エテルノ・レガーメ2

りくあ

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第9章︰彼等の愛した世界

第103話

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数日後。チェリム様から受け取った包みを持って、とある場所を訪れた。

「わざわざ届けてくれたのー?ありがとうー。」

僕が荷物を届けた彼は、元総務のハイト様だ。彼もライガと同じように吸血鬼の力を失い、今はイリスシティアで人間の生活を楽しんでいるらしい。

「チェリムに聞いたよー。ピシシエーラで悪魔退治を手伝ってくれたんだってね。」
「はい。悪魔の長が居なくなったとはいえ、悪魔の残党はまだまだ沢山いるようですね…。」
「そうだねー。ステラも言ってたけど、何十年かは覚悟しといた方がいいらしいよー。」
「そう…なんですね。」
「ねぇ。よかったらお茶でも飲んでいかないー?この間、美味しい茶葉を貰ったんだー。」
「あ、はい!では…お言葉に甘えて。」

彼の部屋は驚く程に物が少なく、閑散としていた。彼もソンノと似ている性格で、魔法の腕は一流なのだが面倒事を避ける傾向にある。
そんな彼女の部屋は、片付けるのが面倒だからと足の踏み場もないくらい物で溢れていた。勝手な想像だが、彼の部屋も同じくらい散らかっているのでは…と思っていたので少々意外だった。

「はい、どーぞ。」
「ありがとうございますハイト様。」
「その呼び方、もうやめてもいいんじゃないー?学長や理事長はともかく、俺はただの講師なんだからさー。」

元々ラーズニェの貴族だった彼だが、今は魔法を教える講師の仕事をしている。
吸血鬼を育成する為に造られたエーリはその役目を終え、魔法学校として生まれ変わったのだ。クレア様は引き続き、学長として活躍されている。ステラ様は理事長という名目で学校を出入りしていると聞いたが、どんな仕事をしているかは不明だ。

「人に何かを教える事は、簡単に出来る事ではありません。人間になったのにも関わらず、腕が落ちるどころか人を導く事が出来るのですから…本当に尊敬します。」
「君、人を褒めるの上手いねー。正直、講師なんて面倒だと思ったんだけど…そう言われるとやる気が出てくるよー。」
「生活の方はどうですか?何か不便な事や困っている事があれば、お力になります。」
「それで言うと、人間ってほんと不便だよねー。この間、忙しくてしばらく食事をしてなかったら倒れちゃってさぁー。」
「わかります…!僕も吸血鬼の力を一時的に失った事があったんですけど…空腹で身体に力が入らなくなって、苦労したのを思い出します。」

初めてディオース島へ行った時の事を思い出し、どこか懐かしい気持ちになった。

ーコンコン

「ハイト先生、今お時間よろしいでしょうか?」
「はいはーい。どうぞ入ってー。」

扉をノックする音の後に、2人の女子生徒が部屋に入ってきた。部屋の中を風が吹き抜け、金色の長い髪と赤と青のリボンがヒラヒラとなびく。

「昨日の授業でわからな…って、フラン!?あんた…なんでこんな所…」
「こらこら。彼は俺の客人だよー?」

彼の元を訪れたのは、元イムーブル幹部であるユイとユノだった。彼女達とは長い付き合いだと言うのに、未だにリボンの色で判断しなければならないほど、姿がよく似ている。

「久しぶりだね。フラン。」
「そうだね。この間会ったのは…街中で買い物してた時だっけ?」
「そうそう!あんたが騎士に戻ったのは聞いてたけど、パッと見ただけじゃ誰だかわからなかったわ。」

見た目はそっくりだが、彼女達の性格は正反対だ。姉のユイは明るく気が強いが、妹のユノは物静かで冷静だ。
現在は再びエーリの生徒として、毎日魔法の勉強をしている。

「それでー?旧友と世間話をしに、俺の所へ来た訳じゃないでしょー?用があるなら手短に頼むよ。」
「あ、すみません…!えっと…ここなんですけど…。」
「お忙しいようなので、僕はこの辺で失礼します。」
「そうかい?いやぁー…悪いねぇ。」
「私、玄関まで送る。」
「ありがとうユノ。じゃあ、またねユイ。勉強頑張って。」
「あんたに言われなくても頑張ってるわよ!用事が済んだらあたしもそっちに行くから、勝手に帰るんじゃないわよ?」
「はいはい。わかったよ。」

ユノの案内で校内を歩いていると、周りの生徒達から声をかけられた。

「騎士様こんにちは!」
「やぁ。こんにちは。」
「今日は何の用でいらっしゃったんですかー?」
「騎士様~。この間、森で悪魔が出たって聞いて~。怖かったです~!」
「騎士様は、ハイト先生と親しい関係なんですか!?」
「えーっと…。」

矢継ぎ早に飛んでくる質問に、どう答えていいものか迷っていると、僕と彼女達の間にユノが割って入った。

「みんな。騎士様…困ってる。」
「あら…ユノ?あなた居たの?静か過ぎて、全然気が付かなかったわ。」
「あはは!言えてる~。」
「…。」
「まさかあなた…騎士様のお知り合い?」
「えー?嘘ー!そんな事ある訳ないじゃない。だってあのユイの妹…」

何も言い返せさずに黙り込んだ彼女を見かねて、僕は彼女の肩を抱き寄せた。

「ごめんね。僕達、これから用事があるんだ。お話はまた今度でもいいかな?」
「えっ…あ、はい…。」
「行こうユノ。」
「う、うん…。」

僕達は肩を組んだまま、彼女達の元を離れた。

「ねぇフラン…。」
「ん?何?」
「もう…離してもいいんじゃない?」
「あ、ごめん。歩きにくかったよね。」

建物の外に出た所で、掴んでいた彼女の肩を離す。彼女は視線を逸らしながら、僕から数歩、身を引いた。

「そうじゃなくて…勘違いするかもしれないから。」
「勘違い?僕とユノが仲良しだと、何かまずいことでもあるの?」
「だからその…。」

珍しく歯切れの悪い彼女を不思議がっていると、後ろから女性の叫び声が聞こえて来た。

「ちょっとフラン!あんたねぇ!」
「わ!?」

ユイの拳が、僕の側を突き抜ける。彼女はこちらに振り返ると、僕を睨みつけた。

「ユイ!いきなり殴りかからないでよ…!」
「そりゃ殴りたくもなるわよ!みんなの目の前で、ユノを抱きしめたって話は本当!?」
「姉様…それは誤…」
「あんたに聞いてんのよ!」

ユノの静止を振り切り、彼女は僕の襟元に掴みかかった。

「抱きしめたんじゃなくて、ちょっと肩に触っただけだよ!」
「肩に触ったくらいで、抱きしめたにはならないでしょう!?あんた一体何したのよ!」
「姉様!声が大きい…!」

周囲にいた数名の生徒達が、こちらを見て小声で話をしている様子が見える。彼女のよく通る声が、周りの生徒達の注目を浴びてしまったようだ。

「ここじゃ目立つし、街中に移動しない?なんで怒られてるのか分からないけど…何かご馳走するよ。」
「…仕方ないわね。今日の所はそれで許してあげるわ。」

こうして僕達は、学校を後にした。



「それ、やっぱり抱きしめたんじゃない。」
「違うよ。困ってる僕をユノが助けてくれたから、僕も助けようとしただけで…。」

学校から離れた場所にある飲食店で、僕達はテーブルを囲んだ。彼女の誤解を解くため、ユノさんが先程あった出来事を説明する。

「むしろ逆効果じゃないかしら?ユノが何も言わないからって調子に乗って、しょっちゅうちょっかい出してくるのよ。」
「それ、なんだか昔のユイみた…」
「なんか言った?」
「な、なんでもないよ…!」
「お待たせしました。」

しばらくして運ばれてきた料理が、テーブルに並べられた。

「あんたまたオムライスなの…?」
「え?駄目かな?」
「駄目ってことは無いけど…ほんと好きね。」
「なんでだろうね?自分でもよくわからないけど、なんだか懐かしい気持ちになるんだ。」
「ふーん…。」
「ユノがよく作ってくれたからかな?それで好きになったのかも。」
「えっ…?」

ユノは口に運びかけた料理を手に、驚いた表情を浮かべた。心做しか、ほんの少し頬が赤くなっているような気もする。

「ちょっと!あたしの目の前で堂々と口説くんじゃないわよ。」
「くどく?それってどういう意味の言葉?」
「はぁ…これだから端整は顔立ちの男は厄介なのよ…。」
「たんせい…?」

ユイは時々、難しい言葉を使う。意味はよく分からないが、彼女達は男という生き物に対し、あまりいい印象を持っていないようだ。

「ね、姉様。さっきハイト先生に聞いた内容、どうだった?」
「あぁ…あれね。難しかったけど、何とか理解出来たわ。」
「やっぱり、吸血鬼と人間じゃ魔法の扱いが違うの?」
「元々、光の属性は人間しか扱えなかったものだから、馴染みが無かったあたし達には扱いが難しいのよ。吸血鬼特有の“ミシク”とか、“ファブリケ”なんかが使えなくなったのも不便だし…。」
「そっかぁ…。それは大変そうだね。」
「でも、人間になったからこそ…やりたい事も出来た。」
「やりたい事?」

吸血鬼の力を失った彼女達は、再び魔法を学び直し、それを社会貢献に役立てようとしているらしい。
彼女達が思い描く明るい未来の話を聞いて、何故だか自分の事のように嬉しい気持ちになるのだった。
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