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第9章︰彼等の愛した世界
第102話
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「フラン!そっちに行ったぞ!」
「うん!わかった!」
剣を振り、草をかき分けながら木々の間を駆け抜ける。ガサガサと音を立てながら逃げる人影を追いかけ、崖際に相手を追い込んだ。
「まだ追いかけっこをするつもり?」
「ガグガァ!ゲアウイ!」
姿は人に似ているが、互いの言葉は通じ合わない。僕の目の前に立っているのは、人間でもなければ吸血鬼でもない…悪魔の生き残りだ。
悪魔は周囲を見渡し、再び森の中へと走り出す。
「あー!待っ…」
足を踏み出す僕の側を1本の矢が通り過ぎ、悪魔の足に突き刺さった。その場に倒れ込んだ悪魔は、苦しそうな呻き声をあげている。
「痛い思いをさせてごめんね…。今、楽にしてあげるよ。」
僕は剣を振り下ろし、悪魔にトドメの一撃を与えた。鞘に剣を納めてその場に膝をつき、胸に手を当てて目を閉じる。
「全く…お前はいちいち甘ぇ野郎だな。」
僕の背後から、弓を手にしたナルが歩み寄って来た。先程の矢は彼が放ったもので、その腕は騎士学校にいた頃から変わらない。
「甘かったかな?ちゃんとトドメは刺したつもりだけど…。」
「そういう事じゃねぇよ。相手は悪魔だぞ?そんな奴の為に祈るなんて、そんな真似…」
「悪魔だって生きてるんだ。その命を奪う事…出来る事ならしたくない。けど、僕達人間に危害を加えるようなら、見過ごす事も出来ない。命を奪う代わりに、彼等の冥福を祈るのは…いけないこと?」
「別に…悪いとは言ってねぇだろ。わざわざそんな事をする、お前の気持ちがわからねぇだけだ。」
「そう言うナルだって!動物を罠にかけた時、こうして祈りを捧げてるじゃないか。それと何が違うの?」
「あのなぁ…!言っておくが、俺が祈るのは冥福じゃなくて感謝だ。これから命を貰う相手に、敬意をだな…」
「ナル。そのくらいにしておけ。」
騎士団の装甲に身を包んだライガが、剣を納めながら歩み寄る。
「んだよ…。俺の考えが間違えるって言いてぇのか?」
「そうは言っていない。だが、フランの気持ちをだな…」
「お前はフランが大好きだもんなぁ?この間、一緒に街へ行ったんだろ?男2人で、一体何しに行ったんだか…。」
「俺とフランは家族なのだから、一緒に出かけても変ではないだろう?それに…フランの事が好きなのは、家族なのだから当たり前だ。」
「はっ…それは随分仲のいい家族だな。羨ましい限りだぜ。」
彼はライガを嘲笑うように、薄笑いを浮かべた。
彼には妹がいるが、兄や弟どころか父親も居ない。同性の家族という存在が、彼には理解出来ないのだろう。
そもそもライガと僕は、本当の家族ではないのだが…今の僕にとって彼は、父のような兄のようなそんな存在だ。
「もー。2人共、僕の為に争わないでよ。」
「はぁ!?誰がお前なんかの為に…」
「なんや、楽しそうな話をしてはりますなぁ~。うちの事も混ぜてくれへん?」
僕の背後から、ソンノが顔を覗かせた。彼女のマイペースさは、騎士になっても変わる事はないらしい。
僕達、特にライガに対して好意的ではないナルがこうして行動を共にしているのは、彼女の存在がかなり大きいと言える。ソンノとナルは幼馴染で、幼い頃から家同士の付き合いがあり、彼の入学と同時に彼女も揃って騎士学校へ通い始めた。
騎士団になった今でも、彼等が一緒に行動する姿は頻繁に目撃している。
「全然楽しくねぇよ!…それよりソンノ。お前、木の上から見張るとか言って…サボってたんじゃねぇだろうな?」
「嫌やわぁ~。ちゃーんと真面目に見張っとったし、誘導だってしましたえ?せやろ~?ライガはん。」
「あぁ。ソンノのお陰で追い込めたと言っても、過言ではないだろう。」
「おいおい…ほんとか…?」
彼女はとにかく手を抜く事を第1に考える、いわゆるサボり癖というものがあるのだが…それを感じさせないくらい、槍の扱いに長けている。それ故、付き合いの短いライガですら、彼女のサボり癖を黙認しつつ、その腕を高く評価しているのだ。
「まぁまぁ。無事に依頼は達成したし、そろそろ団長の所に戻ろうよ。」
「そうだな。あまり待たせていると、またナルがどやされるかもしれない。」
「おいライガ!いつ俺がどやされたってぇ!?」
「ナルはんは元気どすなぁ~。ほらほら、はよ行かんと日が暮れてしまいますえ~。」
こうして僕達は、来た道を戻って森を抜けた。
「団長~戻りましたえ~。」
彼女は手を振りながら、馬車の前に立つアリサの元へ駆け寄った。騎士学校で教官をしていた彼女は、今では王国騎士団の団長を務めている。元々威厳のある人物ではあったが、団長という立場も相まって、その威厳に磨きがかかったように感じた。
「ご苦労様。皆、怪我は無いかしら?」
「それはもちろん~。うちがついていれば、悪魔の1匹や2匹…10匹だって楽勝ですわぁ。」
「…サボってた奴がよく言うぜ。」
「アリサ団長。これから俺達はどうしましょうか?」
「そうね…あなた達は、先に王都へ戻ってもらおうかしら。フラン。あなたは私と一緒にピシシエーラへ来てもらうわ。」
「え?僕ですか?」
「団長殿から、直々のご指名だな。頑張れよ?フラン。」
肩を叩くナルの表情は、どこか嬉しそうだった。直線距離は近いものの、ピシシエーラまでの道のりは、それ程楽なものではなかった。
彼はそれを免れた事に安堵したのだろう。馬車に乗り込む3人を見送ると、アリサと共に険しい山道を歩き始めた。
悪魔の長が倒されて、数年の月日が経った。
悪魔と吸血鬼が交わした契約は消失し、吸血鬼の能力は日に日に薄れていった。今ではすっかり人間達に溶け込み、それぞれの人生を歩み始めている。
僕自身も指名手配犯の罪を免れ、テト様のお力で再び騎士団に戻る事が出来た。
騎士学校で共に過したナルとソンノ、元レジデンス幹部のライガが仲間に加わり、アリサ騎士団長の元で行動を共にしている。
「わっ…ぷ!?」
突然立ち止まったアリサの背中にぶつかり、思わず後ろに後退る。
「だ、団長…急に止まらないで下さいよ…。」
「お前が話を聞いていないからだ。何を考えていたの?」
「別に…何を考えていてもいいじゃないですか。」
「お前の事だから、今日の夕飯は何か…などと、浮かれていたんじゃないでしょうね?」
「…僕の事をなんだと思ってるんですか?」
「ふふっ。冗談よ。考え事をするのもいいけれど、この先は足場が不安定だから気を付けなさい。」
「あ…。お気遣い…ありがとうございます。」
「わかればよろしい。では先を急ぎましょう。」
ピシシエーラの薄暗さは相変わらず、街灯に照らされた道をゆっくりと進んでいく。大きな建物の前に辿り着くと、扉を叩いて中へと足を踏み入れた。
「失礼致します。依頼の報告に参りました。ミッド王国騎士団長のアリサ・クラーレです。」
「同じく、団員のフラン・セシルです。」
「お待ちしておりました。どうぞ奥へお進み下さい。」
受付の案内で、奥の部屋へ通される。そこには、机に座って書類を睨みつける、チェリム様の姿があった。
「あ!アリサ団長!それにフランも、よく来てくれたわ!」
「お久しぶりですチェリム様。」
「ほんとにね~。悪魔の長をやっつけた時以来かしら?元気そうで何よりだわ。」
「チェリム様。悪魔討伐の件ですが、解決しましたのでご報告に参りました。」
「あぁ~その件ね!ありがとう。やっぱりあなた達に頼んで正解だったわ。」
悪魔の長を倒した事で、人間と吸血鬼の争いに終止符を打つことが出来た。しかし、逃げ延びた悪魔達が各地に出没し、数年経った今でも人間の生活を脅かしている。
「他に目撃情報などはありませんか?」
「今の所大丈夫そうよ。全く…ようやく平和になったかと思ったのにこれだもの。領主っていうのも、楽じゃないわぁ~。」
以前のチェリム様は、故郷を嫌う領主の1人娘だった。しかし今ではお父様の地位を受け継ぎ、正式にピシシエーラの領主となった。
慣れない仕事に苦戦しながらも、フルリオの領主ノディ様とイフェスティオの領主ネイラ様に助けられながら、彼女なりに頑張っているそうだ。
「また何かお困り事があれば、私達がお力になります。何でもお申し付けください。」
「ありがとう!あ…早速なんだけど、1つ頼まれて貰えないかしら?」
彼女から包みを預かり、ピシシエーラから馬車に乗って王都へ帰る事になった。
「うん!わかった!」
剣を振り、草をかき分けながら木々の間を駆け抜ける。ガサガサと音を立てながら逃げる人影を追いかけ、崖際に相手を追い込んだ。
「まだ追いかけっこをするつもり?」
「ガグガァ!ゲアウイ!」
姿は人に似ているが、互いの言葉は通じ合わない。僕の目の前に立っているのは、人間でもなければ吸血鬼でもない…悪魔の生き残りだ。
悪魔は周囲を見渡し、再び森の中へと走り出す。
「あー!待っ…」
足を踏み出す僕の側を1本の矢が通り過ぎ、悪魔の足に突き刺さった。その場に倒れ込んだ悪魔は、苦しそうな呻き声をあげている。
「痛い思いをさせてごめんね…。今、楽にしてあげるよ。」
僕は剣を振り下ろし、悪魔にトドメの一撃を与えた。鞘に剣を納めてその場に膝をつき、胸に手を当てて目を閉じる。
「全く…お前はいちいち甘ぇ野郎だな。」
僕の背後から、弓を手にしたナルが歩み寄って来た。先程の矢は彼が放ったもので、その腕は騎士学校にいた頃から変わらない。
「甘かったかな?ちゃんとトドメは刺したつもりだけど…。」
「そういう事じゃねぇよ。相手は悪魔だぞ?そんな奴の為に祈るなんて、そんな真似…」
「悪魔だって生きてるんだ。その命を奪う事…出来る事ならしたくない。けど、僕達人間に危害を加えるようなら、見過ごす事も出来ない。命を奪う代わりに、彼等の冥福を祈るのは…いけないこと?」
「別に…悪いとは言ってねぇだろ。わざわざそんな事をする、お前の気持ちがわからねぇだけだ。」
「そう言うナルだって!動物を罠にかけた時、こうして祈りを捧げてるじゃないか。それと何が違うの?」
「あのなぁ…!言っておくが、俺が祈るのは冥福じゃなくて感謝だ。これから命を貰う相手に、敬意をだな…」
「ナル。そのくらいにしておけ。」
騎士団の装甲に身を包んだライガが、剣を納めながら歩み寄る。
「んだよ…。俺の考えが間違えるって言いてぇのか?」
「そうは言っていない。だが、フランの気持ちをだな…」
「お前はフランが大好きだもんなぁ?この間、一緒に街へ行ったんだろ?男2人で、一体何しに行ったんだか…。」
「俺とフランは家族なのだから、一緒に出かけても変ではないだろう?それに…フランの事が好きなのは、家族なのだから当たり前だ。」
「はっ…それは随分仲のいい家族だな。羨ましい限りだぜ。」
彼はライガを嘲笑うように、薄笑いを浮かべた。
彼には妹がいるが、兄や弟どころか父親も居ない。同性の家族という存在が、彼には理解出来ないのだろう。
そもそもライガと僕は、本当の家族ではないのだが…今の僕にとって彼は、父のような兄のようなそんな存在だ。
「もー。2人共、僕の為に争わないでよ。」
「はぁ!?誰がお前なんかの為に…」
「なんや、楽しそうな話をしてはりますなぁ~。うちの事も混ぜてくれへん?」
僕の背後から、ソンノが顔を覗かせた。彼女のマイペースさは、騎士になっても変わる事はないらしい。
僕達、特にライガに対して好意的ではないナルがこうして行動を共にしているのは、彼女の存在がかなり大きいと言える。ソンノとナルは幼馴染で、幼い頃から家同士の付き合いがあり、彼の入学と同時に彼女も揃って騎士学校へ通い始めた。
騎士団になった今でも、彼等が一緒に行動する姿は頻繁に目撃している。
「全然楽しくねぇよ!…それよりソンノ。お前、木の上から見張るとか言って…サボってたんじゃねぇだろうな?」
「嫌やわぁ~。ちゃーんと真面目に見張っとったし、誘導だってしましたえ?せやろ~?ライガはん。」
「あぁ。ソンノのお陰で追い込めたと言っても、過言ではないだろう。」
「おいおい…ほんとか…?」
彼女はとにかく手を抜く事を第1に考える、いわゆるサボり癖というものがあるのだが…それを感じさせないくらい、槍の扱いに長けている。それ故、付き合いの短いライガですら、彼女のサボり癖を黙認しつつ、その腕を高く評価しているのだ。
「まぁまぁ。無事に依頼は達成したし、そろそろ団長の所に戻ろうよ。」
「そうだな。あまり待たせていると、またナルがどやされるかもしれない。」
「おいライガ!いつ俺がどやされたってぇ!?」
「ナルはんは元気どすなぁ~。ほらほら、はよ行かんと日が暮れてしまいますえ~。」
こうして僕達は、来た道を戻って森を抜けた。
「団長~戻りましたえ~。」
彼女は手を振りながら、馬車の前に立つアリサの元へ駆け寄った。騎士学校で教官をしていた彼女は、今では王国騎士団の団長を務めている。元々威厳のある人物ではあったが、団長という立場も相まって、その威厳に磨きがかかったように感じた。
「ご苦労様。皆、怪我は無いかしら?」
「それはもちろん~。うちがついていれば、悪魔の1匹や2匹…10匹だって楽勝ですわぁ。」
「…サボってた奴がよく言うぜ。」
「アリサ団長。これから俺達はどうしましょうか?」
「そうね…あなた達は、先に王都へ戻ってもらおうかしら。フラン。あなたは私と一緒にピシシエーラへ来てもらうわ。」
「え?僕ですか?」
「団長殿から、直々のご指名だな。頑張れよ?フラン。」
肩を叩くナルの表情は、どこか嬉しそうだった。直線距離は近いものの、ピシシエーラまでの道のりは、それ程楽なものではなかった。
彼はそれを免れた事に安堵したのだろう。馬車に乗り込む3人を見送ると、アリサと共に険しい山道を歩き始めた。
悪魔の長が倒されて、数年の月日が経った。
悪魔と吸血鬼が交わした契約は消失し、吸血鬼の能力は日に日に薄れていった。今ではすっかり人間達に溶け込み、それぞれの人生を歩み始めている。
僕自身も指名手配犯の罪を免れ、テト様のお力で再び騎士団に戻る事が出来た。
騎士学校で共に過したナルとソンノ、元レジデンス幹部のライガが仲間に加わり、アリサ騎士団長の元で行動を共にしている。
「わっ…ぷ!?」
突然立ち止まったアリサの背中にぶつかり、思わず後ろに後退る。
「だ、団長…急に止まらないで下さいよ…。」
「お前が話を聞いていないからだ。何を考えていたの?」
「別に…何を考えていてもいいじゃないですか。」
「お前の事だから、今日の夕飯は何か…などと、浮かれていたんじゃないでしょうね?」
「…僕の事をなんだと思ってるんですか?」
「ふふっ。冗談よ。考え事をするのもいいけれど、この先は足場が不安定だから気を付けなさい。」
「あ…。お気遣い…ありがとうございます。」
「わかればよろしい。では先を急ぎましょう。」
ピシシエーラの薄暗さは相変わらず、街灯に照らされた道をゆっくりと進んでいく。大きな建物の前に辿り着くと、扉を叩いて中へと足を踏み入れた。
「失礼致します。依頼の報告に参りました。ミッド王国騎士団長のアリサ・クラーレです。」
「同じく、団員のフラン・セシルです。」
「お待ちしておりました。どうぞ奥へお進み下さい。」
受付の案内で、奥の部屋へ通される。そこには、机に座って書類を睨みつける、チェリム様の姿があった。
「あ!アリサ団長!それにフランも、よく来てくれたわ!」
「お久しぶりですチェリム様。」
「ほんとにね~。悪魔の長をやっつけた時以来かしら?元気そうで何よりだわ。」
「チェリム様。悪魔討伐の件ですが、解決しましたのでご報告に参りました。」
「あぁ~その件ね!ありがとう。やっぱりあなた達に頼んで正解だったわ。」
悪魔の長を倒した事で、人間と吸血鬼の争いに終止符を打つことが出来た。しかし、逃げ延びた悪魔達が各地に出没し、数年経った今でも人間の生活を脅かしている。
「他に目撃情報などはありませんか?」
「今の所大丈夫そうよ。全く…ようやく平和になったかと思ったのにこれだもの。領主っていうのも、楽じゃないわぁ~。」
以前のチェリム様は、故郷を嫌う領主の1人娘だった。しかし今ではお父様の地位を受け継ぎ、正式にピシシエーラの領主となった。
慣れない仕事に苦戦しながらも、フルリオの領主ノディ様とイフェスティオの領主ネイラ様に助けられながら、彼女なりに頑張っているそうだ。
「また何かお困り事があれば、私達がお力になります。何でもお申し付けください。」
「ありがとう!あ…早速なんだけど、1つ頼まれて貰えないかしら?」
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