。
君が会った先で見た青い桜。
あれは蛭間の持つ刀で切られた幽霊だよ。と篤之進は言う。
確かに街で切られた幽霊は青く光る桜になって舞い散っていった、その時のことを影虎は今でもハッキリと覚えている。
我々は影の組織だ。表立ってこれだと主張しているわけじゃない。
ただ、憑かれた人々は、やがて幽霊達に生気を吸い取られながら、死に至ってしまう。
憑かれる人にも、きっと理由はあるに違いない。
しかし誰かがやらなければ、たちまちこの世は悪霊たちの餌場になるだろう。
それを食い止めるため、少しでもと悪霊を退治しているんだ。
うちは万屋でね。いろんな客が此処を訪れる。そこで憑かれた人の噂を聞けば、独自に調べた後、霊たちを除霊という方法で闇に帰すんだ。
簡単に言えばそれが仕事かな。そう言って篤之進は笑った。
ただし、表に立つわけじゃないから名前が無くてね。皆好きなように呼んでると聞くよ。
君に仲間になってもらいたい。
ただ、仲間になるからには、条件というものがあってね。
そこまで言うと、彼は困ったように目を閉じた。
「条件・・・?」
影虎の言葉に、篤之進が黙って頷く。
君は・・忍びであると言っていたね。
だったら尚更、君に名前を捨ててもらわなければならない。
名前を捨てて、忍びであるという事も捨ててもらわなければならないんだ。
「先生」と言う源太の声を片手で制しながら、彼はゆっくりと閉じていた眼を開けると、影虎に視線を向けた。
その瞳に嘘はなく、少しばかり青みを帯びていた。
「すみません・・少し・・」
「かまわないよ。すぐに答えられるものではないだろう。」
そう言って篤之進は頷き、影虎は彼の部屋を後にした。
「・・・・・・・」
ぼんやりと歩く。その足元にはうっすらと伸びる影が見えた。
『・・・名前を捨てる・・?この名は兄者がくれたものだ。自分の名から一文字取って俺にくれたんだ。・・・それを・・捨てる・・?なにより大事なものだ。簡単に出来るわけねえ・・。
鵜流派の皆も兄者も忘れろっていうのか・・?』
喉の奥がツンと痛くなる。何かがこみ上げてくる感覚が彼を襲った。
その瞬間、頬に何か温かいものが流れていく事に気付いたが、拭う事を忘れてただ、足を動かしていた。
何処をどう歩いたのかも、見当がつかない。
ふらふらと歩いていた矢先、目の前に先ほどの部屋とは違う小さな家を見つけた。
恐らく離れ座敷だろう。部屋からは縁側が見え、かすかに明かりが漏れていた。
誰の部屋だろうと思いながら縁側に近付くと「どなたですか?」と問いかける声が奥から聞こえ、その声に彼は一瞬顔を強張らせたが、何も返すことなくそっと縁側を覗いてみると、その先には敷いた布団と衾が見えた。
「・・・誰かと思えば・・これは小さなお客様ですね・・」
物静かな声が、部屋の奥から聞こえて来る。
その声に誘われるように、ゆっくりと近づくと障子戸の隙間からは敷いた布団が見えた。
「・・・・・?」
「開けても構いませんよ」
ゆっくりと優しい声が降ってくる。
失礼しますと話しながら一礼し、障子戸を少しばかり開けてみると、布団に入ったまま、上体を起こしてこちらを見る男性と目が合った。
その男の人の顔を見た瞬間、影虎の心の臓が叩かれたようにドクンと高い音を立てた。
・・・美しいと、思った。
こんな顔の綺麗な人を見た事が無かった。
女の人でもここまで整った顔の人は見た事が無い。それ程に眼前の人は美しかったのだ。
顔色が悪く痩せてはいたが、それが余計にその男の人を美しくさせていたように思う。
細い指先は爪まで綺麗で、黒く艶のある髪は白い寝衣の肩の辺りで緩く曲線を描くように垂れている。
影虎はその人物の顔を見ながら、ドキドキと心の臓が煩く騒ぐのをどうすることも出来ないまま、遠慮がちに目を伏せた。
今になって、忘れていたはずの気恥ずかしさが先に立ってくる。
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