エテルノ・レガーメ

りくあ

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第14章︰ルカソワレーヴェ

第130話

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「そうですか…ありがとうございました!」

声をかけた男性から話を聞き終えると、近くにあったベンチに腰を下ろした。
イリスシティアにやって来た僕とヴェラは、暗水晶(やみすいしょう)の情報を求めて街人に聞き込みをしている。今回は特に情報が少なく、その存在は疑わしいものだった。

「毎度毎度思うけど…本当にあるのか…」
「あるわよ。」
「うわ!?きゅ、急に出て来ないでよ…!」

独り言を口にしている所へ、別の場所で聞き込みをしていたヴェラが戻って来た。

「何かわかったか?」
「ううん。誰も知らないって…。」
「そうか…。」
「あなたは…もしやルシュ様ですか?」

話をしている僕達の元へ、1人の青年が声をかけてきた。彼は、元エーリ学院上級吸血鬼のユーリィタレットだった。
その身なりは学院にいた頃とは違い、ヴェラと同じようなローブを纏っている。ララから聞いた話の通り、彼はすでに幹部に昇格しているようだ。

「ユーリ!」
「ん?…君は誰だい?」
「あ、えっと…。」

つい名前を呼んでしまい口ごもっていると、隣に立っていたヴェラが1歩前に出た。

「私に何か用か?」
「あ、はい。これから、ピシシエーラへ向かうのですが…自然災害の被害が思いの外大きく、人手が足りず困っているのです。あなた様のお力をお借りできないでしょうか?」

彼は右手を胸に当て、礼儀正しくお辞儀をして見せた。

「それなら私ではなく、ライガに話すべきだろう?」
「レジデンスへは、既に応援要請をしました。ですが…別件でお忙しいようで、応援には行けないと断られてしまったんです。」
「別件ねぇ…。」
「僕達で良ければ手伝うよ!」
「おいルカ!勝手に引き受けるな。」
「断る理由なんてないでしょ?どうせ水晶なん…ぅぷ!?」

開いていた口を、彼女の右手によって突如塞がれてしまった。

「ちょっとこいつと話をさせて。」
「はい…どうぞごゆっくり…。」

腕を掴まれて彼と距離を取ると、出来る限りの小声で話を始めた。

「目的を忘れたのか?今しなければならないのは、水晶を探す事だ。こんな事に付き合ってる暇は…」
「水晶なんていつでも探せるでしょ!?今しなきゃいけないって言うなら、困ってる人の為に動く事の方がよっぽど大事だよ!」
「あいつはレジデンスに応援要請を断られたと言っていたが、別件とやらが済めば顔を出すだろう。鉢合わせする事になったら面倒だ。私は行かない方がいいと思う。」
「僕はそう思わないよ。このままここで聞き込みしてても、何も進展しないと思う。どうせ聞き込みするんだったら、別の街に行ってみた方が何かわかるかもしれないよ?」
「………わかったわよ。なら、出来るだけ早く行って、早く済ませるわよ。私は怪我人を診る事になるだろうから、聞き込みはお前に任せるわ。」
「わかった!」

話を終えた僕達は、待っていたユーリに手を貸す事を伝えた。一刻も早く事を済ませたいヴェラは、目的地であるピシシエーラと言う街へ転移して行った。残された僕はユーリと共に馬車に乗り、中間地点となっている砦の街フルリオを目指した。



「まだ名乗ってなかったね。僕はイムーブル幹部、ユーリィタレット。君の名前を聞いてもいいかい?」
「あ、はい。…ルカソワレーヴェです。」
「どこか見覚えがあると思ってたけど、君はルナの兄妹…なのかな?」
「えっと…その事で、話があるんですけど…。」
「フルリオに着くまで時間はあるから、構わないよ。話してくれる?」

彼が幹部になった事で立場が低くなった僕は、出来るだけ丁寧な口調を心がけながらこれまでの経緯を彼に伝えた。

「ふぅん…。身体の中に住むなんて、信じられないような話だね。」
「信じてもらえるとは思ってないです…。ただ、ユー…じゃなくて、えっと…レット…様?にお伝えしなきゃと思って…!」

名前の呼び方に戸惑っていると、向かいに座っている彼が口元に手を当てて笑いだした。

「あはは…ユーリでいいよ。様もいらないし、かしこまる必要も無い。」
「え?でも…。」
「今の君は幹部じゃないのかもしれないけど、僕の友人のルナと一緒にいたのだから、君も僕の友人と言えるよね?」
「ユ、ユーリがそれでいいなら…!」

彼のその言葉が、素直に嬉しかった。ルナが彼と2人きりになる事は少なく、他のみんなと違って少々壁を感じる部分があった。僕の存在を認めてくれた事もそうだが、彼にとってルナが友人だった事が何より嬉しかった。

「さっきの話は、君の行動次第で自然と信じる事が出来るようになると思う。それまでは、疑いの目を向ける事を許して欲しい。」
「も、もちろん!ありがとうユーリ。」
「気になる事があるんだけど、1つ聞いてもいいかい?」
「何?」
「今、水晶を集めてレジデンスに入ろうとしてるんだよね?って事は、ルシュ様もレジデンスの幹部じゃなくなったって事になるのかな?」
「あ…。」

彼のその言葉に、身体中の血の気が引き、指先が冷たくなるのを感じた。嘘をつけない性格が仇となり、言わなくていい話まで口にしていた事を悔やんだ。

「あ…ごめんよ?意地悪な質問だったね。特に深い意味は無いんだ。今のは聞かなかった事にしてくれるかい?」
「あ、うん…。」

一体何を言われるのか気を揉んでいたが、あまり言及されなかった事にそっと胸を撫で下ろした。

「フルリオから先は行った事あるかな?」
「あー…。近くにある森までしか、行った事なかったと思う…。」
「そっか。なら、その先はほとんど知らないって事だね。」
「これから行くピシシエーラは遠い所?」
「フルリオまでは馬車で行けるけど、そこからは歩きになるんだ。それ程遠い訳じゃないけど、時間はかかるかもしれないね。」
「そっか…。歩くとなると大変だね。」

出来る事なら早く向かいたいところだが、そうもいかないらしい。

「ルシュ様のように、魔法で移動出来ればいいんだけど…そう簡単には出来ないものだからね。」
「僕もヴェラから魔法を教わってるんだけど、全然上手くいかないんだよね…。」
「ルナが出来たんだから、君も少しずつ出来るようになるさ。僕に出来る事があったらよろこんで協力するよ。」
「あ、それなら…魔法のコツを聞いてもいい?」

彼と魔法の話をするうちに、時間はどんどん過ぎていった。
しばらくすると、フルリオの象徴とも言える大きな門が僕達を出迎えた。街の中に入ってすぐの所で馬車から降りると、街の中を歩き出した。

「ここからは歩き…だったよね?」
「その前に宿屋に行こう。待ち合わせをしてるんだ。」
「待ち合わせ?」

彼の後ろをついて行き、そのまま宿屋の中へ足を踏み入れた。



「あ、いたいた。お待たせ~ツーくん。」

顔の横で手を振っている彼の視界の先に、元上級吸血鬼ツーヴェイニールの姿があった。彼もユーリと同じように、イムーブルの幹部になったと聞いている。

「…ユーリさん。その呼び方、いい加減やめてくださいよ。」
「嫌だよ。だって気に入ってるんだもん。」
「はぁ…。…ところで、そちらの方はどなたですか?」
「あ、えっと僕は…!」
「悪いけど話は歩きながらしよう。早く向かわないと。」
「わかりました。行きましょう。」

話をしながら街の外へ出ると、南東の方角に伸びている街道を進み始めた。彼にも同じように経緯を説明したが、この話をするのは一体何度目だろうか。…そんな事が頭をよぎった。

「無理に信じる事はないからね!ツヴェルが信じられないっていうならそれでも…」
「僕をなんだと思ってるんですか?今の段階では何とも言えませんが、あなたがルナさんと同じ雰囲気なのは確かです。嘘をつけるような器用さも、あなたにはないようですし。」
「ぅ…。」

彼の一言に少々傷つきはしたが、思いの外信じてくれそうなのが意外だった。出会った頃は壁を感じていたが、打ち解けると仲間思いの優しい一面がある。それが彼のいい所だ。

「確かにそれは言えてるね。彼女も嘘をつくの下手だったし。」
「ええ。本当に。」
「そ、そんなに言わなくても…。」
「ですがまぁ…あの人の事ですから、そのうちどこからか現れるんじゃないですか?なんとなくそんな気がします。」
「うん…そうだといいな。」

僕は、胸元につけた髪飾りにそっと手を触れた。お守りのように常に身につけてはいるが、これを見る度にルナとミグの事を思い出し寂しさと切なさが込み上げてくる。

「その…ララには会いましたか?」
「え?うん…コルトで会ったよ。」 
「元気でしたか?」
「元気だったよ。よく滑って転んでるみたいだったけど、タクトがちゃんと見ててくれてる。」
「…そうですか。」

彼は目線を逸らし、右手で眼鏡を上げる仕草をした。

「大丈夫だよツーくん。そんなに心配しなくても。」 
「し、心配している訳じゃありません!ただ少し…気になっただけです。」  
「そういうのを心配って言うんだよ?」
「…その話はもういいですから、もう少し急ぎましょう。」

すると彼は僕達の横をすり抜けて、歩く速度を早めた。

「えー。ちょっと休憩しようよー。急ごうとは言ったけど、日が暮れる前につければ大丈夫だってー。」
「そうやって甘えないで下さい!だらだらしていたら、日なんてすぐに暮れ…」
「ツ、ツヴェル!ちょっとだけでいいから休憩しよう?ね?」
「ですから…」
「多数決!2対1で休憩に決定!」
「さ、賛成…!」
「…はぁ。あなた達に危機感というものはなさそうですね…。」

僕とユーリの言葉に、彼は半ば呆れ返っていたが、近くの岩に腰を下ろしてしばらく休憩する事にした。



「うわぁ…大きな谷だね…。」

森を抜けた先に、大きな谷が広がっていた。その深さはレジデンスの周りを取り囲む谷程ではないが、下に流れている川とかなり距離があるように見える。

「あそこが街の入口ですね。」

ツヴェルが指さした先に、ぽっかりと大きな穴が空いていた。その手前には、向こう岸へ渡る為の橋が架けられている。

「じゃあ、あの洞窟を抜けた先にあるんだね。」
「あれ?言ってなかったっけ?ピシシエーラは洞窟の街って呼ばれてて、洞窟全体が街になってるんだよ。」
「え!?洞窟の中に街があるの!?」
「この辺りは昔、人間と吸血鬼の領地の境界がなかったそうです。人間から身を守る為に、あのような場所に作ったと聞いています。」
「へぇ~…。」
「それじゃあ行こうか。すぐそこに見えるけど、結構険しい道のりなんだよね。」

崩れかけた道を進みながら谷を降りていき、洞穴の中へと入っていった。洞窟内には沢山の街灯が立っていて、奥へ続く道を照らしている。

「てっきり暗いかと思ってたけど、思ったより明るいんだね。」
「太陽の光が入らないのですから当たり前です。こうでもしないと何も見えませんよ。」
「けど、所々明かりがついていないね。本当ならもっと明るいはずなのに。」
「自然災害の被害って事なのかな?」
「まずはルシュ様と合流しよう。状況の確認をしないとね。」



「む?来たか。」
「お久しぶりですルシュ様。」

ツヴェルは彼女の姿を見つけると、その場で深々と頭を下げた。

「あぁ…お前も来たのか。」
「ルシュ様。被害の状況はどうでしょうか?」
「怪我の度合いはそれ程でもないが、人数が多いせいで時間がかかる。それと…さっき聞いた話だが、奥の方で岩が崩れて何人か取り残されているらしい。」
「なら、僕達がそちらへ向かいます。」
「ルカ。お前も2人について行きなさい。」
「う、うん…わかった。」
「足でまといにはなるなよ?」
「ぅ…。」

彼女のその言葉に、僕は何も言い返せなかった。彼等について行った所で一体何が出来るのか、それをハッキリと言い返せる程の実力が今の僕にはないからだ。すると、隣に立っていたユーリが僕の肩にそっと手を触れた。

「ご心配なく。僕が責任をもって彼を見ていますから。」
「ユーリ…。」
「そうか。後の事はお前達にまかせよう。」
「では行きましょう。」

先を歩く2人の背中を追いかけるようにして、街の奥へと歩き出した。奥へ行くにつれて街灯の明かりは少なくなり、魔法で作り出したランタンで足元を照らしながら、更に奥へと進んで行った。



「ルシュ様が言っていた場所はここのようですね。」

身長の半分程もある大きな岩が積み重なり、前方に伸びる通路が塞がれていた。

「どうやって岩をどかそうか…。」
「道具を使って掘ってみる?」
「それでは時間がかかりすぎませんか?魔法で砕くか、吹き飛ばした方がいいと思います。」
「それだと、向こう側に崩れるかもしれないから危ないよ!」
「では…“ミシク”で岩を退かしましょう。上から動かしていけば大丈夫ですよね?」

彼の言う“ミシク”は、離れた場所にあるものを魔力で動かす血の魔法だ。ツヴェルが得意な魔法で、彼はそれを駆使して武器を扱う事が出来る。

「“ミシク”かぁ…自信無いなぁ…。」
「僕が教えますよ。出来なければ無理してやる事もないですし、とにかくやってみましょう。」
「ありがとうツヴェル…!」

僕は彼に魔法を教わり、協力して岩を退かす作業を始めた。



「なんか前にもあったよね?こんな事。」

僕とユーリは、少し離れた場所に座って休憩をとっていた。ツヴェルは1人で作業を進め、器用に岩を退かしている。

「そっか…!前は道を塞いじゃった土砂を魔法で吹き飛ばしてたよね。実際やってたのは、僕じゃなくてルナだったけど…。」
「僕からしたら、ルカもルナも変わらないよ。全く同じだとは思わないけど…あ。今のは失言だったかな…?」
「ううん…!そんな事ないよ。それより、ユーリって結構ルナの事見てるよね?上級クラスが短かったから、あんまり喋る機会なかったと思うけど…。」
「なんとなくだけど、彼女には裏が感じられないんだよね。隠し事とかそういうのが全くなさそうで、表に見えてるものが彼女の全てだって思えるんだ。」
「実際、僕の存在は隠されてたけどね…。」
「それは隠してたんじゃなくて、あえて言わなかったんだと思うよ?君の存在を確認した今だからこそ、身体の中にいたって話も嘘じゃなさそうだって思えるわけだしね。」
「そっか…それもそうだね。」
「ユーリさん。そろそろ交代してもらえますか?」
「はいはーい。ルカはもう少し休んでて。慣れない魔法は、余計に疲れるだろうから。」
「うん。わかった!」

2人のおかげで作業は進み、奥に取り残された街人を無事に救出する事が出来た。
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