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第16章︰2人で
第148話
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「…きろ…!…いお…ろ!……朝だぞ…!」
「うーん…?」
目を開けると、天井に吊るされた照明器具が目に入った。明かりはついておらず、窓から差し込む太陽の光が部屋を明るくしている。
「やっと起きたか。もう朝だぞ?」
「あれ?ここは…サエの家?」
「他のどこに寝る場所があるんだよ。」
部屋を見渡すと、ベッドとソファーに寝たはずの2人の姿が見当たらなかった。
「アレクとタクトは?」
「2人なら先に起きて、掃除の手伝いをしてるぞ。」
「えぇー!どうして叩き起さなかったの!?」
「主を叩いて起こす使い魔がどこにいるんだよ…。別に、朝早く帰る必要もないだろ?2人も、帰るのはお前が起きてからでいいって言ってたし。」
「あ、そうだ…。確かフランも一緒に来たよね?フランはどうしたの?」
「よく覚えてるな…。お前をベッドに寝かせた後、すぐに帰ったぞ。サエが泊まるか聞いたら、首を横に振ってた。多分レーガが宿をとってるはずだから、そこに帰ったんじゃないかと思う。」
「そっか…。」
「頭は痛くないか?」
「それは大丈夫…みたい。それよりも、早く着替えて掃除手伝わなきゃ!」
「俺も手伝うから、さっさと終わらせてレジデンスに帰ろう。」
泊めてもらったお礼を込めて、全員でサエの家を綺麗に掃除した。その後、馬車に乗ってイリスシティアに戻ると、2人と別れてレジデンスへ戻って行った。
「ルカ~。ちょっといい?」
部屋で本を読んでいると、ベッドの上にルナが姿を現した。
「どうかした?」
「手紙が書けたから、エーリまで届けに行きたいんだけど…いつだと時間空いてる?」
「あ、それならエーリ宛に荷物として送るよ。ちょっと待ってて?」
「え?今?」
持っていた本を閉じ、魔法を唱えて羽の生えた箱と紐を作り上げた。
「これに入れて、窓から飛ばすといいよ。前にも手紙を送った事あるから、多分大丈夫だと思う。」
「すごーい!ルカ、こんな事も出来るようになってたんだね!」
「そ、そうかな?…あ、そうだ。ルナが持ってる便箋だけど、僕にもちょっと分けてくれない?」
「うん。いいよ!誰に書くの?」
「ギルドのみんなに全然連絡してないなぁと思って、手紙くらい書いておこうかと…。」
「言われてみるとそうだね…。みんな心配してるかも。」
「ルナとミグの事も書きたいし、クラーレさんにはフランの話もしなきゃと思ってて…」
「あ、その事だけど…。私もフランの事、みんなに話したいって思ってるんだよね。でもルカは、本人の口からじゃないと意味ないってユイに言ってたよね?」
「うん。ユイはフランじゃない事に気づいてるみたいだったけど…。」
「フランが喋れないんじゃ話しようがないし、ルドルフがわざわざ自分の事を言うとも思えないんだよね。何かいい方法はないのかな?」
「うーん…。フランとルドルフの事をみんなに話してもいいか、ルドルフに聞いてみるのはどうだろう?」
「そっかその手が…。でも、どうやってルドルフに話しかける?話があるんだけど~って言ったら逃げられそうじゃない?」
「そうだ!それなら、ルドルフにも手紙を書くよ。部屋に連れ込んで、3人で協力してなんとか話をさせ…」
「なんだ?随分物騒な話をしているな。」
「ぅわあ!?なんでヴェラが窓から入ってくるの!?」
空いていた窓の隙間から、1匹の黒い猫が部屋に入り込んできた。床に飛び降りると姿を変え、金髪の女性に早変わりした。
「い、いつからそこに?」
「別に立ち聞きしていた訳じゃない。部屋に連れ込んで、3人で協力して…と話しているのが聞こえたくらいだ。」
「だからって何も窓から来る事ないのに…。」
「買い物から帰ったついでに、仕事を押し付…頼もうと思ってな。」
「今聞こえたよ!?仕事を押し付けようとしてたんだね!?」
「…明後日までだ。頼んだぞ。」
彼女はポケットから取り出した紙を机に置き、扉を開けて部屋を出て行った。
「内側から鍵を開けられたんじゃ、施錠の意味ないね…。」
「あはは…。」
「あ、忘れないうちに手紙を送っておいてね?」
「そうだった!ありがとうルカ。あ、手紙を送ったら、ルカの分の便箋を取ってくるね。」
「わざわざ書き置きをするなんて、一体僕に何の用事?」
ルナから貰った便箋に手紙を書き、フランを僕の部屋に呼び込んだ。彼は部屋に来ると同時に不満の言葉を口にし、扉の側に立ってこちらを警戒しているように見える。
「と、とりあえず座って?紅茶入れるね!」
「いつからお茶するほど仲良くなったの?悪いけど、そんなにゆっくりしてる場合じゃ…」
「もう夜なんだから、仕事もないでしょ?ちょっと話したい事があるだけだから…お願い!」
僕の必死なお願いを受け入れた彼は、渋い表情を崩す事なくテーブルの側にゆっくりと腰を下ろした。
「紅茶は要らない。話だけ聞くよ。」
「じゃ、じゃあ…話の前に、まずは謝らせて欲しい…。ごめんフラン。ルドルフって名前で呼ばれるの嫌だったよね。君だってフランで、どっちが偽物かなんて無いはずなのに…。」
「…別に。」
彼は素っ気なく返事を返したが、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。
「今後は君の事、ちゃんとフランって呼ぶよ。…ただ、今回の話の中ではわかりやすいように、フランとルドルフに呼び分けるのを了承してくれる?」
「それはわかったから…早く本題に入ってよ。」
「えっと…フランが喋れなくなって、今はルドルフが身体を動かしてる事をエーリのみんなに話したいんだけど…。こういう事は本人の口から話すとか、本人から了承を得ないと話せないと思ってるんだ。だから…」
「なんで話す必要があるの?現に今、僕はこうして喋り方を変える努力してる。それにフランは、彼等と仲良くしたかった訳じゃない。」
「それはルドルフでもわからないでしょ!?いくら同じ身体を使ってても、相手の心まで分かるわけじゃ…!」
「ルナを利用して、ラギト様を殺そうとした事を忘れたの?あれは彼等に取り入る為の演技だったって、フランが話したはずだよね?」
「それは…。」
「それならいっその事、僕達の話をしてフランは死んだ事にしてくれた方が、こっちとしては好都合なのかもしれないね。そういう話だったらしてくれても構わないよ。彼等に付きまとわれても、僕は迷惑なんだ。」
「…っ。」
「…話は終わった?僕は彼等とも君とも、仲良くするつもりないから。」
彼は言葉を吐き捨て、部屋を出て行った。
「いいのか?引き止めなくて。」
隣で黙って話を聞いていたミグが、僕の側に腰を下ろした。
「引き止められなかったよ…。フランの考えは、本人にしかわからないし…レーガの暗殺も、フランが考えてたって話だったでしょ?」
「そう言えばそうだったな。ほんと…あいつの考えは読めない。」
「けど、全部演技だったとは思えないよ…。本当に、心から楽しんでるように見えたもん。」
「ま、あいつの話を聞く限り、話をしても問題はなさそうだろう。本当の事を全て話して、理解してもらうしかないな。」
「そうだね…。」
「ルナ。翻訳は順調?」
「あ、ルカ。おかえり!」
身体の中で、本の翻訳をしているルナの元へやって来た。そこにはミグの姿がなく、彼女は1人でペンを走らせている。
「あれ?ミグは?」
「外にいると思うよ?まだ周りの地形を把握してないから、散歩するって言ってた。…ミグに用事?」
「あ、ううん。いつも居るのに今日はいないと思って、ちょっと気になっただけ。翻訳がどこまで進んだか、話を聞こうと思って来たんだ。」
僕は彼女の元に歩み寄り、向かい側のソファーに腰を下ろした。
「えっとねー…今までで読んだのは、ブルートの育て方についてまとめてある部分かな。どんな環境で育つかとか、育つ為に必要な水の量とか…結構細かく書いてあるみたい。」
「へぇ~…。あ、ブルートがヴィエトルの近くにしかない理由については、何か書いてある?」
「昔は、ヴィエトル周辺以外にもあったみたいだけど…。標高の高い場所じゃないと、上手く育たないらしいよ。」
「標高の高い場所かぁ…。他には何か書いてあった?」
「ブルートの苗木を増やす方法が書いてあったよ。木の枝を切って、地面に刺すと成長するらしいけど…。日光とか水の量を調整するのが難しいみたいで、実がなるまで育てるのには結構苦労しそう。」
「そっか…。」
「この先は詳しく読んでないけど…アスルフロルの事も書いてあるみたいだから、また何か分かったら話すね。」
「うん。ありがとう!」
お礼の言葉を口にすると、話を終えた彼女の顔が、ほんの少し強ばったように見えた。
「どうかした?」
「あのさ…ルカ。ちょっとお願いしたい事があるんだけど、聞いてくれる?」
「もちろん。何?」
「私の手紙を送る時に、羽のついた箱を作ってたでしょ?どうやったら作れるようになるか、コツとかあったら教えてくれない?」
「魔法ならルナの方が得意でしょ?何も僕に教わる事ないのに…。」
「ルカがいいの!…ね?お願い!」
「僕でいいなら構わないけど…上手く伝えられるか不安だなぁ。」
「大丈夫!まだ時間もあるし、今から外に出てやらない?」
「うん。わかった。」
その後、2人で魔法の練習をする事になった。自分が魔法を教わる事はあったものの、誰かに魔法を教えるというのは初めてで、上手く教えられたかどうかは正直よくわからなかった。
朝早くに目が覚めた僕は、食堂で朝食を作っていた。
「ルカ…おはようございます。早起きですね…。」
「あ、おはようフィー。何故か早く起きちゃったんだよね~。」
食堂にやって来た彼女は、調理台に並べられた料理を見て口を大きく開いた。
「あ、あの…!量が多くありませんか…?」
「せっかくの機会だから、みんなの分も作っちゃおうと思ってね。この量を毎日作ってるなんて、偉いねフィーは。」
「そんな事はないですけど…。あの…何か手伝いましょうか…?」
「ううん。もう終わるから大丈夫だよ。…あ、そうだ。1つお願いがあるんだけどいいかな?」
「なんですか?」
「これ、フィーが作った事にしてくれない?僕が作ったって言ったら、みんな食べてくれないと思うから…。」
「え…でも…」
「フィーにしか頼めない事なんだ…!お願い!」
「…わかりました。」
「ありがとうフィー!じゃあ僕は、自分の分を持って部屋に戻るね。」
「は、はい…。」
彼女に見送られ、僕は食堂を後にした。
「だいぶ慣れてきたようだな。」
「うん。ヴェラのおかげでなんとかね。」
この日は仕事の依頼がなく、中庭でヴェラと共に魔法の練習をする事になった。仕事の合間を縫って、変幻魔法“エンドレ”の練習をこつこつと続けていた僕は、教えてもらったばかりの頃よりも上達したように思える。
「急にどうした…?気持ち悪いぞ…。」
「気持ち悪いは酷くない!?」
「冗談はさておき…今日は、人型以外の動物に姿を変える練習をしよう。」
「あぁ…。ヴェラがよく猫になってるあれ?」
「…それほど簡単そうに言うのなら、やってみなさい。」
「えぇ!?いつもみたいにコツを教えてくれないと無理だよ!」
「コツならいつも言っている。余計な事は考えず、イメージを固めろとな。」
「そんな簡単に言われても…。」
「要はイメージ次第だ。…仕方ない。見本にルルを置いてやろう。」
彼女の足元から現れた使い魔のルルは、地面を蹴ってベンチの上に軽々と飛び乗った。
「お久しぶりですルカ様。」
「ルル!久しぶりだね~元気だった?」
「はい。お気遣いありがとうございます。」
「世間話をさせる為に呼んだんじゃない。この後私は予定があるのだから、さっさとしなさい。」
「はぁ~い…。」
以前ルナも話していたが、人の姿として産まれた僕達が他の動物になるのはとても難しい。身体の作りや機能が人と違う部分が多い為、それを理解しつつイメージを固める必要がある。
彼女が居なくなった後も練習を続けたが、1日で身に付けられるようなものではなかった。
「ん…?ふわぁ~。あれ…いつの間に寝たんだろう…。」
自室で本を読んでいた僕は、気づかないうちに机に突っ伏して眠っていた。部屋の中は既に暗く、手元にある照明器具に明かりを灯した。
「よくルナも本を読みながら寝てた事あったけど…人の事言えないなぁ…。」
ーコンコン
独り言をボヤいていると、背後にある部屋の扉からノックする音が聞こえてきた。誰が来たのか疑問に思いつつ、そっと扉を開いた。
「え、あれ?フラン?…どうしたの?」
彼は無言で僕を見つめ、困ったような表情を浮かべている。
「えっと…。とりあえず部屋に入る?」
部屋に入るよう促すと、彼は首を縦に振った。部屋に入ってからも無言で居るのは、彼がルドルフではない証拠だ。しかし、記憶も感情も無くした彼が僕の部屋に来るのは一体どういう理由なのか、確かめる術はどこにもない。
「はい、どうぞ。」
何も言わない彼の前に、紅茶を入れたカップを置いた。
「このティーセット、ララがくれた物なんだ。僕にはちょっと可愛すぎるけど…ルナはすごく気に入ってるみたい。味はどう?美味しい?」
僕の問いに、彼はゆっくりと頷いた。
「フランがここに来たのって、話をする為?」
今度はそれを否定するように、首を左右に振っている。
「うーん…。それなら…紅茶を飲みに?」
彼は再び、首を横に振った。
「え~。じゃあ…」
色々と考えられる理由を上げてみるが、どの推測にも彼は首を横に振り続けた。
「気になるなぁ~。フランが部屋に来てくれた理由。…どうやったらわかるだろう?」
顎に手を当てて考え込んでいると、2杯目の紅茶を飲み終えた彼が、ゆっくりとその場に立ち上がった。
「あ、そろそろ帰る?またいつでも来ていいからね?待ってるよ。」
彼はこくりと頷き、静かに部屋を出て行った。相変わらず彼の考えは読めないが、ルドルフの居ない隙に僕の元へ来てくれた事は、素直に嬉しかった。
「うーん…?」
目を開けると、天井に吊るされた照明器具が目に入った。明かりはついておらず、窓から差し込む太陽の光が部屋を明るくしている。
「やっと起きたか。もう朝だぞ?」
「あれ?ここは…サエの家?」
「他のどこに寝る場所があるんだよ。」
部屋を見渡すと、ベッドとソファーに寝たはずの2人の姿が見当たらなかった。
「アレクとタクトは?」
「2人なら先に起きて、掃除の手伝いをしてるぞ。」
「えぇー!どうして叩き起さなかったの!?」
「主を叩いて起こす使い魔がどこにいるんだよ…。別に、朝早く帰る必要もないだろ?2人も、帰るのはお前が起きてからでいいって言ってたし。」
「あ、そうだ…。確かフランも一緒に来たよね?フランはどうしたの?」
「よく覚えてるな…。お前をベッドに寝かせた後、すぐに帰ったぞ。サエが泊まるか聞いたら、首を横に振ってた。多分レーガが宿をとってるはずだから、そこに帰ったんじゃないかと思う。」
「そっか…。」
「頭は痛くないか?」
「それは大丈夫…みたい。それよりも、早く着替えて掃除手伝わなきゃ!」
「俺も手伝うから、さっさと終わらせてレジデンスに帰ろう。」
泊めてもらったお礼を込めて、全員でサエの家を綺麗に掃除した。その後、馬車に乗ってイリスシティアに戻ると、2人と別れてレジデンスへ戻って行った。
「ルカ~。ちょっといい?」
部屋で本を読んでいると、ベッドの上にルナが姿を現した。
「どうかした?」
「手紙が書けたから、エーリまで届けに行きたいんだけど…いつだと時間空いてる?」
「あ、それならエーリ宛に荷物として送るよ。ちょっと待ってて?」
「え?今?」
持っていた本を閉じ、魔法を唱えて羽の生えた箱と紐を作り上げた。
「これに入れて、窓から飛ばすといいよ。前にも手紙を送った事あるから、多分大丈夫だと思う。」
「すごーい!ルカ、こんな事も出来るようになってたんだね!」
「そ、そうかな?…あ、そうだ。ルナが持ってる便箋だけど、僕にもちょっと分けてくれない?」
「うん。いいよ!誰に書くの?」
「ギルドのみんなに全然連絡してないなぁと思って、手紙くらい書いておこうかと…。」
「言われてみるとそうだね…。みんな心配してるかも。」
「ルナとミグの事も書きたいし、クラーレさんにはフランの話もしなきゃと思ってて…」
「あ、その事だけど…。私もフランの事、みんなに話したいって思ってるんだよね。でもルカは、本人の口からじゃないと意味ないってユイに言ってたよね?」
「うん。ユイはフランじゃない事に気づいてるみたいだったけど…。」
「フランが喋れないんじゃ話しようがないし、ルドルフがわざわざ自分の事を言うとも思えないんだよね。何かいい方法はないのかな?」
「うーん…。フランとルドルフの事をみんなに話してもいいか、ルドルフに聞いてみるのはどうだろう?」
「そっかその手が…。でも、どうやってルドルフに話しかける?話があるんだけど~って言ったら逃げられそうじゃない?」
「そうだ!それなら、ルドルフにも手紙を書くよ。部屋に連れ込んで、3人で協力してなんとか話をさせ…」
「なんだ?随分物騒な話をしているな。」
「ぅわあ!?なんでヴェラが窓から入ってくるの!?」
空いていた窓の隙間から、1匹の黒い猫が部屋に入り込んできた。床に飛び降りると姿を変え、金髪の女性に早変わりした。
「い、いつからそこに?」
「別に立ち聞きしていた訳じゃない。部屋に連れ込んで、3人で協力して…と話しているのが聞こえたくらいだ。」
「だからって何も窓から来る事ないのに…。」
「買い物から帰ったついでに、仕事を押し付…頼もうと思ってな。」
「今聞こえたよ!?仕事を押し付けようとしてたんだね!?」
「…明後日までだ。頼んだぞ。」
彼女はポケットから取り出した紙を机に置き、扉を開けて部屋を出て行った。
「内側から鍵を開けられたんじゃ、施錠の意味ないね…。」
「あはは…。」
「あ、忘れないうちに手紙を送っておいてね?」
「そうだった!ありがとうルカ。あ、手紙を送ったら、ルカの分の便箋を取ってくるね。」
「わざわざ書き置きをするなんて、一体僕に何の用事?」
ルナから貰った便箋に手紙を書き、フランを僕の部屋に呼び込んだ。彼は部屋に来ると同時に不満の言葉を口にし、扉の側に立ってこちらを警戒しているように見える。
「と、とりあえず座って?紅茶入れるね!」
「いつからお茶するほど仲良くなったの?悪いけど、そんなにゆっくりしてる場合じゃ…」
「もう夜なんだから、仕事もないでしょ?ちょっと話したい事があるだけだから…お願い!」
僕の必死なお願いを受け入れた彼は、渋い表情を崩す事なくテーブルの側にゆっくりと腰を下ろした。
「紅茶は要らない。話だけ聞くよ。」
「じゃ、じゃあ…話の前に、まずは謝らせて欲しい…。ごめんフラン。ルドルフって名前で呼ばれるの嫌だったよね。君だってフランで、どっちが偽物かなんて無いはずなのに…。」
「…別に。」
彼は素っ気なく返事を返したが、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。
「今後は君の事、ちゃんとフランって呼ぶよ。…ただ、今回の話の中ではわかりやすいように、フランとルドルフに呼び分けるのを了承してくれる?」
「それはわかったから…早く本題に入ってよ。」
「えっと…フランが喋れなくなって、今はルドルフが身体を動かしてる事をエーリのみんなに話したいんだけど…。こういう事は本人の口から話すとか、本人から了承を得ないと話せないと思ってるんだ。だから…」
「なんで話す必要があるの?現に今、僕はこうして喋り方を変える努力してる。それにフランは、彼等と仲良くしたかった訳じゃない。」
「それはルドルフでもわからないでしょ!?いくら同じ身体を使ってても、相手の心まで分かるわけじゃ…!」
「ルナを利用して、ラギト様を殺そうとした事を忘れたの?あれは彼等に取り入る為の演技だったって、フランが話したはずだよね?」
「それは…。」
「それならいっその事、僕達の話をしてフランは死んだ事にしてくれた方が、こっちとしては好都合なのかもしれないね。そういう話だったらしてくれても構わないよ。彼等に付きまとわれても、僕は迷惑なんだ。」
「…っ。」
「…話は終わった?僕は彼等とも君とも、仲良くするつもりないから。」
彼は言葉を吐き捨て、部屋を出て行った。
「いいのか?引き止めなくて。」
隣で黙って話を聞いていたミグが、僕の側に腰を下ろした。
「引き止められなかったよ…。フランの考えは、本人にしかわからないし…レーガの暗殺も、フランが考えてたって話だったでしょ?」
「そう言えばそうだったな。ほんと…あいつの考えは読めない。」
「けど、全部演技だったとは思えないよ…。本当に、心から楽しんでるように見えたもん。」
「ま、あいつの話を聞く限り、話をしても問題はなさそうだろう。本当の事を全て話して、理解してもらうしかないな。」
「そうだね…。」
「ルナ。翻訳は順調?」
「あ、ルカ。おかえり!」
身体の中で、本の翻訳をしているルナの元へやって来た。そこにはミグの姿がなく、彼女は1人でペンを走らせている。
「あれ?ミグは?」
「外にいると思うよ?まだ周りの地形を把握してないから、散歩するって言ってた。…ミグに用事?」
「あ、ううん。いつも居るのに今日はいないと思って、ちょっと気になっただけ。翻訳がどこまで進んだか、話を聞こうと思って来たんだ。」
僕は彼女の元に歩み寄り、向かい側のソファーに腰を下ろした。
「えっとねー…今までで読んだのは、ブルートの育て方についてまとめてある部分かな。どんな環境で育つかとか、育つ為に必要な水の量とか…結構細かく書いてあるみたい。」
「へぇ~…。あ、ブルートがヴィエトルの近くにしかない理由については、何か書いてある?」
「昔は、ヴィエトル周辺以外にもあったみたいだけど…。標高の高い場所じゃないと、上手く育たないらしいよ。」
「標高の高い場所かぁ…。他には何か書いてあった?」
「ブルートの苗木を増やす方法が書いてあったよ。木の枝を切って、地面に刺すと成長するらしいけど…。日光とか水の量を調整するのが難しいみたいで、実がなるまで育てるのには結構苦労しそう。」
「そっか…。」
「この先は詳しく読んでないけど…アスルフロルの事も書いてあるみたいだから、また何か分かったら話すね。」
「うん。ありがとう!」
お礼の言葉を口にすると、話を終えた彼女の顔が、ほんの少し強ばったように見えた。
「どうかした?」
「あのさ…ルカ。ちょっとお願いしたい事があるんだけど、聞いてくれる?」
「もちろん。何?」
「私の手紙を送る時に、羽のついた箱を作ってたでしょ?どうやったら作れるようになるか、コツとかあったら教えてくれない?」
「魔法ならルナの方が得意でしょ?何も僕に教わる事ないのに…。」
「ルカがいいの!…ね?お願い!」
「僕でいいなら構わないけど…上手く伝えられるか不安だなぁ。」
「大丈夫!まだ時間もあるし、今から外に出てやらない?」
「うん。わかった。」
その後、2人で魔法の練習をする事になった。自分が魔法を教わる事はあったものの、誰かに魔法を教えるというのは初めてで、上手く教えられたかどうかは正直よくわからなかった。
朝早くに目が覚めた僕は、食堂で朝食を作っていた。
「ルカ…おはようございます。早起きですね…。」
「あ、おはようフィー。何故か早く起きちゃったんだよね~。」
食堂にやって来た彼女は、調理台に並べられた料理を見て口を大きく開いた。
「あ、あの…!量が多くありませんか…?」
「せっかくの機会だから、みんなの分も作っちゃおうと思ってね。この量を毎日作ってるなんて、偉いねフィーは。」
「そんな事はないですけど…。あの…何か手伝いましょうか…?」
「ううん。もう終わるから大丈夫だよ。…あ、そうだ。1つお願いがあるんだけどいいかな?」
「なんですか?」
「これ、フィーが作った事にしてくれない?僕が作ったって言ったら、みんな食べてくれないと思うから…。」
「え…でも…」
「フィーにしか頼めない事なんだ…!お願い!」
「…わかりました。」
「ありがとうフィー!じゃあ僕は、自分の分を持って部屋に戻るね。」
「は、はい…。」
彼女に見送られ、僕は食堂を後にした。
「だいぶ慣れてきたようだな。」
「うん。ヴェラのおかげでなんとかね。」
この日は仕事の依頼がなく、中庭でヴェラと共に魔法の練習をする事になった。仕事の合間を縫って、変幻魔法“エンドレ”の練習をこつこつと続けていた僕は、教えてもらったばかりの頃よりも上達したように思える。
「急にどうした…?気持ち悪いぞ…。」
「気持ち悪いは酷くない!?」
「冗談はさておき…今日は、人型以外の動物に姿を変える練習をしよう。」
「あぁ…。ヴェラがよく猫になってるあれ?」
「…それほど簡単そうに言うのなら、やってみなさい。」
「えぇ!?いつもみたいにコツを教えてくれないと無理だよ!」
「コツならいつも言っている。余計な事は考えず、イメージを固めろとな。」
「そんな簡単に言われても…。」
「要はイメージ次第だ。…仕方ない。見本にルルを置いてやろう。」
彼女の足元から現れた使い魔のルルは、地面を蹴ってベンチの上に軽々と飛び乗った。
「お久しぶりですルカ様。」
「ルル!久しぶりだね~元気だった?」
「はい。お気遣いありがとうございます。」
「世間話をさせる為に呼んだんじゃない。この後私は予定があるのだから、さっさとしなさい。」
「はぁ~い…。」
以前ルナも話していたが、人の姿として産まれた僕達が他の動物になるのはとても難しい。身体の作りや機能が人と違う部分が多い為、それを理解しつつイメージを固める必要がある。
彼女が居なくなった後も練習を続けたが、1日で身に付けられるようなものではなかった。
「ん…?ふわぁ~。あれ…いつの間に寝たんだろう…。」
自室で本を読んでいた僕は、気づかないうちに机に突っ伏して眠っていた。部屋の中は既に暗く、手元にある照明器具に明かりを灯した。
「よくルナも本を読みながら寝てた事あったけど…人の事言えないなぁ…。」
ーコンコン
独り言をボヤいていると、背後にある部屋の扉からノックする音が聞こえてきた。誰が来たのか疑問に思いつつ、そっと扉を開いた。
「え、あれ?フラン?…どうしたの?」
彼は無言で僕を見つめ、困ったような表情を浮かべている。
「えっと…。とりあえず部屋に入る?」
部屋に入るよう促すと、彼は首を縦に振った。部屋に入ってからも無言で居るのは、彼がルドルフではない証拠だ。しかし、記憶も感情も無くした彼が僕の部屋に来るのは一体どういう理由なのか、確かめる術はどこにもない。
「はい、どうぞ。」
何も言わない彼の前に、紅茶を入れたカップを置いた。
「このティーセット、ララがくれた物なんだ。僕にはちょっと可愛すぎるけど…ルナはすごく気に入ってるみたい。味はどう?美味しい?」
僕の問いに、彼はゆっくりと頷いた。
「フランがここに来たのって、話をする為?」
今度はそれを否定するように、首を左右に振っている。
「うーん…。それなら…紅茶を飲みに?」
彼は再び、首を横に振った。
「え~。じゃあ…」
色々と考えられる理由を上げてみるが、どの推測にも彼は首を横に振り続けた。
「気になるなぁ~。フランが部屋に来てくれた理由。…どうやったらわかるだろう?」
顎に手を当てて考え込んでいると、2杯目の紅茶を飲み終えた彼が、ゆっくりとその場に立ち上がった。
「あ、そろそろ帰る?またいつでも来ていいからね?待ってるよ。」
彼はこくりと頷き、静かに部屋を出て行った。相変わらず彼の考えは読めないが、ルドルフの居ない隙に僕の元へ来てくれた事は、素直に嬉しかった。
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