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残月記番外編・反魂二
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飛燕はその度にゾクリと冷たい感触に見舞われ、その度に腕を摩っては膝を曲げて隠れるように座り込むしかなかった。その様子を目にする度に、昂遠は特に何も話そうとはせず、ただ彼の側で書物を読んでいたり、籠を編むといった作業を繰り返し行っていた。
「・・・・・・」
特に会話が弾むわけでもない。べったりと張り付くわけでもない。
拳ひとつぶんほどのその距離で昂遠はずっと飛燕の側に寄り添いながら、壊れた物を直したり、破れた布を繕ったりと手を動かしているだけだ。
「・・・・・・・・・・・・」
飛燕は、彼の動かす手をジッと眺める事が多くなった。
「・・・・・・」
話しかけた方が良いのかもしれない。けれどなんと声をかけて良いものか?
互いに同じことを考えながら過ごすうちに、声をかけなくとも構わないのかもしれないと思うようになってきたのも事実で。
それから、眠ることが出来なくなった飛燕の肩をずっと抱いて座ったまま朝を迎える日が段々と増えてきた。
衣を頭からすっぽりと被り、小父の心音を聞いているだけでウトウトと眠くなってしまう。
そのまま眠りたいと思うのに、何故か眼が冴えてしまう自分が恨めしい。
けれど、小父はそんな飛燕に特に怒るような事はせず、ただ隣にいてくれるのだ。
その度に飛燕は、くすぐったいような悲しいような、妙な心地に戸惑いを隠せなかったが、小父を前にすると喉が張り付いたように硬くなり、どうしても言葉が出てこない。
そうこうしているうちに、何も話せないまま、時間だけが過ぎていく。
ただ、目の前に入る小父が、見知らぬ他人ではない事だけが救いだとも思う。
これが見知らぬ誰かであったなら、今のように穏やかな日常のままで居られるなんて機会はずっと少なかったかもしれないから。
飛燕の状態は一日ごとに変化し、肌や瞳の色が異なる日もあれば、声が出なくなることも珍しくはなかった。
黄色の髪が白髪へと変わっていた日もあれば、手足が獣のように膨らみ、顔より大きくなる日もあったが、昂遠はそんな彼を前にしても驚いた様子は無く、その度に飛燕の心の中でほっかりと温かい感情が少しずつ生まれては増えていった。
賑やかではないけれど、穏やかで優しい日々。
そんな生活がずっと長く続くうちに季節は巡り、気候と共に彼らの関係も少しずつ変化していったのだ。
そうして長い間留守にしていた遠雷がひょっこりと彼らの家へと戻って来たのは、半年が経過して十一月になった頃の事だった。
「あ・・・」
「よぉ!兄弟!元気だったかい?」
「あ・・・」
その男はようやく戻って来た。馬と新たにロバを二頭引き連れて。
白雪を思わせる白い衣を身に纏い、透き通るような肌と白銀の髪をなびかせながら。
ポクポクと馬の蹄の音を耳にした昂遠は丁度、外で洗濯物を干していたのだが、遠雷の姿にただ目を丸くして暫くの間、放心したまま口をあんぐりと開けてしまっていた。
事前に文も無ければ、今までの便りすら寄越さない。
ちゃんと着いているのか?元気なのか?今、何をしているんだ?と気を揉んでいた彼は、今度帰ってきたらまずは一発、拳を腹に叩き込まねば気がすまないとさえ思っていたほどだ。
そんな相手なのに、いざ、本妖を目の前にすると肝心の言葉が出てこない。
「あ・・・」
「今、帰ったよ」
遠雷は慣れた手つきで馬とロバを近くに繋ぐと、ゆっくりと昂遠に近付き、彼の身体を優しく抱きしめた。
「・・・っ」
「今まで一人にして、すまなかった」
懐かしいその声が昂遠の耳へと届く。
すんと鼻を鳴らせば果実のような甘い香りが微かに襟元から匂って来た。この独特な香りは何だろう?
「・・・・・・」
「うん。お前だ。間違いなく、俺の兄者だ」
「・・・・・・・・・っ」
「・・・ただいま」
遠雷の声は、この小屋を離れた時と変わらず、どこまでも穏やかで優しい。
その声とほんのりと感じる肌の温もりに、昂遠の胸が更に疼いた。
「・・・やろぉ・・・」
「うん」
「・・・いまっ・・・まで・・・なにしっ・・・」
「うん」
「おれ・・・どっ・・・だっ・・・しっぱ・・・たと・・・」
「うん」
「・・・おもっ・・・」
「うん」
「・・・ば・・・」
「・・・うん」
絞り出した声が、段々と嗚咽に変わる。
喉も胸も痛くなって、気が付けば遠雷に身体を預けたまま大泣きしてしまっていた。
ぎゅっと強く彼の背に手を回した腕に力を込めると、その感情を受け止めるように遠雷もまた少しばかり力を込めた。
急に聞こえた音と、昂遠の声に何事かと飛び出した飛燕の眼が丸くなる。
「・・・・・・」
特に会話が弾むわけでもない。べったりと張り付くわけでもない。
拳ひとつぶんほどのその距離で昂遠はずっと飛燕の側に寄り添いながら、壊れた物を直したり、破れた布を繕ったりと手を動かしているだけだ。
「・・・・・・・・・・・・」
飛燕は、彼の動かす手をジッと眺める事が多くなった。
「・・・・・・」
話しかけた方が良いのかもしれない。けれどなんと声をかけて良いものか?
互いに同じことを考えながら過ごすうちに、声をかけなくとも構わないのかもしれないと思うようになってきたのも事実で。
それから、眠ることが出来なくなった飛燕の肩をずっと抱いて座ったまま朝を迎える日が段々と増えてきた。
衣を頭からすっぽりと被り、小父の心音を聞いているだけでウトウトと眠くなってしまう。
そのまま眠りたいと思うのに、何故か眼が冴えてしまう自分が恨めしい。
けれど、小父はそんな飛燕に特に怒るような事はせず、ただ隣にいてくれるのだ。
その度に飛燕は、くすぐったいような悲しいような、妙な心地に戸惑いを隠せなかったが、小父を前にすると喉が張り付いたように硬くなり、どうしても言葉が出てこない。
そうこうしているうちに、何も話せないまま、時間だけが過ぎていく。
ただ、目の前に入る小父が、見知らぬ他人ではない事だけが救いだとも思う。
これが見知らぬ誰かであったなら、今のように穏やかな日常のままで居られるなんて機会はずっと少なかったかもしれないから。
飛燕の状態は一日ごとに変化し、肌や瞳の色が異なる日もあれば、声が出なくなることも珍しくはなかった。
黄色の髪が白髪へと変わっていた日もあれば、手足が獣のように膨らみ、顔より大きくなる日もあったが、昂遠はそんな彼を前にしても驚いた様子は無く、その度に飛燕の心の中でほっかりと温かい感情が少しずつ生まれては増えていった。
賑やかではないけれど、穏やかで優しい日々。
そんな生活がずっと長く続くうちに季節は巡り、気候と共に彼らの関係も少しずつ変化していったのだ。
そうして長い間留守にしていた遠雷がひょっこりと彼らの家へと戻って来たのは、半年が経過して十一月になった頃の事だった。
「あ・・・」
「よぉ!兄弟!元気だったかい?」
「あ・・・」
その男はようやく戻って来た。馬と新たにロバを二頭引き連れて。
白雪を思わせる白い衣を身に纏い、透き通るような肌と白銀の髪をなびかせながら。
ポクポクと馬の蹄の音を耳にした昂遠は丁度、外で洗濯物を干していたのだが、遠雷の姿にただ目を丸くして暫くの間、放心したまま口をあんぐりと開けてしまっていた。
事前に文も無ければ、今までの便りすら寄越さない。
ちゃんと着いているのか?元気なのか?今、何をしているんだ?と気を揉んでいた彼は、今度帰ってきたらまずは一発、拳を腹に叩き込まねば気がすまないとさえ思っていたほどだ。
そんな相手なのに、いざ、本妖を目の前にすると肝心の言葉が出てこない。
「あ・・・」
「今、帰ったよ」
遠雷は慣れた手つきで馬とロバを近くに繋ぐと、ゆっくりと昂遠に近付き、彼の身体を優しく抱きしめた。
「・・・っ」
「今まで一人にして、すまなかった」
懐かしいその声が昂遠の耳へと届く。
すんと鼻を鳴らせば果実のような甘い香りが微かに襟元から匂って来た。この独特な香りは何だろう?
「・・・・・・」
「うん。お前だ。間違いなく、俺の兄者だ」
「・・・・・・・・・っ」
「・・・ただいま」
遠雷の声は、この小屋を離れた時と変わらず、どこまでも穏やかで優しい。
その声とほんのりと感じる肌の温もりに、昂遠の胸が更に疼いた。
「・・・やろぉ・・・」
「うん」
「・・・いまっ・・・まで・・・なにしっ・・・」
「うん」
「おれ・・・どっ・・・だっ・・・しっぱ・・・たと・・・」
「うん」
「・・・おもっ・・・」
「うん」
「・・・ば・・・」
「・・・うん」
絞り出した声が、段々と嗚咽に変わる。
喉も胸も痛くなって、気が付けば遠雷に身体を預けたまま大泣きしてしまっていた。
ぎゅっと強く彼の背に手を回した腕に力を込めると、その感情を受け止めるように遠雷もまた少しばかり力を込めた。
急に聞こえた音と、昂遠の声に何事かと飛び出した飛燕の眼が丸くなる。
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