エテルノ・レガーメ2

りくあ

文字の大きさ
上 下
36 / 116
第3章︰思わぬ再会

第35話

しおりを挟む
突然、ガクッと身体が倒れる感覚で目を覚ました。
燃え尽きた薪が転がり落ちているのを見て、夢を見ていた事を悟った。

「夢…かぁ…。」

ゴツゴツとした岩に囲まれた洞穴は、外からの光で少しづつ明るくなり始めている。
壁の反対側で寝息を立てて、気持ちよさそうに寝ているルナの姿があった。
ゆっくりその場に立ち上がり、音を立てないように慎重に足を動かす。

「ん?随分早いな。」
「あ、ミグさん…おはようございます‪。」

洞窟の外へ出てすぐの所に、彼の姿を見つけた。
彼の足元には、昨晩食べた木の実と似たような物がいくつか転がっている。

「ようやく日が昇り始めた頃だ。まだ寝てても良かったのに。」 
「早起きするのには、慣れてますから。」
「そうか。」
「ミグさんは何を?」
「あぁ…。お前の朝食をと思ってな。見ろよ。昨日仕掛けておいた罠に、兎がかかってたんだ。これから調理するから、もう少し待っ」
「その兎…逃がしてあげて下さい。」
「え、なんで?」
「…食欲が無いので、食べたくないんです。」
「食欲がないって…お前、昨日から対して食べてないだろ?」
「木の実だけで十分です。…お願いします。」
「わ、わかった…。」

彼が緩めた手元から1羽の兎が離れ、茂みの方へと駆けていった。

「ありがとうございます。」
「なぁフラン。昨日聞きそびれた事…聞いてもいいか?」
「なんですか?」
「お前…このまま俺達についてきて、本当にいいのか?記憶を取り戻す為に、お前も吸血鬼の領土に行きたいとは言っていたが…。このまま城を離れれば、いつ帰って来れるかわからないぞ?」
「僕は騎士とはいえ、まだ下っ端です。1人くらい抜けた所で、大事にはなりませんよ。」
「それだけじゃない。お前は今、囚人を連れ出した罪人になってる。今からでも引き返せば、軽い罰則で済まされるはずだ。もし必要なら、俺からテトに直訴するこ…」
「必要ありません。戻る気はないですから。」
「でも、このままじゃお前が…!」
「こいつがいいと言っているんだ。しつこいぞ。」
「っ…!お前…ルドルフか?」

奴は顔を強ばらせて、俺の名前を口にした。

「俺様が生きていて、残念だったか?」
「そういう訳じゃ…。」
「そんなことより、貴様等は追われているという自覚があるのか?明るくなる前に森を抜けるべきだ。あの小娘をさっさと叩き起こせ。」
「…わかった。でもその前に、フランにこれを食べさせてやってくれ。あいつは人間なんだから、ちゃんと食べないと動くに動けないだろ。」
「これだからしつこい人間は…。」

奴の手に乗せられた木の実を掴み取り、まとめて口の中に放り込んだ。

「ルナを起こしてくる。少しだけ待っててくれ。」
「さっさとしろ。」



それから俺達3人は、北へと歩みを進めて森を抜けた。周囲を警戒しながら街道を進み、船が立ち並ぶ港へとやって来た。

「ねぇミグ、どうして港に?」
「森の中を隠れて進んでも、徒歩は見つかるリスクが高いだろ?ここから船に乗って、南に向かおう。」
「南って事は…ノースガルム港?」
「そうだ。あそこからなら色んな方向へ船が出てるから、乗り継いで近くまで行けるはずだ。」
「なるほど…。あ!」
「ちょっ…大きい声出すなよ…!目立ったらどうす」
「あれ…フランの似顔絵じゃない?」

娘が指をさす先に、木の板で建てられた看板のようなものが立っていた。貼り出された数枚の紙の中には、俺とそっくりな男の似顔絵が並んでいる。

「恐らく指名手配だろうな…。くそ…こんなに早く出回るとは思わなかったな。」
「ルドルフの顔、見られたらまずくない?フードで隠し切れるかどうか…。」
「それなら問題ない。」

深く被ったフードを取ってみせると、奴等は驚いた表情を浮かべた。

「えっ…別人みたい…。」
「これは魔法…の力か?」
「お前等ごときでは、到底真似出来ないだろうがな。」
「これなら問題なく船に乗れそうだね。」
「おい小娘。お前もだぞ。」
「へ?私も…って?」
「お前…自身が脱獄犯だという事を忘れているのか?当然お前も指名手配だ。」
「そっか…そりゃそうだよね…。」
「目を閉じろ。」
「え?」
「いいから閉じろ。」
「どうして?」
「早くしろ。」
「あ、うん…。」

目を閉じ、こちらを見あげる奴の顔は、何が起こるか分からない恐怖のような感情で少し強ばっていた。
そっと娘の額に手を当てると、呪文を唱えながら目、鼻、口と手を動かした。

「これでいいだろう。」
「え?もう?」
「すげぇ…ルナがルナじゃなくなったぞ。」
「ほんと?どんな顔になったか見たい!」

今にも駆け出しそうな娘の腕を掴み、その動きを止めた。

「さっさと船に乗れ。どこへ行く気だ。」
「船に乗ってる間、俺はルナの中で大人しくしてる。何かあったら出ていくから、そのつもりでいてくれ。」
「はーい…。顔、見たかったな…。」



「ねぇルドルフ。」
「…なんだ。」

遠くの方をぼんやり眺めていると、娘が声をかけてきた。

「ルドルフの顔と私の顔、一体誰の顔なの?」
「そんな事を知ってどうする。」
「気になったから聞いたんだけど…だめだった?」
「この世には、もう存在しない者の顔を借りただけだ。特に意味は無い。」
「亡くなった…って事?」
「そうだ。」
「そっか…ごめんね!余計な事聞いちゃって…。」

奴は慌てて言葉を濁した。死人の顔を使っている事に、後ろめたさがあるらしい。

「ルドルフとこうして船に乗るの、2度目だね。」
「2度目?」
「覚えてない?ラヴィが操縦する船に、フランとクラーレと一緒に乗った事。あの時、初めてルドルフに会ったんだよ?急に噛み付かれた時は、ビックリしたけどね!」
「記憶にないな。」
「まぁ…ルドルフが出てきたのも突然だったから…覚えなくても無理ないかも。ところで、フランは中にいるの?」
「これは、あいつの身体だ。何故そんな事を聞く?」
「いや…ルドルフは、あんまり外に出てこないと思ってたから…。」
「あいつにこの魔法は制御出来ない。今ここで奴が出てくれば、俺様もお前も元通りだ。」
「あ…それもそうだね。」

娘はそう言って、くすくすと笑った。

「…お前、何故魔法が使えない?」
「えっ…どうしてそれを?」
「隠しているつもりだったのか?お前1人なら、牢屋に入る前に転移する事も出来たはず。牢屋に入ったとしても、そこから出る事など造作もないはずだ。」
「どうしてなのか、私にもよくわからないの。ルカと一緒になってから、外に出る事なんてもう無いと思ってたのに…。気がついたら、城の中にいて…魔法も使えなくなってた。」
「そうか。」
「ルドルフは、どうして魔法が使えないのか、検討がつく?」
「いいや。さっぱりわからん。」
「そっかぁ…。やっぱりヴェラに聞くべきかなぁ…。」
「ヴェラヴェルシュなら、1度会ったな。」
「え!どこで!?」
「そうか…何かを探しているようだった、とフランが言っていたが、お前を探していたのかもしれないな。」
「どこに行ったか、わからない?」
「行先までは聞かなかった。」
「そっか…。」

話を終えるタイミングで甲高い音が聞こえ、目線の先に陸地が見え始めた。

「そろそろ着くようだな。」
「乗り換えるんだったよね?降りなきゃ…!」
「あぁ。」

船を降り、まずは人目を避ける為に宿屋の裏側へやってきた。

「ミグ。ここから、どこへ向かう船に乗り換えたらいいの?」
「東の方に、ピシシエーラの最寄り港がある。そこから北東に向かって、フルリオを超えたらイリスシティアに辿り着くはずだ。」
「まだまだ道のりは長そうだね…。」
「もう追っ手の心配は無さそうだし、今日はここで1泊するか。」
「逃げている自覚がまるでないようだな。」
「ルドルフは良くても、フランの身体が心配なんだよ俺は。丁度すぐそこが宿屋だし、話をつけて来てくれないか?」
「なぜ俺様が話を?」
「ルナが話を付けるには、見た目が幼いから相手にしてもらえない可能性がある。俺が話を付けるとなると、3人で1部屋は狭いだろ?俺はルナの中にいた方が、色々と怪しまれないだろうしな。」
「はぁ…やむを得ないか…。」



部屋の扉を開けると、赤く染った陽の光が部屋の中に差し込んでいた。ベッドの側に荷物を置いて、布団の上に腰を下ろした。娘はベッドの上に寝転び、身体を伸ばしてくつろいでいる。

「久しぶりの布団だ~。ふかふかだ~。」
「脱獄囚がいいご身分だな。」
「そういうルドルフも、共犯なんだよ?」
「俺様じゃなく、フランがな。」
「えー?同じでしょー?」
「小言はいいからさっさと寝ろ。そのために来たんだからな。」
「寝る前に、まずはご飯でしょ?ミグも言ってたけど、フランにちゃんとご飯食べてもらわないと!」
「面倒な身体だ…全く…。」

娘に手を引かれ、半ば強引に近くの酒場へと連れていかれた。店の者に料理を頼むと、しばらくしてテーブルの上に並べられた。

「ん~!おいし~!」
「俺様からしたら、どれも同じだ。」
「そんな事ないよ。こっちの料理は甘酸っぱくて、こっちは辛いよ?」
「お前は味覚がわかるんだな。」
「え?ルドルフはわからないの?」
「別に困らないからな。」
「そう…なんだ…。」
「なぁ…お前は聞いたか?海賊の話。」
「あー聞いたよ!最近、この辺をうろついてんだってな。」

娘の後ろに座っている、2人組の男の話が耳に入ってきた。どうやらこの港の近くで、海賊船が目撃されているらしい。

「ねぇルドルフ!聞いてる?」
「大きな声をだすな。目立ってどうする。」
「それならちゃんと話聞いてよー。」
「食べ終わったなら帰るぞ。話を聞いている暇は無い。」

テーブルに硬貨を置き、足早にその場を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

翼のない竜-土竜の話-

12時のトキノカネ
ファンタジー
日本で普通に生きてた俺だけど、どうやら死んでしまったらしい。 そして異世界で竜に生まれ変わったようだ。竜と言っても翼のない土竜だ。 生まれた直後から前世の記憶はあった。周囲は草食のアルゼンチノサウルスみたいな連中ばかり。10年、育つのを待って異世界と言ったら剣と魔法。冒険でしょう!と竜の群れを抜けて旅をはじめた。まずは手始めに一番近い人間の居住エリアに。初バトルはドラゴンブレス。旅の仲間は胡散臭い。主人公は重度の厨二病患者。オレツエェエエエを信じて疑わないアホ。 俺様最強を目指して斜めに向かっている土竜の成長物語です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた
ファンタジー
理想郷≪アルカディア≫と名付けられた世界。 世界は紛争や魔獣の出現など、多くの問題を抱え混沌としていた。 そんな世界で、破壊の力を宿す騎士ルーカスは、旋律の戦姫イリアと出会う。 彼女は歌で魔術の奇跡を体現する詠唱士≪コラール≫。過去にルーカスを絶望から救った恩人だ。 だが、再会したイリアは記憶喪失でルーカスを覚えていなかった。 原因は呪詛。記憶がない不安と呪詛に苦しむ彼女にルーカスは「この名に懸けて誓おう。君を助け、君の力になると——」と、騎士の誓いを贈り奮い立つ。 かくして、ルーカスとイリアは仲間達と共に様々な問題と陰謀に立ち向かって行くが、やがて逃れ得ぬ宿命を知り、選択を迫られる。 何を救う為、何を犠牲にするのか——。 これは剣と魔法、歌と愛で紡ぐ、終焉と救済の物語。 ダークでスイートなバトルロマンスファンタジー、開幕。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日
ファンタジー
ーー時は魔物時代。 魔王を頂点とする闇の群勢が世界中に蔓延る中、勇者という職業は人々にとって希望の光だった。 そんな勇者の一人であるシンは、逃れ行き着いた村で村人たちに魔物を差し向けた勇者だと勘違いされてしまい、滞在中の兵団によってシーラ王国へ送られてしまった。 「勇者、シン。あなたには魔王の城に眠る秘宝、それを盗み出して来て欲しいのです」 唐突にアリス王女に突きつけられたのは、自分のようなランクの勇者に与えられる任務ではなかった。レベル50台の魔物をようやく倒せる勇者にとって、レベル100台がいる魔王の城は未知の領域。 「ーー王女が頼む、その任務。俺が引き受ける」 シンの持つスキルが頼りだと言うアリス王女。快く引き受けたわけではなかったが、シンはアリス王女の頼みを引き受けることになり、魔王の城へ旅立つ。 これは魔物が世界に溢れる時代、シーラ王国の姫に頼まれたのをきっかけに魔王の城を目指す勇者の物語。

異世界坊主の成り上がり

峯松めだか(旧かぐつち)
ファンタジー
山歩き中の似非坊主が気が付いたら異世界に居た、放っておいても生き残る程度の生存能力の山男、どうやら坊主扱いで布教せよということらしい、そんなこと言うと坊主は皆死んだら異世界か?名前だけで和尚(おしょう)にされた山男の明日はどっちだ? 矢鱈と生物学的に細かいゴブリンの生態がウリです? 本編の方は無事完結したので、後はひたすら番外で肉付けしています。 タイトル変えてみました、 旧題異世界坊主のハーレム話 旧旧題ようこそ異世界 迷い混んだのは坊主でした 「坊主が死んだら異世界でした 仏の威光は異世界でも通用しますか? それはそうとして、ゴブリンの生態が色々エグいのですが…」 迷子な坊主のサバイバル生活 異世界で念仏は使えますか?「旧題・異世界坊主」 ヒロイン其の2のエリスのイメージが有る程度固まったので画像にしてみました、灯に関しては未だしっくり来ていないので・・未公開 因みに、新作も一応準備済みです、良かったら見てやって下さい。 少女は石と旅に出る https://kakuyomu.jp/works/1177354054893967766 SF風味なファンタジー、一応この異世界坊主とパラレル的にリンクします 少女は其れでも生き足掻く https://kakuyomu.jp/works/1177354054893670055 中世ヨーロッパファンタジー、独立してます

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...