エテルノ・レガーメ

りくあ

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第15章︰夢のような時間

第132話

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「ようやくここまで来れたね。」
「思った以上に手こずったな。もっと楽に集まると思っていたが…。」
「確かに時間はかかったけど、僕はみんなと会えてよかったなぁ。」
「お前達の再会の為に、水晶を集めた訳じゃ…」
「止まりなさい!」

レジデンスに張られた結界を通り抜け、橋を渡り切った所に2人の人影が見えた。その内1人はレジデンス幹部のエレナタリーシアで、もう1人は同じく幹部のレーガイルラギトだった。

「そんな所に突っ立って何をしている。」
「おかえりヴェラ…って言いたい所だけど、歓迎出来る感じじゃないんだよね。」
「それってどういう…。」
「部外者が侵入したのですから、排除するのが道理ではなくて?」

よく見ると2人の手元には、それぞれの武器が握られている。彼等は僕達の事を、敵と認識している様子だった。

「は、排除って…!」
「君はルナを殺した張本人だよ?ルナの仇は、僕が取ってあげなきゃ。」
「何を馬鹿な事を言っている。お前だって、フランを殺したようなものじゃないか。」
「殺してなんかいないさ。フランはルナの代わりに、幹部の仕事をちゃんとこなしてくれてるよ?」
「あなたの方こそ問題ではなくて?仕事を放り出して、ルナのそっくりさんと遊び回っているのですから。果たしてそれでレジデンスの幹部を名乗れるのかしら?」
「ヴェラを追い出したのは、みんなの方でしょ!?遊び回ってたんじゃなくて、レジデンスに戻る為にネックレスを作って…」
「ルカ!」

ヴェラに腕を引かれ、身体が後ろへ大きくよろめいた。先程まで離れた場所に立っていたレーガが、一瞬のうちに間合いを詰め、僕に向かって剣を振った。間一髪の所で急所は免れたが、剣がかすった右腕から血が滴り落ちている。

「君がいると、色々と面倒なんだ。出来るだけ苦しまないように、僕が殺してあげる。」

彼はいつもの優しげな表情を崩さないまま、再び武器を構え直した。

「馬鹿を言うな!ルカを殺して何の得に…」
「あなたの相手は私が致しますわ!」

奥からやってきたエレナが、武器を手にヴェラに襲いかかって行った。彼女の力に押され、隣に立っていたヴェラが後方へと押し戻されていく。

「ヴェラ…!」

彼女の方を振り向くと、目の前にレイピアの刃が振り下ろされた。隣に立ったレーガが僕を見下ろし、呆れ返った表情を浮かべている。

「よそ見なんて随分と余裕だね。殺される準備が出来たって事?」
「レーガ!僕はみんなと話をする為に戻って来たんだ!お願いだから話を聞い…」
「誰が君なんかの話を聞くと思う?ルナの劣化版のくせに。」
「っ…!」

彼は剣を持った腕を振り上げた。もし僕がルナだったら、こんな事にはならなかっただろうか…そんな事が頭をよぎった。

「レーガ…やめて!」

僕を背中に庇うように、人影が立ちはだかった。風になびく白い髪と、声の高さでその人が女性だと言う事が分かる。幹部の証である長めのローブに身を包んだ彼女の登場に、頭が真っ白になった。
僕の目の前には、死んだはずのルナが大きく手を広げて堂々と立っている。

「ルナ…なんで…。」
「私は死んでない!だから仇討ちなんてやめて。お願いレーガ。」
「本当に…ルナ…なの…?」

僕は震える手を、懸命に伸ばした。触れたら消えてしまう夢かもしれない、僕にしか見えていない亡霊かもしれない、ここに彼女が存在する理由がそうとしか思えなかったからだ。伸ばした腕は彼女の手を掴み、その温かさに自然と涙が溢れ出した。

「ル、ルカ…泣かないでよ…。」

彼女はその場にしゃがみ込み、僕の手を両手で包み込んだ。彼女の温かさがじんわりと伝わり、夢でもなければ亡霊でもない事を証明しているような気がした。

「だって……っ…こんな…。」
「ルナ!?ルナですの!?」
「エレナ…!」

駆け寄って来た彼女は武器を投げ捨て、力一杯ルナを抱き締めた。その近くに立っているレーガは、状況がうまく飲み込めてないのか、その場に呆然と立ち尽くしている。

「心配しましたのよ?あなたが死んだと聞かされたものですから…てっきり本当に居なくなってしまったのかと…。」
「そ、その話は後でゆっくりしない?まずはライガと会って、ルカの話を聞いてくれないかな?」
「え?ですが…」
「話くらいいいだろう?通してくれ。」

ヴェラがルナの後ろに立ち、道を開けるように催促した。彼女はルナが現れた事に、あまり驚いていないように見える。

「わ、わかりましたわ…。」
「いつまで座っている。行くぞルカ。」
「……ぁ、うん。」



建物の中に足を踏み入れると、階段を登ってライガの部屋へ向かった。

「誰が来たかと思えば、まさかお前達だったとはな。」

彼は机に向かい、書類に何やら書き込んでいる様子だった。持っていたペンを置き、僕達をソファーに座るように促した。

「話があって来た。」
「言ってみろ。」
「僕…吸血鬼になってわかったんだ。人間と吸血鬼は、それぞれが危害を加える悪者だと思ってる。誤解されない為にも、人間に危害を加えない方法が必要だと思うんだ。」
「その話を俺にする意味はなんだ。」
「私がルカに力を貸し、薬の研究を再開しようと思っている。副作用のない薬が完成すれば、吸血鬼がわざわざ人間の血を吸う必要が無くなる。」

僕の考えを汲み取ったヴェラが、さらに話を付け加えた。言いたい事を伝える為に、彼女は僕を後押ししてくれている。

「元々人間だったこいつに、吸血鬼の薬を作る程の技量があると言うのか?」
「吸血鬼にはなったばかりだから…今の僕には高度な薬は作れないよ…。でも、吸血鬼だからこそ人間よりも優れた力があって、研究する為の時間も沢山あるよね?僕は自分の一生をかけてでも、薬を完成させる覚悟をしてきたんだ。」

ライガの気迫に負けまいと、ハッキリとした口調で強気の姿勢を見せた。

「ライガ。お前は知っていたのだろう?ルカとルナがステラだと言う事を。」
「…あぁ。知っている。」
「ならば、こいつの中に秘めた力があるのはわかるな?ステラを利用しようとしていたのはお前の方じゃないか。ルカの力を引き出す事で、吸血鬼にとって利益になる。悪い話ではないだろう?」
「話はわかった。お前がやりたい事を、わざわざ俺が止める必要もあるまい。」
「ありがとう…ライガ!」

彼に思いが伝わったのか、僕の話に賛意を示した。

「だが、レジデンスの幹部にする事は出来ない。」
「何故だ…?」
「1つは、条件を満たしていない事。もう1つは、上限人数に達している事だ。」

レジデンスの幹部になる為に、それ相応の条件が必要だと言う事はルナが昇格する時に聞いた事があった。僕はルナであってルナでない。彼女が満たした条件で、僕が幹部になる事は出来ないらしい。

「条件が満たされてないのはわかるけど…。上限人数って言うのは一体…」
「幹部は最大6人までと決まっている。俺とフィー、エレナとレーガ、フランとヴェラこれで6人だ。」
「そっか…ルナの代わりにフランが入ったから…。」
「私は勝手に職務を放棄し、フランはレーガを殺そうとしたのに幹部でいられるなどと、随分とレジデンスの条件が甘くなったものだな。」
「フランには相応の処置をとった。お前もここへ戻って来たのだから、大事にするつもりはない。ただし、溜まった仕事のケリはつけてもらうからな。」

その言葉に、隣に座っている彼女が渋い顔を浮かべた。

「…ならば、イムーブルの幹部はどうなんだ?最近建物が出来たばかりなのだろう?」
「そうだな。あそこならば人数は空いているだろうが…」
「でも…条件は満たされてないよね?エーリでもう一度、学び直すしかないのかなぁ…。」
「ライガ…!」

勢いよく扉が開き、慌てた様子のフィーが部屋の中へやって来た。

「どうした。」
「ラーズニェから…お客様がいらして…。ルカという少年はここに居ないかと…。」
「え、僕?」

何日か前にラーズニェには行ったが、レジデンスへ向かう事をレミリアとアレクの2人以外に知らせた覚えはない。

「お前、何かやらかしたか?」
「な、何もしてないよ!?」
「とにかく話を聞きに行くか…。フィー、お客様を客間にお通ししろ。お前達2人もついてこい。」
「う、うん…。」

一体誰が訪ねてきたのか、ビクビクしながら客間へと足を運んだ。



「お久しぶりです。ルカさん。」
「あ、あなたは!」

ソファーに座って来客者を待っていると、ラーズニェ王国第2王子のコウルルラウシュが客間へとやって来た。彼の後ろには、付き人と思われる黒い服の男性も同席している。

「おいルカ…知り合いか…?」
「ヴェラ、お前は黙っていろ…!…あなた様が、何故このような場所へ参られたのですか?」
「彼女に話した通り、ルカさんに話があって来ました。」
「ど、どのようなお話ですか…?」
「此度は、ラーズニェで起こった事故の解明に力を貸して頂きありがとうございました。早急に相応の礼をすべきだったのですが…対応に時間がかかってしまった事、どうかお許し下さい。」
「そ、そんな事は気にしていません…!元々、僕達の為にコウ様が配慮して下さった事ですし…お礼なんてそんな…。」
「それでは下の者に示しがつかないのです。どうかこれを、受け取って下さい。」

すると後ろに立っていた男性が、僕に1枚の書状を差し出した。

「これは…」
「幹部への推薦状です。」
「す、推薦状!?」
「あなたの友人だと仰っていたお2人から、簡単にですが事情を聞きました。レジデンスの幹部になって、やるべき事があるのですよね?」
「それはありがたいお話ですが…。僕にそれ程の力は…」
「コウ様のご配慮を無下にする事はなかろう。上には、私の方から事情を説明致します。どうかご安心を。」
「ありがとう。っと…あまり長居するのは失礼だろうから、僕はこれで。」

彼はフィーの用意したお茶を飲み干すと、その場にゆっくりと立ち上がった。

「あ、ありがとうございました!」
「ふふ…お礼を言いに来たのはこちらの方ですよ?是非また、ラーズニェへいらしてくださいね。」
「は、はい!」

突然やって来たコウ様は、嵐のように過ぎ去って行った。彼が持ってきた推薦状はライガに預け、処遇が決まるまでの間レジデンスに滞在する事になった。



「ね、ねぇルカ…なんで怒ってるの?」
「…怒ってない。」

レジデンスにあるルナの部屋で、僕はベッドに横になっていた。突然姿を現した彼女に対し、どんな顔をしたらいいのかわからず、背を向けたまま口を開いた。

「どうして今まで出て来なかったの?」
「それは…もしもの時の為に、ギリギリまで出ないつもりで…。」
「ならどうして使い魔になってるの!?僕が使い魔になるって言った時は、ルナが猛反対したのに!自分が使い魔になったら、僕が喜ぶとでも思ったの!?」

そう。死んだと思っていた彼女は、知らない間に僕の使い魔になっていた。

「死ぬよりはいいでしょ!?使い魔だったらルカの事を見守れるし、力を貸す事だって出来るじゃん!」
「ヴェラと2人で僕に嘘をついてたって事でしょ?嘘でも死んだなんて言葉、口にするものじゃないよ!」
「少しは落ち着けルカ。廊下まで声が聞こえるぞ?」
「…何しに来たの?」

僕達の話に割り込むように、ヴェラが部屋の中へ姿を現した。身体を起こし、ベッドの端に座って2人の方を向いた。

「私がルナに黙っていろと口止めした。使い魔になる事も私が提案し、私が契約を行使した。」
「何でそんな事する必要が?」
「お前に話をしていたら、何か変わったのか?ルナを使い魔にする事は、お前が反対するのはわかっていた。だから黙っていたんだ。」
「生死については黙ってる必要なかったんじゃないの!?生きてるってわかってたら…こんなに苦しむ事…」

僕は溢れ出そうになる涙をぐっと堪え、唇を噛み締めた。

「ルカ…。」
「…ルナの存在が、お前の甘えになるからだ。こいつがいたら、お前はプラニナタヘ行ったのか?レジデンスに戻って、薬を作ろうなどと考えたか?いつまでもルナに頼れると思うな。身体はもうお前の物なのだから。」
「どっちの物かなんて関係ないよ!僕が言いたいのは…」

僕が立ち上がるのと同時に、椅子に座っていたルナもその場に立ち上がった。そのまま膝を折って床に座り込むと、僕に向かって頭を下げた。

「黙っててごめんなさい!ルカの事、混乱させたくなかったの。苦しめたいとか、辛い思いをさせたいとか、そんな風に思ってしたんじゃないの…ルカならわかってくれると思ったから…。」
「…はぁ。僕が今更何を言っても、もう変えられる事じゃないもんね…。…しばらく1人にして。」
「う、うん…わかった。」
「私も部屋に戻る。何かあったら部屋に来なさい。」

2人が居なくなった部屋の中で、再びベッドに身体を倒した。そっと目を閉じ、深く息を吸い込んで吐き出した。
ルナが生きていた事への嬉しさと、嘘をつかれていたという怒りや悲しみが入り交じり、この感情をどう抑えたらいいものか自分でもよくわからなかった。



「んー…。」

目を開けると、視界いっぱいに満点の星空が広がっていた。雲の隙間から、真ん丸の白い月が顔を覗かせ、周りにある星々を輝かせている。

「変なの…丸くて白い月…なん…て……。……まさか!」

それが月ではなく太陽である事に気付いた僕は、勢いよく身体を起こした。見覚えのある草原は、久しく見ていなかった夢の中である事を悟った。

「ルナの夢…じゃない?けど、場所はそっくり…。」

辺り一面に草原が広がっている光景は、ルナの夢の中に驚く程似ていた。その場に立ち上がり、当てもなく草の上を歩き出した。
しばらく真っ直ぐ歩いていると、青い花が一直線に並んで咲いているのを見つけた。

「アスルフロルだ…。こんなに沢山…しかもこんな場所に並んで咲いてるなんて…。」

アスルフロルに導かれるように、歩き進めた先には家が立っていた。木で作られた家の周りには、大量のアスルフロルが咲き誇っている。懐かしいその風貌に自然と身体が動き、中へと足を踏み入れた。
家の中はルナの身体にいた頃と変わらず、配置されている家具の全てがそのままになっていた。

「懐かしいなぁ…。初めてここに来た時もなんだか見覚えがある気がして、やけに落ち着くなぁって思ったっけ…。」

部屋の中央にあるソファーに腰を下ろすと、窓の外を眺めた。家の中は変わらないが、外の雰囲気はガラリと変わってしまった。窓から差し込んでいた日差しが、少々恋しく感じる。

「おかえりルカ。随分遅かったじゃないか。」

聞き覚えのある、落ち着いたトーンの声が聞こえて来た。首を左右に動かすが、人の姿は見当たらない。

「あぁ…ミグの声が聞こえる…。ついに幻聴まで聞こえるようになっちゃったなぁ…。」
「は?何言ってるんだ。幻じゃないぞ?」
「え?」

後ろを振り返ると、そこには確かにミグの姿があった。彼は薬草の籠を持ち、奥にある部屋の前に立っている。

「な、なんでミグがここに!?まさか…死んだ恨みで、僕の夢の中に化けて出て…」
「お、落ち着けルカ…!化けて出て来た訳じゃないぞ!?俺はルナの使い魔なんだから、ルナが死ななければ俺も死なないさ。」
「ごめん…頭の整理が追いつかない…。」
「そうだな…まずは、紅茶でも飲んで落ち着くか。入れてくるよ。」



「はぁ~。」

用意された紅茶を啜ると、懐かしい香りが口いっぱいに広がった。向かいのソファーに座った彼は、僕の顔を見てくすりと笑った。

「お前、毎回毎回本当に美味しそうに飲むよな。」
「だって美味しいもん!ミグが入れてくれる紅茶は、自分でやるのと全然味が違うように感じるんだよね。」
「そうか?そんなに違わないと思うけどな。」
「はっ…!そんな事言ってる場合じゃなかった…。ここはどこなの?それと…どうしてミグはここに居るの?」
「ここはルカの夢の中だよ。ルナと喧嘩して、ふて寝しただろ?」
「別に喧嘩って程じゃ…。ふて寝だって…した訳じゃないもん…。」

ルナと言い争いになった事を、彼は見透かしていた。付き合いが長い事もあって、彼は僕の考えが全てお見通しのようだ。

「俺がここに居るのは、ルカの使い魔のルナの使い魔だからだ。」
「え?なんて?」
「だ、か、ら!ルカの使い魔のルナの使い魔だからだって。」
「えっ……と…。」

呪文のような台詞を喋る彼の言葉に、頭の回転が追いつかずにいた。

「じゃあ、あれだ!俺はルナの使い魔で、ルナはお前の使い魔だろ?つまり俺もルカの使い魔だって事だよ。だからここにいるんだ。」
「ええー!?ルナだけじゃなくてミグも僕の使い魔になってるの!?」
「まぁ…元の主が使い魔になったからな。そのままの流れで俺も使い魔になった訳だ。」
「なんで止めようとしなかったの!ミグまで僕の事を仲間外れにして、苦しめようとしてた訳!?」
「それは違う!俺もルナも、お前に助けられたんだ!」
「え?助けたって…?」

全く身に覚えのないその言葉に、僕は目を丸くした。

「普通に身体を戻してたら、俺もルナも死んでた。けど、お前が使い魔を使役出来る素質があったから、俺等は死なずに済んだんだ。」
「それでも…こんなの…。」
「俺はルナの使い魔になった時、悲しいなんて感情は一切なかった。むしろ嬉しかったよ。これからずっとルナの側に居られて、見守る事が出来るって。」
「それはミグが男だからでしょ?男の僕が女の子に守られるなんて…なんだか情けないよ…。」
「守るのはルナだけじゃない。あいつの出番がないくらい、俺がお前の事を守るさ。」
「そ、それは嬉しいけど…」
「ただいまー!ミグー。これ、どこに置…」

家に戻って来たルナと目が合い、彼女は驚いた表情を浮かべて動きを止めた。

「俺が置いてくる。お前の分の紅茶も用意しといたから、その辺座って飲んだら…」
「い、いいよ!私、部屋に戻ってやる事が…」
「ルナ。…話があるんだ。少しだけ…話せないかな?」
「あ、うん………わかった…。」

ミグと入れ替わるようにして、彼女は向かいのソファーに腰を下ろした。ぎこちない動作と強ばった表情から、僕と話をする事に対して緊張しているように見える。

「はい紅茶。薬草を摘んで来たんだね。お疲れ様。」
「あ、ありがとう…。」

彼女は恐る恐るカップに手を伸ばすと、ゆっくりとそれに口をつけた。

「さっきはごめんね。一方的にルナを責めたりして…。」
「…ううん。ルカにはちゃんと話すべきだった…そしたらルカが、こんなに悲しむ事もなかったのに…。」
「僕が悲しんでるの…なんでかわかる?」
「私が…死んだと思ったから?」
「うん。最初は認めたくなくて、意地になってた…。けど、実際にルナが居なくなって、1人じゃ何も出来ないって事を思い知ったんだ。悲しい事があっても、それを乗り越えて強くならなきゃいけないって思えた。だからルナが相談してくれなかった事は、もう気にしてないよ。」
「ほ、本当?」
「うん。」

僕は、ほんの少しだけ嘘をついた。僕だけ除け者にされたような気がして、本当は少し寂しかった。しかし、先程のミグの話を聞いて、もしも僕がルナの立場でも、きっと同じ事をしただろうと思った。
彼女は僕の力になりたいと思ってくれている。その気持ちを素直に受け取る事が、僕にとっても彼女にとってもいい方向へ進むだろうと考える事にした。

「…僕にはルナの支えが必要なんだ。頼りないかもしれないけど…僕について来てくれる?」
「もちろん!ルカの為なら、なんでもするよ!」
「本当になんでもするの?」
「え?うん…。」
「じゃあ…少し散歩しない?外がどうなってるか、ルナと一緒に見ておきたいなと思って。」
「うん…いいけど…。」

アスルフロルが咲いている道を、彼女と手を繋いで歩いた。空を見上げ、星を見ながら何気ない話をして笑い合う。こんな夢のような時間が、この先ずっと続きますように…夜空を流れる星に、そっと願いを込めた。
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