エテルノ・レガーメ2

りくあ

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第2章︰失われた過去

第25話

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翌日、ルドルフと名乗るもう1人の僕に言われた通り、オズモールの研究室へと足を運んだ。

「その話は本当かい?」
「それが…僕自身、あんまり信じきれてないんだ。だから彼と話をする前に、僕を動けないようにしておくのがいいんじゃないかと思って。何かいいアイディアはある?」
「なるほどねぇ~…。それなら一時的に、筋肉を硬直させる薬を処方するよ。マコちゃん、準備してくれる?」
「はぁ~い。」
「あの…フランさん。僕達がここに居る意味はあるんでしょうか?」

部屋の端で様子を伺っていたレヴィが、心配そうな表情を浮かべながらこちらへ歩み寄ってきた。

「2人にも、彼の話を聞いて欲しいんだ。話を聞いた後に考えをまとめようって時に、2人の意見も参考にしたくてね。それと…もし僕が暴走するような事があったら、止めてもらえるようにと思って。」
「そういう事でしたら…分かりました。善処します。」
「は~い!フランくん~お薬だよ~。」
「ありがとうマコ。」

彼女に手渡された水を受け取り、薬と共に口へ流し込んだ。徐々に薬の効果が出始め、身体を思うように動かせなくなっていった。

「指はどう?動かせそうかい?」
「力を入れてるけど…もうだいぶ動かせなくなってるみたい。」
「それじゃあ本題に入ろうか。」
「うん。…ルドルフ。いいよ出てきて。」

彼に言われた通り、そっと目を閉じてその名前を口にした。



「まさか…本当に俺の言葉を鵜呑みにするとはな。」

以前のフランなら、考えられないような行動だった。表面上では信じているように見えて、その胸の内は決して誰にも見せようとはしない。身体を共有しているはずの俺ですら、1度も心を許さた事はなかった。

「やぁルドルフくん。久しぶりだねぇ。」
「お前はあの時の…研究者か。」

目の前に置かれた椅子に、1人の女が足を組んで座っている。数年前に顔を合わせた事があるのを俺は微かに覚えていた。

「え、先生…彼と面識が…?」
「そう。私が彼に頼まれて、フランくんを人間に戻したんだ。いやぁ~また会えて嬉しいよ。」

女は久しぶり顔を合わせた古い知人と話すような口振りで、にこやかに笑って見せた。

「なるほど。貴様等お得意の変な薬を使って、俺様の行動を制限したという訳か。」
「本人からの申し出だからね?私はちょっとだけそれを手伝っただけだよ。」
「物理的な拘束より余程効果がありそうだな。お前達の、発達が弱い頭でよく考えたものだ。」
「それはそうと、私に話があるんだろう?」
「そうだな。それほど親しくもないお前と、世間話をしたくて来た訳じゃないからな。本題に入らせてもらおう。」

それから俺は、薬によって引き起こる副作用の危険性と、現段階の自分の考えを女に伝えた。女は食い入るように俺の話を聞き、胡散臭いほどすんなりと納得したように見えた。



「ん…あれ…?」
「おはようフランくん。目が覚めたかい?」

研究室の硬いベッドの上で、僕は目を覚ました。痺れの残る身体をゆっくりと起こすと、自分の置かれた状況に気が付いた。

「そ、そうだ…!彼との話はどうなったの?」
「フランくんは何も聞かされてなかったのかい?彼が代わりに身体を動かしている間、てっきり君にも話が通じてるものかと思ったんだけど…。」
「いや…確かにここで彼が会話していた事は何となく覚えてるよ。ただ、夢を見ていたみたいで、実感が湧かないんだ。」
「彼は、薬の副作用についてと今後の対応について話していたよ。薬を飲んで抑えるのでは無く、フランくん自信が彼を抑制する力を付けるべきだってね。」
「そっか…それなら、僕が聞いた内容と同じだね。」
「私の意見を率直に述べると、彼に従うのが間違いないと思う。私達が長年吸血鬼を研究してきたとは言え、実際に吸血鬼である彼の話には信憑性があるからね。彼を信じるかどうかは、フランくん次第だろうけど。」
「マコとレヴィは話を聞いててどう思った?」
「僕は…正直信じられませんね。何せ突拍子もない話ですから。僕や周りの判断ではなく…フランさんが自身で決めるべきだと思います。ごめんなさい…お力になれなくて。」
「あたしは、彼が嘘をついているようには思えなかったなぁ~。何か企んでそうな、怪しい言い方だったけどぉ…。もしも身体を乗っ取ろうと思うなら、他に幾らでも方法はあったと思うんだよねぇ~。わざわざ先生に会って話をしたかったのは、自分から話した方が説得力があると思ったんじゃないかなぁ?」
「なるほどね…。」
「どの道、最終的に判断するのは君自身だよ。ゆっくり考えて、結論を出せばいい。」
「そうだね…そうするよ。みんなありがとう。」



話を終えた僕は、研究所を出て街の方へと歩き出した。どこへ向かう訳でもないが、閉鎖的な静かな部屋よりも、開放的な街中の方が程よい賑わいもあり、考えをまとめるのにより効率的だと思ったのだ。

「あれ?フランじゃないッスか~。こんな所で何してるんッス?」

広場の長椅子に腰をかけ、空を眺めていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「ついさっきまで、オズモールの所に話をしに行ってた所なんだ。ゼノは…買い出し?」
「そーなんッスよ~。みんな手が離せないだの今忙しいだので、頼まれたんッス。俺も色々やる事があるんッスけどねぇ~。」
「そっか、それは大変だね…。僕も何か手伝おうか?」
「あー…それなら、これをレヴィに渡しておいてもらえるッスか?」

彼が手渡した袋には、細長い形状の小さな箱が一つだけ入れられていた。

「うん。わかった。渡しておくね。」
「急で悪いッスけど、できるだけ早く渡して欲しいッス。多分、これが届くのを待ちわびてると思うッスから。」
「そんなに急ぎの用なのに、わざわざゼノに頼んだの?」
「ここらじゃ手に入らない物ッスからね。俺の知り合いに頼んでようやく手に入れたッス。」
「へぇ…。」
「じゃあ頼んだッスよ。俺は研究所に戻るッス~。」 

ヒラヒラと手を振るゼノを見送り、レヴィの家へ歩き出した。



「あ、いたいた。おーいレヴィ。」
「フランさん?どうかしましたか?」

物置部屋の片付けをしている彼の元へ歩み寄ると、先程渡された袋を胸元へ差し出した。

「これ、ゼノから渡すように頼まれたんだ。」
「あぁ…!ありがとうございます。」
「この辺りじゃ手に入らないものなんだってね。待ちわびてたって聞いたけど…なんなの?それ。」
「これは…お香です。」
「お香?」

袋から中身を取りだし、箱の包みをビリビリと破き始めた。箱の中には、鮮やかな黄色に染った細長い棒がぎっしりと詰まっている。

「わぁ…!鮮やかな色だね。こんな色のお香は初めて見たよ。」
「これは、カナートリ厶と言う花から作られたものなんです。とても繊細な花で、繁殖力が弱いので一部の地域でしか咲いていないと思います。」
「でも…この辺りにないものをどうしてわざわざ?」
「…ソルティが好きな花なんです。僕達の故郷に沢山咲いているんですが、生花を持ってくるには遠すぎるので…。せめて香りだけでもと思って、ゼノさんの知り合いにお願いしてお香にしてもらったんです。」
「そうだったんだ…。」
「フランさん。良ければこれから、一緒に墓参りへ行きませんか?」
「え?僕も行っていいの?」
「もちろんです。きっと喜ぶと思うので…準備するので、ちょっと待っていてください。」



支度を終えたレヴィに連れられ、研究所の裏手にある墓地へとやって来た。

「スレイは連れて来なくてよかったの?」
「兄さんは…1度もここへ連れてきた事がありません。きっと…彼女の墓は見たくないと思って。」

新品同様に見える真新しい墓石に、亡くなった彼女の名前が掘られている。周りにはピンクの小花が咲いていて、前に置かれているお香立てやコップは綺麗に整頓されていた。

「綺麗に手入れしてあるね。」
「時々、誰かが来てくれているみたいなんです。恐らく…オズモール先生だと思うんですけど。」
「どうして彼女が?」
「先生は、ソルティの事を娘のように見てくれていましたからね。兄さんが1人で、ここへ来るとも思えないですし…。」
「そっか…それもそうだね。」

お香に火をつけると、果物のような甘い香りが周囲に広がっていく。
墓の前で手を合わせる彼の背中は、言葉では言い表せない悲しみが読み取れるような気がした。

「さて、それでは帰りましょうか。」
「うん。」
「…あ、あの!待ってください!」

突如か細い少女の声が聞こえ後ろを振り返った。

「どうかしましたか?」
「あ…いや…。もう少し、ソルティに話したい事があるんだけど…いいかな?」
「それは構いませんけど…。兄さんが待っていると思うので、僕は先に帰りますね。」
「うん。僕も少ししたら帰るよ。」

彼の背中を見送ると、声がしたであろう墓の前に腰を下ろした。

「もしかして…君がソルティ?」
「え…!なんで声が聞こえ…」
「なんでかな…君に呼び止められたような気がしたんだ。僕の事、知ってるの?」
「はい…。1度この街に運び込まれた事があって…。名前と声は覚えてないですけど…。顔は見た覚えがあります。間違いないと思います。」
「運び込まれた…ってことは、僕が人間に戻った時の事かな…。」
「おそらく…そうだと…。」
「呼び止めたって事は、何か僕に言いたい事があるの?」
「は、はい!実は…スレイに渡して欲しいものがあって…。」
「渡して欲しいもの?」
「はい…。調理場の棚の引き出しの裏に、鍵を隠してあります。その鍵を使って、私の部屋にある机の引き出しをあけてください。中に、赤いリボンの着いた袋が入っているので…それを彼に。」
「君の部屋の机に入ってる、赤いリボンの袋だね?わかったよ。」
「ありがとうございます…!」
「ううん。2人には随分世話になったからね。僕に出来ることならなんでもするよ。」
「それじゃあ私…そろそろ…もどら…ない……と…」

彼女の声は次第に薄れていき、返事が返ってくることはなかった。
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