エテルノ・レガーメ2

りくあ

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第9章︰彼等の愛した世界

第105話

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「フラン?こんな時間に珍しいな。今日は休みか?」
「うん。近くまで来たから顔を出そうと思って。」
「あらあら~。まーくんとあーちゃんに捕まったのね~。」

孤児院の院長を務めるリーガルの部屋には、副院長のシェリアの姿もあった。
リーガルは僕の兄で、シェリアは僕の姉だ。僕は、もう1人の兄であるクラーレを含めた4人兄弟の末っ子だ。

「フランお兄ちゃんが、一緒に行こーって言ってくれたんだよ。」
「そうなのね~。あなたは本当に優しい子だわ~。」
「…僕まで子供扱いするのはやめてよシェリア。」
「あら?私にとってあなたは、いつまで経っても可愛い弟なのよ~?」
「可愛いも勘弁してよ…。」
「そういえばリーガル~。この間、フラン宛の手紙を預かっていなかったかしら~?」
「え?手紙?」
「む?そうだったな。確かこの辺りに…あった、これだ。」

彼は机の引き出しから1枚の封筒を取り出し、僕に差し出した。
裏側に、騎士学校の同級生である二アーシャの名前が記されている。

「二アからだ。わざわざ手紙を寄越すなんてどうしたんだろう?」

中には1枚のカードが入っており、それは結婚式の招待状だった。
彼女には婚約者のデトワーズという人物がいて、彼の名前もしっかりと書かれている。

「あら~。結婚式の招待状?お友達が結婚するのね~。」
「婚約者がいた事、すっかり忘れてたけどね。」
「もちろん出席するんだろ?日はいつだ?」
「えーっと…あ、明日だ!」
「それは…随分と急な話だな。」
「それは、あなたがフランに手紙を渡さなかったからでしょ~?早く届けていれば良かったのよ~。」
「すまない…フラン。」
「いや…僕がもっと早くここに帰って来ればよかったよ。明日か…。アリサに休みをもらえないか、聞いてみるよ。」
「なら、この通信機を使え。」

彼が差し出したのは、“エピキノニア”と呼ばれる装置だった。
球体を潰したような形をしていて、これを使用すると離れた場所にいる人物と会話をする事ができる。
以前、アリサが持っている通信機を使い、リーガルと話をした事があった。

「あ、アリサ?僕だけど…。」

彼女に事情を話すと、思いの外すんなりと休暇を了承してくれた。

「明日の結婚式、何とか行けそうだよ。」
「それは良かったわ~。」
「ところで、フランは白い服を持っていたか?」
「白い服?持ってないけど…それがどうかしたの?」

結婚式に出席する場合、白い装いをするのが一般的なのだと言う。結婚式が厳粛なものだとは知っていたが、服装の決まりがあるとは思いもしなかった。

「結婚式はいつ始まるのかしら~?」
「えっと…。昼過ぎみたいだね。」
「なら、服を買いに行く時間くらいはありそうだな。今日はここに泊まって、明日買いに行けばいい。」
「え!?フラン兄ちゃん今日泊まるの!?」
「あたし、一緒にご飯食べるー!」
「なんだか…泊まる事はもう決まったみたいだね。」
「うふふ~。布団なら沢山あるから、遠慮しなくていいのよ~。」
「ねぇねぇ。フランお兄ちゃんは、かれーらいすって知ってる?」
「かれーらいす?いや…知らないなぁ。」
「今日のご飯は、かれーらいすだってリアーナお姉ちゃんが言ってた!」
「そうなんだね。あーちゃんは、かれーらいすが好きなの?」
「うん!お野菜がたくさん入ってて、美味しいの!」
「それは楽しみだなぁ。」
「そろそろ夕飯の支度をしてる頃じゃないか?」
「フラン兄ちゃんも一緒に見に行こ!」
「危ないから、調理室では走らないように気をつけるのよ~?」
「はーい!いこいこ!」

話の流れで孤児院に泊まる事になり、子供達に手を引かれて調理室へと向かった。

「リアーナ姉ちゃーん!」
「あれ?まーくん?どうし…フラン!帰ってきたの?」

エプロン姿の彼女は、元ギルドメンバーのリアーナだ。彼女は幼い頃からクラーレを慕い、ギルドの為に尽力してくれた長い付き合いの友人だ。

「うん。明日、街で用事があるから、今日はここに泊まるつもりなんだ。」
「なるほどね。リーガルとシェリアには、もう会った?」
「もちろん。2人もそうだけど、リアーナも相変わらず忙しそうだね。」
「王国の騎士様には負けるよ~。悪魔退治での活躍が、あたし達の耳に入るくらいには街で話題になってるし。」
「ねーねー!かれーらいす、まだ出来ないの?」
「これから作るところよ。もう少し待っててね。」
「なら、何か手伝うよ。かれーらいすがどんな食べ物なのか、興味あるし。」
「ありがとうフラン。でも、ここはあたしとエレ…」
「あら?あなたも来ていらしたのね。」

食堂の扉が開き、元レジデンス幹部のエレナがやって来た。彼女は腕を後ろに回し、リアーナとお揃いのエプロンを身につけながらこちらに歩み寄る。

「エレナも食事を作りに来たの?」
「見てわかるでしょう?今日は、私とリアーナが食事当番ですの。」
「エレナ姉ちゃん!俺もフラン兄ちゃんと一緒にお手伝いする!」

彼女はその場にしゃがみこみ、少年と目線を合わせて微笑んだ。元貴族の令嬢とはかけ離れた姿に、優しいお姉さんの一面を垣間見る。

「偉いですわね。それでしたら、野菜を洗ってもらおうかしら。フランは、洗った野菜の皮を剥いてちょうだい。」
「うん。わかった。」

リアーナは吸血鬼に、エレナは人間に家族を奪われた。境遇は似ている2人だが、お互い元は別の種族で、争いあっていた敵同士だった。
そんな2人が姉妹のように仲良く話をする姿に、僕は不思議な気持ちになる。

「いっ…!」
「わ!フラン兄ちゃん、大丈夫!?」

包丁の刃が滑り、指が赤く滲み出す。

「だ、大丈夫だよ。ちょっと擦れただけで…」
「フラン。手を出しなさい。」
「え?」

指を切った事に気付いたエレナが、僕の手を掴む。
すると彼女は目を閉じ、治癒魔法を唱え始めた。手元が温かい光に包まれ、みるみるうちに傷が塞がっていく。

「エレナ…これ…。」
「何を驚いているのかしら?毎日子供を相手にするのなら、このくらい出来て当然ですわ。」
「あ、ありがとう。人間しか扱えなかった魔法を、この短期間で習得してるなんてすごいね。」
「私を誰だと思っているの?甘く見られるなんて、心外ですわ。」
「別に甘く見た訳じゃ…」
「まーくん。この野菜、リアーナ姉さんに渡してもらえるかしら?」
「うん!わかった!」

少年は野菜の入ったカゴを受け取り、リアーナの元に駆けていく。

「王国の騎士ともあろうものが、包丁如きに傷つくなど…情けないですわね。」
「ちょっと考え事をしてただけだよ。」
「考え事?なんですの?」

彼女は近くの椅子を引っ張りだし、僕に座るよう促した。

「あー…えっと…。2人が仲良さそうに話してるから、なんか…不思議だなぁと思って。」
「私とリアーナの仲が良いと、何か問題がありますの?」

彼女も同じように椅子に腰かけ、首を傾げる。

「問題があるとかじゃなくて…少し前までは、2人共お互いを憎み合う関係だったのになぁ…って。」
「そういう事ですのね。それでしたら、私は考え方を改めましたの。」
「改めた?」
「えぇ。以前、ステラ様が仰っていらしたでしょう?力のある者は、力のない者に寄り添うべきだと。」
「あー…うん。そんなこと言ったかも…?」

僕はあまりよく覚えていないが、彼女の記憶にあるという事は間違いないのだろう。

「それを聞いて思い出したのです。私のお父様も、同じような事を言っていましたわ。」
「エレナのお父さんが?」
「私は元々貴族ですから、それなりに力のある立場でしたわ。お父様は、自分達よりも身分の低い者にも分け隔てなく接するようにと…それが上に立つ者の義務であると仰いました。」
「確かに…ステラ様の言葉と似てるね。」 
「お恥ずかしながら…彼に言われるまで、その事をすっかり忘れていたのです。自分の身を案じるばかりで、周りが見えていなかったと反省しましたわ。」

僕の勝手なイメージなのだが、彼女はプライドが高く、自分の正義を貫くタイプだと思っていた。
しかし、自分の間違いに気付き、考え方を改めた彼女の姿が少々意外だった。

「考えを改めるのって、すごく難しい事だと思う。それが出来たエレナはすごいし、偉いよ。」
「あら。弟であるあなたに褒めてもらうなんて、変な気分ですわ。」
「え?僕って弟だったの?」
「まさか…兄のつもりでしたの?」
「そうじゃないよ。僕の事、家族だと思ってくれるのが…嬉しくて。」
「か、勘違いしないでくださいます!?そこにいるリアーナも、まーくんもあーちゃんも私の家族てますのよ!」

彼女はその場に立ち上がり、離れた場所で料理の支度を進める彼女達を指さす。その必死さに、思わず笑がこぼれる。

「ふふっ。そうだね。ありがとうエレナ。」
「も、もう怪我は大丈夫そうですわね。そうですわ…!私は食堂の掃除をしなくては…!」

彼女はまるで逃げるように、食堂の方へと姿を消した。
彼女達のように人間や吸血鬼に対する偏見が無くなり、皆が平等に仲良く暮らせる世界は、すぐそこにあるような気がした。
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