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第16章︰2人で
第156話【最終話】
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それから数日が経ち、総務本部の自室で新しい朝を迎えた。
「おぉ~ステラではないか!あれから身体の調子はどうじゃ?」
「おはようネイラ。もうすっかり馴染んできたよ。魔力も安定してきたし、そろそろ僕も動こうかなと思ってね。」
階段を下りた所で、椅子に座って紅茶を飲んでいるネイラと出会った。
「駄目じゃ駄目じゃ!お主には結界を維持するという、大事な役目があるであろう?部屋に戻って、大人しく本でも読んでおれ!」
「えぇ~。読書なら昨日、1日中してたよ?ちょっと身体を動かすくらいしたって…」
「つい2日前に、熱を出して寝込んでいたではないか。この多忙なわらわが、付きっきりで看病してやったと言うのに…。…もしやお主、またわらわに看病をして欲しくてわざとしておるのか?」
「え、いや…そういうつもりじゃ…。」
「仕方ないのぉ~。ならば今度寝込んだ時は、1日中お主の側で添い寝してやろう。今日1日動き回ったら、きっと明日は動けなく…」
「わ、わかったよ…!部屋に戻ればいいんでしょ…!?」
彼女に脅しのような言葉をかけられ、渋々来た道を引き返していった。
無事に融合の処置を済ませた僕は、ステラとして別の人生を歩み始めている。融合を終えた後、総務と幹部の吸血鬼を集めて、力を出し合って結界を作り上げた。難しい理論はよくわからないが、僕の身体で作られた魔力が結界に吸収され、その役目を保ち続けているらしい。
「ステラ~いる~?」
「この声はチェリムかな?いるよ~。どうぞ入って~。」
ベッドの上で身体を起こすと、チェリムが扉を開けて中に入って来た。彼女は本部にいる事が多く、こうして部屋にやって来るのは日常茶飯事だ。
「あ、ごめん。寝る所だった?」
「ううん。さっき部屋に戻って来た所。何もすることがないから、本を読もうかなーと思ってたんだ。」
融合で身体のバランスが変化した事と、魔力を吸われ続けている影響で身体に負担がかかり、以前よりも寝ている事が多くなった。身体に重しを付けて歩いているような感覚で、体力もかなり落ちたと思われる。
「まだ融合してから、数日しか経ってないしね~。以前のステラだって、慣れるまでにはかなりの日数がかかってたはずよ?それに加えて結界の維持だもの…大変よねぇ。」
「チェリムはどうしてここに?家族に会いに、ピシシエーラへ行ったんじゃなかったの?」
「家族に会うって言うか~…クソ親父に呼び出されたのよ。泊まって行けって言うから仕方なく泊まったけど…あんな所に少しでも長居したくなくてさっさと帰ってきたわ。」
「どうしてそんなに故郷が嫌いなの?ピシシエーラだっていい所だよ?」
「あんな、ジメジメした所のどこがいいのよ!?あーあ…あたしもラーズニェの貴族になりたかったなぁ~。」
「ラーズニェかぁ~…。あの街はどこを見てもとにかく綺麗だよね。また出かけられたらいいんだけど…。」
窓の外を眺めると、空の1部がほんのり虹色に変色しているのが見えた。結界の色は無色透明で、陽の光を反射して虹色に見える事がある。普段の生活の中では結界の中にいる事を忘れるくらい、周りの風景に大きな変化はなかった。
「そういえば…!外にはまだ出かけられないだろうから、クレアが上級吸血鬼のみんなを本部に連れてくるって言ってたよ?」
「え、本当!?」
「その事を伝える為に来たのに、危うく用事を忘れる所だったよ~。」
「ありがとうチェリム!」
「ううん。お礼ならクレアに伝えて。ハイトにも別の用事があるから、あたしはそろそろ戻るねっ。」
「うん。またね。」
彼女が部屋を出てからしばらく経った後、クレアが人を引連れて僕の部屋を訪れた。
「あ、みんな!来てくれたんだね…!いらっしゃい。」
「お、お邪魔します…!」
彼等は緊張した面持ちで部屋の中に足を踏み入れ、僕に向かって頭を下げた。
「どうじゃステラ。体調の方は大丈夫そうかの?」
「うん。クレアの薬のおかげですっかり良くなったよ。」
「そうかそうか。それは良かったのぉ~。昼過ぎに、また皆を迎えに来るでの。それまでゆっくり話でもしなされ。」
「ありがとうクレア。」
彼女が部屋を出ていくと、部屋に残された彼等をソファーに座わるよう促した。
「みんな元気だった?どう?依頼の方は頑張ってる?」
「も、もちろんです…!ステラ様も、お元気そうで何よりで…」
「タック。前みたいに普通に話してくれていいんだよ?今はステラ様じゃなくて、ルカって呼んで欲しい。」
「やっぱりあれやな…!見た目は変わってても、俺等の知ってるルカのままや~。」
「当たり前でしょ?どんなに偉い立場になっても、みんなと友達なのは変わらないんだから。」
「総務本部に来れた事もそうだけど、総裁と友達になれるなんて思いもしなかったわ。」
「あはは。僕も総裁になるなんて思ってなかったよ。あ、お茶を用意してなかったね。ちょっと待ってね…今…」
その場から立ち上がった僕を見て、向かいのソファーに座っていたレミリーが慌てて立ち上がった。
「それなら私が用意するわ~。ルカはまだ身体が慣れてなくて、動くのが大変なのでしょう~?そこのティーセット、借りるわねぇ~。」
「ありがとうレミリー。助かるよ。」
彼女が取り出したティーセットをみて、ララが驚きの声を上げた。
「あ!それ…私がルナにあげた…!」
「あ、うん。ララがくれたティーセット、僕が愛用してるんだ。…ちょっと可愛すぎるけどね。」
「あはは!確かにそうやな!」
アレクは口を大きく開けて、盛大に笑ってみせた。すると、隣に座っていたララもそれにつられ、くすくすと笑いだした。
「レミリーがくれた鉢植えも、ちゃんと飾ってるよ。ほら、あそこに。」
僕は窓際に飾られた、小さな鉢植えを指さした。
「あら~。随分前にプレゼントしたのに、まだ枯れずに残ってるのねぇ~。」
「花が咲いては枯れて、また新しい芽が生えてくるんだ。自然と種をこぼす品種なんだろうね。」
「その隣の瓶はなんなの?」
ユイは僕と同じように、窓の方を指さした。彼女が見つけたのは、元々ステラが部屋に飾っていた使い魔達の遺品の瓶だった。
「あぁ…。あれは使い魔の遺品なんだ。」
「死んじゃった使い魔の物が入ってるって事…?」
「うん。あの中の6つは前のステラの使い魔達で、藍色はルナとミグのだよ。」
「あっ…ごめん…。」
「気にしなくていいよ。2人は死んじゃったけど、僕が2人の分も生きるって決めたんだ。今日みんなが会いに来てくれて、きっと喜んでると思うよ。」
「…そうだといいな。」
「7つの色が並んでると、なんだが虹の色みたいで綺麗だね。」
「そうねぇ~。」
「あ、虹と言えば、この間さ…」
それからしばらくの間、彼等となんでもないような日常の話をした。あっという間に時間は過ぎて行き、お昼の鐘がなる頃、彼等はエーリへと帰って行った。
ーコンコン
「ハイトー。いるー?」
僕は部屋を抜け出して、彼の部屋の前に来ていた。扉を叩いて声をかけてみたが、返事が返って来る様子はない。
「留守かな?それとも、寝てて気づかないのかな…?」
「ステラ。どうした?」
「あ、ノディ。」
扉の前で立ち尽くしている僕の元に、ノディがやって来た。
「ハイトに用事か?」
「うん。借りてた本を返そうと思って。」
「ならば俺が預かっておこう。」
「気持ちは嬉しいけど、話したい事もあるから後で出直すよ。あ、そうだ。ハイトが行きそうな場所に心当たりはある?」
「今の時間は…庭で寝ているかもしれないな。」
「あー…なるほどね。じゃあ散歩がてら見て来ようかな。ありがとうノディ!」
「無理はするなよ。」
「うん!」
階段を下りて建物の外へ出ると、裏手にある庭へと向かった。木陰に吊るされたハンモックに横たわるハイトの姿を見つけ、彼の元へ歩み寄った。
「ハイト。寝てる?」
「…見たらわかるでしょ。寝よーとしてるの…。」
「なんだ。起きてるじゃん。」
「寝るのを邪魔されるのが1番嫌いなんだけどなー…。わかってて、わざとそうしてるの?」
「やだなぁ。そんな訳ないよ~。本を返したいのと、ちょっと聞きたい事があるんだ。」
「本?あー…ちょっと前に貸したやつね。聞きたい事ってのは何?早く寝たいから早く言って。」
彼は気だるそうに身体を動かし、ハンモックの上で僕の方を向いた。
「今、僕の魔力で結界を維持してるでしょ?残ってる魔力で、魔法は使える?」
「なんでそんな事聞くの?」
「聞いたらいけなかった?」
「別にそーじゃないけど…。じゃー確認するから手を出して。」
「こう?」
彼に向かって腕を伸ばすと、その腕を掴んで手首に指を当てた。
「クレアも体調を見る時そういう風にしてるけど、手首に触れたらわかるようになってるの?」
「手首は肉や皮が薄いから、脈とか魔力の流れがわかりやすいんだ。…そーだなー。転移は無理だけど、上級属性魔法くらいなら発動は出来そうかな。」
「本当?なら、薬を作るのも出来るかな?」
「あのさー。あんまりやり過ぎて倒れないでよ?ネイラに怒られても、俺知らないからねー?」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと時間を置いてゆっくり作るからさ!ありがとうハイト。あ、これ!本返すね。」
「…本当に分かってるのかなー?」
彼の元を離れて建物の中へ戻ると、薬草が保管されている倉庫へと向かった。
「邪魔するよぉ~ステラや。」
「あ、クレア。いらっしゃい。」
日が沈み出し、部屋の中がオレンジ色に染まり始めた頃、クレアが僕の部屋へとやって来た。
「おやまぁ…。薬を作っていたのかい?」
「うん。ただ本を読んでるだけじゃつまらなくて。…あ!…倉庫にあった薬草を勝手に使っちゃった…どうしよう。」
「またチェリムに頼めば良いだけじゃ。わしの方から上手く言っておいてやるでの。お主は心配しなくてもよい。」
「ありがとうクレア。あ、ところで…僕に何か用事だった?」
「おぉ~そうじゃったそうじゃった。前にお主から頼まれていた物が、完成したんじゃ。今からわしと見に行かんかね?」
「え、本当!?行く行く!」
外へ出ると、歩き出した彼女の後ろを追いかけて建物の北側へ向かった。そこには小さな小屋が2つ立っていて、扉を開けて片方の小屋の中に足を踏み入れた。
木で作られたテーブルが部屋の両脇に並び、足元には土の入った袋と大量の鉢植えが置かれている。薬の材料となるアスルフロルとブルートを育てる為に、予め小屋を作るように彼女にお願いしていたのだ。
「鉢植えや土はノディに運んでもらったでの。後はお主の好きなようにやっておくれ~。」
「本当にありがとうクレア!」
「まだ本調子ではないじゃろうから、無理は禁物じゃ。倒れてしまっては、元も子もないのじゃからな?作業するのは明日にしなさいねぇ~。」
「うん…わかった。気をつけるね。」
「では、部屋に戻るとするかのぉ~。」
彼女と共に小屋を出てそれぞれの部屋に戻ると、明日に備えて早めに寝る事にした。
「おはようルカ。」
「…おはようルナ。」
夢の中で目を覚ますと、僕の隣でベッドに横たわっている彼女と目が合った。ぼんやり前方を眺めていると、白い腕が頭上に伸びて僕の頭を優しく撫で始めた。
「髪が長くなったの、まだ見慣れないなぁ。なんか別人になっちゃったみたい。」
「なら…切ろうか?」
「ううん。この際だから私が伸ばしちゃおうかな。」
「ルナならきっと似合うよ。楽しみにしてる。」
「そろそろ起きよ?ご飯作るね。」
「うん。僕も手伝うよ。」
ルナとミグが死に、使い魔ではなくなった後も2人は僕の身体の中で生活している。家の中は以前と変わりないが、窓から日の光が差し込むようになり、気分までも晴れやかになる気がした。
「あれ?ミグはどこか行ったの?」
「今日はテトの所に行くって言ってたよ。」
「ミグも僕の側に居てくれるって言ってたのに、最近テト様の所ばっかり行き過ぎじゃない?」
「…私はルカと2人になれて嬉しいけどね……。」
「え?なんて言った?」
「な、なんでもないよ!ほらほら、出来上がったからご飯食べよ!」
ステラとなってから食事をする機会がなくなり、夢の中だけで食べるようになってしまった。そのせいか食べ物の味が曖昧になり、美味しいか美味しくないかもわからなくなっていた。それでもこうして彼女と食事を共にするのは、美味しそうに食べる彼女を眺めていたいと思うからだった。
「今日はどんな事をしたの?また読書?」
「今日はね~エーリのみんなと会ったよ。クレアが本部に連れて来てくれたんだ。」
「いいなぁー!みんな元気だった?」
以前は僕がしている事を彼女も見る事が出来たが、今は見る事が出来なくなった為、こうして毎日のようにあった事を彼女に話して聞かせている。
「うん。ユーリとツヴェルには会えなかったけどね。みんな元気そうだったよ。」
「そっか…ならよかった。」
「後は読書もしたけど、薬を作ったりもしたよ。あ、それから、アスルフロルとブルートを栽培する為の小屋が完成したんだ!そっちは明日から作業をするつもりだよ。」
「本当!?すごいね!じゃあ明日は忙しくなるんだ。」
「そうだろうけど、すごく楽しみだよ。今まで寝てばっかりだったから、何か僕も出来る事増やしていかなきゃ。」
「無理しないでね?ルカはすぐ頑張りすぎるんだから。ちゃんと休憩しながらだよ?」
「わかってるよ~。」
「あ、そうだルカ。今日は流星群が見れるらしいよ。そろそろ日も暮れてきたし、見に行かない?」
今まで夢の中では常に夜か昼のみになっていたが、ここでは朝になれば昼になり夕方へと変化していって、最終的に夜を迎える。その時間の流れがかなりのスピードで進むようになり、僕が寝ている間に1日が過ぎ去って行く仕様になっていた。
窓から差し込んでいた白い光が赤くなっているのを見て、僕は彼女と家の外へ出た。
しばらく道を歩いて行くと、辺りが暗くなり空に月が上った。
「あ、見て見て!あの星すっごく明るいね!」
「あれは、僕達と距離が近いから明るく見えるんだよ?季節によって見える星が違ったりして、見てて飽きないよね。」
「随分詳しくなったねルカ…。」
「興味があって本を読んだからかな?まだまだ知らない事がいっぱいあるから、もっと勉強するよ。」
「じゃあ、もっと色んな事教えて?ルカが知ってる事、私も知りたい。」
「うん。わかった!そうするね。」
「…あ、流れ星!」
彼女が指をさした先を振り向くと、既に星は流れた後だった。
「あー…遅かったなぁ…。次こそはちゃんと見て、お願い事を…」
彼女の方を振り返ると、左の頬に暖かくて柔らかいものが触れた。
「え…ルナ…///?」
「こ、この間…ミグから聞いたんだけど…。流れ星を見た後に………すると…。両想いになれるって…言うから…///」
彼女はその場で俯きながら、恥ずかしそうに言葉を呟いた。
「…あ。流れ星だ。」
「え、どこ!?次はお願い事し…!」
僕の言葉に彼女は顔を上げて、首を左右に動かした。僕は腕を伸ばして彼女の頬に手を当てると、顔を近づけて唇を重ね合わせた。
「…僕がルナの事、好きだって事忘れたの?」
「え…ぁ…それは……///」
「ずっと前からルナの事が好きだった…。もちろん今も好きだよ。これからの長い人生の中で、きっとルナ以上に好きになる人は居ない。だから…これからもずっと、僕の側にいて。」
「うん。私も…ルカが好き。ずっと…ルカと一緒にいるからね。」
何度離れる事になろうとも…広い世界の中で再び巡り会い、同じ時を過ごす。
絶対に結ばれない運命だとしても…互いに惹かれあって恋をする。
僕達は側に寄り添い、星空の元で共に支え合って生きていこうと誓った。
この空の下で繋がっている限り、僕達の絆は永遠に繋がっている。
「おぉ~ステラではないか!あれから身体の調子はどうじゃ?」
「おはようネイラ。もうすっかり馴染んできたよ。魔力も安定してきたし、そろそろ僕も動こうかなと思ってね。」
階段を下りた所で、椅子に座って紅茶を飲んでいるネイラと出会った。
「駄目じゃ駄目じゃ!お主には結界を維持するという、大事な役目があるであろう?部屋に戻って、大人しく本でも読んでおれ!」
「えぇ~。読書なら昨日、1日中してたよ?ちょっと身体を動かすくらいしたって…」
「つい2日前に、熱を出して寝込んでいたではないか。この多忙なわらわが、付きっきりで看病してやったと言うのに…。…もしやお主、またわらわに看病をして欲しくてわざとしておるのか?」
「え、いや…そういうつもりじゃ…。」
「仕方ないのぉ~。ならば今度寝込んだ時は、1日中お主の側で添い寝してやろう。今日1日動き回ったら、きっと明日は動けなく…」
「わ、わかったよ…!部屋に戻ればいいんでしょ…!?」
彼女に脅しのような言葉をかけられ、渋々来た道を引き返していった。
無事に融合の処置を済ませた僕は、ステラとして別の人生を歩み始めている。融合を終えた後、総務と幹部の吸血鬼を集めて、力を出し合って結界を作り上げた。難しい理論はよくわからないが、僕の身体で作られた魔力が結界に吸収され、その役目を保ち続けているらしい。
「ステラ~いる~?」
「この声はチェリムかな?いるよ~。どうぞ入って~。」
ベッドの上で身体を起こすと、チェリムが扉を開けて中に入って来た。彼女は本部にいる事が多く、こうして部屋にやって来るのは日常茶飯事だ。
「あ、ごめん。寝る所だった?」
「ううん。さっき部屋に戻って来た所。何もすることがないから、本を読もうかなーと思ってたんだ。」
融合で身体のバランスが変化した事と、魔力を吸われ続けている影響で身体に負担がかかり、以前よりも寝ている事が多くなった。身体に重しを付けて歩いているような感覚で、体力もかなり落ちたと思われる。
「まだ融合してから、数日しか経ってないしね~。以前のステラだって、慣れるまでにはかなりの日数がかかってたはずよ?それに加えて結界の維持だもの…大変よねぇ。」
「チェリムはどうしてここに?家族に会いに、ピシシエーラへ行ったんじゃなかったの?」
「家族に会うって言うか~…クソ親父に呼び出されたのよ。泊まって行けって言うから仕方なく泊まったけど…あんな所に少しでも長居したくなくてさっさと帰ってきたわ。」
「どうしてそんなに故郷が嫌いなの?ピシシエーラだっていい所だよ?」
「あんな、ジメジメした所のどこがいいのよ!?あーあ…あたしもラーズニェの貴族になりたかったなぁ~。」
「ラーズニェかぁ~…。あの街はどこを見てもとにかく綺麗だよね。また出かけられたらいいんだけど…。」
窓の外を眺めると、空の1部がほんのり虹色に変色しているのが見えた。結界の色は無色透明で、陽の光を反射して虹色に見える事がある。普段の生活の中では結界の中にいる事を忘れるくらい、周りの風景に大きな変化はなかった。
「そういえば…!外にはまだ出かけられないだろうから、クレアが上級吸血鬼のみんなを本部に連れてくるって言ってたよ?」
「え、本当!?」
「その事を伝える為に来たのに、危うく用事を忘れる所だったよ~。」
「ありがとうチェリム!」
「ううん。お礼ならクレアに伝えて。ハイトにも別の用事があるから、あたしはそろそろ戻るねっ。」
「うん。またね。」
彼女が部屋を出てからしばらく経った後、クレアが人を引連れて僕の部屋を訪れた。
「あ、みんな!来てくれたんだね…!いらっしゃい。」
「お、お邪魔します…!」
彼等は緊張した面持ちで部屋の中に足を踏み入れ、僕に向かって頭を下げた。
「どうじゃステラ。体調の方は大丈夫そうかの?」
「うん。クレアの薬のおかげですっかり良くなったよ。」
「そうかそうか。それは良かったのぉ~。昼過ぎに、また皆を迎えに来るでの。それまでゆっくり話でもしなされ。」
「ありがとうクレア。」
彼女が部屋を出ていくと、部屋に残された彼等をソファーに座わるよう促した。
「みんな元気だった?どう?依頼の方は頑張ってる?」
「も、もちろんです…!ステラ様も、お元気そうで何よりで…」
「タック。前みたいに普通に話してくれていいんだよ?今はステラ様じゃなくて、ルカって呼んで欲しい。」
「やっぱりあれやな…!見た目は変わってても、俺等の知ってるルカのままや~。」
「当たり前でしょ?どんなに偉い立場になっても、みんなと友達なのは変わらないんだから。」
「総務本部に来れた事もそうだけど、総裁と友達になれるなんて思いもしなかったわ。」
「あはは。僕も総裁になるなんて思ってなかったよ。あ、お茶を用意してなかったね。ちょっと待ってね…今…」
その場から立ち上がった僕を見て、向かいのソファーに座っていたレミリーが慌てて立ち上がった。
「それなら私が用意するわ~。ルカはまだ身体が慣れてなくて、動くのが大変なのでしょう~?そこのティーセット、借りるわねぇ~。」
「ありがとうレミリー。助かるよ。」
彼女が取り出したティーセットをみて、ララが驚きの声を上げた。
「あ!それ…私がルナにあげた…!」
「あ、うん。ララがくれたティーセット、僕が愛用してるんだ。…ちょっと可愛すぎるけどね。」
「あはは!確かにそうやな!」
アレクは口を大きく開けて、盛大に笑ってみせた。すると、隣に座っていたララもそれにつられ、くすくすと笑いだした。
「レミリーがくれた鉢植えも、ちゃんと飾ってるよ。ほら、あそこに。」
僕は窓際に飾られた、小さな鉢植えを指さした。
「あら~。随分前にプレゼントしたのに、まだ枯れずに残ってるのねぇ~。」
「花が咲いては枯れて、また新しい芽が生えてくるんだ。自然と種をこぼす品種なんだろうね。」
「その隣の瓶はなんなの?」
ユイは僕と同じように、窓の方を指さした。彼女が見つけたのは、元々ステラが部屋に飾っていた使い魔達の遺品の瓶だった。
「あぁ…。あれは使い魔の遺品なんだ。」
「死んじゃった使い魔の物が入ってるって事…?」
「うん。あの中の6つは前のステラの使い魔達で、藍色はルナとミグのだよ。」
「あっ…ごめん…。」
「気にしなくていいよ。2人は死んじゃったけど、僕が2人の分も生きるって決めたんだ。今日みんなが会いに来てくれて、きっと喜んでると思うよ。」
「…そうだといいな。」
「7つの色が並んでると、なんだが虹の色みたいで綺麗だね。」
「そうねぇ~。」
「あ、虹と言えば、この間さ…」
それからしばらくの間、彼等となんでもないような日常の話をした。あっという間に時間は過ぎて行き、お昼の鐘がなる頃、彼等はエーリへと帰って行った。
ーコンコン
「ハイトー。いるー?」
僕は部屋を抜け出して、彼の部屋の前に来ていた。扉を叩いて声をかけてみたが、返事が返って来る様子はない。
「留守かな?それとも、寝てて気づかないのかな…?」
「ステラ。どうした?」
「あ、ノディ。」
扉の前で立ち尽くしている僕の元に、ノディがやって来た。
「ハイトに用事か?」
「うん。借りてた本を返そうと思って。」
「ならば俺が預かっておこう。」
「気持ちは嬉しいけど、話したい事もあるから後で出直すよ。あ、そうだ。ハイトが行きそうな場所に心当たりはある?」
「今の時間は…庭で寝ているかもしれないな。」
「あー…なるほどね。じゃあ散歩がてら見て来ようかな。ありがとうノディ!」
「無理はするなよ。」
「うん!」
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「ハイト。寝てる?」
「…見たらわかるでしょ。寝よーとしてるの…。」
「なんだ。起きてるじゃん。」
「寝るのを邪魔されるのが1番嫌いなんだけどなー…。わかってて、わざとそうしてるの?」
「やだなぁ。そんな訳ないよ~。本を返したいのと、ちょっと聞きたい事があるんだ。」
「本?あー…ちょっと前に貸したやつね。聞きたい事ってのは何?早く寝たいから早く言って。」
彼は気だるそうに身体を動かし、ハンモックの上で僕の方を向いた。
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「なんでそんな事聞くの?」
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「別にそーじゃないけど…。じゃー確認するから手を出して。」
「こう?」
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「手首は肉や皮が薄いから、脈とか魔力の流れがわかりやすいんだ。…そーだなー。転移は無理だけど、上級属性魔法くらいなら発動は出来そうかな。」
「本当?なら、薬を作るのも出来るかな?」
「あのさー。あんまりやり過ぎて倒れないでよ?ネイラに怒られても、俺知らないからねー?」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと時間を置いてゆっくり作るからさ!ありがとうハイト。あ、これ!本返すね。」
「…本当に分かってるのかなー?」
彼の元を離れて建物の中へ戻ると、薬草が保管されている倉庫へと向かった。
「邪魔するよぉ~ステラや。」
「あ、クレア。いらっしゃい。」
日が沈み出し、部屋の中がオレンジ色に染まり始めた頃、クレアが僕の部屋へとやって来た。
「おやまぁ…。薬を作っていたのかい?」
「うん。ただ本を読んでるだけじゃつまらなくて。…あ!…倉庫にあった薬草を勝手に使っちゃった…どうしよう。」
「またチェリムに頼めば良いだけじゃ。わしの方から上手く言っておいてやるでの。お主は心配しなくてもよい。」
「ありがとうクレア。あ、ところで…僕に何か用事だった?」
「おぉ~そうじゃったそうじゃった。前にお主から頼まれていた物が、完成したんじゃ。今からわしと見に行かんかね?」
「え、本当!?行く行く!」
外へ出ると、歩き出した彼女の後ろを追いかけて建物の北側へ向かった。そこには小さな小屋が2つ立っていて、扉を開けて片方の小屋の中に足を踏み入れた。
木で作られたテーブルが部屋の両脇に並び、足元には土の入った袋と大量の鉢植えが置かれている。薬の材料となるアスルフロルとブルートを育てる為に、予め小屋を作るように彼女にお願いしていたのだ。
「鉢植えや土はノディに運んでもらったでの。後はお主の好きなようにやっておくれ~。」
「本当にありがとうクレア!」
「まだ本調子ではないじゃろうから、無理は禁物じゃ。倒れてしまっては、元も子もないのじゃからな?作業するのは明日にしなさいねぇ~。」
「うん…わかった。気をつけるね。」
「では、部屋に戻るとするかのぉ~。」
彼女と共に小屋を出てそれぞれの部屋に戻ると、明日に備えて早めに寝る事にした。
「おはようルカ。」
「…おはようルナ。」
夢の中で目を覚ますと、僕の隣でベッドに横たわっている彼女と目が合った。ぼんやり前方を眺めていると、白い腕が頭上に伸びて僕の頭を優しく撫で始めた。
「髪が長くなったの、まだ見慣れないなぁ。なんか別人になっちゃったみたい。」
「なら…切ろうか?」
「ううん。この際だから私が伸ばしちゃおうかな。」
「ルナならきっと似合うよ。楽しみにしてる。」
「そろそろ起きよ?ご飯作るね。」
「うん。僕も手伝うよ。」
ルナとミグが死に、使い魔ではなくなった後も2人は僕の身体の中で生活している。家の中は以前と変わりないが、窓から日の光が差し込むようになり、気分までも晴れやかになる気がした。
「あれ?ミグはどこか行ったの?」
「今日はテトの所に行くって言ってたよ。」
「ミグも僕の側に居てくれるって言ってたのに、最近テト様の所ばっかり行き過ぎじゃない?」
「…私はルカと2人になれて嬉しいけどね……。」
「え?なんて言った?」
「な、なんでもないよ!ほらほら、出来上がったからご飯食べよ!」
ステラとなってから食事をする機会がなくなり、夢の中だけで食べるようになってしまった。そのせいか食べ物の味が曖昧になり、美味しいか美味しくないかもわからなくなっていた。それでもこうして彼女と食事を共にするのは、美味しそうに食べる彼女を眺めていたいと思うからだった。
「今日はどんな事をしたの?また読書?」
「今日はね~エーリのみんなと会ったよ。クレアが本部に連れて来てくれたんだ。」
「いいなぁー!みんな元気だった?」
以前は僕がしている事を彼女も見る事が出来たが、今は見る事が出来なくなった為、こうして毎日のようにあった事を彼女に話して聞かせている。
「うん。ユーリとツヴェルには会えなかったけどね。みんな元気そうだったよ。」
「そっか…ならよかった。」
「後は読書もしたけど、薬を作ったりもしたよ。あ、それから、アスルフロルとブルートを栽培する為の小屋が完成したんだ!そっちは明日から作業をするつもりだよ。」
「本当!?すごいね!じゃあ明日は忙しくなるんだ。」
「そうだろうけど、すごく楽しみだよ。今まで寝てばっかりだったから、何か僕も出来る事増やしていかなきゃ。」
「無理しないでね?ルカはすぐ頑張りすぎるんだから。ちゃんと休憩しながらだよ?」
「わかってるよ~。」
「あ、そうだルカ。今日は流星群が見れるらしいよ。そろそろ日も暮れてきたし、見に行かない?」
今まで夢の中では常に夜か昼のみになっていたが、ここでは朝になれば昼になり夕方へと変化していって、最終的に夜を迎える。その時間の流れがかなりのスピードで進むようになり、僕が寝ている間に1日が過ぎ去って行く仕様になっていた。
窓から差し込んでいた白い光が赤くなっているのを見て、僕は彼女と家の外へ出た。
しばらく道を歩いて行くと、辺りが暗くなり空に月が上った。
「あ、見て見て!あの星すっごく明るいね!」
「あれは、僕達と距離が近いから明るく見えるんだよ?季節によって見える星が違ったりして、見てて飽きないよね。」
「随分詳しくなったねルカ…。」
「興味があって本を読んだからかな?まだまだ知らない事がいっぱいあるから、もっと勉強するよ。」
「じゃあ、もっと色んな事教えて?ルカが知ってる事、私も知りたい。」
「うん。わかった!そうするね。」
「…あ、流れ星!」
彼女が指をさした先を振り向くと、既に星は流れた後だった。
「あー…遅かったなぁ…。次こそはちゃんと見て、お願い事を…」
彼女の方を振り返ると、左の頬に暖かくて柔らかいものが触れた。
「え…ルナ…///?」
「こ、この間…ミグから聞いたんだけど…。流れ星を見た後に………すると…。両想いになれるって…言うから…///」
彼女はその場で俯きながら、恥ずかしそうに言葉を呟いた。
「…あ。流れ星だ。」
「え、どこ!?次はお願い事し…!」
僕の言葉に彼女は顔を上げて、首を左右に動かした。僕は腕を伸ばして彼女の頬に手を当てると、顔を近づけて唇を重ね合わせた。
「…僕がルナの事、好きだって事忘れたの?」
「え…ぁ…それは……///」
「ずっと前からルナの事が好きだった…。もちろん今も好きだよ。これからの長い人生の中で、きっとルナ以上に好きになる人は居ない。だから…これからもずっと、僕の側にいて。」
「うん。私も…ルカが好き。ずっと…ルカと一緒にいるからね。」
何度離れる事になろうとも…広い世界の中で再び巡り会い、同じ時を過ごす。
絶対に結ばれない運命だとしても…互いに惹かれあって恋をする。
僕達は側に寄り添い、星空の元で共に支え合って生きていこうと誓った。
この空の下で繋がっている限り、僕達の絆は永遠に繋がっている。
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